その日の練習にドラ息子ーズはいなかった。そのおかげかいつもより活気があり賑やかで、このバスケ部はやっぱり好きかもと思わせてくれる。ただ4月の最終土曜日には地域の交流戦がある。もちろん出場するのは現レギュラーのドラ息子ーズ。この調子で勝てるわけがない…というのは全員の共通の考えだった。地域の交流戦……ってことは清志くんや裕也くんも見るのだろうか。そう思うと少し気が滅入った。もし交流戦で負けても、それをバネに練習に参加してくれたらそれでいい。

「休憩!マネージャー!タオル!」

ドラ息子ーズがいなくても部活は円滑に回る。現在の部長はドラ息子になってはいるが、練習に真剣に取り組む三年生の指示を聞かない人は誰一人いなかった。声をかけられた私も乾いたばかりのタオルを配る。使い終わったものは大きなカゴに集めて即洗濯だ。こういう仕事は一年がローテーションを組んで自主的に手伝ってくれる。今日はAクラスでも一緒な田中くんだった。

「持つよ!」

タオルを集めた私がカゴを運ぼうとするとすかさず田中くんが声をかけてくれた。思った以上に声が大きくなったのか、体育館中に響いたそれに先輩からからかうようなヤジが飛ぶ。田中くんは照れ臭そうに笑ってからカゴを持ってくれた。私は入りきらなかったタオルを拾いながら背中を追う。

体育館の外に出て洗濯機を回す。田中くんは今日初めて使うようで使い方を丁寧に教え、彼はメモを取りながら必死に聞いてくれた。田中くんはAクラスに稀なタイプの子で、気配り上手で明るく、仲間意識が高い。そのかわり知らないことを知ろうとすることには全力で、バスケ初心者の彼は初日から先輩たちを質問攻めにしていた。

「教えてくれてありがとう!」
「ううん。私こそ手伝ってくれてありがとう」

教え終わると彼はにっこりと笑う。それから少し俯いて、なにかを決心したように口を開いてくれた。

「みょうじさんって、花宮くんと仲がいいよね?」
「え……?」
「だって席も前後だし、いつも二人でいるし……」

席が前後なのは完全に一番前を嫌がった私が悪いのだが、いつも二人でいる…には少し疑問が残る。私はクラスの女子とは普通に話すし、移動教室も女子と一緒だ。花宮くんは誘われたら誰かと一緒、といった感じだが普段は一人でいることが多い。猫をかぶるのが疲れるのだろう。幸いクラスメイトからの評価は概ね好調で、誰もが口を揃えて「花宮くんはいい人」だと言うから大丈夫だろうけれど。

ただ、昼食の弁当は二人で食べているかもしれなかった。二人で食べる……と言っても、別に机を合わせるとかはしない。ただ互いの席に座って、時々会話を交えながら食事をする。気分的には塾の時と同じだ。私たちは一人で食べているつもりだが、確かに周囲からすると二人で食べているととってもおかしくはないだろう。

「いつもじゃないけれどね」

と、なんとなくそこだけを否定した。私と花宮くんの付き合いが長いのは事実だし、仲がいいのも事実だ。
というより、どうしてこういう話になったのかが気になった。「どうしたの?」とストレートに聞くと、彼はまた俯いてしまう。流石に私に好意があるとか、そういう風には見えないけれど……。

「じ、実は……花宮くんと仲良くなりたくて……」
「え」

それはもう衝撃だった。田中くんは本気でそう言っているようで、「せっかく同じクラスだし同じ部活だし」と続ける。気持ちはすごくわかるが、絶対にやめたほうがいい。田中くんみたいな純粋の塊みたいな存在が彼の深淵に近付いたら一瞬で引き摺り込まれてしまう。どうにか上手いこと最悪のパターンを避けられないだろうかと思案する。

「わ、私じゃダメ!?」

そして出た答えがそれだった。私だってAクラスだしバスケ部だ、条件は満たしている。花宮くんより絶対にいい。田中くんは少し考えた素振りを見せてくれた。よーしよし、そのまま「うん」と頷いてくれーと願っていると、体育館のドアがガラガラと開いた。

「…………」
「ひゅっ」

そこに立っていたのは満面の笑みの花宮くんで、かすれた素っ頓狂な声が漏れた。彼はその笑みを田中くんにも見せる。田中くんはきょとんとした顔をしてから、それからにっこりと微笑む。やっぱり仲良くさせたらダメだ。絶対にダメ。

「田中くん、ごめんね。少しみょうじさんに話があるんだ」
「え?そうなんだ。引き止めてごめんね。えっと、洗濯が終わったら干せばいいんだっけ?」

無邪気に聞いてくる彼に必死に頷く。「わかったよ!」とやる気に満ちた顔をしてくれる田中くんに胸が痛む…。なんていい子なんだ……。

「ごめんね。ありがとう」

毛ほども申し訳なく思ってないだろう冷ややかな声に背筋が凍る。花宮くんは「いこっか」と相変わらずの笑顔のまま歩き出した。手綱もリードもついていないのに思わずその背中を追ってしまうくらい圧がある。

彼は体育館の外周をぐるりと回ると人気の少ない体育館裏で足を止めた。もう先ほどまでの笑顔は残っておらず胸を撫で下ろしてしまう。

「なに安心してんだよ」

ふはっ、と彼はいつもの調子で笑った。「笑顔が怖いからだよ」とは言えず、ただ首を振る。すると花宮くんはため息をついてそこに座り込んだ。私も彼にならって少し離れたところに座り込む。

「…………」
「…………」

全く話に花が咲かない。そういえばいつも私から話しかけてたなとそう思った。必死に話題を探して、考えついたのはドラ息子ーズのことで悲しくなる。

「ドラ息子ーズさ、今日どこいってるんだろう。交流戦やる気あるのかな」
「……ねえだろそんなの。この小さい世界でふんぞりかえれればそれでいいんだからな」
「小さな世界か……」

話題の選択ミスったな…と思いながら空を見上げた。少ししゃがんだだけなのに、空はこんなにも遠い。本当に小さな世界だと実感する。

「……よかったな」
「え……?」
「今日はまともに仕事ができてよ」
「…………」

彼がなにを言ったのかいまいちわからず固まってしまう。「よかったな」、「よかったな」と言ったのか今、彼は。私に対して「よかったな」と。理解して、咀嚼して、飲み込むほどに意味が分からなくなっていく。私がなにも言わないのをなんと思ったのか、花宮くんは真っ直ぐ私を見てから「ばぁか」と言った。それでやっとハッとする。とりあえずそれに対してだけは突っ込んでおこうと思ったのに、少しだけ目線を逸らした彼がまた小さく「ばぁか」と呟くものだからまた言葉を失ってしまった。口をついて出そうになる言葉を必死に飲み込んで、何をいうかを思案する。何がいいのか、なんと答えるべきか。わからないなりに考えて、やっと唇を開いた時体育館の中から「集合!」の声がかかり、結局私はなにを言いたかったのかも忘れてしまった。


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