5月も半ばになると、全中の予選も間近に迫る。新コーチの指導でバスケ部は日々練習に打ち込んでいた。
新体制になってから私はやっと花宮くんのプレイをちゃんと見ることができたのだが、強豪バスケ部の中でも抜きんでた才能で素直に驚いた。PGとしてのパス回し、相手の行動を予測してのスティール、その他の技術も軒並み平均以上で、パスができなくても自分でシュートを決めれる万能性。その光景に見惚れていると、いつのまにか隣にいた今吉くんに「綺麗、か?」と聞かれて肩が揺れる。今吉くんは花宮くんを何やらとても気に入った様子で、時々こうして私に彼のことを聞いてくるのだ。それを今吉くんに伝えてどうするのだと唇を尖らせると、彼は小さく笑ってコーチの元に行ってしまった。またからかわれた……。
私は今一度コートの花宮くんを見つめる。綺麗じゃない、わけがない。無駄と隙がない。最低限の行動で攻めて、守る。身体優先というよりも頭脳優先のプレイだと思った。花宮くんレベルの頭脳があってこそできるプレイで、時々周囲がそれについていけてないような雰囲気まで感じた。
部活の最後のミニゲームも終わり、今吉くんの号令で全員がコーチのもとに集まった。私は昨日今吉くんに頼まれたように、部室から段ボールを運んでくる。中に入っているのは……。
「今から、ユニフォームを配る!」
洗い立てのユニフォームだ。
私は段ボールの口を開き、クリーニングの袋に包まれたままのユニフォームを取り出す。そして名前を呼ばれた人にその番号のユニフォームを配って回った。三年も二年も混合で、部内で特に実力がある人の名前が読み上げられていく。
そしてその最後は、
「はい、花宮くん」
私が手渡すユニフォームを花宮くんは呆然と見つめていた。どうしたのだろうと首を傾げると、彼は少し震える手でやっとユニフォームを受け取ってくれた。様子がおかしい。レギュラーに選ばれたのが嬉しくないのだろうかと思っていると、花宮くんは顔を上げて一点を見つめる。その視線を辿ると、そこには新レギュラーがユニフォームを喜ぶ様をどこか嘲るように見つめる今吉くんの横顔があった。その光景にゾッとする。やはり全ては彼の計画通り。
二人して今吉くんを見ていると、視線を感じてか彼がこちらに歩み寄ってくる。
「なんや、ユニフォーム不満なんか?」
「……別に」
花宮くんは不機嫌を隠さないように呟いて、今吉くんを睨みあげる。私にも分かったのだ、花宮くんがわからないはずがない。全部見抜かれていることも、掌の上だということも。音が出るほど唇をかみしめた花宮くんは、人目を憚ることなく「つまんねぇ!」と悪態を吐いた。その様子に花宮くんの本性を知らない部員たちが目を丸くしてこちらを見る。今吉くんだけはいつも通りニヤニヤと口角を上げていた。
「へぇ、よかったじゃねえか」
部活帰りに私と並んで帰路に着くのは清志くんだった。一月ほど前に交差点で出会って連絡先を交換してから、練習の終わる時間が重なればこうやって一緒に帰路に着くことにしていた。特に交流戦で助けてくれた日から頻繁になり、それが今でも続いているといった感じだ。
新体制がうまく言ってる話を清志くんにすると、彼はそう言って笑ってくれた。清志くんの笑顔を見ると、なんだかお兄ちゃんみたいだなぁと思う時がよくある。幸男くんとはまた少し違う雰囲気のお兄ちゃん。私に兄がいたことはないけれど、きっといたらこんな感じだったのだろう。怒るととっても怖いけれど。
「これは予選で当たるの楽しみだな」
「……うん」
正直いうと、あんまり楽しみではない。中学に入ってマネージャーを始めるまではこんな感情も無かった。もちろんみんなが試合しているのは好きだけれど、勝ち負けがかかっているのは複雑な気持ちだった。私のそんな様子に目敏く気付いた清志くんはガシガシと頭を撫でてくれる。「気にすんな」と言っているように感じた。
「あ」
気が付くと分かれ道についており、じゃあと手を振って別れようとするが、清志くんはそれに応えてくれなかった。どうしたんだろうと動けずにいると、彼は肩からかけていた大きな鞄を半ば無理やり私の自転車の前カゴに突っ込む。
「え!?清志くん!?」
「そこどけ」
「ええ!?」
強く言われて思わず後ずさってしまう。清志くんは何も言わずに自転車に跨った。
「え、なに?盗難?」
「は?それいうなら強盗だ。間違えんな。つーかちげぇし刺すぞ」
捲し立てるように言った清志くんは顎で荷台を指し示す。もしかして乗れということだろうか…しかし、それが分かってどうして乗れるというのだろう。
「いや、無理無理無理!二人乗り危ない!怖い!」
全力で首を振っていやいやすると、すごい目つきで睨まれる。どうして私が脅されているのだろうか。
「どう考えてもこの時間に一人で自転車乗ってる方が危ねえよ。送ってく」
「え!?いや、でもそれ……」
「帰りは走る。バスケ部の足腰舐めんな」
私が指摘しようとしたことも先回りで差し押さえられた。それでも二人乗りなんてほぼ初体験。私はもう一度首を振る。
「無理だって!ほら私重いし!!」
「だから、バスケ部舐めんなって言ってんだろうが轢くぞ」
「私の自転車で事件だけはやめて!!」
これはなにを言っても無理そうだ。清志くんには自分を押し通す我の強さがある。私は一人諦めてそーっと荷台に跨り、清志くんの腰に腕を回した。想像以上にお尻が痛い。
「足ぶらぶらさせんなよ」
「う、うっす」
ちょうどぶらぶらさせていた足を後輪のフレームに置く。彼が勢いよくペダルを踏み込むと、自転車は難なく進み出した。バランスは完璧。段差で痛むお尻以外はすごく快適だ。
「すごい……」
「あー?当たり前だろうが」
「ふふっ。うん」
景色がビュンビュンとすぎていく。運転中には見られない景色だった。初夏の風が私の頬を撫でていく。
こんなこと、想像すらしてなかった。二度目の人生にして初めてのことばかりが起こる。未知なことは不安だけれど、それでも鼓動の高鳴りは本物だ。
「もっとちゃんと掴まれ」
「はーい」
前方から聞こえる叱咤に腰に回した腕の力をもっと込めた。男の子の体だなと思いながら頬を背中に寄せる。二人分の体温が確かにここにあった。
風に混じった梅雨の香りが、すぐそこに迫っていた。
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