馬鹿へ贈る薬


 馬鹿につける薬が欲しい。目の前の焦茶の瞳が参考書ではなく、こちらを見ていた事に気付いた瞬間。彼はそう宣って、唇を逆三日月にする。何だ突然。落書きだらけの手元を覗けば、同様の響きを持つ熟語の意味を、正に問われている所であった。
「そんな薬どうするんですか」
「決まってるだろ、飲む」
「……つけるんじゃなくて?」
 数秒、沈黙が場を埋めた。うるせーな、言葉のアナだよ。先程より声が小さくなっている。綾です、先輩。焦茶がゲッと丸くなった。舌打ちと共に、彼の消しゴムが前の問いに戻る。——ああ、どうりで。その口から出てくるには、些か珍しいチョイスだと思ったのだ。覚えたてを使ってみたかったらしい。アヤ、アヤとぶつぶつ言いながら、片仮名で書き記した答に満足したのだろう。先輩は、大きく一つ頷いて。
「なんか可愛いな、アヤか! お前と一緒だな」
「……そーですか」
 ——そうして、ほら。またこれである。この馬鹿は、全く気付いていないだろうけれど。それこそ、言葉の綾である。いつもどうにも無自覚で、この上なくタチが悪い。半目になりつつ取り出した金平糖の瓶を乱暴に処方して、不思議そうな表情で暢気に礼を言う先輩に、わざと大きな溜息をついた。これだから、馬鹿につける薬なんてこの世のどこにもないのである。