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 碓氷峠鉄道文化むらのスタッフ専用の出入り口と思われる扉が閉まる前に入り、慣れた様子で駆け抜ける少年を必死で追う。
 ひと気のなくなった鉄道展示館付近で見失ったと思ったが、通路の奥に紛れるように走り過ぎる少年を見つけてついて行く。
 とある建物の前で完全に姿がなく、ふたりとも悪いと思いながらも『関係者以外立ち入り禁止』と掲げられて、開きっぱなしのドアに潜った。何か警報が鳴っている中近くの階段から足音がして、注意深くそれを追って地下階に進む。
 壁に張り付いて周辺の様子を窺っていると、目の前の開けた空間に見慣れた物があってつい声を上げてしまった。
 個性的な長い先頭形状、ボディ上部は目の覚めるようなグリーンのカラーのそれは──。

「なんで、『はやぶさ』……?」
「本当に鉄道文化むらに新幹線が……!」

 ナマエはポケットに入れておいたスマホで写真を撮ろうとしたが、強い誰何の声に驚いて取りこぼしてしまった。

「お前らは、おぎのやで。……そんなとこで何してる!」
「……これって、『テツドウダー』なのか!?」

 期待に輝かせた目をして質問返しするが、つなぎの少年は時間がない! という掛け声でシンを無視して、スマホに変形したロボットを持って『はやぶさ』に入ってしまった。
 緊張して入って行ったのに、すぐに出てきた少年は苦み切った顔をして俯いていた。何かトラブルでもあったのかと勘繰る。

『ネギだるまの側に一般車を確認!』

 備えられたスピーカーから切迫した声とともに、大型のモニターに巨大な“何か”とカメラを構えた女性が映った。それは、シンの夢を応援した人だった。

『民間人に被害が出たら……! 早く……早く、シンカリオンを!』

 雲行きが怪しくなり、スマホを拾って退散しようと手を引くナマエを振り切って、シンはプラットホームと思わしき足場を乗り越えて少年たちに迫った。

「何やってんだよ! 早く『テツドウダー』──いや、『シンカリオン』ってヤツでアイツを止めてくれ!」
「シン! 危ないよ!」
「これはそのためにあるんだろ!?」
「その通りだ。だが──」

 ──自分たちでは動かせないんだ……。
 おぎのやで叱咤した勢いが青いつなぎの男性にはなかった。悔しさが滲み出ているのは、部外者のナマエですら感じる。

「な、何だよ! 『シンカリオン』って世界を脅かす敵と戦ってたんじゃなかったのかよ! 誰も乗れないんだったら、単なる鉄の塊──」
『黙るのでございマス!』

 ロボットが焦るシンの耳元で大きい音声を張り上げた。何も言えないふたりに代わって抗議を連ねる。

『シンカリオンを動かすには、難しい条件があるのでございます! キミみたいな一般人にはわからないのでございマスよ!』
「何だと〜っ」

 条件がどれくらい難しいのか聞き出そうとシンがロボットを掴むと、それは別の画面に移り変わって何かの数値を測り始めた。
 ピロンと軽快な音がして計測が終わると、そこには92.5%と表示されていた。奪い返したロボットのその数値に驚愕を隠せない少年たち。
 同じようにホームに飛び乗って隣に来たナマエはどういうこと? とシンに訊いたが、もちろん彼がわかるはずもなく。

「いくら適合率が高くても……いきなり戦うなんてムリだ」

 頭ごなしの否定。それにシンはいつも遭遇していた。それでも、だからこそ──。

「可能性は、ゼロじゃない!」

 身を乗り出して放った口癖。やる前から諦めることなんてシンの辞書には載ってないのだ。場違いだというのにナマエは小さく笑みをこぼした。

「俺が『シンカリオン』に乗って、あのお姉さんを助けに行く!」

 時刻表のように揺るぎない決意。少年は『スマット』と呼んだロボットを元のスマホ型に戻させた。

「『シンカリオンZ・E5』に乗るには、この『超進化モバイル・Zギア』が必要だ」

 頼む! ああ!
 短いやり取りだが、少年ふたりの信頼の連結は一瞬だった。
『シンカリオン』に乗り込んだシンを見送り、手持無沙汰にしているナマエに少年は手を差し伸べた。

「来い!」
「は……はいっ」

 手を取るとグイッと引っぱられ、彼は走り出した。
 道順を覚える余裕もなく着いた先は薄暗い指令室のような場所。なのに明るいのは正面にある大きなモニターのおかげである。
 ヘッドセットを装着して指示を出す少年を端の方で見ていると、青いつなぎの男性に手招きされた。その服装は整備士を表していることを今理解した。

「不安か?」
「……はい。でも、乗っている方がもっと不安だと思います」
「そうか。……だが、見ていろ。この巨大怪物体を倒すために『超進化研究所』は備えてきた」

 モニター越しにはやぶさカラーのパイロットスーツのシンを見上げる。
 Zギアに表示されたSuicaみたいなモバイルICカード『Shinca』をコードリーダーにかざす。軽井沢方面行きのアナウンスが流れて、本当の電車みたいと感心する。

『シンカリオンZ・E5、出発進行!』

 シンカリオンが満を持して発車した。
 次いで超進化速度を出すように指示する。それに到達しないと変形が出来ないと言う。現状国内最速度のはやぶさが出せるのは最高時速320km/hだが、シンカリオンとなると話は違うらしい。
 シンがハンドルを一気に下げると、加速とともに光のレールが現れる。時速1225km/h──超音速を超える速さに到達し、変形の時が来た。

『「チェンジ、シンカリオン!』」

 瞬く間に変形して現れた人型のロボット『シンカリオンZ・E5はやぶさ』。目を引く「ときわグリーン」、風のような「飛雲ホワイト」、流麗な「つつじピンク」は変形したシンカリオンでも健在だ。なんと手には二振りの剣を持っている。
 シンカリオンの登場で女性は乗ってきた赤色のハチロクで去って行き、一つの懸念材料はなくなったが、巨大怪物体『ネギだるま』は邪魔モノとして機体に攻撃を仕掛けた。初めての運転で防ぐ術を知らないシンはそのまま尻もちをつくはめになった。

『いってって……やっぱり簡単にはいかないや』

 運転士本人が怪我をした様子はなく、ナマエはか細く息を吐く。無事を祈るように組んだ手のひらはうっすらと汗をかいている。

『そういえば。何でこのだるま、手足があるんだ?』

 ミステリー好きの純粋な疑問に、誰もが気の抜けた反応をした。

『だるまってのは、中国に仏教を伝えたインドの偉いお坊さんが、法衣に包まって座禅を続けてたせいで手足が見えなかったっていう伝説にちなんで……』
「そんな話は後で聞く! 今は戦いに集中しろ!」

 謎を解明しようとするシンにアブトは叱責し、自分の世界から我に返った彼は間一髪で『ネギだるま』の攻撃を避けた。
 まだまだ攻撃をしようと雄叫びを上げる巨大怪物体にシンは怯む。訓練もされてない運転士に何ができるのか……。

「ビビる必要はない! お前が乗っているのは……シンカリオンだ!」
『────おう、やってやる!』

 アブトの力強いセリフは、シンのやる気を取り戻すのには充分だった。
 操作サポートは指令室からE5はやぶさと一体化したスマットに移った。勇ましい口調に変わったのはそういう仕様だからだ。
 スマットは、シンとイメージを連結する──同調インターロックして戦うことを指示した。彼にはよくわからなかったが、わからないなりに愚直に従った。
 インターロック・システムが作動すると、シンの意識はトンネルを抜けたようにはっきりとした。E5はやぶさを完全に操れるようになったのだ。
 敵の持つネギのように長い武器から砲弾が射出されるが、シンは剣を振り落としてそれらを弾き飛ばした。
 反撃はここからだ。助走をつけて背中のバーニアを利用した流れるような飛び蹴り。巨大怪物体は名前の通りだるまのように転がった。
 チャンスだ! と斬撃でネギだるまを囲い込み、ホームドアを出現させて動きを固定させる。

『エキスカリバー────!!』

 定刻発車の電車のごとく飛び出し、迷いのない剣先は敵を両断した。
 爆発を背景にE5はやぶさが凛々しく立つ。ずっと緊張していたナマエは戦闘終了とともに腰を抜かした。
 視界から消えてたのを気にして、青いつなぎの男性は苦笑しながら声をかける。

「大丈夫か? ああ……お前さんの名前は? 俺は島ゴイチ」
「わたしは……ナマエです。苗字ナマエ」
「──苗字、だと」

 今日の出来事が、この自己紹介が今後のナマエの運命をポイント切り替えするとは誰も思いもしなかった……。

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