悪夢か現実か

足元に転がる無数の死体。血溜まりの中で立ち竦む私は、無表情でそれを見下ろしていた。最初こそは、死体見る度に悲鳴を上げ、夜は怖くて眠れなくなったものだ。今はすっかり慣れて、ただの肉の塊としてしか認識しないようになった。普段から人の死に関わる様な汚れ仕事をしているのだ。感覚が麻痺してくるのも仕方ないと言えば仕方ない。決して許される行為ではないけれど。しかしそもそも、私は何故こんな所で立っているのだろう。そして、この肉塊の山は何なのだろう。身に覚えも無ければ、ここに至る経緯までもが曖昧だ。

よく目を凝らすと、足元の死体は皆暁の外套を羽織っていた。見覚えのあるその服にハッと息を呑む。さっきまで興味が無くて、ボンヤリとしか認識していなかったこの死体の山が、急に怖くなった。焦ってその顔を確認する。一体誰だ、誰が死んでいるんだ。

「え……」

ひっくり返した死体の顔は、これまた見覚えのある人物だった。一気に血の気が引いていく。金髪の長い髪、左眼に付けられたスコープ。中性的なその顔立ちは、間違いない。デイダラだった。なんで、どうして、と次々に湧き上がる疑問が解決する間もなく、その死体の山の正体が次々と露わになっていく。ペイン、小南、角都、飛段、イタチ、鬼鮫、サソリ…。変わり果てた仲間の姿に、体の力が抜けていく。

「お前が殺したんだぞ、ななし」
「え…?」

頭に響く謎の声。どれだけ探してもその声の正体は見つからないが、確かに聴こえてくる。私が殺した?そんなはずは無い。だって彼らは、私にとって大切な仲間なんだ。しかし確かに私は、誰のものか分からない返り血を大量に浴びていた。震えが止まらない。もしかしたら、本当に…?

「みんな、弱いお前を守って代わりに死んでいった。お前が殺したも同然だ」
「私が…殺した…?」
「お前が非力だから…、いつも仲間に甘えてばかりだから、こんな結果になったんだ」

そこで私は飛び起きた。窓から入り込む日差しと、鳥の囀りが朝を告げている。ベッドから起こした上半身は、嫌な汗をかいていて、はあはあと乱れた呼吸を繰り返していた。夢、か。やけにリアルで恐ろしい夢だった。こんな夢に魘されるなんて。震える自分の手を見つめながら、情けないと溜息をつく。お前が殺した、そのワードが頭にこびり付いて離れない。夢だったが、いつもみんなに甘えて守って貰っているのは本当だ。もしかしたら、現実に起こり得る可能性だってある。日々強くなりたいとは漠然と思っていたが、ここまではっきりと強くならなくては、と決意したのは、この夢が、夢だと思えないからだろうか。

「…って事だから、みんな。今日から私のことを甘やかすの禁止です」
「はあぁ?」
「またくだらねぇこと言い出したな」

みんなと顔を合わせた時、今日見た夢の話を告げ、本格的に修行を始める事を告げた。真っ先に反対の意を唱えたのは、デイダラとサソリのコンビだ。夢なんてくだらない、の一点張りで文句を垂れている。

「オイラたちの芸術が誰かに負けるなんて有り得ねぇよ、なぁサソリの旦那?」
「ななしテメェ…、俺たちがそこらの雑魚に殺される様なタマだと思ってんのか」
「みんなは確かに強いけど!私がお荷物になってるのは本当のことだし。何かを守りながら戦うのって、かなり不利だと思うんだけど…」
「ハンデだハンデ。うん」
「荷物なら既に隣にいるからな。今更1つや2つ増えたところで変わんねぇよ」
「サソリの旦那、確かに傀儡コレクションの巻物が邪魔そうだもんな、うん」
「傀儡の事じゃなくてお前の事だこのお荷物野郎」

聞く耳持たずといった姿勢の二人に困り果てて、私はどうしたものかと考えあぐねた。この際、デイダラやサソリたちの強さ云々の話ではなく、暁に所属している以上は、自分の身は自分で守れた方がいいに決まっているのだ。いつでもみんなが傍にいるとは限らないし、ここは常に戦いが隣り合わせにある組織だ。

「適材適所、得意不得意という言葉があるだろう。戦える者が戦えばいい」
「い、イタチまで…!そうやって甘やかさないで!私だって強くなりたいんだ…みんなみたいに」
「私としては、下手に力を付けて前線に出られたら、そっちの方が心配になりますよ」
「本当は任務にも連れて行きたくないのだがな。もし万が一、石に躓いて転んだりでもしたらどうする。その場合会社から保険は降りるのか?」
「イタチ、ふざけないで。私は真剣に話してるんだよ」
「失礼な。俺だって真剣だ」

まさかイタチと鬼鮫まで反対してくるとは。クールで優しい二人なら、見守ってくれると思っていたのに。だが考えてみると、このコンビが一番私を甘やかしているかもしれない。疲れてないかとすぐ私を抱えようとするし、団子屋が見えると、いつも頑張っているからと必ず甘味を買ってくれる。(後者に関してはイタチが欲しいだけの様な気もするが)

「心掛けは立派だが、俺たちがお前に望んでいることはそんな事ではない」
「ええ。貴女はただ、家事をこなし、帰って来た私たちに、ご飯にするお風呂にするそれとも私、の台詞を言ってくれればいい」
「小南!?」
「それとイタチ、保険の件だが、労災が認められれば、暁からちゃんと保険が降りるぞ」
「すごいホワイト企業!」

ペインと小南が私に望んでいることがよく理解できないが、この二人も修行に関しては反対のようだ。強くなるということは、その分戦地に駆り出されて、単純に危険も増えると。だがそれはみんなだって同じことだ。いつも任務で戦いに赴くみんなは、危険と隣り合わせにある。私だって、みんなのことが心配だし、共に戦って、守れるのなら守りたい。そう思うのは、やはり迷惑なのだろうか。

「お前が戦える様になったら、俺の獲物が減っちまうだろうが!」
「目の前でウロチョロされたら、間違えて殺しちまうかもしれないしな」
「それよりななし、ジャシン教に入らないか?今加入すると、青汁がもう1日分タダで付いてくるぜ」
「どんな勧誘!?」

角都と飛段はお話にならない。まずこの二人は仲間をも殺そうとする癖を直して欲しい。結局、修行の相談をするつもりだったのが、話し合いの収拾がつかなくなってしまった。それぞれ喧騒が広がっていく中、私は溜息をついて首を横に振った。こうなるともう話し合いどころじゃない。私は諦めて、静かにその場を後にする。あの悪夢を見て、真剣に悩んでいたのが馬鹿だった。そもそもこの人たちは、常識を逸脱した集団。真面目に悩んでいた私が間違いだったのだ。そこまで言うのなら、とことん甘やかせて貰おう。どっちにしても、この人たちが許してくれなければ、修行など出来ないのだから。強くなりたい、という夢は儚く散り、いそいそと自分の部屋へ帰ってきた。悪夢のお陰ですっかり寝不足だ。お昼寝でもして解消しよう。

ーーーー・・・・

任地にて、暁の面々は折り重なる死体の山を見つめていた。目前に広がるこの肉塊と、血溜まりは何だ。見るも無残な姿に変貌した死体は、確かに暁が請け負った任務の対象である。しかし、殺したのは自分たちではない。なら何故、コイツらは死んでいるのか。その疑問は、思ったよりも早く解決することになる。

「みんなー!」

死体の山の向こうで、こちらに向かって手を振る影が1つ。嬉しそうな笑顔を浮かべて、無邪気にはしゃぐななしだ。何故こんな所に、と口にするよりも前に、ななしは言った。

「来るの遅いよー!先にやっちゃったよ!」

よく見ると、ななしが羽織る外套は、真っ赤なシミが付いて汚れていた。笑うその頬にもべっとり付いている。それが血である事は一目瞭然だが、彼女が元気であることを考えると、その血は彼女のものではないのだろう。だとすれば、考えられる事はただ1つ。地面に広がる死体と、血の海。ななしの汚れの正体は、これしかない。

「もー、何驚いてるの?これくらい、今の私なら朝飯前だよ!」

固まったまま何も言わないこちらに、ななしは不満げだ。本当にお前が殺したのか?と疑われているようにも思えたのだろう。ななしは徐ろに自分の外套に手を掛け、ぶちぶちとボタンを外した。その一連の動作に呆気にとられている内に、暁の羽織を捨て、忍び服姿になったななしが現れる。すらりと伸びた手脚、凹凸のある綺麗な体のライン……、ではなく、鍛え上げられ、ぼこぼこと筋肉のついた、肉体改造された体。

「えへへ、修行頑張っちゃった!」

笑うななしに、響き渡る男の断末魔。暁の面々の悲鳴が、アジト内を揺らす。恐ろしい悪夢に魘され、全員揃って飛び起きたのだ。窓から入り込む日差しと、鳥の囀りが朝を告げている。男たち(一人小南)は、寝間着のままベッドを飛び出し走り出した。それはもう、鬼の形相で、なりふり構わず。そしてノックもせずにななしの部屋に飛び込んだ。中にいたななしは、突然どかどかと入り込んできた暁一同にぽかんと口を開ける。丁度着替え途中だったのだろう、服ははだけて綺麗な素肌が露わになっているが、驚きのあまりその事を忘れている様だ、みんなの前で固まったまま微動だにしない。その体は、夢で見たようなムキムキの筋肉マッチョじゃない。細くて綺麗な、いつものななしだった。

「夢で良かった、うん」
「フン。俺は初めから夢だと分かっていたがな」
「その割にはお前も珍しく必死な形相だったがな、サソリ」
「そういうお前も面白い顔をしていたぞ、イタチ。勿論俺もな」
「自覚していたのね。私笑いを堪えるのに必死だったわ」
「おい飛段、テメェ、走ってくるとき三回俺の足踏んだだろ」
「俺は八回踏まれた上に一回頭殴られてんだけどドサクサに紛れてワザとやっただろ!!」
「とりあえず疲れたな。コーヒーでも飲んで休憩しよう。ななし、コーヒーを全員分頼む」
「いや出てって」