死んだフリ

「やだ…!しっかりしてよイタチ!」
「ななし…」

信じられなかった。イタチは私の何倍も強くて、どんな敵と対峙しても傷ひとつ作らず帰ってくるような男だ。だからこそ、今こうして私の目の前で、真っ赤に染まり息絶え絶えの彼の姿を信じる事が出来なかった。いや、信じられないと言うよりも、信じたくないという方が正しいか。彼をここまで追い詰めた敵は、深手を負ったイタチと協力して殺したが、イタチもまた、相討ち状態でここから動ける状態じゃない。私は必死にイタチに呼びかけて、彼が目を閉じようとするのを何度も阻んだ。虚ろなイタチの目が、ぽろぽろと涙を流す私を捉える。

「…泣くな、ななし」
「イタチ……、わたし……」
「お前の顔を見れて良かった」

まるで最期の別れみたいだ。そんなの認めない。勝手に逝くなんて、絶対に許さない。だって私は、貴方に肝心なこと1つも伝えられてないのだから。私の額に指を置いて、「許せ、ななし」と儚く笑ったイタチに、そっと寄り添った。自分に彼の血が付いてしまうことも厭わず、優しく、愛おしく、イタチの体を抱きしめる。ずっと言えずに抱え続けてきた想い。伝えなければ、永遠に後悔することになるだろう。

「…イタチ、愛してる」
「………」
「ずっと、ずっと…」

イタチは私の言葉を静かに聞いていた。溢れる想いを告げた後、私は彼の頬に手を添えて口付けた。重なる唇からは、まだ彼の温もりが残っている。どうかこのまま、ずっと二人で時を過ごしたい。叶わぬ願いを抱きながら、私たちはそこで静かなひと時を過ごしたのだ。

ーーーー・・・・

「傷もすっかり良くなりましたね、イタチさん」

イタチは死ななかった。あの後助けに来てくれた鬼鮫の手によって、彼は迅速にアジトに運ばれ、これまた迅速な手当てを受け、一命を取り留めた。命に関わる一刻の猶予もない状態だったのは間違いないが、まさか生き返るなんて誰が思っただろうか。他でも無い私が一番驚いている。しばらくの間は絶対安静で、イタチの意識も安定していなかったが、遂に今日、彼は完全復活を遂げたのだ。

体に負っていたあの深い傷は、痕さえ残したもののしっかりと塞がっている。側に畳まれて置かれていた暁の外套を手に取り、それを羽織る。久々に通した袖に、イタチも心なしか嬉しそうだ。良かったですと付き添う鬼鮫に礼を言いながら、彼は辺りを見回した。

「ところで、ななしはどこにいる?」
「ああ…それがですね」

私はと言うと、自分の部屋に立て籠もっていた。イタチに合わせる顔がない。今日彼が無事に復帰することはみんなから聞いていたが、そこに立ち会う勇気などある訳が無かった。だって、だって、最期だと思ったから私、あんな事を言ってしまったし、あんな大胆なこともして…。あの時はまだイタチの意識もはっきりしていたから、きっと覚えているだろう。愛してるという言葉も、キスを交わしたということも。どんな顔をしたらいいのか。というか、生きてるなんて聞いてない。

「顔を見せに来てくれないなんて随分釣れないなななし」
「ぎゃあああ幽霊!」
「俺は生きてる」

ノックも無しに現れたイタチに、私は悲鳴を上げて手で顔を覆った。真っ赤な顔を見られたくない。わざわざその足で私の元に出向くなんて、意地悪だ。証拠に彼の顔は楽しそうに笑っている。きっとあの時のことを問い詰める為に来たんだろう。イタチが何かを言い出す前に、私は言い訳のようなものを早口で並べた。

「誰だって死ぬと思うじゃん!あんな状況を見たら!」
「俺も正直死ぬと思っていた」
「なのに生き返って!私のこと騙したな!イタチの嘘つき!」
「それは悪かった。思っていた以上にしぶとかったみたいだ」
「ばか!ほんとに、ほんとに…怖かったんだから…」

話している内に、イタチがちゃんと生きていることを実感して、涙が溢れた。イタチは、ちゃんとそこにいる。私の目の前で生きてる。それが嬉しくて堪らない。あれが本当に最期にならなくて良かった。今はただそれだけだ。泣き出した私を前に、イタチはそっと歩み寄り、優しく抱きしめてくれた。あの時私がイタチにしたように、優しく、愛おしく、寄り添うように。頭を撫でる手つきに目を細めながら、頭上から降る低い声に耳を傾けた。

「すまなかった。心配かけたな」
「…生きてて良かった」
「俺も…、死ぬ覚悟はとっくに出来ていると思っていたが…、今は生きていて良かったと思う」
「イタチ…」
「お前に、あの時の返事をすることができるからな」

顔を上げると、イタチの黒い瞳が真っ直ぐ私を見つめていた。端正なその顔立ちが、そっと私に近付いてくる。釣られて目を閉じると、そのまま二人の唇が重なった。しばらく静かな時を重ねた後、ゆっくりと離れていく。二度目になるが、やはり慣れない。恥ずかしそうに口に手を添え、視線を泳がせる私を前に、イタチは堪え切れない様子で笑みを溢した。

「わ、笑わないで!」
「すまない。余りにも愛おしくてな」
「な…、なんでそんな恥ずかしいことをスラスラと…!」
「恥ずかしいことではないだろう。ななしも言ってくれたではないか。愛して、」
「あー!あー!何も聞こえなーい!」
「聞こえないのなら何度でも言ってやろう。その都合のいい耳が、俺の声を聞き入れてくれるまで、な」

耳元で囁く甘い声に何度も啼かされて、彼から解放される頃には、すっかり外は真っ暗になっていたのである。