Love bite!B

結局最初のキスチャンスがやってきたその後、殆どななしと話す事が出来ないまま1日目は終わってしまった。マネージャーであるななしは、俺たちが練習を終えた後も料理の準備やら明日の用意やらで仕事に追われていて、話しかけられるような雰囲気では無かったのだ。夜の自由時間に、せっかく二人でちょっと静かなところへ移動して甘い雰囲気に…なんて考えていたのに、思ったよりも計画は難航している。

そうして2日目を迎えた俺は、着替えを済ませて体育館へやって来た。そこには俺よりも早く準備を終えた数名の部員が、既に朝練を始めていて、ネットを挟んでサーブの練習をしている。その中で、ななしの姿も既に体育館にあって、北さんと何やら話しているようだった。

(まーた北さんかい……)

キャプテンとマネージャーという立場上、部活のことで話さなければならない事は多いのかもしれないが、だからといって納得できるほど俺も大人じゃない。何なら彼氏の俺よりも、北さんの方がななしと言葉を交わしているんじゃないだろうか。朝から嫌なものを見せつけられて、むすっと不機嫌そうに眉を寄せると、無言のままコートに入ってサーブの練習に混じった。ついイライラをボールにぶつけて、凄まじい威力を持ったサーブが反対側のコートへ飛んでいく。他の部員も、俺の不機嫌さに気付いているのか、ビクビクと遠慮しながら顔色を窺っていた。

「侑!」

誰もが遠慮して話しかけられないでいた俺に、平然と話しかける高い声。紛れも無くななしである。彼女は、先程まで北さんと話していた場所から俺の元へとやってきて、おはようと笑顔を見せてきた。いつもなら普通に挨拶を返すところだったが、先程北さんと会話しているところを見てすっかりへそを曲げてしまった俺は、むすっとした表情のまま彼女を見下ろして、何も返事せずにバレーボールを手に取った。無視してサーブ練習に入った俺にきょとんとしていたななしだったが、その顔はみるみる怒りに染まっていく。

「ちょっと侑!挨拶くらいしなさいよ!」
「うっさいな。練習の邪魔や、あっち行ってろ」
「何よその言い方…!」

俺の腕を掴む彼女の手を振り払うと、ななしは俯いたまま黙り込んでしまった。少しやり過ぎただろうか。まさか泣いているのかと慌てた俺は、そっとその顔を覗き込む。すると、うっすらと頬を赤く染めてそっぽを向くななしの顔がそこにあって、彼女は小さな声で言ったのだった。

「…昨日キスしようとしたくせに…」
「なっ……!」
「……キス、しようとしたんでしょ?あの時」

じっとこちらを見つめてくるななしの視線に、俺はタジタジだ。まあ何をしようとしていたかはバレているだろうなとは思っていたが、改めてキスしようとしたのかと言われると、流石に俺も恥ずかしい。動揺して顔を赤くする俺を睨みながら、逃がさないとでも言うように詰め寄ってくるななし。いつもは喧嘩ばかりでムカツクことを言ってくるのに、何故だろう。昨日からコイツが可愛くて仕方がない。……キス、したい。再び俺の目は、ななしの唇に釘付けになっていく。

「き、きすって、おま……」
「…違うの?」
「ちが…っ!…わねえ、けど…!」

再びコートで繰り広げられる甘い雰囲気に、サーブの練習をしていた部員の目が一斉に俺たちに注がれる。今度こそ、今度こそ、実現するかもしれない。朝からやってきたチャンスに、俺はごくりと喉を鳴らした。潤んだ目でこちらを見上げてくる彼女は、震える唇で言葉を紡いだ。

「……してくれないの?」
「え!?」
「昨日の、続き……」
「え、あ、いや…、」

まさか向こうもノリノリだとは思わなくて、予想外の展開に面白い程動揺してしまう。だが俺だって男だ。この合宿中にキスをする、と決めたのは、他でもないこの俺自身。こんな事で戸惑っていてどうする。この程度じゃいつまで経ってもキスなんて出来やしない。男としても一回り成長するんだと決意したじゃないか。

意を決した俺が、ななしの肩を掴む。驚いて固まる彼女をじっと真っ直ぐ見つめて、俺は答えた。

「…してええの」
「……あつむ……」
「…やっぱ駄目、は無しやで」
「……そんな事言わないよ」

侑なら、いいよ。そう控え目に紡がれた言葉に、どくんと心臓が脈を打つ。ああ、可愛い。キスしたい。ばくばくとうるさい鼓動を無視して、掴んだ肩をぎゅっと握りしめる。ななしはしばらく俺を見つめた後、そっとその目を閉じて、昨日と同じように俺からのキスを待っていた。今だ、やるしかない。今日こそやってやる。男を見せろ、宮侑!自分で自分を叱咤しながら、唇の位置を確認する。そして、ゆっくりと目を閉じて、徐々に二人の距離を詰めていった。あともう少しで、重なる筈。やってくるであろう唇の感触に、心構えをした瞬間だった。

「あ、ツムすまん」

間延びした声が謝ってきたかと思えば、バコンと頭に当たるバレーボール。突然の衝撃に目を見開き、目の前にいたななしもびっくりしている。ボールが飛んできた方へゆっくり振り返ると、真顔のままの治が「すまん」ともう一度謝ってきた。どうやら彼が打ったサーブが不運にも俺の頭にヒットしたらしい。またもや未遂に終わってしまったキスに、俺のイライラは上昇していく。

「サムてめぇゴルァァ!何しとんねんこのノーコンが!!」
「しゃあないやろ。ってかコートの中でいちゃついてんなや」

治の言うことはごもっともである。湯気が出そうな程に顔を赤くしたななしは、逃げるようにそこから走り去ってしまった。「あ、」と手を伸ばしたが、既に彼女はもう届かない距離へと移動してしまっていて、結局この日も、俺のキスチャレンジは失敗に終わってしまったのだった。絶対許さへんぞ、治!