Love bite!C

「俺は!キスがしたいんや!!」

食堂にて、みんなで夕飯のカレーを食べている時。俺は恥ずかし気も無くそう叫んだ。みんながきょとんとしてこちらを見つめている。

三日目の夜。練習を終えた俺たちは、ななしが作った晩御飯を食べながら談笑していた。最初こそ何かを考え込むように無言で黙々とカレーを口に運んでいた俺だったが、突然感情が爆発したように叫ぶと、前に座っていた北さんがじっと真顔で俺を見つめてきた。

「ご飯中に騒ぐな」
「北さん…!俺は……、負けません!」
「何がや」
「気にしないで下さい北さん」

フォローを入れる治の台詞。合宿初日に同じような台詞をななしにも言っていたような…なんて思いながらも、俺は全く反省せぬまま燃え上がっていた。もう既に合宿は3日目を迎えている。中間地点まで来てしまった。残された日数は多くない。さすがに俺も少しだけ焦り始めていた。

「みんなー!食べ終わったら水道まで食器持ってきてねー!」

裏のキッチンに引っ込んでいたななしが顔を出して、食事をするみんなに声を掛けている。その姿を捉えた俺は、急いで残りのご飯を口に掻き込み、空になった皿をお盆に乗せて立ち上がった。「ごちそうさま!」と挨拶をして、キッチンの方へ歩いて行く。近付いてくる俺に気付いたななしが慌てたようにキッチンへ戻ろうとしたので、咄嗟にその腕を掴んで引き止めた。

「おい!」
「あ、侑……」
「お前昨日から俺のこと避けとるやろ」

そうなのだ。昨日、治に邪魔されてキスし損ねたあの時から、ななしが余所余所しくなって、俺のことをあからさまに避けるようになってしまったのである。一体何が原因なのかは分からないが、こちらからしたら堪ったもんじゃない。キスしようとして2度も失敗しているのに、避けられたら今より更にキスを実現することが出来なくなってしまう。昨日はそっちからキスをねだってきたというのに、どういう心境の変化だろう。逃がさない、と言うかのようにしっかり握りしめたななしの腕に、彼女も諦めたのだろう。真っ赤な顔を俯かせて、弱々しく言葉を紡いだ。

「だって…何だか恥ずかしくて……」
「え……」
「侑の顔見ると、思い出しちゃうから…」

キスしようとした時の事、思い出しちゃうから…。そう紡いで、潤む瞳を伏せているななしに、俺はぽかんと固まって立ち尽くしていた。普段学校では、あれだけ減らず口を叩いて、素直じゃない事ばかり言う癖に、今の彼女はまるで別人のようだ。いや、違う。これこそが、俺の望んでいた甘い恋人ライフ。俺がキスしようとしている事がななしの刺激になったのか、向こうも随分とストレートに俺への想いを伝えてくれている。ああ、キスがしたい。ますますキスがしたい。

片手で皿の乗ったトレーを、近くの台に置く。ハッとして俺を見上げるななしの目をまっすぐ見つめて、身長差のある彼女に合わせるようにぐっと背中を丸めた。今なら、出来るかもしれない。失敗続きの俺は、若干焦りながらも早急にななしに顔を近付けた。「ちょっと、あつむ、」と身じろぐななしが、逃げられないようにその二の腕を掴む。するとななしも、困ったような目をこちらに向けていたが、覚悟を決めたのかその唇を閉じて、再び俺に向かって目を閉じてくれた。

(今度こそ……、ななしと……!)

キッチンの入り口で、家具の影に隠れるようにしながら、キスを交わそうと近付いて行く俺たちの距離。緊張しているのか、ぎゅっと閉じられたななしの瞼が微かに震えている。それさえも愛おしさを感じながら、俺も瞼を閉じて、そっと唇を寄せる。やっと、念願の……、

「食器片付けたいんだけど」

固まる俺とななし。またしても間に入ってきた声の主は、角名で。綺麗に食べ終えた皿を載せたトレーを持って、じっとこちらを見下ろしている。表情1つ変えずに立っているのが益々腹立たしい。邪魔しちゃ悪いなとかそういう気持ちにはならんのかお前らは!と湧き上がってくる怒りに拳を震わせる。

「角名………」
「ごめんね角名!貸して!私洗っちゃうから!」

怒鳴ろうとする俺を押しのけて、真っ赤な顔をしたななしが角名から皿を受け取っている。威嚇するように角名に視線を飛ばす俺のジャージの裾を、皿を片手に彼女がクイクイと引っ張ってきて。

「…あ、明日の夜、とか…」
「え」
「空いてる……?」

茹蛸の様な顔で、消え入りそうな声でそう誘うななしに、俺は数回ぱちぱちと瞬きをした。明日の?夜?それってもしかして、お誘い?徐々にその言葉を理解して、俺は食い付く勢いで返事をした。

「空いとる!!めっちゃ空いとる!!槍が降っても行くわ!!」
「や、槍が降ったら流石に……」
「迎えに行く!部屋の前で待っとって!」
「…うん、待ってるね」

じゃあ、洗い物してくるから、と恥ずかしさから逃げるようにキッチンに入ってしまった小さな体を見送る。いまだに実感が沸かなくてぽかんと突っ立っている俺の隣に、角名が立った。俺と同じように、ななしが消えたキッチンの方へと視線を飛ばしながら、何故か偉そうに口を開く。

「…良かったね侑。俺に感謝してね」
「なんでや。邪魔しかしてないやろお前」

明日の夜!!それが俺の勝負の時だ!!絶対に逃がすものか、このチャンス!!