Love bite!D

今日の練習試合は絶好調だった。試合は全勝、思い描いたトスを上げられた。全てにおいて最高、完璧。この調子なら、俺の目標『ななしと合宿中にキスをする』も叶えられるのではないだろうか。そう期待に胸を膨らませながら、風呂を済ませた俺は夜の校舎を一人歩いていた。向かう先は、ななしが眠る時使っている教室。昨日夕飯の時に、角名の邪魔が入ったせいで未遂に終わったキスの後、夜に二人で会おうと約束していたのだ。夜ならば、それぞれ自由時間に入っているから邪魔が入る確率も少ない。二人きりになれる場所に移動して、静かに雰囲気を作って…、と頭の中で何度も練習を重ねる。よし、これだけイメトレを積めばもう大丈夫。きっと今度こそ上手くいく。いや、成功させなければならない。俺にはもう後がないのだから。

そうして辿り着いた、ななしとの集合場所。そこには既に、ジャージ姿で恥ずかしそうに立っているななしの姿があって、俺は慌てて駆け寄った。待ったかと問いかけると、「今来たばっかりだから」と照れくさそうにはにかんでいる。ななしからは、俺と同じシャンプーの匂いがした。お風呂上りの彼女は、また普段とは違った雰囲気を持っていて、柄にも無くドキドキと緊張してしまう。とりあえずここでいきなりがっつくのもアレなので、二人きりになれる場所へ移動しよう、とその手を握りしめた。

「…………」
「…………」

学校ではあれだけ口うるさく喧嘩を繰り返している俺たちが、手を握ったままずっと黙っている。クラスメートの奴らがこの光景を見たら、きっと腹を抱えて笑うのだろう。だがそれでもいい。どれだけ笑われたっていい。俺は、ななしとキスが出来れば、何だっていいのだ。

そうして二人、静かに歩き回りながら、キスするのにいい場所は無いか、と探し回っていると、ふと隣にいたななしが立ち止まった。釣られて俺も立ち止まり、彼女が見つめている視線の先を辿る。そこには、毎日登下校する時に必ず利用している、下駄箱が並んでいて。何故ななしが突然立ち止まって下駄箱を見ているのかが分からなくて、俺は首を捻りながら問いかけた。

「どうしたん」
「ううん、ちょっと思い出して」
「何がや」
「…侑と、大喧嘩した時の事。覚えてる?」

そう言われても、普段から喧嘩ばかりで、一体どれの事を言っているのか見当もつかない。それに、一度済んだ喧嘩は割と忘れてしまうタイプなので、どれだけ考えて思い出そうとしてもいまいちピンとこなかった。難しい顔をする俺を見て、忘れてしまった事を悟ったのだろう。ななしは小さく微笑みながら、懐かしむようにその記憶を語ってくれた。

「侑はファンクラブもあるくらいモテるから、下駄箱によくラブレターとか入ってたりして…。それを見る度に、私すごく不安で」
「え…、お前そんな事一言も…」
「言えなかった。私、素直じゃないから、いつも可愛げのない事ばっかり言って侑と喧嘩して…」

俯きながら、自分自身の素直になれない性格を可愛くないと吐き捨てるななし。本当は喧嘩したくないのに、つい本心と真逆の事を口走ってしまうのだと。そういえば、そのラブレターの件では何度か喧嘩した事があったなあ、なんて頭の片隅に蘇った記憶を辿っていく。「ラブレターなんていらん」と切り捨てた俺に対して、「だったらその中で適当に彼女作れば!」なんて言われたことを思い出した。それも、本心とは逆だったのだろうか。じっと見下ろしていると、ななしはゆっくりとこちらを見上げてきて、その頬をうっすらと上気させていた。

「…侑の事、一番好きなのは私なのにってずっと思ってた」
「ななし……」
「だから、嬉しい。侑が、私にキスしようとしてくれるのが、まるで夢みたいで…」

二人を包む空気が、一気に甘く温かいものになっていく。だから私もキスしたい、なんて小さく紡がれて、俺の見開いた目が揺らぐ。好きな奴にここまで言われて、我慢できる男なんてこの世に存在するのだろうか。俺は感情のままにななしの腕を掴むと、ぐいと引き寄せて強く抱きしめた。腕の中にいるななしは、初めは驚いて固まっていたが、身を委ねるように背中に腕を回してくれた。感じるお互いの温もりと、心臓の鼓動。好きだ、この合宿中で、更に好きになった。日に日にななしへの想いは膨れ上がっていく。

「俺も、キスしたい」
「………!」
「キス、しよ」

少しだけ体を離して、至近距離で見つめながら改めて彼女に告げる。コクリと小さく頷いたのを確認して、俺はそっとななしの垂れる髪を耳に掛けた。もう、邪魔者はいない。邪魔させて堪るか。ゆっくりと位置を確認するようにななしの唇を指でなぞると、彼女はそれを合図に目を閉じていく。少しだけ背伸びをしながら、俺からのキスを待つななしの姿を目に焼き付けて。俺はゆっくりと、彼女に影を落としていくのだった。

あと数センチ、後数ミリ。二人の吐息を感じられる程までに近付いて、やっと念願のキス………と思ったところで、やってくるのは、お決まりの

「侑、マネ。もう消灯時間や。さっさと部屋に戻り」
「…………」
「…………」

キス寸前の二人を、懐中電灯で照らすのは、見回りをしていた北さんであった。就寝時間になっても布団がもぬけの殻になっていた俺を探して、ここまでやって来たのだという。ここまで来ても邪魔が入るのか!と半ばやけくそになった俺が、もう強引にしてやろうかと北さんの前なのにも関わらずななしに無理矢理顔を近付ける。すると、ぎょっとしたななしの平手打ちが、俺の頬に思い切り炸裂して、ぱちーんと威勢のいい音が響き渡った。

俺の最後のチャンスはこうして失敗に終わり、遂にキスをするという目標を達成できないまま、合宿最終日を迎えるのだった。

「……平手打ちは無いやろ…」
「ご、ごめん…」