ミイラ取りがミイラに

サソリの死後、彼はやって来た。後釜として入ってきた男は、常に仮面をつけて顔を隠す謎の男だった。デイダラとツーマンセルを組む彼は、お調子者で呑気で、戦闘の時もとても役に立つ男だとは思えない。何故彼が暁に入る事を許されたのか、どれだけ考えても理解に苦しむ。私は彼…トビと接しながら、常々彼の正体を探ろうと、その隙を狙っていた。

しかし、彼は一切の隙を見せなかった。食事の時も、お風呂の時も、どんな時も決して仮面を外すことは無い。暁の誰に聞いても、みんな仮面の下の素顔は知らないのだという。そんな男をこのまま暁に置いてもいいのか?暁を恨む者が、スパイとして送り込んだ男かもしれない。仮面で顔を隠しているのは、私たちに顔が割れている敵だからかもしれない。想像はどんどん膨らんでいく一方だ。それにしても、こんなに四六時中監視しているのに、一切の隙を見せないだなんて、やはり只者じゃないのかもしれない。

時は既に深夜の2時を指している。暁の皆が生活をするこの建屋にて、私は、トビに割り振られた部屋の前に立っていた。聞き耳を立ててみても、中から物音は一切しない。時間も時間だ、きっと深い眠りについている筈。眠っていれば、例え仮面を付けていたとしても、それを取ってしまえばいい。ようやく彼の間抜けな寝顔が拝めるのかと思うと、どきどきと言いようのない胸の高ぶりを感じた。

私は、トビの部屋の扉からそっと離れると、そのままその場で上に飛び上がり、屋根裏へと侵入した。扉を開けて侵入すると、戸の軋む音が彼を起こしてしまう可能性を考慮した為、屋根裏から忍び込むことにしたのだ。トビの部屋の真上と思われるところまでやってくると、天井の板をそっと外し、そのまま音もなくトビの部屋に降り立った。案の定、彼はベッドでぐーすかと深い眠りに就いていて、問題の仮面も彼の顔に付けられたままだった。

(やっぱり…仮面を付けたまま寝てる…)

随分と警戒心の強い男だ。寝ている時も付けているなんて。そこまでひた隠しにする仮面の下の素顔…きっと誰にも知られたくない秘密があるのだろう。生憎だが、この際仮面は付けていようがいまいが関係ない。意識のない人間から仮面を剥ぐことなど、造作の無い事である。私は、寝息を立てるトビの傍らにそっと近付き、その仮面にゆっくりと手を伸ばした。もう少しで仮面が取れる、そう期待を膨らませた瞬間だった。

伸ばしていた手を掴まれ、ぐるりと視界が回った。ベッドに乱暴に投げられ、背中を打った痛みに顔を歪める。一瞬の出来事に、何が起こったのか頭がうまく働かなかったが、視界に映り込んだ天井とトビを見て、状況を察する。油断した。眠っているとばかり思っていたが、それは彼の演技だったのだ。

「こんばんはななし先輩。寝込みを襲うなんて随分大胆ですね」
「く……、は、離して」

上に覆い被さるトビによって、手はベッドに押さえつけられ、私が抵抗できない様、上にのしかかられて体重を掛けられている。やっぱり、動きが只者じゃない。いち早く私の気配を察知し、瞬時に相手の動きを封じ込めるなんて。これが本当にあのトビなのだろうか。仮面の奥に覗く瞳が、暗闇の中で怪しく光っているような気がした。

「…いつから気付いていたの?」
「…俺の部屋の前に来た時からだ。全く気配が消せてないぞ。敵地だったら死んでいたな」

口調も、声も、いつものお調子者のトビじゃない。目の前にいるこの男は誰だ。いや…、今目の前にいる男こそ、本物の、トビか。彼から感じる異様なオーラが、何故だか私の恐怖心を煽った。何とかしてここから逃げなければ、と本能が私に告げる。私はへらりと作り笑いを浮かべて、其の場凌ぎの言葉を並べた。

「で、出来心だったのよ…。トビっていつもその仮面を付けてるでしょ?だから、気になって」
「いつも俺の隙を窺っていたのも気付いていた。見られなくて残念だったな」
「そこまでバレてたの…」

何もかもお見通しだったようだ。ということは、私が今考えていることも、大体は察しが付いているのだろう。体が一気に冷えていくのを感じる。こいつは只者じゃない。私一人が手に負える様な男じゃない。

「デイ、んぐ!!」
「おっと、させるか。せっかく一人で忍び込んできたんだ、もっとゆっくりしてったらどうだ?」

デイダラの部屋は確かここから近い。1人じゃどうにかできなくても、誰かを呼べばなんとかなるかもしれない。そう目論んで、デイダラの名を呼ぼうとしたが、それすらもトビに先読みされていた。口を手で塞がれ、何も言えなくなる。代わりに自由になった片手でトビの手を剥がそうにもビクともしなかった。もしかして私は殺されるのだろうか、一体どうするつもりなんだと、怯えた目でトビを捉える。口を塞いでいた彼の手は、するすると下に降っていき、私の首に緩くかけられた。

「…細い首だな。少し力を入れたら折れそうだ」
「ひ……!」
「そんなに怯える事はない。お前がいい子にしていれば、生きて帰れるだろう」

十分すぎる脅し文句。今私の命は彼に握られているということだ。屈辱ではあるが、ここは無駄な抵抗を辞めて、生きることを最優先に考えよう。そして、この部屋から出たら、ペインに伝えなきゃ。この男は、暁で飼うには危険すぎる人物だと。こみ上げる恐怖心と必死に戦っていると、トビの手が私のコートにかけられた。ぷち、ぷち、と音を立てながらボタンが外されていく。トビが何をしようとしているのか何となく察して、私は慌てて自分のコートを掴んだ。

「な、なにを…!!」
「おやぁ、先輩。そのウブな反応…もしかして経験無い?可愛いなぁ〜」
「や、やめてトビ…!」

いつものお調子者を演じる彼。私の抵抗なんて物ともせず、トビはあっという間に私のコートを剥がした。身に纏うものは、下に着ていた薄くて動きやすい忍び服のみ。その合わせ目から、トビの冷たい手がするりと侵入して肌を撫でた。ひ…!と情けない声と共に、大袈裟なくらい体が跳ねた。

「へぇ…もしかして着痩せするタイプ?」
「う、うるさい…!あっ…」

服の下で動くトビの手が、優しくその感触を堪能するように胸を掴む。ぐにぐにと自在に形を変えて遊んでいる様だ。反対に私は、こんなところ誰にも触れられたことは無いし、先程トビにからかわれた通り、恥ずかしながら全く経験がない行為に、頭はパニックになりかけていた。

「と、とび、やだ、怖い!ひ…!やめて、やめて!」
「お、おい…、別に殺そうとしてる訳じゃ、」

私の余りの取り乱し様に、トビも流石にたじろいだ。ぶるぶると震える体と、眼に浮かぶ涙。本当にみっともない。正体を暴いてやろうと思っていた男の前で、こんな醜態を晒す羽目になるなんて。トビは、怖さでパニックになる私の上半身を起こし、先程までと打って変わって優しく抱きしめてくれた。とんとんと一定のリズムで背中を叩いてくれる。感じるトビの温もりと心臓の音に、私は徐々に落ち着きを取り戻していった。私も私で、突き放すどころかトビにしがみつくようにその身を委ねていて、我に返った時に慌ててトビの体を押し返した。

「と、トビ…」
「まあ、これ位で勘弁してあげますよ。次は無いですからね、先輩」
「うぐ……」
「それと…今晩のことは、誰にも話さないように。話したらどうなるか…」

何よりも貴女の体自身が分かっているでしょう?とトビが指差した私の体は、衣服が乱れてあられもない姿になっていた。私は慌ててコートを手繰り寄せて羽織る。顔の熱が引かない。何でだろう、さっきまでは憎くて怖くてたまらなかったこの男に、今は別の胸の高鳴りを感じている。

その仮面の下に隠された貴方に、私はすっかり捕らえられてしまったのだ。