let the dead bury the dead

「ライフリング、ですか?」
「そう。銃にも指紋みたいなものがあって、どの型式の銃で発砲されたのか、弾を見れば分かるの。それが、ライフリング。まあ、そういう目的で付与された機能じゃないんだけど」

現在起こっている連続殺人事件を受けて、本庁と所轄、合同の捜査本部を立ち上げて捜査を続けている今日、私は所轄所属の日向翔陽という新人の刑事とペアを組んでいた。目を輝かせながら私を見つめる彼を、横目で眺める。この位の知識は元々持っていて欲しいものだけど、後輩を育成していくのも先輩の務め。私はその、『ライフリング』というものについて、なるべく丁寧に彼に伝えた。

ライフリング。それは、銃砲の内部に刻まれた螺旋状の痕のことを言う。こうした痕を付ける事によって、発砲する時に弾に回転を加え、真っ直ぐに弾を飛ばす事が出来る。その際、発砲された弾には螺旋状の傷が付くので、発砲後の弾を調べればどの形式の銃が使われたのかが分かるのだ。

「今回の被害者は、銃殺でしたよね」
「銃弾は、被害者の背中から発砲されて、左胸を突き破って貫通してる。離れたところに、その銃弾が落ちているのが発見されたみたい」

カツカツとヒールを鳴らしながら歩く私の後ろを、日向が小走りで付いてくる。少し前、科捜研の及川に、今回の被害者の命を奪った銃弾を調べてくれと依頼してあったのだ。先程、その結果が出たという知らせを受けて、彼の元へ向かっている最中である。そうして2人で急ぎ足で向かう事5分。ようやく目的地に辿り着き、乱暴に扉を開けた。

「及川、銃弾の件だけど」
「ちょっと…、女性なんだからもう少しお淑やかに入ってこれないの?ドアが壊れるよ」
「この職業に男も女も関係ないですから。っていうか、そうやって女扱いするのやめてくれる?」
「怒った顔もお綺麗ですよお姫様」

ばん、と勢い良くその背中を殴ると、ぐふ、と及川が咳き込んで蹲っている。この男は、いちいち私のカンに触る男だ。ドカっと脚を開いて勇ましく座る私に圧倒される日向。やり取りの一部始終を見て固まっていた日向も、慌てて私の後を追って、パイプ椅子を引いた。

「お求めのものですけど」

及川が、例の銃弾と結果がズラズラと記された資料を机に並べた。食いつくようにその紙に手を伸ばして、目で文字を追う。右手にはコーヒー、左手は白衣のポケットに突っ込んでその光景を見下ろす及川は、先程の戯けた調子から真剣な表情に変わっている。

「型式は名無しちゃんの言う通り、警察官に支給されてるものと同型だったよ。M38エアーウェイトってやつ」
「やっぱり。私の推理は間違ってなかった」

にんまりと嬉しそうに笑う私の隣で、またしても首を捻る後輩刑事の日向。M38エアーウェイト。それは、警察官に支給される拳銃の1つ。昔はニューナンブという型が主に使用されていたが、現在は種類が多様化し、警察の要請や要望を受けて生産した銃も沢山採用している。その内の一つが、このM38エアーウェイトだ。

「問題は、この型式の生産が、5年前に生産終了しているって所だね」
「現在では入手困難って事ね」
「まあ、裏のルートを使えばもしかしたら手に入るのかもしれないけど…。本来一般人は銃を手にすることが出来ないからね。この型式の銃を手にする事が出来るのは、」
「…5年前から警察関係者として働いている人物」

頭の中に、今までの情報を思い浮かべる。前髪を掻き上げて、私はぶつぶつと譫言を並べ始めた。あともう少し…あともう少しで何かに辿り着きそうな気がするのに、いまいち決定打がない。一人目の被害者が握りしめていた、煙草。被害者が全員前科持ちで、罪を逃れた人たちであること。4人目の被害者の命を奪った銃が、5年前まで警察関係者に支給されていた物だったこと。5年前…。姉が、上司を撃った日。姉が、主任に任命された日。姉が、殺された日。全部、全部繋がってる。今回の事件は、5年前から始まっている。

「名無しさん?」
「ああ、そっとしといてあげて。いつもの事だから」
「いつもの事、ですか?」
「そう。事件があると、こうやってぶつぶつ自分で整理して、推理していくの。名無しは、今までにもこうやってたくさんの事件を解決してきたんだよ」

銃弾と資料を眺めながら、一人難しい顔をする私を、及川が見守っている。黙って私の行く末を見ていた及川と日向だったが、突然何かに突き動かされるように立ち上がった私を見て、二人はびくりと肩を震わせた。

「ねえ、及川」
「なに?」
「死んだ人間が蘇る事って、あるのかな」
「は…?」
「どう思う?」
「絶対ないでしょ」

何を言い出すんだ、と眉を顰める及川の傍らで、私はただ一人、顎に手を置いて虚空を見つめた。分かってる、死んだ人間が蘇ることなんて、絶対に無い。だけどもし、私のこの推理が合っているのだとしたら、蘇って貰わなければならないのだ。危険な推理だ。きっと誰もが信じてはくれないだろうし、反論するだろう。そんな漫画みたいな事があるわけない、って、きっとそう言うのだろう。だけど、だけど…、

(何かが引っかかるのよ…。何かが……)

答えはすぐそこまで迫っていた。




ーーーー・・・・




「起立!」

会議室に集められた、連続殺人事件を追う本庁と所轄の刑事たち。会議開始時間丁度に入ってきた、警視庁捜査一課係長、澤村大地と、警視庁捜査一課管理官、木兎光太郎を合図に、号令がかかる。一斉に立ち上がった刑事たちが一礼をする中で、二人はホワイトボードの前の長机と椅子に座る。着席、の号令と共に全員が再び腰を下ろすと、早速澤村が事件のあらましを説明しだした。班ごとに固まって座る私たちは、それぞれ手帳に大事な情報を書き込んだり、自分たちが掴んできた情報の整理をする。こうして全体会議の中で情報を共有し、捜査に生かしていくという目的の一方で、別の班との探り合いや牽制もしていく。どこの班も、この山を掴んで実績を上げたいと思っているのは同じなのだ。

「名無し班」

澤村係長の声に、私は後ろに控える部下の名を呼んだ。

「赤葦」
「はい」

私から指名された赤葦は、一人立ち上がり、今まで掴んできた情報を手帳に目を落としながら全体に伝えていく。赤葦に注がれる視線の中で、いつも通り冷静に、淡々と報告を済ませていく彼の姿を、後輩である日向はまたもやきらきらとした目で眺めていた。緊張感のない彼の肩をツン、と突いて姿勢を正してやる。

「一人目から四人目の被害者に共通していることは、全員が過去に何らかの罪を犯した前科持ちであるという事です。更に被害者たちは、その罪を様々な理由で逃れ、又は軽度の罰を課せられただけで社会復帰しています。故に、被害者たちに対し、恨みを持っている人物が多数存在しています」
「ってことは、名無し班は、怨恨からの殺人という線で捜査を進めているのか」
「あくまでも可能性の1つとして、その線での捜査も進めております」
「分かった。座れ。次、岩泉班」

赤葦と入れ替わるようにして指名された岩泉主任率いる岩泉班は、二口が名を呼ばれて立ち上がった。

「確かに被害者は全員前科持ちであり、誰かから恨みを買うには十分な理由ある人物たちです。しかし、犯人が同一人物である可能性が高いことを考えると、その線で事件を追うのはあまりにも無謀かと」
「あ?俺たちの捜査にケチつけるつもりかよ」
「別にケチなんて付けてねぇよ、真実を述べているだけだ。人の意見は最後まで静かに聞きましょうって、そこのお姫様に習わなかったのかよ」

すかさず口を挟んだ白布に対し、二口も売り言葉に買い言葉で言い返す。その飛び火は私にも及んで、思わずピクリと反応して彼を睨んでしまった。男社会であるこの職場において、女性である私が軽視されたり馬鹿にされたりすることはよくある事で、今更慣れていると言えばそうなのだが、やはりこうやって面と向かって言われるとなかなか頭にくるものだ。大人げないとは分かりつつも、一言言い返してやろうかと口を開くより先に、ガタンと後ろで勢いよく椅子を引く音が聞こえる。赤葦と白布と侑が椅子から立ち上がり、黒尾と瀬見も二口を鋭く睨み付けている。一触即発の雰囲気に発展していたのだった。

「名無し班、座れ。今は岩泉班が発言中だ」

事を成り行きを静かに眺めていた澤村係長から注意され、部下たちが渋々椅子に座る。自分の上司を馬鹿にされて黙っていられる訳がない。二口も二口で、反省する様子も見せず、「おお怖」なんて言いながら笑っていると、彼の主任である岩泉がその頭をスパンと引っ叩いていた。山を取り合う別の班の刑事同士。こうして殺伐とすることは、日々の会議の中でもよく見る光景であった。

「我々岩泉班は、愉快犯の線で捜査を進めています。今はネット社会。情報などネットでいくらでも仕入れることが出来ます。犯人は、ネット経由で過去の犯罪者のデータを集め、犯行に及んでいるのではないかと」
「世間じゃ、ダークヒーローとして讃えている人もいるくらいだしな…」

木兎が、この事件が世間に与えている影響の大きさを嘆いた。例え過去に犯罪を犯していたとしても、その人を殺していい理由にはならない。この事件の犯人がしている事は殺人であり、決して褒め称えられるべき人間ではないのだ。しかし世間は、面白半分にこの事件に注目している。次は誰が粛清されるのか、なんてネットの専用掲示板が立つ始末。早く逮捕して、犠牲者が増えないようにしなければならない。

「はい」
「名無し」

岩泉班の考えを聞いた上で、私は静かに挙手をした。澤村係長の許可を得て、ゆっくり立ち上がる。

「愉快犯の線で推理を進めるとして、1つ気になる部分が出てきます」
「なんだ」
「…白布」

私に呼ばれて、今度は白布が立ち上がる。手帳を片手に、白布も淡々と今までに調べてきたことを報告した。

「今回殺害された被害者に共通しているのは、前科持ちであるという事だけではありません。全員、犯人に対して殺される直前まで気を許している部分が見受けられるという点です」
「どういう事だ」
「まず一人目の被害者女性は、ワンルームマンションに一人で暮らす独身女性でした。家はこれといって荒らされている形跡が無い上に、事件はその女性が住むリビングで起こっている。つまり、被害者女性が、犯人を家の中へ招き入れたという事になります。その後続いた、二人目、三人目の被害者も家の中で殺害されている。そして四人目の被害者は、犯人に対して背中を向けているところを、銃で殺害された」
「ありがとう、白布」

私が手で制してお礼を言うと、白布は静かに着席した。白布の報告の後を引き継ぐ様に、今度は私が木兎管理官と澤村係長に推理を披露していく。

「今説明した様に、被害者は何故か、犯人に対して警戒心を解いている。つまり、知人の犯行か、顔見知りの犯行か」
「じゃあなんだ、名無し班は、被害者たちに共通のお友達がいて、そのお友達が犯人だとでも言うつもりか?」
「いえ、お言葉ですが岩泉主任」

ギロリと睨む岩泉に対して、私は大きく息を吸い込んだ。大丈夫だ、自分を信じて言え。私の推理は、きっと間違っていない。

「前科持ちという共通点はあれど、被害者同士に関わりは無い。共通の知人がいるとは考えにくい。ではなぜ、彼らは犯人に気を許し、家に上げているのか。私が辿り付いた答えは1つです」

懐から、黒い手帳を取り出す。この職業に就いている者ならば、誰もが持っているそれ。黒い手帳の表紙に、でかでかとあしらわれた警察のマーク。私はそれを、ここにいる全員に見せつけながら、はっきりと言ったのだ。

「これを一般人に見せた時、どんな反応をするでしょうか。まさか、この人が殺人を犯す訳がない、と、そう思いますよね?更にこの手帳を見せてきた人物が、”過去の事件について話を窺いたい”なんて言えば、被害者たちはどうするでしょうか」
「まさか、お前…、」
「主任、それは、」

驚く澤村と、止めようとする赤葦たちの声を無視して、私は前を睨んだ。もうここまで来たら、後には戻れない。全ては、5年前。姉が、当時の上司を撃ち殺したあの事件から、始まっていたのだ。警察の黒い裏。それを今、私が暴かなければならない。姉の真実を知る為に。姉を殺した事件を知る為に。そして、この連続殺人事件の犯人を暴くために。

「私は、犯人は警察関係者である可能性も含め、捜査を進めるべきだと思います」

ざわめく会議室の中で、私はただ静かに、背筋を伸ばして立っていた。私の背中を見つめる、部下たちの視線。驚く岩泉班の面々。そして、私の眼差しを真っ直ぐ受け止める、澤村係長と、木兎管理官。これは、警察への宣戦布告だ。