あなたのいちばんになりたい

「名無しちゃーん、お茶淹れて!」
「自分でやればいいじゃん!」
「アレアレ? そんな事言っていいんスか?」
「……何よ」
「やだなあ、ボクは先輩ッスよ、セーンパイ!」

 仮面で顔を隠していたってわかる。絶対にその下でこのトビという男はニヤニヤと唇を歪めているに違いない。そう考えただけで腹が立つけれど。
 トビくんの言うことは正解なのだ。暁という組織に所属してから早数ヶ月、私よりも後に入ってきた人はいない。つまり、一番の下っ端は私と言うわけで。まあ、トビくんが私よりも先輩という立場を利用して好き放題なのは些か引っかかるが。

「先輩らしい事何もしてないクセに!」
「へーえ? この間の潜入任務の時にヘマして捕まりそうになったのは誰でしたっけ? それを助けたのは?」
「うぐぅ……」

 他にも色々手助けしてるんですけどねえ、ボク。嬉々とした声で次から次へと捲し立てるトビくんに、私はただぎりぃと唇を噛み締める事しか出来ない。
 だいたいトビくんは、いつでもおちゃらけていてふざけてて。私が暁に入ってからと言うもの、戦闘になるといつの間にか姿を消したりデイダラ先輩の術から逃げ回ったりと情けない姿ばかりを見せて来た。それなのにタイミングがいいのか悪いのか私がピンチにになると何処からともなく現れて、颯爽と抱えて助けてくれたり、めちゃくちゃに投げたクナイや手裏剣が敵に当たり無事に脱出出来たりするのもまた事実なのだ。

 その度に、この顔も本音もわからないトビという男に、ほんの少しの胸の高鳴りを覚えている事は、墓場まで持って行こうと固く心に誓っている。

「あーあ、トビ先輩は喉が渇いたなァ!」
「わかった! わかりましたよ!」
「うふふ、全く素直じゃないなあ、名無しちゃんは!」
「うるさい!!」

 一向に納得は出来ていないけれど、ここでトビくんの機嫌を損ねても得は無いはずだ。任務においてそこまで役に立っているとは思えない彼だけど、何をしでかしても別段これといった罰を与えられているのは見たことがない。
 つまり、リーダー達はトビくんを特別視していると言うか何と言うか。小南の姐さんは冷たくあしらってる気はするが。まあ、とにかく、なんだかんだ助けてくれたりしているのは本当の事だし、何より心のどこかで嫌われたくないと感じてしまっている私がいるのも否定は出来ない。

 はあ、と大きな溜息を吐いてお茶の用意をしようと立ち上がり、トビくんの脇をすり抜けようとした時。別段意識したわけでもなく、ぼけっと立ち竦んでいたトビくんが邪魔だったから、どいてと脇腹に手を当て押し退けた。たったそれだけの事だったのに、今の私に取っては衝撃的な。


「……あんっ」
「は?」
「ちょ、ちょっと名無しちゃん、何するんスか!」
「何って……手が当たっただけじゃん」
「全くもう、びっくりするなあ」
「え、トビくんもしかして……」

 私の手に力が込められるとほぼ同時。ピクリと体を揺らしたトビくんの仮面の奥から、まるで乙女のような上擦った声が聞こえて思わず勢い良く振り返る。
 今、あんって言った? 信じられない物を見るような目でトビくんをじっと見据えれば、頭の後ろで両手を組んで何やら誤魔化そうと必死だった。

「ななななんスか?! 何か文句でも?!」
「ねえトビくん。ひょっとして脇腹、」
「あ! ボク部屋にいるんでさっさとお茶よろしく!」

 もしかして脇腹が弱いのかと問おうとした私の言葉を遮り、トビくんはスタコラピューと駆け出して自室へと姿を消した。その素早さと言ったら、伝説と化している木ノ葉の黄色い閃光も真っ青なくらいだろう。実物は見たことないけれども。
 そうか、なるほど、トビくんは脇腹が。そう心の中で反芻している私の顔は、きっととんでもなく悪役の様な表情になっていると思う。


「トービーくん!」
「ハーイ!」
「さっきはゴメンね。はい、お茶だよ」
「アララ、名無しちゃんやれば出来るじゃないッスか」

 ニヤつく頬をどうにか隠しながら、お茶の準備を済ませ、トビくんの部屋へと足を運ぶ。軽くノックをして優しく声をかければ、弾んだような声のトビくんが返事をして。
 カチャリと開け放たれた扉からゆっくりと部屋へと入り、サイドテーブルにトレイを静かに置いて。

「トビくん、ここでいいかな?」
「アーハイハイ、そこでい……んあ?!」
「うふふゴメンね、手が滑っちゃった!」

 トレイが離され、自由になった手をそっとトビくんの脇腹へと近付ける。そのままツンとつつけば、先程と同じ様な声を上げたトビくんが体をくねらせた。
 ははーん、やっぱりね。トビくんの弱点は脇腹なのか……そう考えたら何だかもう楽しくなって来てしまうんだから、私ってばなんて単純なんだろうか。

「トビくんどうしたの?」
「なな何でもないッスよ?!」
「え、そう?」
「……アッ」

 ここまで来て誤魔化そうとするトビくんの脇腹を、人差し指で更につつく。どこぞのおもちゃみたいにくねっと体を曲げて悶えるトビくんを見て、私の中のいじめっ子がいいぞもっとやれと大歓声を上げている。
 そうだ、もっとだ。

「トビくん、ほらほら!」
「キャー! や、やめ! 名無しちゃん!」
「ほーら、コショコショコショ!」
「ンッ、や、名無しちゃ……アッ、」
「やだなあどうしたのトビくんってば!」

 こうなった私は止まらない。必死で逃げようとするトビくんを突き飛ばしベッドへ転がすと、馬乗りになるように覆いかぶさり、両手をワキワキとさせながら脇腹をしつこくくすぐり続けるのだが。
 あんあん悶えながら体をくねらせるトビくんの息が最高潮になった時、それは突如として現れた。

「ちょ、名無しちゃん……やめ、アッ」
「なあに? 聞こえな……ッ?!」
「……やめろって言ってるだろう」
「え……と、びく、」
「いい加減お仕置きが必要みたいだな」

 ふわりと浮遊感を覚えたと思ったら、私の視界にはトビくんの仮面とその向こうに見慣れた天井があって、一瞬思考が停止する。背中にはシーツ、目の前には仮面と天井、つまり、形勢逆転。押し倒されていると言うことで。
 それだけじゃあない。仮面の奥から響く声は、いつものふざけたトビくんのそれじゃなくて。なんて言うんだろう、もっと低くて、甘ったるくて、ざわざわと全身が粟立つような、そんな聞いた事もない声で。

「さあ、名無し。どうして欲しい?」
「あ、あの……え、え……?」
「オレがされたようにくすぐってやろうか」

 いつの間にかトビくんの大きな手で頭上で一纏めにされた両腕は、どんなに暴れてもぴくりとも動かせなくて力の差を知る。そうこうしている間にも空いている片手で仮面がずらされて、現れたトビくんの素顔に息をのむ。
 片側に大きな傷痕があるものの、端正な顔立ち。熱を孕んだ瞳に見下ろされて、ずくりとお腹の奥が疼いた。そんな私に気付いてか気付かないでか、薄くて形のいい唇がゆるりと弧を描く。

「ト、トビくん?」
「精々覚悟するんだな……名無し……」
「や、やめ! 私弱いんだってば!」
「そうか、そいつは良かったな」

 先程の私と同じように、片手をワキワキとさせたトビくんがゆっくりとお腹に手を近付ける。まって、本当にまって欲しい。ただでさえトビくんを意識していた私なのに、こんな雄々しい姿を見せられたら絶対に必要以上の反応をしてしまうに決まっている。
 なんて心の叫びも虚しく、ついにトビくんの手が、私の脇腹へと辿り着いて、ぎゅっと固く目を瞑る。

「……ンッ」
「なっ……!」
「んぅ、トビ、く……ん、アッ」
「うぐあぅ……」

 鼻にかかったみたいな声が漏れ出て、恥ずかしいと思うより早く、脇腹をまさぐっていたトビくんの手がピタリと止まる。どうしたんだろうと、恐る恐る瞼を押し上げると、私に馬乗りになったまま真っ赤な顔で硬直しているトビくんが目に入る。

「トビくん……?」
「へ、変な声を出すんじゃない!」
「触って来たのはそっちでしょ?!」
「……先に手を出したのはお前だ」
「トビくん可愛い……」
「ヤメロォ!」

 まるで照れているみたいなトビくんに、何故だかわからないけれど愛おしさが込み上げて、思わず弾かれたように首に手を回して抱き着いた。抜け出そうとするトビくんだけど、全然力なんて入っていなくって、ゼロ距離で視線が絡み合う。トビくんの赤い顔、潤んだ瞳にもう我慢なんて出来なくて、鼻と鼻をくっつけて小さく囁いた。

「ね、トビくん、私貴方がすきみたい」
「なな、何を言っている……」
「私の事、きらい?」
「……きらい、なワケ、うわああ?!」

 返事を待たずに、ちゅっと唇を奪った途端。トビくんの鼻から赤い物がつぅと垂れて、そのまま意識を手放してしまうから続きがおあずけになってしまったのは言うまでもない。

 トビくんが、初恋の子に操を立てていて色々と拗らせていたのだと聞いたのは、また、別のお話だけど。私が考えるのはただ一つだけ。
 初恋の子よりも、今は。