暗闇の中で微かに感じる、血の匂い。何だろう。誰の血だろう。辺りを見回してその正体を探っていると、真っ黒な空からぽたぽたと血の雫が垂れてきて、私の頬を濡らした。それを指で拭う。そもそもここはどこなのだろう。私は確か、敵の男に呪いを受けて、それで…。そうだ、みんなは。みんなはどこに行ったんだろう。
「………う……」
そこでようやく、私は目を覚ました。体中に鈍い痛みと痺れのようなものが走る。これも、呪いの毒が進行しているからなのだろうか。ぼんやりと働かない頭を必死に動かしていると、まるで先程の夢の中と同じ様に、空からポタポタと血が垂れてきた。その血を辿るように顔を上げると、そこには私を庇う様に覆い被さるデイダラの姿があった。この血はデイダラのものだったんだ。見れば彼は、体中傷だらけで重傷だった。こんな状態でまだ意識を保っていることの方が凄い。私は弾かれたように起き上がり、悲痛な声を上げた。
「デイダラ!!!」
「……起きたか、うん」
掠れたその声にいつもの元気は無い。何故彼がこんな状態になっているのか。まさか、あの敵の男がここまで追い詰めたのだろうか。確かにアイツはややこしい技を使ったりはするものの、デイダラの手にかかればそんなに手こずるような相手とは思えない。初対面した時こそ、そのギミックに対しての知識が無かったので、先手を取られたりはしたが、実力を比べたらその差は歴然な筈。加えて今なら、イタチや蠍、鬼鮫がいる…と考えながら、三人を探すように辺りを見回した。この目に飛び込んできたのは、そんな私の考えを覆す、悪夢の様な景色だった。
「…みんな…!?」
血溜まりの中で突っ伏す鬼鮫、ぐったりと木に凭れ掛かっているイタチ、体の一部がバラけたまま動かないサソリ。そこには、術者の男の前に膝をつくみんなの姿があった。信じられない。みんなが一斉に掛かっても敵わないなんて。私が愕然と言葉を失っている中、デイダラはぺっと口の中の血を吐き捨てながら言った。
「あのクソ野郎…卑怯な手を使いやがって…」
「卑怯な手……?」
私が眉を顰めると同時に、デイダラの背後に1つの影が現れた。紛れも無い、私に呪いをかけ、みんなをここまで追い詰めた男の姿だった。男は冷たい目をこちらに注ぎながら、何の躊躇も無くデイダラの背中に剣を刺した。ゆっくりと、痛ぶる様に突き刺した後、その傷を抉る様にグリグリと剣を弄んでいる。デイダラの呻き声に私の血の気は一気に引いていった。
「やめて!!!!」
「馬鹿な連中だ。こんな役にも立たない女、見捨てればいいものを」
初めて聞いた男の声は、腹の底から冷え切った、感情の無い声だった。役に立たない、と言われて、何も言い返せないこの状況が悔しくて堪らない。ぐっと噛み締めた唇から血が滲んだ。
「優しい王子様に守られて嬉しいか?」
「ち、違う、そんな事…」
「なのにお前は…そんな優しい仲間の事を殺そうとするなんて」
「え……?」
四つん這いになるデイダラの背中に足を乗せた男。その言葉の真意とは一体何なのか。デイダラは掠れた声で、男に「言うな」と口止めしている。そのやり取りを見て、嫌な予感が頭の中をよぎった。もし、この状況が、他でもない私のせいだったとしたら。呪いを受けて気を失っている間、私は何をしてた?途端に怖くなって、震える声でデイダラに問う。
「ねぇ…デイダラ…。私……、何かしたの……?」
「何もしてねぇ!こんな男の言葉に惑わされるな!」
「教えて!デイダラ…!私、私が……みんなを…」
何も答えないデイダラの代わりに、男は後ろで笑った。
「自分の姿を見て、何か気付くことは無いのか?」
言われるがまま、私はゆっくりと自分の体を見渡した。暁の外套にこびり付く血。側に転がっている血濡れた私のクナイ。この血は、私の血ではない。頬に付いた真っ赤な液体を指で拭いながら、私は全てを察した。この状況は、術者の男がやったのではない。私が…やったんだ。だからみんな、抵抗せずにボロボロになってしまったんだ。頭が真っ白になって、呆然とした。守りたい、そう思っていた大切な存在を、私自身が傷付け、殺そうとしたんだ。
「デイダラ……私は、」
『誰かが死ねば、真の力を得ることが出来る』『だったらお前が死ぬか?イタチ』『私が死ぬ、か?次そんな事言ったらタダじゃおかねぇぞ』『その呪いの毒はいつか体中に回り、命を食らうだろう』『優しい王子様に守られて嬉しいか?』『なのにお前は、優しい仲間を殺そうとするなんて』
頭の中で、色んな人の言葉が蘇ってぐるぐる回った。そしてそれを思い出す内に、私の中で1つの結論が出た。これを言ったらデイダラはどんな顔をするのだろうか。だけど、またいつ私が自我を失って、みんなを殺そうとするか分からない。次にまたその時が来たら、今度こそ私は、みんなのことを。考えるだけで胸が張り裂けそうだ。そうなる前に、止めなければならない。私の覚悟は決まった。
「デイダラ、聞いて…」
「聞きたくねぇ!!」
デイダラは私が言おうとしている事を予想しているのだろうか。大きな声をあげたら傷に響くのに、彼は頑なに私の言葉を聞き入れようとしない。術者の男は、私とデイダラのやり取りを見守りながら、光悦な表情を浮かべていた。
(もうすぐだ…。この女が自ら死を強く望んだ時、ようやく呪いは完成し女を喰い殺す!そうしたら俺は、手柄を立てる事ができる!)
「…っ、いかん。ななし…!心が完全に負けたら呪いは……!」
イタチのか細い声も、私の耳に届く事無く消える。私は、顔を背けるデイダラの頬を撫でて、心の内に秘めた決意を、口にした。
「デイダラ、大丈夫…。私は…死んだりなんかしない…!」
「…え…、」
「こんな呪いに負けたりしない」
「………」
「私はみんなのそばにいたい…。みんなのことを守りたい…」
みんなの為なら死ねる、そう思っていた。でも、私を守るためにここまで戦ってくれたみんなを裏切れない。私だけ逃げるなんて、そんな事自分自身が許さない。胸に抱えた決意を口にした時、首元にあった呪印が光り始めた。
「い、一体何だ、うん」
「デイダラ、私を噛んで」
「……!」
「大丈夫……。治してみせる。みんなの傷……」
迷いの無い目でデイダラを見つめる。デイダラも力強い目で見つめ返してくれた。彼の手が私の外套に伸び、乱暴に胸元を開いた。首筋に当たるデイダラの金髪が擽ったい。そして彼は口を開き、そこに吸い付いた。優しく、力強く。いつもと同じ、デイダラの噛み方だ。
「あっ……、デイダラ、痛っ……!」
「悪い、少し我慢してくれ、うん」
デイダラの体はみるみる光に包まれて、その傷が癒えていく。ぱきんと音を立てて割れた呪印は、私の首筋からすっかり消えて綺麗になっていた。完全に回復したデイダラは、私の体をゆっくり起こしながら立ち上がった。自分の体を見渡して確認する。やはり私の治癒能力は復活している。呪いに打ち勝てたんだ。喜んでいるのも束の間、するすると伸びてきたサソリのチャクラの糸が私の体に巻き付き、ぐいと引っ張られた。たちまち私は猛スピードでデイダラの元から離れ、座り込んでいたサソリの前に降ろされた。
「サソリ!?なにして、」
「お前の呪いにやられて、チャクラを殆ど使い切ったんでな。お前のその力で回復させて貰うぞ」
岩場に座るサソリの前に立っていた私だったが、彼の手が外套の裾を掴み、足首から太ももにかけて大きく捲り上げた。「きゃああ!?」と思わず悲鳴があがる。これではまるでスカート捲りだ。しかしサソリはというと、全く気にも留めず、露わになった私の太ももに口を寄せた。
「ま、待ってサソリ!まさかそんな所に噛み付くつもりじゃ…!」
「他の野郎が噛んだ所なんて嫌に決まってんだろ、気色悪ぃ」
「おいサソリの旦那!何してんだコラ!」
遠巻きに聞こえるデイダラの怒号も無視して、サソリは私の太ももに吸い付いた。痛いような擽ったいような不思議な感覚に体が震える。太ももに顔を埋めたままのサソリの髪をぎゅっと握った。恥ずかしくて死にそうだ。早く終われと願う内に、サソリもデイダラの時と同様、体が光に包まれ、バラされていた体のパーツも戻っていく。
「あ……、んっ……、早くしてよサソリ…!」
「みっともねぇ声出してんじゃねぇ、変態が」
サソリが完全復活した時には、既に私はいろんな意味で体の力が抜けて、その場に座り込んでしまった。サソリは、元に戻った体の感触を確かめつつ立ち上がる。呆然としたままの私の背後には、鬼鮫が立っていた。
「正直、優しい貴女のことですから、死を望むのではないかと思っていました。私たちの為に」
「鬼鮫……」
「ですが、いらぬ心配だったようですねェ。安心しましたよ」
「鬼鮫も…酷い傷…!私の力を使って」
「面目無い。有り難く使わせて頂きます」
大きな体とは裏腹に、壊れ物を扱うような手つきで私の体に手を添える。きっと気遣ってくれているのだろう。鬼鮫は、その見た目とは反して、デイダラやサソリよりもよっぽど優しい紳士的な人だ。遠慮がちに添えられた手は私の手を掴み、その甲に噛み付いた。ちくりと痛みに眉を顰める。自分の傷を癒した後、鬼鮫はすぐ自分のツーマンセルの相方を心配した。
「すみませんが、イタチさんの事も宜しくお願いします。私より深手を負っていると思いますので」
「分かった、行ってくる」
座り込んだまま動かないイタチの元に駆け寄ると、傷の程度は酷いものの意識ははっきりしているようだった。私を見上げて柔らかい笑みを浮かべている。
「お前は、俺が思っている以上に強かったようだ」
「イタチ……」
「…変なことを言って、お前を惑わせただろう。すまなかった」
変なこと、とは、恐らく呪いの解き方を話していた事を言っているのだろう。誰かが死ねば、その憎しみがお前を強くする、とイタチは言っていた。確かに私はあの時動揺し、迷っていた。私が死んでみんなが生き残るならそれでもいいと思っていた。だけどそれはイタチのせいじゃない。自分自身の心の弱さだ。誰か一人でも欠けてはならない。生き延びて、みんなと一緒にいたいから。
「私が弱かったから……。でも、もう大丈夫。私の気持ちは本物なの。みんなとずっと一緒にいたい。これからも、イタチと……」
「……そうか」
「ごめんね。痛かったでしょう?」
「………そうだな。こんな力、どこに隠してたんだと思うほど、俺を殺そうとするお前は恐ろしかった」
え、と驚く私に、くっくっと喉を鳴らしながら笑うイタチ。からかわれている事が分かって、カーと頬が熱くなった。いいから早く噛んで!と急かすと、そんなに怒るなと笑うイタチの目が優しげだ。イタチの笑みに見惚れている間に、いつの間にか彼の手は私の首の後ろに回っていて、ぐいと引き寄せられた。傾いた私の首に一度だけ、ちゅ、と吸い付いた後、ゆっくりと噛み付く。ぬるりとした舌がたまに肌を這うので、ぞくぞくと不思議な感覚が体を走る。
「は…っ、ぁ………」
「……痛くないか」
「う、ん……へいき……」
唇を離したイタチも、他の人同様に元通りになっていた。体の力が抜けた私の頭を優しく撫でた後、立ち上がる。前には既にデイダラとサソリ、鬼鮫が立っていて、そして対峙する先には、呪いの元凶となった男が忌々しそうに睨んでいる。
「1回殺すくらいじゃ足りねぇな、うん」
「まずは俺から行かせてもらう!ソォラァ!!」
3代目風影の傀儡が空を舞い、砂鉄で作り上げた大きな釘が、男目掛けて飛ぶ。男は慌てて土の中に潜ってそれを回避した。しかしサソリの攻撃はそれでは終わらない。仕込んでいた刃物の先端に毒を塗り付けると、それを地面に突き刺した。毒は瞬く間に土の中に広がり、赤黒く変色していく。これで土の中の男を追い出す作戦だ。よくもまあ頭が回るものだ。呪いが無くなった今、もう彼らに敵う者などいない。
「ぐっ……!毒…!姑息な!」
「いつまでも隠れてねぇで戦えってんだ!喝!!!」
出てきた男に追い撃ちをかけるのはデイダラ。起爆粘土の鳥が男を追尾し、デイダラの掛け声と共に爆発した。爆風が外套を揺らす。みんなの背中を後ろで見ていて、その圧倒的な差に驚くしかない。男が少し哀れになるくらいだ。デイダラの爆発を受けたものの、辛うじて生き残った男が、よろよろと煙の中から出てきた。慌てて逃げようとしている様にも見える。向こうは完全に追い詰められていた。
「おや、どこに行くつもりです?」
行く手を阻む様に立ち塞がった鬼鮫は、背中の大きな剣を容赦無く振り下ろした。噴水の様に吹き上がる血。「イタチさん」という鬼鮫の声の後、続けて出てきたイタチの目が光る。
「……天照!!」
何だかこの日のみんなは、いつにも間して張り切っていたような、容赦がなかったような気がした。その背中は強くて頼もしくて、やっぱりみんなは私にとってヒーローなんだ。無事任務も果たし、呪いから解放された私は、そこで意識を手放したのだった。
ーーーー・・・・
「ぐっすり寝てしまってますね」
「無理もない。呪いと戦い続けていたのだからな。相当疲れているだろう」
朧げな意識の彼方から、誰かの会話が聞こえてきた。ゆっくりと目を開けると、誰かの背におぶられているのが何となく分かった。ゆらゆらと心地よい揺れと温もりに、深い眠気に誘われる。ちらりと顔を上げると、金髪の髷が見えて、私をおぶっているのはデイダラであることが分かった。
術者との戦いの後、疲れで倒れ込んでしまった私を背負い、デイダラとみんなは帰路に着いていた。普段ならデイダラの粘土に乗って帰るところなのだが、生憎連日続いた戦闘のお陰で売り切れらしい。たまにはいいだろう、と言うことで、みんなでこうして徒歩で帰っている様だ。
私は、デイダラの首に回した手に力を込めた。側に当たり前の様にいてくれるみんなの温もりが幸せだ。それを噛みしめるように、背中に頬ずりをした。私が起きたことに気付いたのか、デイダラは背中に振り返る。堪らずその頬にも頬ずりをして、小さく耳打ちをした。
「ありがとう、デイダラ」
「……起きたのか」
私のことを守ってくれた。必要だと言ってくれた。貴方が私を必要とするように、私もあなたの事が必要なんだ。
「…………お前が生きててよかった、うん」
「え、なに?」
「ちっ…。もうちょっと痩せろって言ったんだよ、重たくて仕方ねぇ!」
「なっ…最低!もう下ろして!イタチにおんぶしてもらうから!」
「甘えてんじゃねぇ!自分の足で歩け!うん!」
「イタチ〜!おんぶして〜!」
「よかろう。乗れ」
「お前も甘やかすな!うん!」
くだらねぇ、と吐き捨てるサソリと、笑う鬼鮫。意地悪なデイダラと、優しいイタチ。いつまでも、みんな一緒に。