「今回の任務には、俺も同行する」
薄暗い部屋の中で向き合う3人の影。その内の1つが切り出すと、他2つは驚いた様な反応をした。
「珍しい事もあるのね。貴方が私たちに同行するなんて」
「相手は黒い噂の絶えない連中だ。危ない芽は摘んでおきたい」
影の1つ…、小南が珍しそうにそう言うと、同行を切り出したトビ、もといオビトは仮面の下の目を光らせながら言った。
先日、イタチ鬼鮫のコンビと、サソリデイダラのコンビが任務から帰ってきた。依頼者にはまんまと嵌められ、同行していたななしまで危険な目に遭った事は報告から聞いている。こういう世界にいると、基本的に他人は信用ならない。それは、同じ暁のメンバーでも同じ事。皆腹の底では何を考えて、何を企んでいるのか分からないのだ。どんなに協力的に見えた人も、明日には敵だった事だって何度もあった。
そういった前例もあって、トビは基本的に汚い仕事を依頼してきた奴らも信用はしない。だからこそ、この間の任務では、基本ツーマンセルでこなすものを、イタチ達とサソリ達4人、加えて治療係としてななしを行かせたのだ。それが返って裏目に出るとは思ってもいなかったが。兎にも角にも、人殺しなんかを金で依頼する様な奴は、何重にも警戒しなければならないのだ。
そして今回。持ちかけられた仕事の依頼には、莫大な金額の報酬が掛けられていた。力を拡大したい暁にとって、その金額は正直喉から手が出るほど欲しいものである。今まで見た事がなかった桁には、流石のオビトも驚いた程だった。しかし、その金額を掛けられる程のリスクもある。当然だ、向こうも断られない為にそれだけの額を積んでいるのだから。イコール、暁にとっては何らかの危険が及ぶかもしれない、怪しい仕事な訳だ。
「今回の任務には、お前たちペインと小南、加えて角都と飛段」
「更にお前も来るということか。案外心配性なのだな」
トビ自身が来るというのは、なかなか珍しいことらしく、ペインと小南がやたらと突っかかってくる。いや、怪しんでいるのかもしれない。普段裏で動いている人間が、今回は表に出るというのだから、それもそうか。しかしトビに何か裏や企みがある訳では無かった。今回だけは、単純に『嫌な予感』がするのだ。悲しいことに、この嫌な予感というのはほぼほぼ当たるのである。
「…あの子が心配なのでしょう?今回の任務、あの子の存在は欠かせないものね」
「…無駄口を叩くな。角都と飛段、そしてななしを招集しろ。任務の説明をしておけ」
これ以上ペイン達にからかわれては面白くない。トビは人員の招集を命じると、すっと闇の中に消えていった。
今回の任務。それは、ななしの能力を貸して欲しい、というとある犯罪組織からの依頼だった。
ーーーー・・・・
「え、私が…?」
呼び出されたそこには、リーダーのペインと小南、角都と飛段、そして能天気なトビが揃っていた。そこで告げられたのは、この任務のメインが私である、という衝撃的な事実だった。
「そうだ。だが安心しろ。ここにいるメンバー全員で同行する。万が一戦闘になった時は俺たちが対応する」
今まで何度もみんなと一緒に任務には出たことがあったが、それはあくまでも、メンバーの緊急時に治療する為のオマケ的な存在だった。だから私は、常にみんなの後ろに付いて隠れているだけだったし、何か私が中心となって仕事をしたり、交渉したりなんて事はやったことがない。初めての事に緊張し、自信なさげに俯いた。私なんかができるのだろうか。みんなは付いてきてくれるって言うけれど、私のせいでみんなに迷惑がかかるのではないだろうか。しかも聞いた話では、かなり莫大な金額のお金が動くようだ。責任重大である。
「本来なら護衛など面倒だが、金の為だ。仕方がない」
「俺は金なんて興味ねぇんだよぉ!小娘のお守りなんてめんどくせぇ。大体、コイツのボディガードなら、ぴったりの人材がいるじゃねぇか!」
あまり乗り気でない様子の角都と飛段が、ペインに抗議している。この二人は、基本的に私の能力を必要としない特殊な体質の為、普段からあまり任務で一緒になることは無かった。イタチと鬼鮫、デイダラとサソリのペアは、一緒にいた時間も長いせいかそれなりに打ち解けているし、こうして邪険にされた事も無い。ああ、今だけはイタチたちやデイダラたちが少し恋しくなった。そう考えている最中、まさにそのイタチやデイダラの名前が飛段の口から出てきたので、心を読まれたのかと肩を震わせた。
「イタチとかよぉ、デイダラちゃんとかよぉ!よくコイツの面倒見てるじゃねぇか!そいつらに任せとけよ!」
「今回の任務は、アイツらだと都合が悪いのだ」
ペインの返答に、え…と戸惑いの声を漏らす。イタチやデイダラでは都合が悪い、とはどういう事なのか。そもそも、今回の任務で、私がメインとなって動くのは先程聞いたが、実際に何をするのかは聞いていない。誰かを殺せ、という内容なら、私なんかよりよっぽどみんなの方が上手くこなせるだろうし、わざわざ私を選ぶ、何かがあるのだろう。怪しんだ目をペインに向けていると、隣にいたトビがひょっこりと顔を覗き込んできて、おどけたように笑った。
「あー、確かにそうかも!あの人たち、ななしさんの事になるとすーぐ熱くなっちゃうから!」
「あの……どういう事ですか?今回の任務、私は何をするんでしょう」
「簡単な話ですよ!そんな緊張しないで!ななしさんには、いつも通り、その力を使って傷を癒して貰うだけですから」
「傷を……癒す?」
ペインは少し目を閉じた後、私に向き直って言った。
「今回依頼してきた犯罪者組織には、現在手負いのメンバーがたくさんいるらしい。中には重傷の者もいるようだ」
「まさか……任務って、」
「…依頼主の怪我を治療しろ。ななし、お前の力を使ってな」
ーーーー・・・・
闇に華やぐ、夜の街。暁の一行は、そこに姿を現していた。
相手方が指定してきた、取引の場所。それは、ここらで有名な遊楽街の、一番高級な遊郭だった。指名手配犯レベルで顔が割れている向こうにとって、堂々と行動できるような場所などほぼ皆無。こうして、裏の世界で生きる人達が集まる場所くらいしか、彼らを歓迎してくれる所は無いのだ。本来なら、暁側から場所を指定した方が安全だったのだが、向こうもこちらをかなり警戒している。指定した遊郭でなければ取引は無かった事にする、と半ば脅されて、ここまでやって来たのだ。
「こんな所に私達を呼び出すなんてね」
「ここは相手が活動の根城にしている内の1つだ。地の利は向こうにある。警戒を怠るな」
ペインも小南もピリピリしている。行き交う男と女は、寄り添いながらお店の中へ消えて行ったり、道端で裸で倒れているような人もいた。立ち込める何とも言えない甘ったるい香りが気分を悪くする。あまりここには長居したくないな、と単純に思った。お金で女を買う…こういう世界があって、これで生活している人がいるのは分かっているのだが、初めて足を踏み入れた私にとっては、刺激が強過ぎる。途中、男の悲鳴と喧騒が聞こえてそちらに目を向けると、とてもお金を持っている様には見えない男が、褌一丁の姿で店から飛び出してきた。それを追いかける黒装束の忍びは、恐怖で尻餅を付く男に小刀を突き付ける。
「ま、待ってくれ!金なら払う!必ず!今度は絶対だ!」
慌てて命乞いをする男に、黒装束は何も言わない。会話からして、何度も料金を踏み倒しているようだ。振り上げられた小刀が、男目掛けて降ろされる、その瞬間。いきなり視界が真っ暗になった。
「ななしさん?あんまりよそ見してると、見たくないものまで見えちゃいますよ?」
トビが私の目を手で覆ったからだった。恐らく、あの男が処刑される瞬間を、私に見せない為の配慮だろう。普段みんなの任務に同行していて、敵の死に立ち会うことは多いのだが、こういう世界は先程も言ったように初めてだ。全てが未知である私には、とても直視できるような光景ではなかった。
「トビ…ありがとう……」
「ななし、私の傍から離れないで。あまり気分が良い場所ではないでしょう」
「小南…、うん。分かった」
気を遣ってくれる2人に救われる。漸くトビの手が目から離れて視界がクリアになったが、先程の男がいた場所には目を向けられなかった。何となく、今どうなってしまったのかが予想付くからだ。そちらを見ないようにしながら、小南に引っ付いて早足でそこを通り抜けた。前を歩くペインや角都たちを必死に追いかける。それにしても、みんなは相変わらず平然としていて流石だ。どんな時も冷静である。いちいち状況に影響される私なんか、この先の任務でちゃんと働く事が出来るのか。またもや不安が広がる。
「それにしてもよぉ、」
会話という会話なく歩を進めていた一行だったが、頭の後ろで腕を組んだ飛段が声をあげた。
「ななしの力を使うってことはつまり、よく分からん怪しい連中がコイツに噛み付くって事だろぉ?確かにデイダラちゃんたちが知ったら、黙っちゃいねーな」
「だからアイツらでは都合が悪いと言ったんだ」
「なるほどねぇ。要するに、俺たちはデイダラちゃんやイタチ達みたく優しくねぇって訳だ!」
こちらを見ながらニヤニヤする飛段に、ムッと睨み付けた。おー怖い怖い、と戯ける彼が憎たらしい。普段から私を何かと気にかけてくれているデイダラやイタチの事を馬鹿にされているような気がしたのだ。ヘラヘラと止まらない飛段の減らず口に、隣の角都からお叱りを受けている。
「やかましい殺すぞ。騒ぐと馬鹿そうに見える」
「はあぁ?殺せるもんなら殺してみろってんだ!」
個が強すぎる纏まりのないこの組み合わせで、果たしてこの任務は上手くいくのだろうか。私の唯一の頼みと言えば、比較的声の掛けやすいトビと、同じ女性で気を回してくれる小南だけ。
(ううん、頼ってばかりじゃダメだ。私だけの力で、今回の仕事を成功させてみせる…。初めての私への依頼だもの)
今まで守ってもらってばかりだった私に、初めて舞い込んできた大きな仕事。これを成功させて、私も暁として働いているんだと胸を張りたい。
そんな私の決意とは裏腹に、事態は大きく歪に渦巻いていくなんて、この時私は思ってもいなかったのだ。