角都、飛段と無事脱出した後、残りのメンバーの帰還を待っていた私たちだったが、ペインと小南のペアは無傷で呆気なく帰ってきた。あまりにも平然としているものだから、あれだけ心配していた私もどこか拍子抜けだ。しかし安心するのはまだ早い。最後の一人、トビが未だに脱出してこないのである。燃え盛る炎の中に取り残されたままの彼。今一体どこで何をしているのか。
大きな家事により、野次馬たちも外から集まってきた。火消しの人たちが、必死に消火活動にあたる。暁として、あまり人の目に付くのはまずいとの事で、私たちは移動せざるを得なかった。
「トビの奴は一体何してんだよ…」
「この程度で簡単にくたばる男だとは思えないが」
一向に姿を現さないトビに焦れったさを感じる飛段。苛ついているのか貧乏揺すりをしている。対してペインは、あのトビが死んでいる筈がない、と確信しているのか、あまり焦っている様子は無かった。激しく音を立てて燃える建物を見上げていた一行だったが、ふと小南が後ろを振り返る。
「……ななしは?」
「はぁ?何言ってんだ、さっきまでそこに…、」
小南に釣られてみんなも振り返る。先程まで後ろにいた筈のその姿が無い。しんと静まり返った後、飛段は慌てて火の海へ視線を戻した。
「まさかアイツ……!!」
ーーーー・・・・
そのまさかの通りである。私は今、大火事の建物へ逆戻りをしていた。みんなの隙をついて、たった一人で。トビの事が心配で、落ち着いて待ってはいられなかった。もし彼が怪我をして動けない状態だったら、一刻も早く治療をしなければならない。その時役に立つのが私の能力だ。
(みんなに守って貰ってばかりだもん…。私だって役に立ちたい…!)
炎の中を掻い潜り、必死にトビの名を呼ぶ。息を吸うと喉が焼ける程熱かったが、万が一私も怪我したならば、自分で自分を噛んで治せばいい。そう甘く考えていた。崩れていく内部は、先程よりも一層火の手が激しく上がっている。今はもう、頼れる人はいない。さっきまで守ってくれていたペインや小南、角都、飛段は外で待っている。ここから先は、自分の身は自分で守らなければならないんだ。
「ひゃ…っ!熱…!」
目の前で崩れる柱。火の粉が飛んで手に当たった。驚いて立ちすくむ。進もうとしていた先を塞がれてしまった。慌てて踵を返し、来た道を戻ろうとすると、その先にも燃える瓦礫の山。さっきまで無かったのに、進んでいる間に退路を断たれてしまったようだ。頭が一瞬パニックになりかけるが、必死に自分を落ち着かせた。大丈夫、私には治癒能力がある。ちょっとやそっとじゃ死なない。
(早くトビを見つけなきゃ…)
通れる道が無いかと辺りを見回している時だった。頭上でバキバキと何かが軋む音が響いてきた。ハッとして上を見上げると、天井の骨組みが大きな音を立てて崩れ落ちてきた。見てから走り出そうとしてももう遅い。落ちてくる天井の下敷きになる、そう覚悟して目を閉じた瞬間だった。
「おい!何してやがる!」
聞こえてきた声と共に、木っ端微塵に吹き飛んだ瓦礫。振り返ると、そこには息を切らして立っているトビの姿があった。トビが無事だった事が嬉しくて、顔を輝かせながら彼に駆け寄る。嬉しそうな私とは対照的に、トビはどこか怒ったような表情を浮かべていた。
「トビ!良かった…無事だった…」
「ペインたちは?」
「みんなもう外へ脱出したよ!」
「なら何でお前はここにいるんだ」
「あ……、えと、トビが心配で……」
気まずそうに頬を掻きながらそう言うと、トビの目が驚いたように丸く見開かれたのが、仮面の向こうで見えた。無我夢中で飛び込んできてしまったが、怒られるだろうか、とビクビクしながら返事を待っていると、頭上から大きな溜息を漏らされた。呆れられている、と肩を窄める私の頭に、ぽんと大きな手が乗せられる。
「全く…お前という奴は」
「ご、ごめん……」
言葉とは裏腹に、私の頭を撫でる手つきは優しくて、じっとトビを見つめていた。前もそうだったし、先程助けてくれた時もそうだが、彼は私と二人きりの時、いつものトビとは違う雰囲気を醸し出す。まるで別人のような彼のオーラには、圧倒されるばかりだ。そうしてじーっとトビを見上げていたのだが、ふと彼が腕を怪我している事に気が付いた。
「トビ、腕…!」
「ああ…、ここに残っていた敵の連中を始末している時にやられた。擦り傷だ」
トビはその怪我を気にも留めていない様子だが、血が出ていて痛そうだ。ぶらんと力無くぶら下がっている。痛くないなんてことは無い筈。擦り傷というレベルではない。私から隠すように腕を後ろに回すものだから、私は咄嗟にその手を掴んだ。驚くトビを他所に、下から睨み付ける。
「強がったってバレバレよ!ちゃんと見てるんだから!」
「……!」
私の言葉を受けたトビは、何故か固まったまま動かなくなってしまった。小さく首を傾げて、トビ?と名前を呼ぶ。しかし反応が無い。心ここに在らずといった様子で、私をただじっと見下ろしている。
「……リ……、」
「え?」
「……、いや……」
何かを言いかけて、トビは口を閉じてしまった。何を言おうとしたのだろう、分からない。言いかけたその言葉も気になるものの、ここでのんびり問い詰める訳にもいかなかった。回る火の手に焦りながら、握ったトビの手を引いた。
「トビ!早く逃げなきゃ!動ける!?」
「あ、ああ……」
「脱出したら、私の力を使ってその傷治すから!」
相変わらず上の空のままなトビに違和感を感じながらも、そんな彼に脱出を促した。私がしっかりしなきゃ、なんて思いながらトビの手を引っ張って歩いていると、逆に後ろから手をぐいっと引っ張られて、私の体が傾く。トビの腕の中に倒れこんだ体は、簡単に受け止められ、そのまま抱え上げられた。無駄のないスムーズな動きに、私はぽかんと呆気に取られるばかり。そうしてトビは、ぐるりと渦巻いた空間に私もろとも飲み込んで、その場から姿を消した。なんだ、こんな簡単に脱出できるなら、私なんて迎えに来る必要なかったな、なんて。複雑な思いを抱えている内に、あの焼け焦げた建物から少し離れた森の茂みに瞬時に移動し、トビの腕から降ろされたのだった。
トビが無言で私を見下ろしている。力を使わせろ、という意味の無言なのかな?と解釈した私は、いそいそとトビから借りていた外套のボタンを外した。下から覗くのは、引き裂かれた愛用の忍び服。所々噛まれた傷が残る肌が露出している。トビはしばらく無言でそれを見下ろしていたが、やがて彼の手が仮面に伸びた。
「あ……、」
私が感嘆の声を漏らしたのは、トビが何の躊躇いもなく仮面を外したからだった。その仮面の下の素顔。深い紺色の短髪に、顔半分を覆う傷痕。真っ直ぐとこちらを見つめる黒い瞳。仮面に隠されているのは、想像とはかけ離れた端正な顔立ちの男性である。
「と…び…、顔……、」
「立ったままではやりにくい」
木の幹を背に、そこに胡座をかいて座ったトビは、ぽんぽんと自分の膝を叩いた。そこに跨れという意味か。すぐに理解した私は、彼の膝を跨いで向き合って座った。近くにある彼の顔が恥ずかしくて、目を逸らす。トビは、するりと私の首筋を撫で、中途半端にはだけた外套を脱がせた。
「お前は、」
「……?」
「俺たちには何の躊躇いもなく、その力を差し出すんだな」
そう指摘された時に、私は先程の出来事を思い出していた。沢山の男性に噛まれ、トビに救われたあの時…。私には嫌悪感しか無かった。私をただの道具としてしか見ていないあの眼差しが、怖くて気持ち悪くて仕方ないのだ。そんな男たちが私を噛んでいると思うと反吐が出る。それくらいに拒絶反応が凄かった。
対して暁のメンバーには、そんな感情を抱いたことは一度もない。普段から常に、この力はメンバーに使っている。みんなに色んなところを何度も噛まれた。痛くない訳ではない。でも、その痛みも不思議と嫌じゃない。それよりも、私の力がみんなを救えるという喜びの方が大きかった。…それに、私を噛む時のみんなの目…。あの熱を帯びた、真っ直ぐな眼差しは、私の心を掴んで離さないのだ。
そして今も、まさにトビが、そんな目をして私を見つめている。その眼差しを受け続けていると、どんどん体が熱くなっていくような錯覚を覚えた。
「みんなに噛まれるのは…嫌じゃない。むしろ…幸せなの」
「……幸せ?」
「私の力が、みんなの役に立ってるんだと思うと…満たされるから…。だから……、」
トビ、早く噛んで。
そう吐息交じりに告げると、彼の目が伏せられた。男性なのに、その表情は綺麗で美しい。私に急かされるままに、トビが私の首筋に舌を這わせる。ツー、となぞるその舌に、ぞくぞくと背筋が震えて咄嗟にトビの肩を掴んだ。
「は、ぁっ…!とび、何を…!」
「お前が早くしろと言ったんだろう?」
首にかかる熱い吐息がくすぐったい。早くしろとは言ったが、舐めるのではなくて噛まなければ意味がない。そう抗議しようとしても、悪戯に弄ぶトビの舌が擽ったくて、うまく言葉を発することができなかった。この感覚…、擽ったくて、焦れったくて、体が熱く痺れるような感覚。暁のみんなに噛まれている時だけ感じる、病み付きになりそうな感覚…。
「あっ…、あっ、とびぃ……」
「…すっかりアイツらに調教されてるみたいだな」
最早トビが言った言葉の意味すら理解できない。ぼーっとした頭で必死に彼にしがみついていると、ようやくかぷりと噛み付かれた。首筋に走る小さな痛みと刺激。電気が走るようなその感触に、ふるふると体を震わせ、背筋を仰け反らせた。口からだらしなく漏れる声が、トビをも昂らせていく。
「あぁ……、う…く……っ、はぁ、とび、」
「…オビトだ」
「…へ……?」
「うちはオビト。…それが、俺の本当の名前だ」
「オ…ビト……」
突如告げられた、彼の本当の名。仮面を被っている時は、トビとして生き、その仮面を取った時、彼はオビトに戻る。ずっと抱いていた、トビという人間の謎、疑問。その正体が今、明らかになった。確かめるようにオビトの名を何度も口にする。オビト、オビト、とまるで物でも乞うかのように繰り返す私に、オビトはくらりと眩暈を起こした。完全に熱に充てられている。
腕の傷なんて、とっくに治っていた。それでも、オビトの心は満たされない。先程見た、彼の中だけで生きる幻。思い焦がれる幼き少女が、重なって見えたのだ。相変わらず、オビト、オビトとうわ言の様に繰り返し呼ばれて、遂に彼の理性がぷつりと途絶える。私の後頭部を掴んだオビトは、貪るように唇に食らいついた。塞がれた口に、オビトの舌がぬるりと侵入する。一瞬の出来事過ぎて、何も抵抗できなかった。
「んっ、ふ……!ぁ……、んん…っ」
「……っ、はぁ……」
お互いの吐息が漏れる。ぴちゃぴちゃと粘着質な音が響いて、なんだか変な気分だ。オビトの胸板を弱々しく叩いても、離れるどころか、後頭部を掴む手により力が入る。さっきはペインにキスされて一人で大騒ぎしたというのに、今度はオビトに、しかもこんな深くてエッチなキスだ。息継ぎの為にやっと離れた唇で、オビトを必死に宥めようとしても、また塞がれる。そうして何度も何度もキスをして、思考回路はどろどろに溶けてしまった。何回目の息継ぎの時だったか、口を離したオビトが、ある名前を口にしたのだ。
「…リン……っ」
「……え?」
誰かの名前であることは明らかだ。しかし生憎私の名前はリンではない。これだけ一方的にキスをしておいて、別の女性の名前を呼ぶとは一体どういう事なのか。その名前の人物が、オビトにとってどういう人なのかは全く知らないが、失礼にもほどがある。茹で上がっていた思考は一気に冷め、冷静さを取り戻した私は、ぐい、とオビトの体を押し退けて立ち上がった。呆気にとられる彼に背を向けて、いそいそと外套を羽織り、ボタンを締めていく。
「お、おい、」
「もう傷は治ったでしょ。早くみんなのところに戻らないと」
「…………」
背を向けたままそう言うと、後ろでオビトが立ち上がった気配がした。彼からも、特に何か弁明がある訳でもなく。そこからはお互い無言のまま。
(……サイテー……)
あんなにキスして、他の女の人の名前を呼んで…。私をその女性の代わりにしてたって事?冗談じゃない。そもそも私とオビトは恋人でもない。この行為自体が間違っているのだ。私も雰囲気に流されてしまった部分は否めないが、それにしてもだ。
仮面を付けたオビトは、いつものトビに戻っていて。2人揃ってみんなのいる場所に戻った時、彼はいつも通りのお調査者を演じていた。任務は結果的には失敗。トビが盗み取っていた筈のあの大金も、彼曰く「どこかに落としてきた」との事で、報酬もゼロ。帰り道、お金大好きな角都は酷くご機嫌斜めだった。私も私で、一番後ろをとぼとぼと歩きながら、胸の中に広がるモヤモヤに、一人頭を悩ませつつ、アジトへ無事に帰還したのだった。
ーーーー・・・・
「お、帰ってきたか」
アジトに戻るなり、ちょうどデイダラと出くわした。何だか久々にその姿を見た気がする。まるで実家に帰ってきたかのような安心感だ。呆然と立ち尽くし、その姿を目に焼き付ける。
「お前のことだから、どうせまた足引っ張って迷惑掛けたんだろ、うん」
「でいだら………」
「少しはオイラの有り難みに気付いたんじゃないのか、うん?大体お前は日頃から、」
「デイダラ…!!」
「うぐ…っ!?」
普段通り、私の顔を見るなり軽口を叩いてからかってくるデイダラに、私は勢いよく抱き着いた。半分タックルのような勢いがあったので、デイダラが苦悶の表情を浮かべて苦しげに吐息を漏らす。それでも構わず、私はぎゅうと強く抱きついた。何も言わずに、デイダラの胸に顔を埋めて。
「………どうした」
「……別に…」
「何かあったんだろ、うん」
私の異変に気付いたのだろう。抱き着く私を引き剥がすこと無く、頭上から問いかけられた。…言えない。今日は、依頼人の人たちにたくさん噛まれて怖かったこととか、ペインやオビトにキスされたこととか。言ったら、デイダラはどんな反応をするのだろう。そのリアクションは想像できないけど、何となく言えないと思った。
「…デイダラ」
「……何だよ」
「いつも守ってくれてありがと」
今日離れていて気付いた。デイダラは、いつも私を守ってくれているんだと。抱き着く腕に一層力を込めて、ありがとうと一言。デイダラは多分、私に何かあったことに勘付いている。でも、言いたがらない私に、それ以上は何も追求してこなかった。ただ黙って、私の体を抱きしめ返してくれていた。