表と裏、黒と白@

「息抜きに付き合ってくれないか」

そう私に声を掛けたのは、イタチの方からだった。ここの所任務続きで、私も色々と思う事があった。肉体的にも精神的にも、それなりに疲労困憊していた私は、イタチのその提案に何の迷いも無く頷く。そうして私とイタチは、暁の衣と笠を持って出掛けたのだ。

心地良い晴空。ぶらぶらと気ままに散策するにはうってつけの天気。こんなにのんびりするのは何日振りだろう。浮かれた私が、ゆっくり歩くイタチを急かすようにその手を引いた。イタチは、そんな私を柔らかい笑みを浮かべて見守っている。こうして彼といると、少しだけ自分が抱えていた悩みを忘れられた。

…前回の任務を終えてから、1週間。その間、私の頭は二人の人物に占められていた。言わずもがな、暁のリーダーことペインと、トビである。任務で共になったこの二人とは、以前よりも心の距離が縮まったと思う反面、突然キスされた事により心を掻き乱された。そのせいで私はあれから考え込むことが多くなり、自然とその2人を避けるようになってしまったのである。独りでいると接触される可能性があった為、アジトにいる時は出来る限りデイダラと行動していた。「何だよお前…なんかやりづらいな…うん…」と、何処までも付いて来る私にデイダラは困惑気味で、トイレまで一緒に行こうとしたものなら、「小便だから!!待ってろって!!」と怒られた事まである。そんな私の不自然極まり無い行動には、皆も不思議がっていたようで、鬼鮫や飛段辺りには軽く突っ込まれた。

当然、そんな私をじっと見るペインとトビの視線も感じた。二人とも気付いているのかもしれない、私が避けているという事に。でも、言ってしまえば突然キスをする方が悪いのだし、トビに至っては別の女性を重ねる始末。あの二人の側にいては危ない、と本能が告げている。デイダラとイタチの安定感は絶対なのだと改めて確信した次第だ。

「ななし。腹は減ってないか」
「え?」

突然立ち止まったイタチにそう問われた。ぽかんと目を丸くする私に対し、イタチは無言で視線を配る。甘味処に向けられたその視線によって、イタチが言いたいとする言葉を理解した。寄って行こう、と言っているのだ。おだんご、あんみつ、あいすくりーむ!なんて子供のように目を輝かせた私は、イタチの言葉に甘えて、その店の中に吸い込まれていった。

ーーーー・・・・

もぐもぐと咀嚼する私を、イタチが頬杖をつきながら見守っている。彼が頼んだのはお茶だけで、イタチは何か食べないのと問いかけたが、俺はいい、と遠慮されてしまった。しばらくそうして私が食べている様を見つめていた彼だったが、ふと真剣な表情を浮かべて突然問い掛けてきた。

「ななし」
「ん?」
「里に戻りたいと思う事は無いか」

ぴた、と食べ物を口に運ぶ動きを止めた。質問の意味が分からない。いや、意味は分かるのだが、何故そんな事を聞くのか分からないというのが正しいか。甘いものを食べて幸せだった気持ちは一気に冷め、動揺を押し殺しながらイタチを見つめ返した。

「どういう意味?」
「そのままの意味だ。生まれ育った故郷に帰りたいと思う事はないか」
「無い」

私は食い気味にそう答えた。無い。全く無い。一切思わない、思った事がない。どこかムキになって返す私に対し、イタチはいつも通り冷静に、そうかと返すだけ。何でそんな事言うの、という疑問が一気に頭を占めていく。私を里に帰したいのか、暁のお荷物だから。邪推はどんどん広がって、止まらなくなっていた。

「暁は、犯罪者集団だ。どんなに汚い仕事だって、自分たちの目的の為なら請け負う」
「そんなの知ってる」
「そのせいで、暁は命を狙われる事も多い」
「…知ってるよ」
「ななしも、何度も危機に面した事があるだろう」
「…………」

その会話で、イタチの言いたい事が何となく分かった。ここ最近の任務は、私の命や力を狙われる事が殆どだった。みんなが守ってくれたお陰で事なきを得ているが、本当だったら今頃とっくに死んでいる。お世辞にも私は強いとは言えないし、この治癒能力さえ無ければただの一般人と変わらない。他のみんなは、戦闘能力を買われて暁に入ったが、私は違う。この特殊な能力が無ければ、私たちは出会うことなどなかっただろう。

「……一緒にいたら、迷惑?」
「そういう意味じゃない」
「…火遁、教えて。戦えるようになる」
「ななし。俺はそういうつもりで言ったんじゃない」
「ならどういう意味…?」

震える声で問いかけた。必死に縋り付く私に、イタチもぐっと押し黙った。迷いを見せるイタチの表情を無言で見つめたままいると、深い息を吐いた彼が観念した様に口を開いた。

「…飛段から聞いた。この間の任務で危ない目に遭ったみたいだな」
「…別に、大した事じゃ…」
「それを聞いた時、一気に肝が冷えた」

片手で顔を覆うイタチの表情には、焦りのようなものが窺えた。この間の任務では、イタチは一緒では無かった。それがより彼の不安を助長させたのだろうか。イタチ…、と小さく呟く私に、彼はもう一度深い溜息をつく。

「俺がいる時はいい。守ってやれる。だが…そういう時ばかりではない」
「イタチ……」
「…たまに考える。里にいた方が、安全なんじゃないかと」

イタチもイタチで、私の事を考えて苦悩してくれていた様だ。決して邪魔者扱いして追い払おうとしている訳ではないことを感じた。そうとは知らずに早とちりして、少しきつく当たってしまった。

イタチの優しさはとても嬉しい。でも、私の答えは変わらない。みんなが迷惑だと言った時は、暁を去るしか無いのだろうが、もしまだワガママを許して貰えるのなら…、みんなの側にいたい。

「…イタチ、私、暁に入るって決めた時、ちゃんと覚悟したんだ」
「………」
「危険なのは、百も承知で入ったの。死ぬ時は死ぬ。暁の為に…地獄に落ちようって」
「そんな事を簡単に口にするな」
「分かってる。勿論死ぬつもりはないよ。それくらいの覚悟があるってこと。だから、お願い。側にいさせて、イタチ」

真っ直ぐその瞳を見つめていると、イタチも目を逸らさずこちらを見つめ返してくれた。あれ…なんかこの雰囲気…、と考えている間に、イタチの手が私の手を掴む。どきどきと心臓が高鳴って、頬がうっすら赤く熱を帯びるのが自分で分かった。

「……ならば」
「え……」
「俺が必ずお前を守ろう。地獄になど連れて行くものか」
「イタチ………」

やだ、どうしよう、なんかすごくいい雰囲気になっちゃってる。なんて、頭の中は半分パニックだ。相変わらず真剣な顔でこちらを見つめているイタチと、私の距離が徐々に縮まっていく。このまましちゃうのかな、イタチと、キス…。頭に浮かんだのは、ペインとのキスや、オビトとのキス。私ってもしかして雰囲気に流されやすい?軽い女?色々な思考が巡る間も、イタチは私に顔を近付け、その距離も目と鼻の先まで迫ってきた所だった。

「やだわぁ、最近の若い子は大胆なのねぇ」
「あら、私だって若い頃は、ああやって男に言い寄られていたのよぉ」
「それにしても男の方、整った顔をしてるわねぇ…」

ぴたりと止まるイタチの動き。そういえばここは、小さな里の外れにある茶屋だった。昼間からのんびりお茶を楽しむおばあちゃん達が、私とイタチを見てほんのりと頬をピンクに染めている。昔のことを思い出しては、きゃっきゃっと盛り上がっていた。私とイタチと言えば、ごほんとお互い気まずそうに咳払いをしながら、慌てて距離を取った。

(…イタチとキスしちゃうかと思った…)

この間の任務から、やたらとキスに縁があるような気がする。こんなんでいいのだろうか、と自分の流されやすさに恥ずかしくなった。その後、居心地が悪くなった私とイタチは、お互い無言のまま立ち上がり会計を済ませた。

店を出て、再び隣並びながら気ままにのんびり歩く。束の間の休息ではあるが、こうした貴重な時間を大切な人と過ごせるのは幸せな事だ。気を良くした私は、静かに聞いてくれるイタチにぺらぺらとこの間の任務のことを話した。小南は頼れるお姉さんだったこと。ペインの柔らかい笑顔を初めて見たこと。飛段も角都も、言葉が足らないだけでとても優しいこと。トビは、意外と強くて頼もしいこと。色々あった任務だが、その分得たものも大きい。仲間の意外な一面を見たり、距離が縮まったことは素直に嬉しいと感じた。しばらく何も言わずに聞いていたイタチだったが、私がトビの話をした時、彼は突然足を止めた。

「……イタチ?」
「…あの男には気を許すな、ななし」
「え…?」
「あの男は…、トビは危険だ」

イタチの表情は、とても冗談を言っているような顔ではない。本気で、心から私に忠告している。トビが危険というのは、一体どういう意味か。イタチは、トビの…オビトの何かを知っているのだろうか。素顔を隠して行動しているくらいだ、トビに何かがあることは薄々分かってはいたが、改めて言われると心が落ち着かない。不安な気持ちが一気に広がっていく。


「ななし、まだ時間はあるか」
「え?うん。特に予定は無いけど…」
「なら…もう1つだけ、付き合って欲しい場所がある」

その場所が一体何処なのかは、イタチは教えてくれなかった。それから固く口を閉ざしてしまったイタチに連れられて、私は彼の目指す目的地へと、足を進めたのである。

ーーーー・・・・

「大変だよリーダー、トビ」
「…ゼツか。どうした」

神出鬼没な、ゼツと呼ばれた不思議な彼が、密会をしていたペインとトビの前に姿を現した。何かを報告する為にここに来たようだ。ペインが先を促す。

「イタチがななしを連れ出して、どこかに行こうとしてるよ」
「なに…?」
「方角的に、多分……」

ゼツがその先を言わずとも、トビにはその場所の検討がついていた。どこまでも俺の邪魔をしてくれる、と小さく舌打ちをする。目の上のタンコブ…まさしくそう呼ぶのに相応しい、厄介な男である。

「フン…。イタチの奴、随分とあの小娘に肩入れしているようだな」
「どうするのトビ」
「ななしの力は暁には不可欠だ。イタチに邪魔されてなるものか」

あまり表に感情を出さないトビにしては、珍しく怒りを押し殺しているようだ。自分の思惑の邪魔をされて、苛立っている。じっとその様子を見ていたペインだが、トビの考えを察して早速行動に移ろうとしていた。

「デイダラを向かわせる。ななしに一番所縁のあるメンバーだ」
「分かった。デイダラを呼んでくる」

再び消えて行ったゼツを見送り、部屋にはペインとトビだけが残された。

「珍しく焦っているのか、トビ」
「……何を焦る必要がある。イタチがどう行動しようとも、もうななしは暁から逃れられない。そう仕込んだのはお前たちだろう?ペイン」

生まれ故郷を出て暁に入ったななしは、心に深い傷を負っていた。その弱みに付け込むのは簡単だった。日を追うごとに、ななしは暁に執着していく。彼女を守る、たった1つの場所。それがこの、暁。今のななしにとって、ここは決して失いたくない唯一の居場所だと感じている筈だ。例え暁が犯罪者集団で、目的の為なら人を殺す事も厭わない組織でも、彼女の目にはまるで正義のヒーローのように映っている。そう仕向けたのは紛れも無い、この暁に所属しているメンバーたちである。

「最早ななしの暁に対する執着は、依存に近い。例えイタチが、ななしに余計な事を吹き込んだとしても、あの小娘は必ずここに帰ってくる」
「…だといいが…、トビ、お前はこの間の任務から、随分とななしに避けられている様に見えたが。お前が嫌で帰ってこないかもしれないぞ」
「それはこちらの台詞だ。お前もあの任務から、あからさまに距離を取られているみたいだな。一体ななしに何をしたんだ?」

お互い何となく分かっていて、その上で腹の中を探ろうとしている。ぴりぴりと緊迫した空気が張り詰める中、デイダラを呼びに行ったゼツが再び戻ってきた。

「デイダラを呼んできたよ」

ペインとトビが視線を向けた先には、これまた殺気立ったデイダラが立っていて。地を這うようなデイダラの低い声が、その場に重く響き渡った。

「……イタチの野郎の居場所を教えろ」