表と裏、黒と白A

イタチに連れてかれるがままやってきたこの地は、私もよく知る場所だった。森に囲まれた、小さくて静かな里。小さな川のせせらぎ、森に住む動物たちの鳴き声、活気付く里の人たちの喧騒。全て、あの頃と変わらない。

ここは、私が産まれた里だ。

里の外れの崖から下を見下ろすと、あの頃から変わってない風景が広がっていた。懐かしい記憶と、忌まわしき過去が蘇って、何とも言えない複雑な気持ちが広がる。里には戻らない…そう先程イタチには伝えた筈だったのに、彼は何故私をここに連れてきたのだろう。

「イタチ…。どうしてここに…」
「…お前には、伝えなければならない事がある」
「伝えなければならない事…」
「この里の事…、そして、ななしにまつわる事だ」
「どういう事…?」

真っ直ぐ私を射抜く、イタチの瞳。私はその視線を、訝しげに見つめ返した。彼の言う、伝えなければならない事の続きを促すが、イタチは被った笠に手を置きながら再び歩き出した。

「…まずは里を案内してくれないか」
「え……」
「見てみたい。お前が産まれた故郷を」

どうやらここでは続きを話しては貰えないようだ。数年前、デイダラに引っ張られてこの里を抜けてから、私自身も初めての帰郷である。どこか騒つく胸を押さえながら、前を歩くイタチを追いかけた。彼は一体、何を打ち明けようとしているのか。

ーーーー・・・・

デイダラが私を迎えに来た数年前。この里は、暁の手によって半壊状態だった。真っ赤に燃える家屋や森。逃げ惑う人々、道に倒れる死体。まるで地獄を再現したかのような惨状だったここも、数年の時を経て、かなり復興していた。私がここに住んでいた時の景色を取り戻しつつある。久々に立った里の入り口で、懐かしい匂いを感じ取りながら、昔を思い出していた。

「…私、入ってもいいのかな。一応抜け忍だし、暁に入ってるし」
「暁は裏の社会で動く秘密組織だ。まず一般人には知り得ない存在…心配には及ばない。笠を深く被って、顔はなるべく隠せ」
「う、うん…」

言われた通り、笠を被り直すと、チリンと小さく鈴が鳴った。里の入り口から一歩足を踏み入れると、どくんと心臓が脈打ち、あの時の惨状がフラッシュバックする。嫌なほどに汗が吹き出してきて、慌てて隣のイタチの腕にしがみついた。イタチはそんな私を拒む事なく見下ろし、安心させようとしてくれた。

「…平気だ。お前に危害を加えていた人間は、もういない。デイダラが殺したのだからな」
「…………」

その言葉を聞くと、迎えに来た時のデイダラの姿が浮かび上がって、ばくばくと煩かった心臓が少し落ち着いた。そうだ…あの時私を道具のように扱っていた連中は、もうこの世にはいない。今この里で暮らしているのは、あの時生き残った人たちや、次世代の子供達…。もしかしたら私を覚えている人だっていないかもしれない。何故なら、私はずっと幽閉されて、人目のつかない孤独な時間を過ごしていたからだ。

イタチは、私に歩幅を合わせてゆっくり歩いてくれた。小さい頃によく行っていた駄菓子屋、友達と遊んだ空き地、日陰が涼しいひんやりとした路地裏。数年前の火事で無くなってしまった場所もあったけど、殆どは復興してまた一から歩き出していた。行き交う人たちの会話や表情に目を奪われる。私は確かにここで生きてたんだ。

「……懐かしいな」
「……………」
「まさか…こうして帰ってくる日が来るなんて、思っても無かった」

ぼんやりと呟く私を、イタチが後ろから見守ってくれている。イタチを案内するという名目で立ち寄った筈が、いつしか私の記憶を巡る散策に変わっていた。過去を辿るように、足を進めていく。小さい頃のはしゃぐ私の幻影が見えたような気がして、ごしごしと目を擦った。

「…そうだ…、この先に学校が…」

ぶつぶつと呟きながら、小走りで階段を駆け上がる。戦争が始まるまで通っていた、忍術学校。木の葉のアカデミーのように整った施設ではないけれど、こぢんまりとしたソレは、焼け焦げた状態で残っていた。廃墟と化し、シンと静まり返っているが、かつては子供達が集う活気ある学校だったのだ。

「焼けてる……」
「デイダラがお前を迎えに行った時、里の大半を焼き尽くしたと言っていたからな。奴の爆発を受けてここまで形が残っているのは奇跡だろう」

後ろから歩いて付いてきたイタチが、私の背中にそう説明した。隣に立つ彼は、その跡地を見つめながら、「ここで忍術を学んだのか」と問いかけてくる。コクリと頷くと、彼も彼で興味深そうにそこを見つめていた。

「学んだと言っても、すぐ戦争が始まっちゃったから…私は無理矢理連れてかれて幽閉されて、ろくに勉強なんてできなかった」
「…………」
「だから忍術もあまり使えないし、手裏剣やクナイの扱い方も上手じゃないし」

ほんの僅かの、学校生活。それをゆっくり思い出していくと、記憶の中に1人の女の子が登場した。その子は、かつて私が学校で共に学び、共に歩み、共に遊んだ、かけがえのない存在だ。なのに、その子の姿は霞みがかって上手く思い出せない。名前…なんだっけ。その子は記憶の中で、何度も私の名を呼びながら笑いかけてくれていた。ななし、ななしと私を呼ぶ、懐かしい声。遡る記憶の中だけで響いていた筈の声は、突如現在の私の耳にも木霊して。それは、すぐ背後から聞こえた。ぱっと振り返って、姿を確認する。かつての懐かしき声は、今も変わらない、美しい声。私を呼ぶ、あの優しげな…、

「……ななし……?」
「……ヨツユ…!?」

綺麗な髪をした、同い年の美しい女性がそこに立っていた。間違いない、学校に通っていた頃、一番最初に仲良くなった友達。大人になっても、その面影が感じられる。咄嗟に口にした名前は、昨日も会っていたかの様にしっくりきていた。先程まで思い出せなかったのに、口が勝手にその名前を紡いでいたのだ。

「やっぱり…!本当にななしなのね!」
「ヨツユ……!!良かった、生きてたんだ…!」

突然やって来た再会に、お互い抱き合いながら喜んだ。変わらない、あの頃と。忌々しい記憶の方が多いけれど、彼女だけは、私の中の唯一の希望であり、救いだった。

ヨツユと呼んだ彼女こそ、私の懐かしき友であった。

ーーーー・・・・

「この方は、ななしの彼氏?」
「なっ…!ち、違う違う!彼は、今一緒に旅をしている仲間なの」

再会を喜んだ後、ヨツユが次に興味を示したのはイタチだった。隣で静かに見守ってくれていたイタチを、彼氏なのかと問われて慌てて否定する。その必死っぷりが逆に怪しかったのか、照れなくていいのに、なんてからかわれてしまった。頬を赤くする私を他所に、彼女はイタチに自己紹介をしていた。こういうフレンドリーで社交的なところも、あの頃と変わっていない。

「私、ヨツユと申します。貴方は?」
「…イタチだ」
「イタチさん…。カッコよくていい人じゃない、ななし」

腕をツンツンと突いてくるヨツユに、だからそんなんじゃ、と反論すると、また彼女はカラカラと楽しそうに笑った。まるで太陽みたいに明るくて元気な彼女。突然居なくなって、突然帰ってきた私を、こうして何の変わりもなく受け入れてくれている。その優しさがとても嬉しかった。

「心配してたの。…あの日から、ななしが居なくなっちゃって…。攫われたって噂も聞いてたから」
「ごめんね、心配かけて」
「ううん、こうして生きててくれたんだから。それだけで十分よ」

ぎゅう、と再び抱き締められて、香る彼女の懐かしい匂いにツンと鼻の奥が痛くなった。背中に腕を回して抱きしめ返すと、相変わらず綺麗な髪がサラサラと手に当たった。昔から彼女は髪が綺麗でサラサラで、同じクラスの女の子たちから羨ましがられてたっけ。私もその内の1人で、よく髪の手入れをして貰ったことも覚えている。

ヨツユは変わらない。あの頃から。変わったのは私の方だ。まさかその私を攫った組織に、今は自ら加わっているなんて、彼女は知りもしない。

「ここにいるってことは、里に帰ってくるの?」
「あ…、ううん、そういう訳じゃないの。ちょっと近くに来たから、様子を見に来ただけ」
「……そう……」

あからさまに寂しそうな顔をしたヨツユに、心が痛くなった。ここに長居するつもりはない、ヨツユとはすぐに別れの時が来るだろう。もしかしたら、今度こそ二度と会えないかもしれない。私は隣にいたイタチに目を配らせた。イタチに案内しろと促されてここまでやって来たが、これ以上長居するのはあまりよろしくないのではと思ったからだ。指示を仰ごうとイタチに視線を配ったものの、彼はヨツユをじっと見つめたまま動かない。いくらヨツユが綺麗で美人だからって…、なんてイタチを睨むと、その手をぎゅっと摘んでやった。

「…ななし、痛いんだが」
「今ヨツユに見惚れてたでしょ」
「そういうつもりで見ていた訳ではない」
「じゃあどういうつもりなの」
「ななしにも友がいたんだなと」
「どっちにしても腹立つわね」

私とイタチのやり取りを聞いていたヨツユが、ぷっ、と吹き出した。くすくすと笑いだした彼女に、私たち二人は呆気に取られる。眩しく笑うヨツユに、女である私ですら目を奪われた。

「大丈夫よ、ななしの方が綺麗だから。ヤキモチ焼かなくても取らないよ」
「だから、そんなんじゃないってば!」
「ふふ。ねぇ、お二人共、良ければ私の家に寄っていかない?別れる前に…、もう少しだけお話ししたいの」

誘いは嬉しいが、暁のアジトを出発してからもうだいぶ時間は経っている。もうすぐ日が暮れて、夕方の時間だ。これ以上時間を費やしたら、他のメンバーも心配するのではないだろうか。答えを求めるべくイタチを見上げると、イタチは柔らかく笑った。私が予想していた答えとは違うものだった。

「お言葉に甘えさせて貰おう。久々に会えたんだ、気にせずゆっくりしていけばいい」
「イタチ……」
「じゃあ決まりね!私の手料理、ご馳走してあげる!」

イタチの考えている事が、ますます分からない。私たちには、生まれ故郷を懐かしむ時間も、かつての古い友人と再会を喜ぶ時間も無いのは確かなのだ。なのに、イタチは私をここに留めようとする。それは一体何故なのか。

結局イタチの真意は何も分からないまま、私たちはヨツユの家にお呼ばれした。ヨツユの家も、昔と変わらない場所にあって、出迎えてくれた彼女の両親もあの頃と何1つ変わっていなかった。暖かい家、美味しいご飯、他愛も無い会話。暁に入ってから忘れかけていた、当たり前の幸せを肌で感じる。ここにイタチがいるのが凄く不思議だけど、彼も楽しそうにする私を見る目が嬉しそうだった。ほんの一瞬の幸せだけど、私は確かにこの時、自分が暁だということを忘れて幸せに浸っていたのだった。

お風呂まで頂いて部屋に戻ると、そこに敷かれた2組の布団の内の1つに、イタチが座って本を読んでいた。恋人じゃないとヨツユには伝えたのに、彼女は変な気を回して私とイタチに空き部屋1つを貸してきたのだ。まるで新婚夫婦を連想させる、並べられたその布団に気まずくなって、ぎこちなく視線を逸らす。それに、何度も言うが私たちはここでのんびり仲良く寝ていられる程暇じゃない筈なのだ。

「ねぇ、イタチ。本当に帰らなくていいの?」
「ああ。リーダーには既に連絡してある。何も心配することはない」

その言葉がイタチの嘘であることを、私は見抜けなかった。なんだ、ちゃんとリーダーに伝えてくれてたんだ、と胸をなで下ろす。ペインが許してくれたのなら、きっと何も問題はない。普段任務ばかりで休みという休みを貰えなかった私たちを、労ってくれたのかもしれない。最初こそ気乗りしなかった私だが、何だかんだで懐かしくて、結局里帰りを楽しんでいた。付き合わされたイタチにとっては退屈だったかもしれないが。その事について申し訳なさそうに謝ると、イタチは読んでいた本から視線を上げた。

「ごめんね、なんか長々と付き合わせちゃって」
「いや、俺も楽しんでいた」
「え、そうなの?でも、イタチからしたら何の変哲も無い小さな里だし」
「…お前の幼い頃の事を知れた」

彼の手が、私の頬を撫でる。真っ直ぐ落とされた黒い瞳と、さらりと掛かるその綺麗な黒い髪に目を奪われて、私は動かなくなった。またこの雰囲気だ。私の頬を撫でていた手は、顎にそっと添えられて、徐々にイタチが近付いてくる。キスされる!!と悟った私は、慌てて顔を晒し、彼が先程まで読み耽っていた本に視線を移した。「な、なに読んでたの!?」と白々しく話題を変えた私を、イタチはくっくっと楽しそうに笑いを堪えて見ている。何だか掌で転がされているような気分だ。

「っていうかこれ、私の小さい頃の写真じゃない!」
「ヨツユが貸してくれた」

パッとイタチから取り上げたその本は、私とヨツユの幼き頃の写真が並べられたアルバムだった。少し色褪せたその本は、懐かしい笑顔や風景を切り取っている。これをイタチに見られていたのかと思うと、恥ずかしさでのぼせ上がりそうだ。

「ヨツユとはずっと一緒だったのだな」
「うん。学校に通ってる頃は、いつも2人で過ごしてたよ。秘密基地作ったり、オリジナルの忍術を編み出したりして」
「ほう。忍術か」
「とは言っても、とても実戦で使えるようなものじゃないよ。本当に子供のお遊びみたいなやつ」

ぺらぺらとページを捲って写真を流し見していると、あるページの1枚の写真を、イタチが指差した。その写真は、何の変哲もない私とヨツユの写真だったが、幼き日の2人が一生懸命地面に何かの文字を書いている風景だった。

「…この文字はなんだ」
「これは、私とヨツユが小さい頃に考えた文字なの。私たちにしか分からない暗号みたいなもの」

恥ずかしそうに打ち明けると、イタチは柔らかな笑みを浮かべてそれを見ていた。この里に来てから、イタチはその表情をよく見せていた。まるで愛しいものを見るかのような、慈愛に満ちた目。その目に見つめられると、幸せなような、こそばゆいような不思議な感覚になる。

「私が学校に行けなくなったのは、この写真のすぐ後くらいだったかな。……戦争が始まっちゃったから」
「………」

ヨツユと会ったのも、この写真の時が最後だった気がする。戦争が始まった後は、私は小さな神社の祠に幽閉されて、この力を使うことになったから。私がポツリと呟くと、イタチの表情にも影が落とされた。重たい沈黙の中でそっとアルバムを閉じると、その手を突然イタチに掴まれた。

「……ななし。この里に来た時、お前に言わなければならない事があると言ったな」
「…うん」
「………お前の心に深い傷を刻んだきっかけとなった、その戦争は、俺たちにも関係のある話なんだ」
「え?」

随分と間抜けな声が出たものだと、自分でも自覚していた。だけどそれ程に、イタチの口から語られた真実は、到底信じがたい、というより、信じたくないものだった。幼い頃、突然始まった、小さな里同士で起こった権力争いの戦争。側から見れば小さな戦争も、私たちからしたら地獄のようだった。それが何故、暁にも関係あるというのか。動揺する私に、イタチははっきりと告げたのだ。

「……この里の戦争を起こしたのは、俺たち暁だ」

は…?と口から空気が抜けていく。手から滑り落ちたアルバムは、私とヨツユが二人並んでVサインを作る写真が収められていた。