【※キャラの会話の中で、若干R18描写を連想させるような台詞があります。ご注意ください。】
争い、憎しみ、恨み、痛み。その負の想いは、愛が大きければ大きいほど、深く、強くなっていく。失ってから大切さに気付く、とはよく言ったものだが、本当に人間というのは、当たり前にあるものに対して、感謝の気持ちが薄れていくものだ。平和とは、あって当たり前のものではない。痛みを知った人間こそが、その大切さを感じることが出来る。全ては、理想とする世界の為に。
この里は、暁の餌食になったのだ。
イタチの言葉が右から左に流れて、私の頭は真っ白になった。一体彼は何を言っているのか。茫然とする私に、イタチは続けた。戦争は金になる、双方の里を煽って争わせ、暁は莫大な資金を儲けた。そうやって裏から戦争を操って、全ての里を暁の手中に収める。…イタチは、それ以上にもっとべらべらと説明をしてくれていたが、正直何も覚えてない。その後、私は放心状態のまま布団に潜り、目を閉じたのだ。まるで、この現実から逃れるかのように。
私を苦しめるきっかけとなった戦争。たくさんの人が傷つき、たくさんの人が死んだ。私の親も例外ではない。戦争孤児となった私を待っていたのは、さらなる地獄。傷付いて帰って来た人たちを癒す奴隷になって、ぼろ雑巾のように扱われて。瞼を閉じると、あの時の光景が蘇る。幼かった私の悲痛な叫びが頭を突き刺した。
『暁はお前を救う場所だ』
あの時デイダラは、私に手を差し伸べてくれた。やっとここから抜け出せる、そう信じて疑わなかった。だけど、その差し伸べられた手が、全て仕組まれたものだったのなら。戦争も、私がこうして道具扱いされていることも、全て、全て暁が糸を引いていたのなら。私は、果たしてあの時、デイダラの手を取ったのは、正しかったのだろうか。
はっと目が覚めると、まだ時刻は夜中の2時。酷い汗をかいている。カラカラになった喉を潤すべく、そっと布団から抜け出した。隣の布団では、イタチが静かな寝息を立てて寝ている。イタチは、どうして暁の真実を、私に話してくれたのだろう。昼間、彼と交わした会話を思い出した。里に戻る気はないか、と、イタチが突然そう聞いてきた、あの時のことを。きっと、イタチは私に確かめている。本当にそれでいいのか、と。全てを知った今、本当に暁として生きていくのか、と。
そっとキッチンに入り、蛇口を捻って水を出す。コップを拝借して、そこに一杯の水を汲んだ。ごくごくと喉を潤していると、背後に気配を感じて慌てて振り返る。後ろにいたその人物は、私の友であるヨツユだった。
「…ヨツユ」
「ななし、眠れないの?」
心配そうに私の顔を見つめるヨツユに、私は微笑んだ。彼女の存在は、いつでも私の心の光だ。心配かけたくなくて、大丈夫、と笑うと、ヨツユもつられて笑った。しばらく二人で並んで、窓から差し込む月の光を見上げていたが、水を飲み終えた私を見計らって、ヨツユは言った。
「ねえ、ななし。眠れないなら、秘密基地に行かない?」
「え…?」
「懐かしいあの場所に…二人で行きたいんだ。ななし、明日には行っちゃうんでしょ?」
ヨツユの寂しそうな顔を前に、断ることはできなかった。こくりと頷いて彼女の誘いに乗ると、ヨツユは嬉しそうに笑って、私の手を引く。そうして私は、イタチを一人そこに残して、ヨツユと共に夜の里へと繰り出したのだ。
ーーーー・・・・
闇の中で、光る二つの目。その目は明らかな殺意を宿してこちらを見下ろしている。掲げられたクナイは、月の光を反射させていた。それが振り降ろされる瞬間。イタチは目を開き、その腕を掴んで上に乗っかる人影を殴り倒した。バキ、と鈍い音を立てながら吹っ飛んでいくその影に、イタチも体を起こして応戦する。まさか寝込みを襲われるとは予想外だったが、簡単に寝首をかかれる程落ちぶれてはいない。
「…何者だ」
倒れたまま動かない影に低く問いかけたイタチだったが、一向に返事は返ってこない。不審に思いその影の腕をつかんで無理矢理引きずり立たせると、現れた正体にイタチも目を見開いた。先程この家に歓迎してくれた、ヨツユの父親だったからだ。しかも、その父親の体は冷たくなっていて、既に死んでいるようだった。勿論イタチが殺した訳ではない。イタチが襲撃されるよりずっと前に、殺されていたのだ。
(…どういうことだ。誰かが死体を操る術でも使っているのか)
辺りを警戒するイタチが、ふと後ろを振り返る。隣で寝ていた筈のななしの姿がない。ヨツユの父親の死体を投げ捨て、イタチは家の中を乱暴に漁り回った。ヨツユの姿も無い。敵にさらわれたか、それとも何か別の理由か。何でもいい、手がかりはないかと探し回る彼の背後に、再び人の気配。その気配に気付いたのも束の間、床から飛び出してきた白い大きなムカデが、イタチの体に巻き付いて縛り上げた。このムカデはよく知っている。これは、起爆粘土で作られた、ある人物の術だ。
「動くなよ、イタチ。うん」
「…デイダラ」
闇から現れたのは、同じ暁の仲間であるデイダラだ。デイダラの目は、間違いなく殺気を含んでいて、イタチの背中を睨みつけている。とても同胞に向けるような視線ではないことは確かである。しかしイタチも全く動じなかった。自分がこうしてななしを無断で連れ出していることは、既に組織にばれている。ということは、何かしら追手を遣わせてくるだろうと簡単に予想がついていた。それがデイダラとは、暁も厄介な男を送り込んでくれたものだ。
「…デイダラ。今は俺たちで争っている場合ではない」
「イタチ、口の利き方に気を付けろよ。オイラは今最高に虫の居所が悪いんだ、うん」
「ななしが攫われた。お前の相手をしている暇は、」
「喝!!!」
けたたましい爆音と共に、家が吹っ飛ぶ。イタチの体に巻き付いていた起爆粘土が爆発し、炎と煙を上げた。しばらく煙の先を睨んでいたデイダラだったが、背後で群れ始めたカラスの大群に視線を移す。無数のカラスはやがて一つになり、無傷のイタチが現れた。その目は赤く光り、デイダラと同じように怒気を含んでいる。ようやくイタチも本気になったということか。今度はデイダラが背後を取られ、身動きが取れなくなった。
「…俺の話が理解できなかったか?今はお前の相手をしている暇など無いと言っているのだが」
「お前こそ、オイラの話を聞いてなかったのか。口の利き方に気を付けろって言った筈だよなァ、うん」
「これ以上邪魔立てするのなら、同じ暁のメンバーだろうと容赦はしない」
しばらく無言の時間が過ぎた。お互いがお互いを牽制し合っている。デイダラの怒りは本物だ。彼は元々感情の起伏が激しい男だったが、ここまで本気だったことは今まであっただろうか。イタチは分かっていた。デイダラの怒りの理由…、それは、イタチがななしを連れ出したこと。そして、デイダラの記憶にも残っている、この忌まわしき地、ななしの故郷に連れてきたこと。デイダラは、イタチに背を向けたまま静かに問いかけた。
「…なんでアイツをここに連れてきた」
「………」
「答えろ、イタチ。…お前は何を企んでやがる」
イタチ自身、デイダラのななしに対する異様な執着には気付いていた。彼は、ななしを暁に連れてきた張本人であり、この里を壊した人物である。暁にななしを連れ帰って来たデイダラは、それからずっと、彼女に寄り添い続けてきた。それは、仲間の二文字で片付けるには難しいほどに。おかげでななしは、デイダラによく懐いた。彼女が暁にいる理由の一つに、デイダラの存在がある位には、彼女もデイダラに依存していた。それもまた、デイダラの…暁の策略なのか。ななしが暁から逃げ出さない為に。鎖を付けて、遠くへ行けないようにしているのか。デイダラの問いに無言で考え込みながら、イタチもイタチで、彼の腹の中を知るべきなのかもしれないと考えた。もう既にイタチの中でも、ななしの存在は、『仲間』の二文字で片付けられない程に、大きく膨れ上がっているのだから。
「…言い訳はしない。ななしを、暁から逃がそうと考えていた」
「…………」
「ななしを解放するべきだ。ここに縛り付けていても、彼女は報われない。そしていつか死ぬだろう。俺たちの身勝手な戦いに巻き込まれて」
黙り込んだままのデイダラに畳み掛ける。
「ななしの弱みに付け込み、心を操り、暁という檻に閉じ込めている。驚異的な治癒能力を持って生まれたばかりに、彼女は利用され続ける。……アイツを道具扱いしているのは、一体誰なんだろうな、デイダラ」
「…………」
「毎晩監禁し奴隷のように扱っていたこの里の連中と…、貴様がやっていることは同じだ」
「…イタチ、やっぱりお前は、オレに殺されたいみたいだな、うん」
ずるずると地面を這う起爆粘土のムカデが、再びイタチの足元に絡みついた。普段やかましい彼がここまで静かなのが、逆に不気味だ。蠢くムカデには一切目もくれず、イタチはデイダラの背中を睨み続けた。吹き抜ける風が、二人の暁の衣を揺らす。恐ろしい程に静まり返った夜である。
「…オレが初めてここでアイツと出会った時…、アイツがどんな状態だったか知ってるか」
「………」
「知る筈ないよな。お前は…あの時、この任務から外されてたんだから」
反乱分子を含むイタチは、意図的にこの里の任務から外され、別の任務をあてがわれていた。まるで厄介払いでもするかのように。遠くの地で別の任務に当たっていたイタチと鬼鮫は、その任を終えてアジトに帰って来た時に、初めてななしと邂逅したのだ。随分と信用されていないものだ、と嘲笑った覚えがある。もしあの時、イタチが任務のメンバーに組み込まれていたのなら。ななしにはもっと違った未来が用意されていたのだろうか。それとも…
「この里の奥にある石段を登った先の、ボロい小屋の中にアイツはいた。ガキの女に、大人の男が何人も群がって、噛み付いてる。…あの時のアイツは、悲鳴一つ上げやしねえ」
デイダラの脳裏に蘇るあの日の映像。デイダラも、あの時の記憶は忘れられずに焼き付いていた。
「しばらく様子を見てたんだがな、この里の連中の愚行は、それだけじゃ終わらなかった」
「…どういうことだ」
「………連中は、傷が癒えてもななしの上から退かなかった。それどころか、服を引き裂いて素っ裸になりやがる。どういう意味か分かるだろ…?それとも1から細かく説明したほうがいいか?」
イタチは言葉を失った。あの時そこで何が行われていたか。それは決して、傷付いた戦士の傷を癒すだけじゃなかった。もっと愚かで残酷なことが行われていたのだ。片手で顔を覆うデイダラ。その指の隙間から見える目は、殺意と狂気で爛々と光っている。見開かれたその目は瞳孔が開かれ、後ろにいたイタチを睨んだ。
「まだクソガキだったななしに子供を産ませて、治癒能力を守ろうとしていた。アイツが死んでも、その力だけは失わないように…」
「…もういい。デイダラ。聞いているだけで怒りで頭がおかしくなりそうだ」
「上手くいけば、この里の繁栄は間違い無しだ。よく考えるよなあ、そんなこと」
「………デイダラ」
「敵だった奴らも、そりゃあ驚いてたさ。どんだけ瀕死の傷を負わせても、次の日には無傷で戦場に戻ってくる。それくらい驚異的な治癒能力だ。簡単には手放せねぇ」
制止を聞かないデイダラの胸倉を、勢いよく掴んだ。赤い瞳で睨み付けると、デイダラが口元を歪ませて笑った。まるでイタチの神経を逆撫でするように、煽り文句を添えて。
「どうした、イタチの旦那。ななしを里に帰したかったんだろ?良かったじゃねえか、願いが叶って」
「…やはりお前は、早死にするタイプだ。人を怒らせる天才だな」
「そんなに怒るなよ。オレはアイツの真実を語っただけだ。お前がアイツに真実を語ったように」
イタチの手がゆっくりとデイダラの胸倉から離れる。冷静さを取り戻すべく、深い息を吐いた。…そうだ、イタチはあまりにも知らない。この里から遠ざけられていたイタチは、あの時実際何が起こっていたのか、詳しくは知らないのだ。
「あの時の任務に就いていたのは、オレを含めて4人。オレとサソリの旦那と、リーダー。…そして、トビだ」
「…トビだと…?」
「説明された仕事の段取りはこうだ。…まずオレが、敵国の攻撃と見せかけて里を襲い、混乱を誘う。同時刻、サソリの旦那は敵国でオレと同じように襲撃する。その後、傷付き疲弊した連中の前にリーダーが現れる。神を名乗って双方を説き伏せ、争う二つの里を暁の手中に収める…」
「…トビは一体何をしていたんだ」
「アイツは戦闘に関しては全くの役立たずだからな、ななしが軟禁されていた小屋の見張りを任されていた。ななしの力は貴重だ。逃げだしたり殺されたりしないように見張る。救いもせず、ただそこで見ているだけだ」
(マダラ…。直々にななしの監視をしていたのか…ご苦労な事だ)
表情こそ崩さないイタチだったが、密かに握りしめられた拳は、爪が食い込み皮膚を破り、小さく血が滲んでいた。脳裏にペインとトビの姿が浮かぶ。怒りは膨らんでいくばかりで、体中が熱くなっていく感覚に襲われた。やがて、足元に絡みついていたデイダラのムカデはスルスルと下って行き、そのまま音を立てて消えた。再びイタチに背を向けたデイダラが、一体どんな表情を浮かべているのか。表情は窺えないが、消えることのないデイダラの怒りは、その背中から感じ取ることができた。
「オレはあの時…、ななしがいる小屋には近付くなと言われていた。それが一体何故なのか、オレには分からない。だが、オイラは…その命令を破った。小屋にいた連中を皆殺しにして、アイツを連れ出して…、里も焼き尽くした。殆どの人間は殺した。なるべく殺すなと言われていたが、お陰で暁の計画はパーだ」
「…お前が殺していなければ、ななしの生き地獄は続いていただろうな」
「…だろうな。あの時は気まぐれでやった事だったが、今は後悔しちゃいねえ。……今でも夢に見る。夢の中で、何度も何度もあの時の男どもをぶっ殺すんだ。起爆粘土を忍ばせて、汚ねぇ頭をぱーんと吹っ飛ばす。これが不思議な事に、何度殺しても気が収まらねえんだよ…」
「…………」
当時、デイダラもななしと同じくまだ年端もいかない子供で、あの任務の意味もよく理解しないまま、ただ悪戯に自分の芸術に対する欲を満たしていた。その気まぐれに救われたのが、ななしだったのだ。そして、暁という組織の中で共に時間を過ごす内に、この時の任務の記憶が、徐々にデイダラを蝕む様になる。彼もまた、被害者のうちの一人なのだろう。あの日のあの出来事をきっかけに、少しずつ狂い始めている。デイダラの目が血走っていて、興奮しているのか若干息が乱れている。
「…何をされても表情1つ変えないななしを見た時…オレは悟った。アイツは、あの時あの男たちに殺されたんだ。だからオレは、アイツを縛るものを全て潰した。ななしが生きていた頃の鎖は、死んだアイツには必要ない」
「デイダラ、貴様は…」
「ななしに帰る場所なんて、今更どこにもない」
確かに感じた、デイダラの愛。だがそれは、確実に歪んでいた。
大切だからこそ、戦いのない場所で生きていて欲しい者。
大切だからこそ、自分の傍に置き、戦いの地獄へ道連れにしていく者。
どちらも確かに、愛だった。