「オビト…!私を抱えてたら戦いにくいんじゃ…!」
私を抱きかかえたまま器用に攻撃を交わすのは、夢から覚め復活を果たしたオビト。そんな私たちに、シラユキ…夢魔は鋭い爪を何度も振りかざした。当たれば深手を負うことは必至。向こうも殺すつもりで攻撃をしてきているのだろう。私の存在がオビトの足を引っ張っているんじゃないかと、何度も離すように訴えたものの、彼は決して聞く耳を持たなかった。それどころか、絶対に離すまいとその手に力を込めて私を抱えている。まるで何か強い決意に満ちているかのように。どこか普段と違う雰囲気のオビトに、私も何も言えなくなってしまった。
「俺も舐められたものだな。この程度の相手、お前を庇いながらでも簡単に始末できる」
私が余りにも心配しているからだろうか。不服そうなオビトがそう吐き捨てるのと同時に、周囲から無数の木の幹が床を突き破って出てくる。それらがシラユキの攻撃を貫き、そしてシラユキ本体をも貫いた。悲鳴を上げて、腹に大きな穴を開けた妖怪は、やがて砂の様に変化し、パラパラと細かく舞っていく。あまりにも呆気ない最期に、私は呆然とした。術さえ解けてしまえばオビトにとっては大した敵でも無いという事か。静寂が戻ってきた部屋で、砂になったシラユキの亡骸を見つめていると、腰に回されていたオビトの腕が再び私を引き寄せた。
「で、」
「うわっ!」
「随分と大胆な起こし方をしてくれたものだな」
近付く彼の顔と台詞に、頬に熱が集中する。あの時はオビトの意識を取り戻すのに必死で、何も考えずにキスをしてしまったが、こうして冷静に考えてみるとなんて事をしてしまったんだと恥ずかしくなった。オビトもオビトで、いちいち掘り返さなくてもいいのに、と不満を表すように彼を睨む。
「あ、あれは!緊急事態だったから…!人工呼吸みたいなものよ!」
「俺はお前の力など無くても自力で何とかできた」
「は…!?何よそれ!素直にお礼くらい言いなさいよ!夢の中の女の子に夢中になってた癖に!」
「妬いてるのか?」
「違…っ、そんなんじゃないってば!大体キスしなきゃ起きないなんて、どこの白雪姫、」
ちゅ、と軽く押し当てられた唇に、騒がしかった私は一気に大人しくなった。いまいち状況が理解できず、何が起こったんだと言いたげに固まっている私を見下ろすオビトは、余りにも真剣な表情をしていて。
「今度こそ守り通してやる」
「オビト……?」
「もう二度と、死なせはしない」
守れなかったリンのこと。後悔が無い訳ではない。今だって、何度もあの時のことを思い出す。だけど、オビトは実感していた。目の前のこの女こそ、俺が今守りたい大事な存在なのだと。過去に囚われて今を見失っていたら、また奪われてしまう。大切な人と、その未来を。オビトの目に映る私は、彼が今、自分自身の中でそう決意している事など露知らず。異様に近いその距離に胸板を押し返していた。
「ち、近いってばオビト…!」
「なんだ、今更恥ずかしがる事もないだろう。お前からあんな事をしてきた癖に」
「誤解を招くような言い方やめてくれる!?あれは人命救助の為だってば!」
「そうかなら礼をしないとならんな」
「な、ちょ…どこ触って…!!」
どんなに弁解しても、オビトは悪ノリしているのか一向に離す気配が無く、それどころか身体はもっと密着している。私の反応を見ては笑っているその顔に、完全にからかわれているのだと理解して、私もジタバタと懲りずに暴れ続けた。礼なんて嫌な予感しかしない単語に、私もいよいよ我慢が出来なくなって、平手打ちの1つでもくれてやろうとした時だった。
突然懐が光り輝き、何かが目にも留まらぬ速さでオビトの顔を掠めたのだ。オビトも咄嗟に交わした為、その謎の何かが壁に突き刺さっている。二人で恐る恐るそれを見つめると、そこには
「髪……?」
鋭く尖った、綺麗な髪。訝しげにそれを手に取るオビトの言葉で、全てを思い出す。アジトに戻ってくる前…、ヨツユと別れ際に交わした会話を。
『中には私のチャクラが篭った髪を入れてある。ななしの身に危険が迫った時、術が発動する仕組みになってるわ』
『ありがとう…!助かる』
『でも、それは1度しか使えない。いい?くれぐれも無理はしないで』
慌てて懐からソレを取り出す。ヨツユから貰っていた、護身用の髪。術式が施された紙は真っ白になっていて、中に入れられていた髪も無くなっていた。夢魔用に持たされた術が、オビトに反応して放たれた証だ。幸い彼は避けてくれたが、当たっていたら怪我どころの騒ぎじゃなかっただろう。しばらく無言でいた私たちだったが、あのオビトも流石に驚いたようで、その表情を引攣らせながら私を見下ろしていた。
「………おい」
「ご、ごめん!まさか発動するとは思わなくて……」
「何だ今のは。俺を殺そうとしたのか」
「違う違う!あれはシラユキと戦う時に護身用として……」
「ふざけるな。それを何故今俺に向けて使ったんだ」
「私が使ったんじゃなくて、自動的に…!」
譲らない私とオビト。繰り返される言い争い。今のに懲りて離れるかと思いきや、怒りを顔に滲ませた彼はより私に顔を近付けてきた。精一杯背を逸らして抵抗するも、力の差は歴然。するすると降りていくオビトの手が私の腰辺りを撫で、いよいよ怪しい雰囲気になってきた。恐らくこの様子だと、私の言い分は聞いてくれそうにもない。そして頭をよぎったのは、またもやヨツユの言葉だった。
(く、口寄せの術…!)
何かと契約をした覚えのない私にも、絶対に使える筈だと言い張るヨツユ。にわかに信じがたいが、ここを切り抜けるにはヨツユの言葉を信じるしかなかった。私はすっと息を吸い込むと、思い切り叫んだ。
「きゃー!!誰かー!!」
「!?」
私が何の前触れもなく叫んだものだから、オビトもぎょっとしていた。すると数分経って、どこか遠くからバタバタと騒がしい足音。何かが近づいてきているようだ。オビトもその気配を感じ取ったのか、慌てた様子で戸棚からいつも被っている仮面を取り出している。お陰で彼から解放されて、私はほっと胸を撫で下ろした。それにしてもこの足音は一体何なのか。その数秒後には、正体を理解することができた。
「どうした!!ななし!!」
「何かあったのか!」
飛び込んできたのは、デイダラを先頭にして、続いてイタチ、サソリ、飛段、鬼鮫、角都、小南…。結局ほぼ全員がそこにあっという間に集合してしまった。もしかしたら、ペインが集合をかけた時よりも早いのではないかという程のスピードだ。呆気にとられながらも、ヨツユが言っていたのはこの事かと理解する。心配して駆け付けたデイダラやイタチや小南の他には、興味本位で付いてきたサソリと飛段、お目付け役として鬼鮫角都など、理由は様々だが、それでも嬉しかった。みんな心配してくれたんだ。
「ちょ、ちょっとちょっと〜!皆さんどうしたんですかあ!?こんな夜中に僕の部屋に飛び込んできて…!」
「それはこっちの台詞だトビ!お前なんでななしと一緒にいるんだよ!うん」
「それに先程のななしの悲鳴はなんだ。トビに何かされたのか」
「ってか何だこの部屋!ボロボロじゃねえか!一体何があったんだよ!」
「……説明しなさいトビ。場合によっては覚悟してもらうことになる」
一気に取り囲まれたオビト…、いやトビは、焦った様子でみんなを宥めていた。さっきまでオビトだった彼は、もうすっかりトビに戻っている。その切り替えの早さは感心する程だ。私を守ってくれた彼には悪いが、あのままだったら自分の身が危なかったのだから仕方がない。みんなに責められてたじろぐ彼に目を向けると、ちょうど輪の中心にいたトビと目があって。仮面を被っているからその表情など分からない筈なのに、なんだか「覚えていろ」と言われているような気がして、私は慌てて目を逸らしたのである。
「夢魔だあ?」
トビがみんなから総攻撃を喰らってから、約1時間後。ようやく解放された彼は、みんなを前にして事の説明をしていた。シラユキの正体と、みんなが悩んでいた謎の倦怠感の正体、そして夢のカラクリ。反応はそれぞれで、デイダラのように驚く者もいれば、何となく悟っていたのか大した反応が無い者もいた。
「そうなんですよデイダラ先輩!だからこの僕が、みなさんに代わってバーンとやっつけちゃった訳です!どう?すごいでしょ?」
「お前だけの成果じゃねえだろ、うん」
「えええ!?そんなあ!」
相変わらずオーバーリアクションなトビから目を離したデイダラが、私をまっすぐ見つめる。みんなも釣られるようにこちらを見たせいで一気に視線が集まって、何だか恥ずかしい。「な、なに?」と引き気味の私に、イタチが柔らかく笑ってくれた。
「俺たちを助けようとしてくれたのだろう。…よく頑張ったな」
「え……」
「貴女のおかげでみな無事だった。ありがとう」
「…みんな……」
労ってくれたイタチの言葉と、小南の御礼の言葉に不覚にもジンと胸が温かくなる。一時はシラユキに居場所を取られて、私なんて必要ないのかもしれないと思ったが、それは私の勘違いだったのだ。伝わってくる、みんなの気持ち。決して誰も、私を必要ないなんて思ってない。私はとっくに暁の一員であり、みんなの仲間だったのだ。最早そこに、能力云々は関係ない。暁を支えているのは、この傷を癒す能力だけでなく、その無垢な明るさも含まれているのだから。
「ま、お前にしてよくやった方だな」
「ちょっとサソリ。何よその言い方」
「戦えない割には珍しく活躍したって事だ」
「もー!ほんと素直じゃないんだから!」
「まあまあ。ななしさんの力が無ければ我々はいずれ食い尽されていたのですから。素直に認めてお礼を言わないと」
「なんだよ俺だって暴れたかったのによぉ!一人で戦おうとするなんて水臭ぇじゃねえか!」
「飛段が入れば余計にややこしいことになる。お前を呼ばなかったのは正解だな」
「なんだと角都!そりゃどういう意味だ!!」
戻って来た、いつもの光景。この風景を再び見ることが出来て本当に良かった。騒がしくなるみんなのやり取りを微笑みながら見つめている中、一人だけ、口を開かぬまま腕を組んでいる人物…デイダラが、私を呼んだ。ただ一言、「ちょっと来い」と口の動きだけでこちらに伝えてくる。顎でクイと指し示された場所は、トビの部屋から出た廊下で、私は言われるがままデイダラと共に部屋を後にした。
「どうしたの?デイダラ、」
「なんで一人で戦おうとした」
デイダラは一人だけ、私が取った行動を責めた。真剣な表情を浮かべている彼の横顔を見ていると、伝わってくるその怒り。デイダラとはよく喧嘩もするが、こうして彼が本気で怒っている時、私はいつも何も言い返せなくなってしまう。今回も同じで、まるで蛇に睨まれた蛙のように縮こまった私は、言い訳するように言葉を並べていった。
「みんな、シラユキに夢中だったし…、それに、夢魔は女には術を使えないから、」
「お前一人だったら死んでたんだぞ。うん」
私の言葉を遮るようにして、デイダラははっきりそう言った。そうだ、私がもし本当に一人でシラユキと戦っていたら、きっと今頃死んでいた。いくら夢魔が女に術を使えないからと言っても、ろくに戦えない私を殺すことは、シラユキにとっては造作もない事だったのだ。だからデイダラは一人、私を労う言葉の中で怒りを感じていた。そして今もこうして、私が選んだ選択を非難している。私のことを心配してくれているからこそ。…その思いが痛いほど伝わって、私は俯いたまま何も言い返せなくなった。
「ごめん………」
「オレに相談する事だって出来た筈だ、なのにお前は…」
「…必死、だったの」
ぽたぽたと落ちる滴が、床にシミを作る。情けない、こんなことで泣くなんて。だけど、私だってずっと不安だった。嫌な女だと思われるかもしれない。でも確かに嫌だったんだ。シラユキと打ち解けていくみんなを見ていて、ずっとずっと焦っていた。自分の居場所を探すのに必死になっていた。デイダラは強いし戦えるからいい。だけど私は…いつだって負い目を感じながら過ごしているのだ。戦えずに守ってもらってばかりの私が、本当にここにいていいのかと。
「シラユキが来てから、みんな私の力を使わなくなった…。どんどん居場所を奪われていくような感じがして…。デイダラがシラユキに傷を治してもらっているのを見た時…自分で自分が嫌な女になったみたいで、苦しかった」
「…お前……、」
「嫌だった。デイダラが、私以外の人の力を使って傷を治しているのが、嫌だった…」
こんな感情、嫉妬以外の何物でもない。別にデイダラは、私の恋人でも無いし、命を懸けた戦場でいちいち人を選んではいられないことも分かってる。それでも、嫌だった。今までは私がずっと治してきていたのに、ある日突然現れた別の人が、私の役目を奪っているのだと…。そうも感じていた。だから私は焦っていたんだ。みんなを取られてしまうんじゃないか。デイダラを、取られてしまうんじゃないか。そしていつか…、私は捨てられて、みんなはシラユキを選ぶんじゃないかって。
デイダラは私の行動を責めた。だけど、私にだって悩んで悩んだ末に、自分で選んだ行動だ。確かに危険を顧みなかった部分は認めるし、素直に謝る。でも後悔はしていない。私だってみんなを守れること、役に立てることを実感できたから。その気持ちを、私は素直にデイダラにぶつけた。誰にも取られたくない、そう思っていることを、全て。
「私以外の人の力を使わないで!」
「ななし…、」
「私が、癒すから…。デイダラの傷は全部、私が治すから…!だから他の人に頼ったりなんかしないで!」
怒られてもいい。ガキみたいな事言うなって、そう返されてもいい。私の思っていたことを全部伝える。涙ながらにそう訴えた私を、デイダラは力強く引き寄せた。驚く間に私の体は彼に包み込まれ、ぎゅっと抱きしめられる。包まれるその温もりと匂いは、いつものデイダラのもの。安心する、貴方がこうして傍にいてくれるだけで。貴方が私を求めてくれるだけで、私はもう、他に何もいらないんだ。
「…くだらねえ意地張ってんじゃねえよ、うん」
「…っ、くだらないって何よ…っ、」
飲みこまれた言葉。唇に重なるその温もりに、私は目を見開いた。私…、デイダラに、キスされてる。彼からこうして唇を重ねられたのは、初めてかもしれない。だけど私は不思議と嫌じゃなかった。何だか安心する。こうしてデイダラの温もりに触れていると、満たされていく気がする。最初こそ驚いて固まっていた私だったが、ゆっくりとデイダラの肩に手を置いて目を閉じ、その身を委ねた。触れ合うだけの口付けを交わして数秒後、彼の顔がゆっくりと離れていく。かかる吐息、低くて甘い声、優しい眼差し。デイダラのこの表情を知っているのは私だけだ。
「……オレにはお前以外必要ない」
「デイ…ダラ……」
「オレがお前を傍に置いているのは、傷を癒せるからなんかじゃねえ」
「え……」
「オレが隣にいたいんだ」
初めて聞くデイダラの気持ちに、どくんと心臓が早まる。私と一緒にいてくれるのは、私のこの力が理由じゃないなんて。それって…。期待しそうになって、心臓はどんどん煩くなっていく。聞きたい、デイダラ。貴方の気持ちを。
「オレにはお前がいればいい。だから、他の奴の能力は使わない。もう二度と」
「本当に……?約束してくれる……?」
「約束する。だからお前も、オレに約束しろ」
「約束…?」
「オレのいないところに勝手に行くんじゃねえ。うん」
再びぎゅう、と抱きしめられて、私は返事の代わりにその背中に腕を回した。ごめんね、デイダラ。心配してくれたんだね。その言葉は口に出すことなく、胸の奥で噛みしめた。彼の気持ちが伝わってくる。幸せだ。私は、ここにいていいんだって。貴方の隣にいてもいいんだって。そう思わせてくれる。「ずっと、傍にいさせて」そう呟いた私の声に反応するように、デイダラの腕はより一層力が篭っていた。
「…そういえば、デイダラ」
「ん」
「夢魔に見せられた夢って…どんな内容だったの?」
「え」
「え?」
「……い、いや」
「……なに焦ってるの」
「別に焦ってねえよ!ただ、その…知らない方がいいことも世の中にはあるもんだ、うん」
「ちょっと…、なんか怪しいんだけど…。まさかえっちな夢でも見たんじゃないでしょうね!?」
「ばっ、えっ…!何言ってんだ、うん!そんな訳ないだろ!!大体お前相手にそんな夢見てもこっちは何の得も…!」
「サイテー!!!!」
ばちーん、と響く破裂音もまた、いつもの馴染みある光景であった。
ーー夢魔。男性に憑りついて甘美な夢を見せ、その生気を吸い取る妖怪。その術は、『襲われた人が理想とする女性』が夢に現れ魅了する為、その誘惑を拒否することは非常に困難であるとされる。
暁の男たちが見た夢。全員の夢にななしが現れていたその意味を、ななしは知らない。