百薬の長

「暁の忘年会を行う」

外道魔像の上でいつもの集会を行っている時、リーダーであるペインは唐突にそう宣告した。ぽかんと面食らう一同を前にして、ペインはただ淡々と話を進めていく。忘年会。そうか、もうそんな時期か。なんて、途端に感じる年の瀬に驚きつつ、犯罪者組織で忘年会をやることに対しても驚きを隠せないでいた。一応私たち、泣く子も黙る暁なのだけど、お酒飲んでどんちゃん騒ぎなんてやってたら、イメージ崩壊もいい所なんじゃなかろうか…。

「あの、リーダー」
「なんだ。イタチ」
「忘年会、やるんですか?」
「やると言ったつもりだが、聞こえなかったか?」
「い、いや…聞こえてはいたんですが…」

どうやら私以外のみんなも同じ事を思っているようだ。お互い顔を見合わせて何とも言えない表情をしている。しかしペインは譲らなかった。絶対に忘年会を行う、全員強制参加だと。まあリーダーの命令とあれば、忘年会に出ることなんて普段の任務よりも断然容易いことだが。

「その日は任務も入れないようにしてある。組織的に民間の店で飲む事は出来ないが、余る程の酒と食べ物も用意しておくつもりだ」
「酒かぁ…。久しく飲んでねぇな」
「まあ、たまには羽を休める時も必要でしょう。ここは大人しくリーダーに従っておきますよ」
「リーダー、あまり高い酒は買わぬ様にお願いしますよ。今年は経費が圧迫していますので」

意外にもすんなりと受け入れたのは、飛段と鬼鮫と角都の3人。残った私たちも、元々このリーダーの発案を拒否するつもりは毛頭無いが、普段は殺しすらやってのける集団だったからこそ、拍子抜けしてしまう。だが確かに鬼鮫の言う通り、この1年働き詰めだった私たちには休息が必要なのかもしれない。お酒だって普段は滅多に飲まないものだから、少しずつ楽しみになってきた。私は隣にいるデイダラの顔を覗き込んだ。

「デイダラはお酒強いの?」
「オレは…まあ…それなりに……」
「私はあんまり飲めないんだよねぇ。イタチは?」
「俺もそんなに強い訳では無い」
「へっ。情けねぇなイタチ。酒も碌に飲めないなんて子供か?うん」
「ならばお前は飲めるというのか?デイダラ。ななしに聞かれた時、言葉を濁していたように見えたが」

バチバチと飛び交う2人の間の火花に溜息を1つ落とした。折角の忘年会。なかなかみんなが揃ってお酒を飲む機会などそう無いのだし、仲良く楽しくやりたいのに。どうやらそうも行かないようである。飲み比べの勝負を取り付けているデイダラとイタチの傍で、サソリは「俺は傀儡だから飲み物も食い物もいらん」とそっぽを向いているし、トビは「やったー!タダ酒だー!浴びる程飲もー!」と既にはしゃいでいるし。果たしてこの忘年会、無事に終わるのかと、私は胸に一抹の不安を抱えながら、当日を迎えたのだった。



ーーーー・・・・



「あれぇ!?ななしちゃん、全然呑んでないじゃん!!もっと飲みましょうよぉ!」

そしてやって来た当日。ペインの乾杯の挨拶から始まった忘年会は、既に幾らか時間が経ち、すっかり出来上がっている人物も数人見えた。トビはフラフラと覚束ない足取りで私の隣までやってくると、お銚子を振りながらもっと飲めと酌をしたがる。だが中に入っているのはなかなか癖の強い焼酎で、元々酒の弱い私の口には合わなかった。グイグイ押してくるトビの手をやんわり掴みながら、この酔っ払いをどうしてくれようかと困り果てていた。

「と、トビ…。私お酒弱いから、他の人にお酌してあげて」
「えー!俺はななしちゃんにお酌したいんですぅ!いいじゃんちょっとだけ!」
「いや、私もうだいぶ飲んでるし、焼酎は…、」
「俺の酒が飲めないのか?随分と生意気な奴だ」
「の、飲みます!!」

突然ガラリと変わった声音に私は肩を震わせた。慌てて取った杯に、トビはぱーっと表情を明るくさせて嬉しそうに焼酎を注いでいる。私がトビの裏の顔…オビトに弱いことを知っていてわざと耳元で囁いてきたんだ。さてはコイツ酔ったフリをしているのだろうか。

「はい!どうぞ先輩!」
「あ…ありがとう……」

引き攣った笑みのまま、私はお猪口に口を付けた。もうここまで来たら逃れられない。一気に飲んでしまえば、焼酎の独特な味も誤魔化せるだろう。そう考えた私は、一気にお酒を煽った。こういうのは勢いが大事なんだとか何とか自分に言い聞かせながら。喉を通る熱い液体が、体の中を巡り一気に酔いが回っていく。ぼーっとする頭の片隅で、トビが楽しそうに笑っていた。私が「ひっく」と嫌なしゃっくりを口にするまでは。

私には、それからの記憶がない。



ーーーー・・・・



「あ、あれ?ななし先輩?」

トビはその違和感を感じ取っていた。黙り込んだまま俯いて、ひっくひっくとしゃっくりを繰り返すななしを見て動揺している。確かに先程お酌を断られた時、お酒が弱いという事は言っていたが、正直ななしが飲んだ量なんて、度数の弱い酎ハイ1杯。お猪口1杯程度の焼酎で酔い潰れるものかと飲ませてしまったが、まさかこれがトドメとなって出来上がってしまったのか?

恐る恐るといった様子でななしの顔を覗き込むと、突然彼女がトビの肩を掴む。ひっ、と小さく声を漏らして怯えるトビは、そのまま近付いてきたななしを見上げていた。

「きゃあああぁぁああ!!!」

響き渡る甲高い悲鳴。それぞれ飲んでいたメンバーも、なんだなんだとそちらに視線を向ける。女子顔負けの悲鳴を上げたのは、ななしではない。トビであった。ぎゅうとトビの首元に抱きついているななしと、呆然と固まっているトビの姿を見て、デイダラの怒りはブチっと一気に上がっていく。

「テメェ…トビ!ななしに何してやがる!」
「ままま待って下さいよデイダラ先輩!これどう見ても俺が絡まれてる図でしょ!?」
「コイツに酒を飲ませたのはお前だろうが!」

怒鳴り付けるデイダラの後ろからは、イタチも覗き込んでいる。「一体何事だ」とトビを睨んでいるが、イタチにまで怒られたらとんでもない、とトビは慌てて弁解した。

「酔ったななしさんがいきなり抱き着いてきて、俺の首を噛んだんですよ!いつもデイダラさんがななしさんにやってるみたいに」
「よ、余計な事は言うんじゃねぇ!うん!」

ごん、とデイダラからの重たい拳を振り下ろされているトビの首は、その黒い布越しに確かに噛まれた様な痕が残っていた。まるで普段、みんながななしの力を借りる時に噛んでいるように。これは相当酔っ払っているのだろう、と判断したデイダラが、トビに引っ付いたままのななしの体を揺する。このままここに置いていたら、次に何をするか分かったものじゃない。

「おいななし。部屋まで戻るぞ、うん」
「でいだら……?」
「ほら行くぞ、うん」
「抱っこ」
「はぁ?」
「抱っこしてって。歩けないから」

クソガキ…、と内心吐き捨てながらも、恐らくこの様子だと本当に抱えて行かなければここから動こうとはしないだろう。まあ下手に動いてそこらに吐かれても困るし、と結論付けて、仕方なしに「ほら」と両手を広げてやった。するとななしが大袈裟な程に嬉しそうに顔を綻ばせて、勢いよくタックルをかましてきたものだから、思わずデイダラも苦しげに「ぐっ…!」と声を漏らす。首にぎゅうと回ってきた手を確認して、よっこらせと立ち上がろうとした瞬間。

「大好き」
「は、ぇ……」

かぷ、と。トビの時と同じように、ななしはデイダラの首に噛み付いた。あまりの衝撃に間抜けな声が漏れたデイダラは、固まったまま動かなくなる。抱えていたななしも支えきれず、彼女の体はズルズルと下に降りていった。「ちょっとー!僕の時は大好きが無かったのにー!」と騒ぐトビの声すら耳に入って来ない。普段デイダラだって同じことをしている癖に、意外にも押されるとピュアな部分もあって、ふらりと倒れてしまった。クラクラと目を回しているデイダラは、どうやら今ので完全に酔い潰れてしまったらしい。

「おいデイダラ。しっかりしろ」
「デイダラ先輩!!うう…、いい先輩だったなぁ……」
「か…勝手に殺すな…うん…」
「ななしを部屋に送り届けるのでは無かったのか」
「イタチ…テメェに譲ってやるよ。オイラ急用が出来た…うん」
「情けない奴だ」

ダウンしてしまったデイダラに代われるのは、最早イタチしかいない。イタチは小さく溜息をつきながら、床に座り込むななしと目線を合わせる様に屈んだ。

「ななし、平気か。部屋まで連れて行ってやるから、背中に乗れ」
「イタチ……」

ぼーっとした様子でイタチを見たななしは、言われた通り素直にイタチの背中にのし掛かった。掛かる体重は、男性よりも圧倒的に軽く、なのに密着する体の感触は柔らかくて、イタチも珍しく動揺した。何も彼女を負ぶるのはこれが初めてではないのに、自分も酒が入っているせいか何だか変なところで意識してしまう。邪念を振り払うように咳払いをしたイタチは、気を取り直して一歩踏み出そうとした、その前に立ち塞がる一人の人物。

「おいおい。逃げようったってそうは行かねぇぜ。まだ酒は沢山あるんだ」
「………飛段…、どけ」

顔を真っ赤にして、これまた完全に酔っ払いと化した飛段である。まだ飲み足りないだろ、なんて言って、ななしを負ぶったままのイタチに無理矢理酒を飲ませようとしてくる。何て厄介な酔っ払いなのだろう。どれだけ止めても飛段の手は止まらず、救いを求めて角都を探したが、彼はもう諦めてしまったのか隅の方で鬼鮫と静かに飲み交わしているのが見えた。自分のペアの面倒くらい見て欲しいものだ。

「俺はななしを部屋に送るだけだ。逃げる訳ではない」
「あぁ?ななし?」
「もう随分と酔っ払ってしまったみたいだ」

飛段がイタチの背中を覗き込む。ウトウトし始めているななしがそこにはいて、彼女の双眸が飛段を捉えた。そして次の瞬間には、飛段のその胸ぐらをがっしりと掴んで離さない。これには酔っ払いの彼も流石に驚いたようで、きょとんとしながら素っ頓狂な声を上げた。

「へ?あ、あの、ななし?」
「飛段……」

するりとイタチの背中から降りたななしは、固まったままの飛段に近付き、先程トビにやった時と同じ様に首に噛み付いた。がり、と音がする程豪快に噛み付いたななし。まるで時が止まったように固まっていた一同だったが、やがて飛段は噛まれた所から血を流しながらデレーと顔を綻ばせた。

「い、痛い……気持ちい………」
「ななし、あまり無闇に噛み付くな」
「イタチ…」

悦に入ってしまった飛段は放って、イタチは冷静にななしを諭す。この面子でお酒と聞いた時、絶対にストッパーが必要になると睨んで、お酒を控えておいた甲斐があった。まさかななしがこんな風になるとは思っていなかったが、今ではもう、まともに状況を判断できるのはイタチしかいない。とにかくこの無法地帯からななしを引き離す事が、何よりも優先すべき事項だ。

「ななし、部屋に…、」
「イタチ、いつもありがとう」

腕を引っ張って歩こうとしたイタチに対し、朗らかに笑うななしの姿。思わずぴたりと足を止めて、息を呑んだ。一瞬素面に戻ったのかと思ったが、真っ赤な顔と潤んだ瞳を見る限り、そうではないらしい。今度は突然何を言い出すのだろう、と彼女の様子を静かに見つめる。

「いつも守ってくれてありがとう、イタチ。普段なかなか言えないから」
「ななし……」
「大好き」

ごくり、とイタチが喉を鳴らす。頭ではちゃんと理解している。ななしの大好きは、恋愛的な意味では無く、仲間としての好意であることを。だが、イタチにとっては意中の女性だ。その人から大好きだなんて言われれば、こちらも思わず本音が出てしまいそうになる。実際、イタチはずっと押し殺してきた想いを口にしようとしていた。

「ななし、俺は…お前が、」

気付けば、イタチの首に回された細い腕。唇に押し当てられた柔らかい感触。ちゅっ、と軽く吸い付くような音を立てて離れたななしが、「来年もよろしくね」なんて無邪気に笑っている。それこそ、どこかの文化の違う国が挨拶代わりにするような、はたまた娘が父親にスキンシップとしてするような、そんな下心など全く無い口付け。それでもイタチにとっては十分過ぎる程だった。

「おいコラテメェ、イタチ!!!」
「何をしている貴様!!」

丁度そのシーンを見ていたデイダラと、怒りにトビを演じることを忘れたオビトがイタチに詰め寄る。物凄い形相をした二人が、今にも襲いかかってきそうな勢いで捲したてるものだから、イタチもタジタジだった。当のななし本人は、丁度側にいた小南の膝を枕にしてスヤスヤと眠っている。爆弾だけ残してさっさと夢の中に行ってしまった彼女が、少しだけ恨めしい。

「ま、待て。今のは俺では…」
「言い訳すんじゃねぇ!覚悟はできてんだろうな!うん!」
「所詮お前も男という事か。信用してあの小娘を預けた俺が馬鹿だった」
「なんだなんだぁ?喧嘩か!?」
「ちょっとイタチさん、喧嘩はだめですよお体に障りますから…」
「飛段、騒ぐなら外でやれ」
「くだらねぇ…。俺は部屋に戻るぞ」

結局いつものように喧嘩納めをしてしまった暁であったが、傍で安らかな寝顔を晒す彼女を、どうか来年も側で見守っていたいと、そう願う一同であった。