熱傷@

何となく違和感は感じていた。イタチの様子がどこかおかしい、と。

資金集めや尾獣集めの為にそれぞれ奔走する暁は、この時も人員フル稼働で任務に当たっていた。私は今回、イタチとツーマンセルを組むことを命じられ、こうして共に任地に赴いているところだ。本来のイタチの相棒である鬼鮫は、珍しく何か別の任務に就いているようで、私とイタチ二人では初めての任務である。

出発する時、リーダーであるペインは私のことを凄く心配していて、「イタチから離れないように」とか、「危険だと思ったらすぐに離脱しろ」とか、大袈裟な程に私を案じていた。その姿には、つい笑いが込み上げてくる。呆れたように息を吐くイタチが、「俺がいるから大丈夫です」と言っていたことを思い出す。確かに私もあの時、イタチがいてくれるのだから大丈夫だろうと思っていた。しかし。

『イタチが倒れただと?』
「うん…。どうしよう、リーダー…」

弱々しい声でペインと連絡を取る私は、この危機をどう乗り越えようかと頭を抱えていた。場所は、任地から少し外れた小さな小屋。昔人が住んでいたものが、使われなくなってそのまま放置されていたのだろうか。オンボロで埃っぽい部分はあるが、使えなくはない。とりあえず今は雨風を凌がなければと、イタチをここまで運んできた。

…イタチが倒れた。つい先程、任務の最中に、突然ぱったりと。思えば前兆はあった。移動中、やけに咳込んでいるイタチに大丈夫かと問いかけると、彼は気にするなと返すだけ。イタチがそう言うのなら大丈夫かと思っていた矢先、彼の意識はそこで途絶えてしまったのだ。一体何が起こったのか、と焦って駆け寄る。倒れたイタチの姿を見て、その原因はすぐに分かった。彼は、高熱に魘されていた。額に当てた手は熱く、イタチ本人も息苦しそうに荒い呼吸を繰り返している。この様子だと、たった今発症した訳ではなさそうだ。きっとアジトを出発する時から、体に不調を感じていたに違いない。

だが暁は今、人員一人欠けても回らない程に多忙を極めている。真面目なイタチのことだ、この程度で休んではいられないと体に鞭を打ち、無理矢理任務に出てきたのだろう。こんな高熱の体で、ここまで来れた事の方が驚きだ。とりあえず私は、誰かの目に見つかってはいけないと、慌ててイタチの体を引きずってここまでやってきた。病気は私の力ではどうにもできないので、とにかく急いでリーダーに報告しなければ、と思った次第である。

『とりあえずイタチが目を覚ますまでは、そこから一歩も動くな。一番近い場所で任務に就いているのは、確かデイダラとサソリだったな。アイツラに一報を入れて、そっちに向かわせる。それまではイタチの面倒を見てやってくれ』
「わ、分かった…」
『一人で不安だろうが、何かあればすぐ俺に連絡しろ』

ぷつん、と途絶えた連絡。さすがペインだ、こんな時でも冷静で的確な指示をくれる。成すべきことを理解した私は、先程よりかは幾分落ち着いて、イタチの看病をする為の準備に取り掛かった。近くの水場で冷えた水を用意し、携帯している応急処置の道具から薬も準備する。手ぬぐいを水で濡らしてイタチの額に置きながら、急いで外套を脱いでイタチの体に掛けてやった。

苦し気に上下するイタチの体を、ぎゅっと胸が締め付けられる思いで見下ろす。こんなになるまで我慢して、弱音も吐かずに任務をこなそうとしていただなんて…。今回はツーマンセルのペアが私だったから、より彼の負担になっていただろう。私を守らなければ、という責任感が、一層イタチを追い詰めたのかもしれない。

とりあえず、本来ならば何か胃に食べ物を入れてから薬を飲んだ方がいいのだが、この状態のイタチには、物を食べることなど不可能。仕方ない、と薬と水を手に取り、その封を開けた。イタチの苦しみが、少しでも和らぐように、この薬を飲ませてあげなければ。

気絶したままのイタチの傍で膝をつくと、私は薬を口に含み、続けて水も口に入れた。そして彼の上に覆いかぶり、うっすらと開いた唇に口付けて、薬を彼の口内へと差し込んだ。ツー、とその口端から水が溢れているのを見ると、失敗してしまったかと焦ったが、コクンと喉が鳴ったのを確認してホッと胸を撫で下ろしていた。

やる事はこれだけではない。汗を掻くイタチの体を拭いてやり、手拭いが温くなれば水で冷やし、何者かが襲撃してこないかどうかの見張りも定期的に行った。それに加えて、自分自身の食料も何とかしなければならない。伊達にみんなの任務に同行している訳ではない。今までの経験から学んだサバイバルスキルを活かし、木になる木の実や食べられそうな野草で何とか空腹を凌いだ。

デイダラとサソリが迎えに来てくれるとの事だったが、一番近い距離にいたとはいえ、ここに来るには数日の時間が掛かるだろう。それまでの間、少しでもイタチの熱が下がればいいのだが、不安は募っていくばかりだ。ユラユラと弱々しく燃える囲炉裏の炎をぼんやり見つめながら、重たくなっていく瞼を必死に擦った。寝たら駄目だ、イタチの様子を見てなきゃ…。今はここに、私しかいないんだから。私にしか、イタチを守れない。そうやって必死に自分を叩き起こしていると、聞こえてきた弱々しい声。

「…………ななし」

ハッとして顔を上げると、うっすらと目を覚ましたイタチがいた。慌てて側に移動し、その顔色を覗き込む。…熱が下がった訳では無さそうだ。単純に眠りから覚めたのだろう。考えてみれば、こんな高熱がたった数時間で治る訳が無いのに。

「俺は………、」
「任務の途中で倒れたんだよ。こんなに熱があるのに我慢して働くなんて…」
「…そう、だな…。すまない、俺の甘さが原因で迷惑をかけてしまった。今後はこういう事が無いように、」
「そうじゃなくて!」

相変わらず、こんな時でも真面目な言葉を並べるイタチを遮る。思えば彼は、どんな時でもそうだった。どんな時でも、決して弱音を吐かないし、弱いところを見せない。隙がないという事でもあるが、毎日ほぼずっと、そうやって気を張り詰めて生きて行くなんてしんどいだろう。イタチは真面目で完璧主義な部分が強いせいか、目的の為ならば盲目になり過ぎてしまうところがある。そんな彼を見ていると、心配で心配で堪らないのだ。

「こういう時くらい、素直に甘えてよ…。全部自分一人でやろうとしないで」
「…………」
「私じゃ、頼りない…?」

ぼーっと熱に浮かされたイタチの顔が、私を見つめる。こんなになる前に、もっと早く知りたかった。少し体調が悪いんだ、とその一言さえあれば、もっと早く対策を取れた筈だし、イタチの為にしてあげられた事も多かったはず。咳をしているイタチに大丈夫かと問いた時、もっと深くしつこく追求するべきだった。

「…………すまない、ななし。そんなつもりは無かった」
「…ううん、ごめん変な事言って。こんな苦しい状態なのに…」
「いや……、……ななし、」

私を手招きするイタチに、どうしたんだろうと顔を近付ける。「お言葉に甘えて、頼んでもいいか」と小さく告げられた言葉に、私は張り切ってコクンと頷いたのだった。



ーーーー・・・・



「こ、こんなのでいいの?イタチ…」
「ああ…。これでいい…」

イタチから頼まれた事とは、膝枕をして欲しい、というものだった。壁に寄りかかりながら座る私の膝には、イタチの頭。こちらから頼って欲しいと言った手前断ることが出来なかったが、やはり少し恥ずかしい。うっすらと赤く染めた頬で彼を見下ろすと、確かに先程よりも、心無しがイタチの表情が軽くなっているような気がした。

「まだ苦しい?」
「いや…少し楽になった…。お前の看病のお陰だな」

切なげに笑うイタチ。楽になったのは本当だろうが、それでもまだ熱は高い。苦しいのは変わらない筈だ。その苦しみを代わってあげられればいいのに…と思いながら、サラサラと綺麗な彼の黒い髪に手を伸ばし、指を通して弄ぶ。優しくポンポンと一定のリズムで頭を撫でてやると、イタチは心地良さそうに太腿に擦り寄った。普段クールで大人な彼が、弱っているせいか甘えたで子供のようになっている。それがとても新鮮だった。

「ん……、ななしの、匂いがする…」
「え!?ど、どんな匂い?」
「…落ち着く、いい匂いだ」

真っ黒な瞳が、うっすらと開かれて私を見上げている。吸い込まれそうなその瞳に引き寄せられて、私たちは自然と無言で顔を近付けていった。あれ、この雰囲気なんだろう…なんて頭の片隅で考えていたが、その間にも、イタチの手が私の後頭部に置かれて、そのまま二人の唇は重なった。全てが熱いイタチに犯されて、まるで私も熱が上がったかのように何も考えられなくなる。病気の時って、人肌が恋しくなるような気がするし、イタチもそんな感じなのかな…、そう思いつつも、私はその口付けに必死に応えた。

絡まる舌と、音を立てる唾液が、小屋の中に響く。病人とこんな事をしている、という背徳感が体を震わせた。イタチの口端からは、先程薬を飲ませた時のように、唾液がツーと伝っていて、男の癖に色っぽい。息荒くしてようやく離れた唇を、私はぼんやりとしながら見ていた。

「い…たち……、熱上がっちゃうよ…」
「別にいい」
「いいって…、」
「やっと、二人きりになれた」
「え…?」
「熱も悪くない」

悪戯げな笑みを浮かべるイタチに、どくんと胸が高鳴る。確かに、こうしてイタチと二人きりになるというのも、そう無い状況ではある。彼は、まるでそれを喜んでいるかのようだ。そんな言葉で惑わせるなんて、狡い。どきどきと煩い心臓を抑えながらも、私もその熱に当てられてしまったのだろうか。普段は言わないような事を、つい口走ってしまって。

「う、移したら、早く治るって言うよね」
「え……、」
「イタチの熱、私が貰うね」

林檎のような真っ赤な顔して、何を言ってるんだと、そう思っているに違いない。震える声で一方的に告げた私は、驚く彼に再び顔を近付け、唇を重ねた。イタチを襲うその苦しさが、全部私に移ってしまえばいいのに。ぎこちなく舌を差し込んで絡めていると、もどかしいと思ったのか、イタチの舌がグイと攫っていく。結局彼のペースで弄ばれる。

「んっ……、ふ……ぁ……!」
「随分と積極的だな、ななし…」
「んぅ…!あっ……、はぁ…」
「……可愛い」

キスの合間に紡がれる、イタチの低い声にキュンと体が疼いた。しばらくの間、イタチに膝枕をしたまま、体を折り曲げて口付けをしていたが、段々とその姿勢が辛くなってきた事を告げると、彼は私の膝から降りた。ぽんぽんと腹の辺りを叩いてこちらを見ている。上に乗れという事だろう。覚束ない足取りでイタチの上に座ると、そのまま折り重なるようにして倒れ込み、再びキスを落とした。

そうしている内に、ふと感じる異物。上にいる私の恥部に、服の上から丁度重なっているその異物は、すっかり硬く大きく主張していた。イタチのものだ。私がそれに気付いてハッとして彼の顔を見ると、イタチも気まずそうに顔を背けている。

「い、いたち……これ………」
「気にするな。生理現象だ」
「ど、どうすれば…」
「どうもしなくていい」

一気に慌て出す私を、イタチは制した。でも、と食い下がる私を納得させる為か、少し疲れたので眠りたい、と言って上から降ろされてしまう。本当にいいのだろうかと思いつつも、確かに長い時間こうしていたので、病人の体には相当響いてしまったかもしれない。私の外套をしっかり掛け直しながら、眠ろうとするイタチの顔を見下ろした。

「安心して寝てね。ちゃんと私が側にいるから」
「ああ……、すまない…。ななし…」
「ん?」
「好きだ」

ピタリと時が止まる。真っ直ぐ告げられたその思いを最後に、イタチは気を失うように眠ってしまった。残された私は、何度もその言葉を頭の中で繰り返す。イタチが、私を、好き?静かに混乱しながら、その意味を考えるも、当然答えなど見つかる筈はない。答えを知っているのは、目の前で眠ってしまったイタチだけなのだから。

好きって、どういう好きなんだろう。仲間としての、好き?家族や友人に対して向ける、好き?それとも……。

自問自答しながら、最後に過ぎった可能性を否定した。まさか、そんな。あのイタチが、こんな私を…。

相変わらず煩いままの心臓をぎゅっと握り締めながら、私は動揺を誤魔化すように、イタチの額に手拭いを置いた。

そうして私は、熱に浮かされるイタチと共に、そこで一晩を過ごしたのだ。