隠した噛み痕

イタチと鬼鮫のコンビが任務に出てから、早1週間。しばらくの間留守にする、と残してアジトを出発していった2人の帰りを、私は毎晩待ち侘びていた。すごく強くて頼りになる二人だけど、やっぱり心配なのは心配だ。大怪我をしていたらどうしよう。私も治癒係として同行すると申し出たのだが、イタチに必要ないと断られて大人しくお留守番をする羽目になった。

(今日も帰ってこないか…)

任務を受けてから、数週間留守にすることは、暁の人員にはよくある事で、何も珍しい事ではない。でも、暁を家族のように考えている私にとっては、たった1日でもとてつもなく長く感じる。早く無事な姿を見て安心したい。こんな不安な状態ではゆっくり眠れもしない。部屋の窓から外をぼーっと見つめる。最近は毎日ここから、イタチたちの帰りを見張っている。

「あ……!」

今日も駄目かと諦めかけたその時。見慣れた2つの人影が姿を現した。間違いない、あのシルエットはイタチと鬼鮫だ。帰ってきたんだ。私は勢いのままに部屋を飛び出して、二人を出迎えに行く。夜中だと言うのにぱたぱたと廊下を走り、入り口へ。しかし、そこには先程居たはずのイタチの姿は無く、鬼鮫の姿だけがあった。

「鬼鮫!おかえりなさい!」
「まだ起きていたのですか」
「…あれ、イタチは?」

私がその存在の所在を問うと、鬼鮫は若干苦笑しながら首を横に振った。

「珍しく虫の居所が悪いようです。帰ってくるなり部屋に戻ってしまいましたよ」
「イタチが…?」

あのイタチがご機嫌斜めとは珍しい。任務先で何かあったのだろうか。首を傾げてイタチの部屋がある方へと視線を投げる。おかえりと言えるのは明日になるか、と鬼鮫に視線を戻すと、所々暁の装束が破け、下から血が滲んでいた。はっと私は顔色を変えて手を伸ばす。

「鬼鮫…、怪我してるの…!?」
「ああ、擦り傷ですのでご心配なく。それより、イタチさんの方がよっぽど大怪我を負っている筈です。診て頂けますか」

様子から見るに、鬼鮫の傷が擦り傷なのは本当の様だ。これくらいなら少し手当てをすれば大丈夫だと、私の治癒術を使う事をやんわり断った。それよりイタチの方が怪我を負っていると聞くと、たちまち不安が広がって心が焦る。あのイタチが怪我を負うなんて珍しい。今回の任務の相手はそれ程までに手強かったのだろうか。おかえりの挨拶は明日にしようと思っていたが、負傷しているとなれば話は別。必要なら私の『噛むと傷が癒える』力を使わなくてはならない。いってくる!と忙しなく鬼鮫に告げて、私はイタチの部屋へ走った。


ーーーー・・・・


「イタチ、入るよ」

ノックして中に問いかけても、返事は無かった。これは相当不機嫌だ。中にいることは分かっているので、恐る恐る扉を開ける。八つ当たりが怖いが、怪我をしているならほっとく訳にはいかない。戸が軋む音に反応して、中にいたイタチがこちらを睨むように振り返った。その鋭い目線に思わずびくりと怯む。血の付いた服を着替えようとしていたのか、脱いだ服は床に散乱し上半身には何も纏っていないようだ。あまりにも妖艶な姿に思わず目を逸らしそうになって、ハッとする。背中に、見たことの無い大きな切り傷がある。鬼鮫が言っていたのはこの傷のことか。不機嫌なイタチに構わず駆け寄って、イタチ本人よりも私が顔を歪めた。痛そうだ、だいぶ深い。

「イタチ、この怪我は…」
「問題ない。放っておけ」
「駄目。ちゃんと癒さないと」

きっとイタチは、私に出てって貰いたいのだろう。しかし私だって引けない。大切な仲間の体を心配することが私の唯一の仕事だ。頑固な私に、イタチは溜息を1つ落とした。この怪我を負った時のことを思い出しているのか、深く刻まれた眉間の皺に指を置いて、何かを考え込んでいる。

「…俺としたことが、油断していた。まさかこんな傷を負う羽目になるとはな」
「手強い相手だったの…?」
「まあ…、ある意味、な」

何だか歯切れが悪い。イタチに手強いと言わしめる敵なんて、そうそういるものじゃない。一体どんな奴だったのか。私が続きを聞きたがっている事に気付いたのか、イタチは居心地が悪そうにしながらもその先を話してくれた。

「お前によく似ていたのだ」
「え…?わたし…?」
「ただそれだけの相手だったのだが…、随分と手こずってしまった」

不覚だ、とイタチが深い息を吐く。私に似ていて戦い辛かったということなのか。そして、そんな自分の不甲斐なさに腹が立ってしょうがないのだという。敵が私に似ていたせいで、イタチはこんなにも大きな傷を作ることになってしまったのだが、何だか少しだけ嬉しいと感じてしまっている自分がいた。

イタチは、私の力を使うつもりが無いのか、私から傷を隠すように暁の外套を羽織ってしまった。命に別状は無いから、私の力を使わなくても、時間を掛ければ治るには治るだろう。しかし、傷の痛みは誤魔化せない。顔を歪めるイタチを、私は見逃さなかった。服を捲り上げながら一歩イタチに近づくと、その意味に気付いたイタチが、私の服を捲る手を握って止めた。

「よせ。お前の力は強力だが、そう簡単に使うべきではない。俺なら平気だ」
「だめ、イタチ。私なら大丈夫だから、お願い」

またいつ次の任務が舞い込んでくるかも分からない。怪我に長い時間をかけている暇は無いのだ。私の手を握ったまま、力を使うなと譲らないイタチだったが、ふとある一点に釘付けになった。その視線の先を追うと、中途半端に捲り上げられた服の下から、噛み痕が残った私の腹部が露わになっていた。

「…なんだ、その傷は」
「これは…トビに噛まれた時の、かな…」

以前敵に捕まった時に、助けに来たトビが残した痕だ。トビは、ここだけ強めに噛んだのか、なかなか傷が消えずに残っていた。トビが、とイタチに告げると、イタチは訝しげに眉間に皺を寄せ、「トビ…?」とその名を口にした。

「…こんな所を噛んだのか」
「あ、いや、変な意味じゃないよ!成り行きで…」

何か勘違いをされそうだったので、慌てて弁明するが、その動揺っぷりが逆に怪しかったのだろうか。イタチは、先程羽織った外套を再び脱ぎ捨て、私に向き直った。その顔は、先程この部屋に入った時と同じ、不機嫌そうな怖い表情を浮かべている。

「気が変わった。お前の力を使わせて貰うぞ」
「え、うわっ…!」

イタチは、私の寝間着を引っ掴んで胸の上まで捲り上げた。お陰で私は下着姿をイタチに見られ、一気に顔が真っ赤になる。確かに私の力を使えとは言ったが、噛めるならどこでもいいのだから、ここまでする必要はない。ちょっと、と暴れようとするが、イタチは御構い無しに、私の胸の谷間に顔を埋めた。そこには、未だ誰にも噛まれていない、真っ白な肌があった。

「お前の体は、暁の連中に噛まれて傷だらけだが…
ここはまだ誰も手を付けていないようだ」
「ちょっと、ばか!何して…、」

イタチは私の言葉も聞こえないフリをして、下着に覆われていない、鎖骨から胸にかけて膨らみ始めている部分に噛み付いた。ぞわりと体中に電気が走り、咄嗟にイタチの髪を掴んだ。

「あっ…!やめ……っ」

ちぅ、と吸い付く音が聞こえる。ねっとりと張った舌が、イタチが付けた歯型をなぞった。明らかにわざとだ、確信犯だ。上がった息を吐きながら、胸元にあるイタチの顔を睨んだ。目を閉じてそこに吸い付くイタチの長い睫毛に見惚れる。悔しい、こんな状況なのにやっぱりイケメンだ。恐るべしうちは一族。

イタチの背中の傷はすっかり塞がっていて、どうやら私の力は効果を発揮したようだ。膨れっ面でいそいそと乱れた服を整える私を、イタチはからかうように笑いながら見ている。紳士的で優しいと思ったのに!イタチはムッツリスケベだ。


「イタチって、おっぱい星人だったんだね」
「は?」
「ぶっ!!!」
「どういうこと」
「くだらねぇ」

翌日、会議の為に顔を合わせた暁のメンバーの前で、私は爆弾を投下した。目を丸くして驚くイタチと、吹き出すデイダラ。露骨に疑うような眼差しをイタチに注ぐ小南。どうでも良さそうなサソリ。この後イタチが、メンバーから質問責めにあったのは言うまでもない。