消える噛み痕

「ななし、噛んでいいよな、うん」

「ななし、…いいか」

「ななし先輩〜!怪我しちゃった治してー!」

「力を使わせてくれななし」


…違う。最近なんか違う。鏡に映った私の体には、赤く吸い付いた痕や、歯型がたくさん散らばっている。その痕を眺めながら、私はもう一度、違うと呟くのだった。『噛んだ人の傷を癒す』力を持った私は、暁に引き抜かれ、任務で傷を負って帰ってくるメンバーの治癒を任されている。戦闘では役立たずの私が、唯一みんなの力になれる仕事だ。この力を使う事に抵抗は無いし、むしろ喜んで噛まれよう。だがしかし、だ。

最初の頃は、痕が残るのは可哀想だとか、いくら手加減していても噛まれたら痛いだろう、とか何とか言って、みんな遠慮して私の力を使わなかった。どんなに重傷でも私の体のことを一番に心配して、力を拒むみんなに、強引に迫って無理矢理噛ませていたのは私の方だ。しかし最近のみんなと来たら、段々力を使うことに慣れてきたのか、それとも私への罪悪感が薄れてきたのか。少し怪我をすれば私の元へやってきて、半ば強引に服を脱がせようとしたり、噛もうとしたりしてくる。その怪我の程度が軽くても重くてもお構いなし。トビに至っては突き指ごときで私の力を使おうとした事もあった。しかし、驚いて拒もうとしても、向こうは怪力馬鹿で体力お化けな男ばかり。叶う筈もなく、結局ねじ伏せられて食いつかれ、そのまま去って行く。みんなが傷を負っている姿は辛くて見たくないけれど、今の現状は流石にいただけない。私だって女だ。仲間とはいえ、男の手によって何度も脱がされ肌に噛み付かれるというのは、如何なものか。

「ということで、しばらくはよっぽどの重傷じゃない限り、ななしの力を使う事を禁止する」

私を隠すように前に立つ小南お姉様が、集まった男どもに宣言した。しばらくぽかんと呆気に取られていたメンバーだったが、弾かれたように文句を言い始めた。まあこいつらが大人しく言うことを聞くはずがないのは簡単に予想がついていた。

「ふざけんな!オイラたちが死んでもいいって言うのかよ!うん」
「そうだそうだ!俺たちを見殺しにするなんて酷い!」
「それに、散々俺たちに噛めと迫ってきたのはななしの方だろう」
「それが今度は噛むなだと?女というのはよく分からんな」
「ふん、くだらねぇな。傀儡である俺にはななしの力などどうでもいい。やはり永久の美こそが芸術であり最強だ」

口々に飛び出す文句に、ピキピキとコメカミが震えたのを自分でも感じた。サソリに至っては、カッコつけて、俺には必要無いみたいな事を言ってくれているが、必要無い癖にたまに私を呼びつけて噛み付いてくるアレは何なんだ。言ってしまえばサソリが一番タチが悪い。小南もみんなの言い分をしばらく黙って聞いていたが、どれも正当な言い訳とは判断出来なかったようだ。静かに首を左右に振った後、もう一度はっきり言った。「しばらく噛み付くのは禁止」。男性陣は、有無を言わさぬ小南に押し黙る他無かった。


ーーーー・・・・


それからしばらくの間、確かに周りに変化があった。小南がみんなに言いつけたあの日から、一回も誰かに噛まれていない。それだけみんなも怪我をしてないという事なのかもしれないが、静かで平和な日々が戻ってきたように感じた。それに、『どうせななしの力を使えば傷なんて治るから』なんて考えで、命を軽んじて無鉄砲になられてもそれこそ心配だ。私だっていつでもみんなに同行できる訳じゃない。手遅れになったら、私の力なんて届かなくなってしまうのだ。

「それにしても…小南の忠告は効果抜群だったなー。ようやく痕も消えそうだよ」
「そうか、それは良かったな」
「ひいいぃぃ!?」

独り言のつもりだったのに突然背後から聞こえてきた声に、大袈裟なほど息を呑んで悲鳴をあげた。声の主はデイダラで、ここは私の部屋なのにどうしているんだと聞こうとする前に、デイダラが天井を指差した。一部分の床が取り除かれている。どうやら屋根裏から侵入してきたようだ。

「何してんのよ不審者!早く出てって!」
「おいおい、仲間に対して酷い言い草だな、うん」

鏡の前で傷のチェックをしていた私は、あまりにも無防備な格好を晒していた。出てってと捲したてる私の声なんて、デイダラは右から左へ聞き流して、こちらに近寄ってきた。流れる動作で私を背後から抱き寄せ、チェックしていた肩元に顔を埋めてくる。噛む気だ。こいつ、言い付けを破るつもりで来たんだ。慌ててその髷を掴んだ。

「ちょ、待っ、デイダラ!」
「おい、髪引っ張んな!」
「うるさい離して!ってか、どこか怪我でもしてんの!?」

見たところデイダラの体に異常は見られないし、本人もピンピンしている。私の力を使う必要性は全く感じられない。怪我を探している私に、デイダラは呆れ顔で力を緩めた。

「…お前アホか」
「はぁ!?」

話が読めない私を他所に、デイダラは大きな溜息を1つ。なんだ、なんでいきなりアホなんて言われなきゃならないんだ。ムキになればなるほど、デイダラの呆れたように見下ろしてくる視線が腹立たしい。ここはガツンと言ってやろう、と背後にいるデイダラに向かって体の向きを変えようとしたが、それは叶わなかった。後ろからかなりの力で背中を押さえ付けられ、私は目の前にあった机に突っ伏すような格好を強いられる羽目になった。

「ちょっと、」
「ここの連中はな、お前の力なんざどうだっていいんだよ、うん」

え…?と間抜けな声が漏れた。突然脈絡もなく吐き捨てられたデイダラの言葉は、私にはちっとも理解できない。体をうつ伏せに机に押さえつけられていて、デイダラの表情は確認できないが、何となくその顔が妖しく笑っているような気がした。

「…みんなお前の力欲しさに噛んでる訳じゃねぇ」
「どういうこと…?」
「目的は別にあるってことだ、うん」

そう言うや否や、デイダラは押さえつけた私にのし掛かるようにして上半身を折り曲げ、私の肩に噛み付いた。「あぁ…っ、でいだ、」「…あぶねぇ。これ以上時間を置いてたら、本当に痕が消えるところだったな」声を上げる私を無視して、デイダラはホッと胸を撫で下ろしそこに吸い付いている。せっかく色んな場所の傷が消えかけていたのに、また新しい痕ができてしまった。甘い吐息を漏らしながらその行為が終わるのを待っていると、デイダラの力が緩んでようやく解放された。鏡越しに確認すると、そこには真っ赤な新しい傷痕が残っていた。

「力を使うことが目的じゃないって、どういうこと…?」
「餓鬼にはまだ分かんねぇよ、うん」
「餓鬼って…、私とデイダラは大して歳変わらないでしょ!」
「その傷の意味が分かんねぇ内は、お前はまだお子様なんだよ」

指差された、新しいデイダラの傷。この傷の意味…?そんなの、私の力を使いたいからじゃないの?頭の中をぐるぐる回る疑問符は、解決することなくそこに残り続けている。頭を悩ませる私とは対照的に、デイダラはどこか満足そうだ。

「その傷、消えてないか定期的にチェックするからな、うん」
「はあ?」

所有印。他の誰かがコイツを噛もうとした時、俺の付けた傷がソイツの目に入るように。そうやって牽制するのだ。デイダラは心の内で、暁の面々にほくそ笑む。この傷を、鬱陶しいと思えばいい。

その後、デイダラは小南にみっちり説教された。