羨慕と月夜酒D

「吐け、女。デイダラとななしはどこにいる」

倒れ込む女の髪を鷲掴んで、無理矢理体を起こさせる。サソリの目は鋭く女を見下ろしていて、その視線を浴びたソイツは呻き声を上げながらも、忌々しそうに見つめ返した。既に女は、サソリとの戦闘でボロボロに怪我を負い、とても戦えそうな状態ではない。実力の差を見せつけられ、敗北を認めざるを得ない状況であった。サソリの後ろでは、トビも珍しく殺気立った目で静かに様子を見守っている。この女が、デイダラを狙って遠方から忍術を放ち、ななしの肩を貫いた挙句、あの二人を地下へと閉じ込めたことは分かり切っていた。

「俺の言葉が聞こえなかったか?デイダラたちはどこにいるか吐け」
「………ふん…、もう今さら遅い。お前たちが行ったところで、あの女は助からない」
「なに…?」

ぴくりと眉を顰めるサソリに、女は鼻で笑って吐き捨てた。その笑みは、こんな状況だというのに勝ち誇っていて、どこか余裕すら見える。女の態度に苛立つサソリは、掴んだ髪を投げ捨てて床に押し倒すと、床に転がる頭を踏みつけて悲鳴を楽しんだ。指先から伸びる傀儡が、カタカタと音を立てて女の傍に近寄り、首元に刃物を押し当てる。少しでもサソリが指を動かせば、コイツの首は傀儡の手によってあっという間に跳ねられるだろう。さすがにその無機質な冷たさに冷や汗を浮かべた女は、乾いた笑いを溢しながら言った。

「わ、私を殺したら、二人の居場所が分からなくなるわよ」
「ふん、命乞いしたけりゃ、さっさとその居場所を吐け」
「…、店の奥……。アンタたちが宴会をやった奥の部屋…。畳を剥がせば、階段が出てくるわ」
「その部屋なら、僕が覚えています。サソリさん、ご案内しますよ」

新年会に参加していないサソリに代わって、トビがくるりと踵を返した。時間に余裕はない。こんなところでこの女と喋っている暇など無いのだ。居場所を吐いたことによって、ようやく頭から足を退けたサソリに、女はほっと息を吐いた。助かった、ようやく解放された、と安堵するのと同時に、すぱん、と何かが切れる音。「え」と見上げると、サソリが冷たい目で見下ろしていて、

「居場所を吐いたなら、もう死んでも問題ないな」

彼の手によって操られる傀儡が、見事にさっくりと女の首を切り落としたのだった。驚いて目を見開いたまま、ゴロンと転がる生首。数秒間だけ、ぴくぴくと痙攣した体はすぐに動かなくなり、女は苦しみも痛みも感じることなく地獄へと落ちて行った。

「優しいなあ、サソリさんは」
「どういう意味だ」
「僕だったら、もっと苦しめて苦しめて、痛め付けてから殺しますよ」
「…あんな女に時間を使うだけ無駄だ」
「まあ、それもそうっすね」

転がった生首をツン、と蹴飛ばしたトビは、サソリを引き連れてその場を後にした。『あの女は助からない』その言葉の意味に焦りを覚えながら。トビは、はぐれたななしに想いを馳せていたのだった。

(…あの女…、一体ななしに何をした…)






ーーーー・・・・





繰り返される浅い呼吸が、静かな空間に響き渡る。ぽたぽたと滴り落ちる血は床に点々と落ちて、真っ直ぐ私の元へ伸びていた。抑えた腕からは、じわりと血が溢れ出てきて止まらない。羽織っている外套は徐々に真っ赤に染まっていく。それでも私は、その怪我を治す事すら忘れて、前に立つ男を真っ直ぐ見つめていた。

「…デイダラ…。どうしちゃったの…?」

私が見つめるその先に立つのは、血を滴らせたクナイを握るデイダラだった。突然苦しみだしたデイダラを心配して駆け寄った私を、彼はクナイで切りつけてきたのだ。ただ無言で、静かに私を睨むデイダラの目は、任務の時に標的に向けるあの目と同じ。殺気立っていて、不気味に光る切れ長の目だ。まるで私を忘れてしまったかのように敵意をむき出しにするデイダラに、私は狼狽えるばかり。一体何が起こっているのだろう。さっきまではいつもと変わらぬ様子だったのに。

(敵の術に操られているの…?)

考えられるとするならば、それしかない。何か敵の術に掛けられて、自我を失っている。そう考えると全ての辻褄が合う。こんな何もない地下に私たちを落として閉じ込めたのは、仲間同士で争わせる為だったのか。デイダラを使って、私たちを殺そうとしている敵の策略に腸が煮えくり返りそうだ。

(許せない…。デイダラに、そんな事させようだなんて…!)

しかしどれだけ怒りに燃えたところで、この現状を打開する方法は皆目見当も付かなかった。デイダラは完全に私を殺そうとしている。彼の強さは誰よりも私が知っているのだ。そんなデイダラに刃を向けられたら、私なんか到底敵う筈がない。そうでなくとも、私にはデイダラと戦うなんて無理な話。自分を守る為だとはいえ、大切な人をこの手で傷付けるなんて、そんなこと絶対にしたくない。何か、何かデイダラを元に戻す方法はないのか。必死に辺りを見回している内に、ずっと黙り込んだままだったデイダラが、また一歩私の方へと足を踏み出して。

「…、デイダラ…!目を覚まして…!」

私が必死に声を掛ける。今のデイダラに、私のこの声が届いているのかは分からないが、今はもうそうするしか無かった。痛む腕を抑えて、彼が一歩踏み出す度に、私も後ろへ一歩下がる。一定の距離を保ってその動向を様子見しているが、いつまでもこんな状態が続けばいつか殺されてしまうだろう。気持ちは焦る一方で、解決策が何も思い浮かばないまま、遂に私の背中は壁にぶつかった。完全に背後を絶たれ、はっとして前を見つめる。そして次の瞬間には、操られたデイダラに首を掴まれ、ぐっと呼吸を絞められた。ぎりぎりと込められている力は本物で、確実に私を仕留めようとしている。息苦しさにくぐもった声を漏らし、そっとデイダラの手に己の手を重ねた。

「う……、ぁ…、で…いだら……!」

どうしよう、どうすればいいの。パニックになる私の頭に一瞬だけ、自分の懐に眠っているクナイがよぎった。そのクナイをデイダラに突き刺せば、とりあえずこの場は回避できるかもしれない。…そう思っても、私の手は、クナイを握ろうとはしなかった。デイダラを刺すだなんて、そんな事、出来る訳がない。例え私が、このまま彼の手によって殺されたとしても。だって私は、デイダラのことが、

「…でいだら……、すき…」

弱々しく紡がれた声は、静かなこの部屋に思った以上に響き渡った。私の言葉を拾ったデイダラが、大きく目を見開いている。ずっと自我を奪われていたデイダラが、そこで初めて様子の変化を見せたのだ。もしかしたら、私の声が届いているのかもしれない。徐々に首を絞める力は弱まって、気道が確保された瞬間、私は大きく酸素を吸い込んだ。げほげほと咳込みながら、その場に崩れ落ち、首元を押さえて荒い呼吸を繰り返す。何とか助かった、と安堵していたのも束の間。一瞬だけ動揺を見せたデイダラだったが、またすぐに敵の術によって体を乗っ取られ、座り込む私に影を落とした。

「…デイダラ…!」

高く振り上げられたクナイの切っ先は、確実に私を捉えている。このまま腕を下ろせば、私はその刃の餌食となるだろう。もう交わせない、と固く目を閉じて、来るであろう痛みに体を強張らせた。死ぬ前に、ちゃんとデイダラに想いを伝えたかったな。もっとこうすればよかった、ああすればよかった、そんな後悔が頭の中を過り、今までの思い出が走馬灯のように駆け巡る。しかし幾度も待てど、その瞬間はやってこなかった。刺されたような感触も無ければ、痛みも勿論ない。あれ、私刺されたの?と疑問に思いながらゆっくり目を開くと、目の前ではぼたぼたと赤い液体が垂れ流されていて。

「…デイダラ…!?」
「…にげろっつっただろ…、このばか……」

デイダラは、振り上げたクナイを、己の腕に突き刺していた。呻き声を上げながら、彼は握っていたクナイを投げ捨てて、己の腕を押さえる。私が慌てて駆け寄るが、デイダラは引き離すように弱々しく押し返してきた。どうやら完全には自我を取り戻した訳ではないらしい。この一瞬だけ、術の効力が弱まっているのだろうか。額に汗を浮かべ、苦しそうに顔を歪めるデイダラに、私は必死に声をかける。

「デイダラ…!大丈夫…!?一体なにが…!」
「オイラに近付くんじゃねえ…!まだ…、術が解けた訳じゃねえ…うん…」
「やっぱり敵の仕業なのね!?どうすればデイダラのこと助けられるの…!?」
「オレの事はどうでもいい…。それより…、サソリの旦那と合流しろ…、じゃないと、また、お…れ、が…」

デイダラの言葉が途切れ途切れになっていく。また意識を奪われかけているのかもしれない。私が必死にデイダラに寄り添って、嫌だ、いかないで、デイダラ、しっかりして、と悲痛に叫ぶと、デイダラは私の肩に手を添えた。そこは、先程彼の手によって刺され、傷を負った場所だった。

「……痛かったろ」
「…デイダラ……」
「…わるい……、これで、相子だ…、うん」

私の肩に添えられていた手は、今度は彼自身の肩に添えられる。私と同じ、肩に深い傷を刻んだデイダラ。先程自分の肩を突き刺したのは、意識を失いそうになる自分の目を、覚まさせる為。そして、私の肩を刺してしまった事への償いの為でもあったのだ。その言葉を聞いた時、私は鼻の奥がつんと痛くなった。デイダラ…、自我を失っている最中も、心の奥ではしっかり意識があって、私を刺した時のことを覚えているんだ。貴方が一番つらい筈なのに…。私、何も助けてやれない。それどころか、デイダラのことを苦しめてる。デイダラは、私が苦しい時、いつも助けてくれるのに。私は…。

「さっさと行け!うん!」
「っ…、デイダラ……!」

デイダラは、最後の力を振り絞って私を突き飛ばした。畳に倒れ込みながら振り返ると、既に彼は無言で、自分自身が先程投げ捨てたクナイを拾い上げていた。この一瞬で、どうやらまた意識を奪われてしまったようだ。再び殺意を宿した目で睨まれて、私は息を呑む。デイダラ、こんな状況でも、最後まで私を守ろうとしてくれてる。何とか私を逃がそうと足掻いてくれている。

(…私も、デイダラのこと守りたい…)

倒れ込んでいた体をゆっくりと起こして、こちらを睨むデイダラと対峙した。私はもう逃げない。デイダラを置いて、逃げられる訳がない。必ず、二人で一緒にここから出るんだ。生きて、みんなの元に帰るんだ。

「…デイダラ、一緒に帰ろう」

静かに微笑んで、私はデイダラに両手を広げた。クナイをこちらに向けたままのデイダラは、もう私の声など届いていないようで、こちらを睨み付けるだけ。それでも私は、そっと彼に歩み寄り、その体を力強く抱きしめた。怖くなんてない。だって、デイダラだもの。私の大好きな、デイダラ。デイダラは、私を殺したりなんかしない。そうだよね、デイダラ。

いつも守ってくれる、変わらないその温もりに身を預けて抱きしめていると、背中を突き刺す鋭い痛みが体中を駆け巡った。デイダラが、私の背中をクナイで突き刺したのだ。痛みに呻き声を上げ、ぎゅっと彼の背中を握りしめる。これくらい、平気だ。こんなの、今のデイダラの苦しみに比べたらなんてことはない。痛みで震える手で必死に彼にしがみつき、額に浮かぶ汗も気に留めないまま、私はデイダラに優しく微笑みかけた。そっと頬を撫でて、中にいる筈の彼自身に呼びかける。きっと私の声は届いてる。だから、何度でも言うんだ。

「…デイダラが、好き」
「………、」
「いつも守ってくれる、デイダラが好き」


意地悪で、
デリカシーなくて、
いっぱい喧嘩もしちゃうけど。


私は、強くて優しいデイダラが、好き。どんな貴方も、好き。私のこの想いは変わらない。だからデイダラ…、どうか私を信じて。必ず、助けるから。


背中に刺さったままのクナイの痛みも忘れて、私は、そっと背伸びをした。目を閉じて、ゆっくりと顔を近付けて。そして、デイダラの唇に、己の唇を押し当てたのだ。心の奥の奥の、そのまた奥へと押し込まれたデイダラ自身に、この気持ちが届くように。どうか、彼が敵の術から…、苦しみから解放されますように…。ただそれだけを願って、私は唇を重ね続ける。寄り添う二人の体は、そんな私の強い気持ちに反応するかのように光に包まれていき、私の肩の傷と、デイダラの肩の傷をみるみる癒していった。まるで、私の体を噛んだ時の、あの癒しの力のように。私の想いが、不思議な力を呼んでいるのだろうか。刺された背中の痛みも無くなって、クナイを握りしめていたデイダラの手の力が弛む。そして遂に、デイダラの手からクナイが落ちて、からんからんと音を立てて床を転がり、空いた彼の手は私の体を力強く抱きしめた。

ぐっと深くなった口付けは、お互いに熱く舌を絡ませ合い、荒い呼吸を重ねた。溶け合う体温。触れる指先から感じる愛。苦しいと訴えるようにデイダラの胸板を軽く叩くと、少しだけ離されて再び唇を奪われた。骨抜きにされる私の体を、逃がすものかとデイダラがより強く抱き寄せる。ようやくその行為が終わった頃には、私の息は完全に上がっていて、目にはうっすらと涙すら浮かんでいた。見上げるデイダラの目は、さっきの殺気が篭った目ではない。深い愛が込められた、情熱的な瞳。

「…デイダラ…、元に、戻ったんだね…」
「…無茶しやがって……、うん」
「デイダラ……、良かった……」
「…ななし……」


私たちはしばらくの間、時間も忘れてそこで抱き締めあった。お互いを確かめ合うように、ただ静かに、身を預けて。今はもう少しだけ、このままでいたい。デイダラのことを、肌で感じていたい。

「デイダラ…、本当に、デイダラなんだよね?」
「……ああ」
「戻ってきてくれたんだよね…」
「…ああ」

途端にぶわりと涙が浮かんで、体を震わせる私に、デイダラは囁いた。


「…好きだ、ななし」