羨慕と月夜酒E

「い、今……なんて……、」

驚きに満ちた私の目は、零れ落ちそうな程に大きく見開かれていて。揺れるその瞳に映るのは、居心地が悪そうにそっぽを向くデイダラの姿。その耳が赤く染まっているところを見ると、どうやら今の台詞は夢でも冗談でも無いらしい。ずっと聞きたかった、デイダラの気持ち。それが今、ようやく言葉に乗せられて、私に伝わってきた。震える声で彼の名を呼んでも、デイダラは照れくさいのか、小さく舌打ちをしながら背中を向けるだけ。でも…、それでも、もう一度聞きたい。しつこいと言われても、ちゃんと確認したい。こういう時でないと、デイダラはなかなか素直に気持ちを口にしてはくれないのだから。

「ねえ、もう1回言ってよデイダラ」
「…しつけぇな、うん。もう二度と言わねえよ」
「何今さら恥ずかしがってんのよ、キスだってした癖に!」
「な…、あれはお前が勝手にしてきたんだろうが!うん!」
「はあ!?私のはただの救命処置よ!人工呼吸みたいなもんよ!でもデイダラがしてきたのは明らかに違ったじゃない!」
「はっ、覚えてねえな、うん」

顔を覗き込んでも、プイ、と逸らされる視線。両腕を袖に突っ込んで苛立った様に眉間に皺を寄せている姿を見ると、やっぱりさっきの言葉は夢幻だったのだろうかと思ってしまう。私もそんな彼の姿を見ていて、段々と怒りのボルテージが上がっていく。「ちょっと、こっち見なさいよ!」と腕を引っ張ると、さっきまでずっと顔を合わせてくれなかったデイダラが、ゆっくりとこちらに振り返って。改めて見つめ合う視線に、ぴたりと動きが止まる。思考が停止して、お互いに無言で見つめ合う、静かな時間が流れた。

「……、なんだよ」
「あ、う、ううん…」

やがて痺れを切らしたデイダラが、突然黙り込んでしまった私を睨む。動揺しながらその腕をそっと離しつつ、適当にその場を誤魔化した。振り返ったデイダラの顔につい見惚れてしまっただなんて、そんな事口が裂けても言ってやるもんか。どきどきと無駄に高鳴る胸は、先程デイダラに好きだと言われたからだろうか。彼のことを意識してしまって仕方がない。さっきまでしつこく詰め寄っていた私が、急にそんな風に静かになってしまったものだから、デイダラは訝し気に眉を寄せながらこちらに歩み寄ってきた。

「なんだよ、言いたいことがあるならはっきり言え、うん」
「な、なんでもないから…」
「言えって」
「なんでもないって言ってるでしょ」
「言え」
「何でもないってば!」

さっきとは立場が真逆になって、今度は私がデイダラに詰め寄られる。自分の時は頑なに口を開こうとしなかった癖に、私には言えだなんて卑怯だ。近付いてくる彼の真っ直ぐな視線から逃れるべく、顔を逸らして両手を前に突き出し、ぐいぐいとデイダラの胸板を押し返す。言え、言わない、言え、言わない。そんなやり取りをお互い子供のように繰り返しては、バチバチと睨み合う。結局これでは、想いを伝える前と同じだ。

「ほんっとに可愛げのねえ女だな!うん!」
「へーへー結構ですよ可愛げがなくって!アンタこそ、そんなにしつこいと嫌われるわよ!」
「んだとコラ、もういっぺん言ってみろ、うん」

ぐい、と胸倉を掴まれて、再び近付く二人の距離。女の胸倉をつかむだなんて、コイツは本当に女性の扱い方というものを分かっていない。それとも私を女として見ていないからこんな事が出来るのだろうか?すっかり盛り上がってしまった私とデイダラの闘志は、最早手の施しようがない程に激しくぶつかり合い、いつもの口喧嘩が勃発した。

「デイダラの馬鹿!」
「お前だけには言われたくねえな、うん」
「それは私がアンタより馬鹿だって言いたいの?」
「そう言ったつもりだったが、馬鹿には理解できなかったか?」
「……っ、このっ、」











ーーーー・・・・




「サソリ、トビ。デイダラとななしはどうした」

殺した敵の女から、デイダラ達の居場所を聞いた後。二人がいるであろう目的の場所へ向かうサソリとトビの前に、返り血ですっかり汚れたペイン小南が姿を現した。タイミングよろしく、その後もぞろぞろと、イタチと鬼鮫コンビ、飛段角都コンビも集合して、デイダラとななし以外のメンバーがそこに集う。サソリと一緒にいる筈だったその二人の姿が見えないことを気にする面々に、サソリが行く先を指差す。

「まんまと敵の罠に嵌められた。恐らくこの先にデイダラたちが捕まっている」
「デイダラ先輩はともかく、ななしさんが心配です!早く行きましょう!」

囲むみんなを急かして、先頭を歩くトビ。それに続いて、みんなもぞろぞろとその歩を進めた。新年会の時に酒を飲み交わした現場…、その大広間の一角。確かにそこだけ、畳の色が若干違うようにも見える。無言でトビがその畳を引き剥がすと、確かにあの女が言っていた通り、隠された階段が現れた。この先に、デイダラ達がいる。救助がすんなりと行けばいいが、一体何が待ち受けているか分からない。暗闇で見えない階段のその先へ、いざ救出へと意気込むトビが、一歩を踏み出した瞬間。

「ぶっ!!!!」
「っで!!!」

ゴン、と鈍い音が響き渡って、トビがひび割れた面を抑えながら畳に転げ回った。どうやら階段の先から、運悪く誰かがこちらへと上ってきていた様だった。痛みに悶えるトビを尻目に階段へと視線を戻すと、そこにはななしを乱暴に脇に抱えたデイダラが、ぜえぜえと息を切らして立っている。トビと顔面からぶつかってしまったせいで、その鼻はうっすらと赤く染まり、目にじんわりと涙が浮かんでいた。

「…いってえ…、何しやがるトビ」
「せ、先輩こそ!いきなり出てくるなんて卑怯ッスよ!」

ようやく体を起こしたトビが、デイダラと同じく目に涙を浮かべて不満をぶつける。しかし、ずっと心配していた二人がこうして無事に生還してくれた事に、素直に胸を撫で下ろしていた。「でも良かった、二人とも無事で、」なんて微笑みながら手を差し伸べたのも束の間。聞こえてきたのは、そんな二人の言い争う声であった。

「ちょっと!どこ触ってんのよこのむっつりスケベ!」
「アァ!?だったらテメェの足で階段上れ!お前担いで何段上がってきたと思ってんだ!うん!」
「あの程度で弱音吐くなんて、男として情けないわ!」
「んだとこのクソアマ…。大体お前が、寸胴の癖して体重だけは一丁前だから余計に体力使ったんだろうが!うん!」

ぴしり、と固まる空気。一気に冷ややかなムードが流れて、黙ってそのやり取りを見ていたみんなも、呆れたように額を抑えた。デイダラの脇の下で、まるで雪女のように凍てつく私を、デイダラは知ってか知らずか。べらべらと喧嘩を売るような単語を並べていて、的確に私の怒りを掬って並べた。ああ、そうですか。デイダラの気持ちはよく分かりました。やっぱりさっきの貴方の言葉は嘘だったんですね。そう心の中で冷静に呟いて。そしてみんなも、私のその怒りに気付いたのだろう。触らぬ神に祟りなし、と言った様子で、無言でその場から離れていく。

「大体オイラはお前みたいな可愛げのない女にこれっぽっちも興味はねえ。うん」
「…………」
「オイラはもっとこう、芸術的で、おしとやかで、控え目な…」
「デイダラ」
「…なんだよ」
「貴方の気持ちはよーく分かりました」

静かに彼を諭して、私はデイダラの脇の下から足を地に降ろした。ぱんぱんと羽織っていた外套を手で払い、こほんと咳払いをして姿勢を正す。未だに状況を理解していないデイダラの眼差しを受けながら、私はそっと彼に向き直った。しばらくの沈黙を置いた後、私は勢いよく顔を上げて、デイダラを鋭く睨み付ける。流石にデイダラも、私のその視線を受けてぐっとたじろいでいた。ふるふると肩を震わせ、ぐっと口を紡ぐ私を見て彼が動揺している。

「お、おい、泣くなよ、」
「デイダラなんて…、」
「え」
「デイダラなんて、」



大っ嫌い!!!という叫びと共に、ばちーんと響き渡る乾いた音。それを、部屋の外で聞いていた暁の面々は、痛みを想像してぎゅっと目を閉じた。しばらくの沈黙の後、力任せに開いた襖から姿を現した私は、廊下で待機していたみんなの間をすたすたと歩いていき、リーダーの前でぴたりと足を止めた。

「リーダー」
「…なんだ」
「しばらく休暇を下さい」
「は」
「実家に帰ります」

それだけ言い残して、再びすたすたと歩き去っていく私の背中を、みんながぽかんと見つめている。足音荒く、ドスドスと遠ざかっていく私を見ると、ペインですらも言葉を掛けるのに躊躇ってしまい、ただ一言、「…早めに帰って来い」と呟くだけであった。一方で、部屋に取り残されたデイダラは、ジンジンと痛む頬を抑えて舌打ちを溢していて、呆れかえったサソリの溜息に八つ当たりをしていた。

「…お前、本当に学習しねえな」
「ほっといてくれ、うん」
「もーデイダラ先輩。早く謝ってきてくださいよ!ななしさんが実家に帰っちゃいますよ!?」
「オイラは悪くねえ!うん!ってかそもそもアイツに実家なんてねえだろ!」
「どっかの爆発馬鹿がぶっ飛ばしたからな」
「お、オイラはそういう指示を受けて…!」

私もデイダラも、みんなの言葉には耳を貸さない姿勢を貫いている。双方のその姿を見て小さく溜息をついたイタチが、ペインに対して、「ななしを一人で行かせるのは心配です。俺が見てきます」とだけ告げ、私の後を追うようにその場から姿を消した。こんな風に喧嘩になると、この二人は時間が経って頭が冷静にならないとなかなか素直になれない。ここはななしのさせたいようにさせて、怒りが鎮まるのを待つしかないだろう。そう考えながら、ペインは残る面々にアイコンタクトを送って、彼らもそこを後にした。

敵の本拠地だったその店は、暁の手によって一晩で壊滅し、建物自体も燃やし尽くされて無くなった。周囲は火事だなんだと騒いでいたが、その裏で暁の暗躍があった事を知る者はいない。見事に有言実行してその邪魔な存在を抹消した暁は、人も寝静まった夜、月の光だけが照らす夜道を笠を揺らして歩いて行く。

数日後。私ははペインに宣告した通り、数日の休暇を貰って実家へ帰った。実家といっても、かつて幼い頃に仲が良かった友人の元へ、お世話になりに行くだけだが。少し時間を置いて冷静にならないと、今デイダラの顔を見たらまた怒りが込み上げてきそうだ。出発する前、何となしにデイダラの部屋の前を通って、こっそり中を覗き込んでみたが、案の定デイダラは見送りもせず、ぶつぶつと不貞腐れながら部屋に篭って粘土を捏ねていて、これは長期戦になりそうだと予感する。少し前までは、お互いに好きだと思いを伝えて、気持ちを通わせていたというのに。今では真逆の言葉をお互いにぶつけ合う始末。なんでいつもこうなってしまうのだろう、と自分自身の可愛げのなさにも項垂れる。

「イタチ、送ってくれてありがとう。数日したら、ちゃんと戻るから」
「ああ。せっかくだ、しっかり休んで羽を伸ばしてくるといい」

一人で行かせるのは危険だと言って、私を友人の家の元まで送ってくれたイタチは、私の言葉を合図に帰路へとついた。帰っていく背中に手を振りつつ、久々に訪れた友人の家を振り返る。アポ無しで、勢いのままに来てしまったが、迷惑ではないだろうか。少しだけそんな不安を胸に抱えて、玄関へと向かっていく私を出迎えたのは、丁度洗濯物を干そうと外に出てきた友人…、ヨツユだった。

「あれ、ななし!?」
「へへへ…、来ちゃった」

どうしたのよ一体!と私に駆け寄ってくれる彼女の抱擁を受けながら、私は脳裏にデイダラのことを思い浮かべていた。喧嘩して出てきてしまったが、アジトへ帰った暁には、ちゃんと仲直りできたらいいな。ヨツユにも、日頃溜まっている鬱憤や、色々なエピソードをたくさん聞いて貰おう。


その日から、私は彼女の住む家に泊まりつつ、滅多に貰えない休暇とやらを満喫する事になった。まさかこの休暇がきっかけで、あの人と出会い、その危うくて複雑な縁に恵まれるだなんて。



そう、あの…、木の葉隠れの里の忍びと、私は運命的な出会いを果たすこととなるのだ。