噛まれたら噛み返す

「あっ…、デイダラ…早く……っ」
「分かってる」

木々に囲まれた森の奥深くにて、衣服が乱れた女と、血に濡れた男が一人。怪我を負ったその男は、女の襟元を乱してそこに唇を這わせている。任務で尾獣の行方を探っている最中、思わぬ敵襲によりデイダラが怪我を負ってしまったのだ。一先ず森の奥へと身を潜めた後、私の力を使おうとして今に至る。晒された首筋にかかる、デイダラの吐息。上擦った声が漏れてしまう。誤魔化すように早くと急かすと、デイダラから切羽詰まった声が返ってきた。そして次の瞬間、デイダラが私の首に噛み付いて、肉に歯が食い込んだ。プツリと皮膚が破けて血が出る。

「いっ…!?」

その痛みに声にならない声を上げたのが、数日前の出来事だ。


ーーーー・・・・


「デイダラ、噛ませて」
「は?」

デイダラの部屋の戸をノック無しで開ける。中にいたデイダラは、机に向かって粘土細工をしていたようだ。こちらに向けていた背中が、戸の開く音に驚いてびくりと震えていた。こちらを振り返るデイダラにお構い無く、私は唐突に告げる。彼がいつも、私の部屋へそうやって来るように、脈絡も無く、噛ませろ、と。

「いきなりなんだ、うん」
「私も噛んでみたいの」

先日、首筋に付いた真新しい傷。今は赤くなって、出血したところがカサブタになっている。この傷を付けた男こそが、目の前で訝しげな表情を浮かべているデイダラ本人である。私の力でみんなを救えるのなら、噛まれることに抵抗は無いが、やはり痛いものは痛い。しかも特にこの男は、力の加減というものを知らないのだ。きっと噛む側は、噛まれる側の痛みが分からないから、あんな風に容赦無くガブリといけるんだ。だから私は考えた。普段コイツが私にするように、私もコイツに噛み付いてやれば、その痛みが分かるのではないか。今後もっと私の体を労ってくれるのではないか、と。

「いつも噛まれてるから、たまには仕返ししたっていいでしょ」
「仕返しってなんだよ」
「アンタに噛まれるとめちゃくちゃ痛いし痕もずーっと残るのよ!下手くそなんじゃない?」
「…何だとコラ」
「イタチとかもっと上手に噛んでくれるのよ。痛くないし、痕もすぐ消えるし」
「ほぉ。ならお手本を見せて貰おうじゃねぇか、うん」

私の挑発にまんまと乗ってきたこの単細胞は、ぴくぴくと怒りでコメカミを震わせている。普通に頼むだけでは絶対に拒んでくるだろうと睨んで、作戦を練った甲斐があった。デイダラは椅子に座ったまま自ら外套のボタンを少しだけ外し、襟元を大きく開いて見せた。浮き上がった喉仏や鎖骨、引き締まった胸板が露わになって、不覚にもどくどくと心臓が早まる。こんな事で興奮するなんて私は変態か、と慌てて首を振ると、にやにやと笑ったデイダラが「どうした、嬢ちゃんにはまだ早いか」と煽られた。ムカつく。余裕たっぷりなデイダラをひと睨みして、座っている椅子へ歩み寄った。

「あんまり歯ァ立てんなよ」
「分かってるよ。誰かさんじゃあるまいし」

肩に手を添えて、首に顔を近付けようと上半身を折り曲げると、焦れったいとでも言うようにデイダラに腰を引き寄せられて、私は彼の膝の上に跨いで座る羽目になった。私から噛ませろと迫った癖に、完全に向こうのペースになってしまっているのが納得いかない。私ばかりが緊張していて、デイダラは余裕綽々なのは、普段から私に噛み付いていて慣れているからだろうか。噛みつかれる側は、何回噛まれてもその感覚に慣れないというのに。そもそも、噛めるならどこでもいいのに、暁のみんなはわざわざ私の服を脱がして、首元やら胸元やらに噛み付くから余計だ。「見える場所に傷が付いたら可哀想だろう」というのがみんなの言い分だが、毎回服をひん剥かれることを考えると逆に腕の方がいい気がする。

いつまでも固まったままなかなか先に進まない私を、デイダラは楽しそうに見下ろしていた。もう首筋は目の前にある。そこに勢い良く噛み付けばいい。ただそれだけの話だ。コイツがいつもやっている事だ、遠慮する必要はない。何度も言い聞かせてようやく決意を固めると、私はデイダラの首筋にちゅう、と吸い付いた。私の首筋に付いたこの傷と、同じ様に痕を付けるために。

しかし実際に吸い付いてみると、何だか歯を立てることに躊躇いを感じてしまう。まだ始めの頃、私を噛む事に抵抗を示していたデイダラも、かつてはこんな気持ちだったのだろうか。程度はどうであれ、自らの手で人を傷付けるというのは、やはり抵抗があるものである。しばらくそこに吸い付いた後、私は遠慮がちにそこに歯を立てて噛み付いてみた。それはもう、デイダラが笑ってしまうくらいには弱々しく、だ。唇を離しても、そこには痕1つ残っておらず、綺麗なデイダラの首筋があるだけだった。彼はくっくっと喉を鳴らして笑っている。

「あ、あれ…?」
「下手くそだな、うん」
「ど、どうして…!ちゃんと噛んだのに!」
「餓鬼に仕返しなんて出来っこないってことだ、うん」

勝ち誇った笑みを浮かべるデイダラ。その顔を見て、噛む時に手加減してしまったことを深く後悔した。そんなに言うならば、お望み通り噛み付いてあげよう、と睨み付けた後、先程噛み付いたその場所へ再び唇を這わせた。がぶり、と今度は手加減なしに噛み付く。ぐっと歯を立てると、口の中に血の味が広がった。これでデイダラの首にも、私と同じ様にカサブタが出来るだろう。満足げな私とは対照的に、デイダラは目にうっすらと涙を浮かべてシャウトした。

「いっっってえええぇえ!」
「物足りなさそうだったから、お望み通り、今度は手加減なしで噛んであげたよ」
「テメェ…」

首に真っ赤な歯型を付けたデイダラの顔は、先程までの余裕溢れる笑みが消えて、怒りを滲ませた表情に変わっている。少しやり過ぎただろうかと反省するが、私だって同じことをつい最近やられているのだ。ふん、とそっぽを向いてざまあみやがれと心の中で悪態を付いている隙に、デイダラはいつも私に噛み付く時と同じように、私の外套のボタンを強引に外し始めた。

「ちょ、何してんの!?」
「噛むんだよ、うん」
「必要ないでしょ!?」
「凶暴なのに噛み付かれたからな」

私が付けた噛み痕を見せながら彼は言う。私に噛まれた傷を、私の力で治すつもりなんだ。じたばたと暴れようにも、デイダラの膝の上でがっちりと腰を掴まれているせいで逃げられない。はだけたままの彼の胸板を押し返して抵抗するも虚しく、結局力でねじ伏せられて、呆気なく私の首筋はデイダラに食べられた。

「あっ…う……、く…」

優しいような、激しいような。絶妙なその力加減が、擽ったくて変に息が上がる。体の力が抜けて、デイダラにくたりと寄りかかるのと同時に、私の首筋から彼の口が離れた。簡単に付けられてしまった新しい痕は、確かにそこに赤く咲いている。容易く付けてくれたものだが、自分も実際に噛んでみて分かった。これが結構難しいものだと。私の痕とは対照的に、デイダラの首に付けた筈の噛み痕は、綺麗に消えていた。

「また付けられてる…」
「下手くそには手本を見せてやらないとな」

どうしてコイツはいちいち腹が立つのか。得意げな顔のデイダラを認めたくなくて、私も負けじと「でもイタチの方が、」と言い返してやる。負けず嫌いな彼はより目くじらを立ててムキになるだろう。案の定、「ならもう一回分からせてやろうか」なんて言いながら、上にのし掛かってくるものだから、その日は1日彼の部屋から解放して貰えなかった。