※トビとカカシが遭遇してバチバチやるという完全に原作無視の展開になっております。原作重視の方はお戻りください。
日が昇り、森に光が差し込み始めた。寒くて堪らなかった森も、少しずつ温かさを取り戻してくる。結局一晩中、カカシさんの腕の中で会話を交わした後、私はそのまま意識を手放して眠りこけていたみたいだ。お陰で完全とはいかないまでも、少しだけ体力が戻ったような気がする。きっとカカシさんの温もりが傍にあったからだ。いよいよ活動を再開し始めようと立ち上がった私は、カカシさんに手を差し伸べて立ち上がる手助けをした。
「カカシさん、眠れましたか?」
「ああ、仮眠はちゃんと取ったから、心配しなくても大丈夫よ」
そう言いながら立ち上がったカカシさんの体が、不意にグラリと傾いて。前に立っていた私に凭れかかるようにして倒れてきた。慌ててその大きな体を支えながら、一体どうしたんだと問いかける。カカシさんは、バツが悪そうな表情を浮かべて私を手で制した後、いやー、とか、そのー、なんて言いながら誤魔化すように視線を彷徨わせている。
「カカシさん…、まさか……!」
思わず屈んで、カカシさんの足を覗き込んだ。予感は的中。彼の足首は、靴の上からでも分かる程に腫れあがっていて、とても歩けるような状態ではなかった。もしかして、ここに落下して来た時に私を庇って怪我を負っていたのだろうか。昨日までは暗くてよく見えなかったが、夜が明けるまでずっと、私に心配をかけまいとその痛みを押し殺し、ひたすらに隠していたのだ。私は少し怒ったような目をカカシさんに向けたが、その目はすぐさま悲しげに揺らめいて。
「私のせいで…、ごめんなさい」
「いやいやいや!この程度で済んだんだから、むしろラッキーでしょうよ」
私の頭を撫でる、優しい手。夜の間も、私はずっとこの手に守られていた。それなのに私ときたら…、カカシさんの怪我にも気付かず、その優しさに呑気に甘えるだなんて。一瞬、頭の中に迷いが浮かんだものの、私はその迷いをすぐに振り払って、自分の服に手を掛けた。本当は、暁に所属する人間として、こんなことをしてはならないと十分理解はしている。だけど、私だってたくさん守ってもらって、たくさん迷惑をかけたのだ。その恩を返すという意味で…、1回だけなら…。そう自分に言い聞かせて無理矢理納得させた。
「お、おい、何を…」
戸惑うカカシさんの声を無視して、私はさらりと忍び服を肌蹴させ、肩を出した。朝の森の空気は肌寒くて震える。そこに晒された白く無傷な肌は、カカシさんの視線を釘付けにして。言葉を失っているカカシさんの前に、私はその肩を差し出した。
「カカシさん、私には、特殊な力があるんです」
「力…?」
「私の体を噛んだ者の、傷を癒す力」
その言葉を聞いて、息を呑むカカシさん。きっと私が考えていることが、彼にも伝わったのだろう。今から私たちは、この山道を歩いて出口を探さなくてはならない。足を怪我していたら、きっとこんな道の険しい山の中で行動するのは困難を極めるだろう。だったら、私のこの力を使って一発で治してしまえばいい。そうすれば、カカシさんも自由に歩くことが出来、結果的に私自身の命も救われるのだ。
「私の力を使ってください、カカシさん」
「だが、」
「この山の中で足を負傷することは、命に関わってきます。さあ、早く…」
結構恥ずかしいんですよ、とうっすら頬を赤らめながら、カカシさんを急かす。私のその姿を見て、カカシさんはコクンと小さく喉を鳴らした。木々から漏れる朝日の光を浴びながら、肩を出す私の姿に目を奪われているカカシさんの、その細く垂れた目にじっと見つめられて、堪らず視線を地面に落とす。ざく、と土を踏みしめて一歩前に出た彼は、そのまま私の腕を掴んで引き寄せた。
「…いいんだな」
「…は、はい……」
「……、噛むよ」
カカシさんは、掠れた声でそう宣告すると、口元を覆っていた黒い布に指を引っ掻けて、それをずり下ろした。露わになった口元には、妖艶で印象的なホクロが覗く。初めて見るその唇に、今度は私が釘付けになっていく。カカシさんは、そんな私の視線を浴びながら、曝け出された肩に口を近付けた。温かい吐息が掛かって擽ったい。ぎゅっとカカシさんの背中に回した手を握りしめると、カカシさんは、その大きな背中を丸めながら私の肩に顔を埋めて、ゆっくりと肌に噛みついた。ぬるりと這う舌と、ちくりと突き刺す歯。痛みと擽ったさが混じって、よく分からない感覚が体の中を駆け巡っていく。
「あっ……、かかしさ……、」
「痛かったら言って…」
はあ、と漏れた熱い吐息の隙間にそう告げられて、私は言葉を返す余裕も無く必死に頷いた。ちゅう、と吸い付かれると、そこにはくっきりとカカシさんの噛んだ痕が刻まれていく。彼の体に流れ込んでいく私のチャクラは、傷付いたカカシさんの足をじんわりと癒し、そこに怪我など無かったかのように元通りになっていった。私の力を実際に体感したカカシさんは、ゆっくりと唇を離し、腕の中で骨抜きになっている私を驚いたように見下ろしている。
「本当に傷が治った……」
「これが…、私の生まれ持った力ですから…」
「痛くなかった?」
「はい…大丈夫です…」
余韻に浸りながら、ぐったりとカカシさんの腕の中で凭れ掛かる私を、彼は心配そうに見下ろしている。晒されたままになっていた肩を自分で抱き締めながら、先程のカカシさんの吐息を思い出していた。大人で優しさが滲み出ている噛み方。デイダラやオビトのような強引さはないが、でもどこか情熱的で、私の心と体を乱す。
すっかり体の力が抜けてしまった私は、暫くカカシさんの腕の中に甘えて休むことになった。何だろう、いつもはこの程度の傷を治すくらい、どうって事ないのに。今日は何だかそれすらも、身体が重くてしんどくて、何倍もの体力とチャクラを使っているような気がする。力を使った反動なのか、体は一気に重たくなり、独特な倦怠感に襲われるも、あまり悠長な事を言ってはいられない。食料も何も無い私たちが、2日以上もこの山に留まることはできないのだ。今日、下山出来なければ、私とカカシさんの生存率は一気に下がる。休んでいる場合ではない。そう自分を奮い立たせて、私はカカシさんの腕から離れた。
「もう、大丈夫です。歩けます」
「顔色があまり良くない様に見えるが、本当に大丈夫なのか」
「はい。いつまでも休んでいる訳にはいきません。何としてでも下山しないと」
ふらふらと立ち上がった私は、一旦深呼吸をする。少しだけ楽になれたような気がする。きっと大丈夫だ、昨日山に入ってから何も食べていないから、そのせいでフラつくのだろう。自分の中でそう結論付けると、私はカカシさんの手を引いた。「いこ!カカシさん!」そう振り返る私の姿を、カカシさんは懐かしそうに見つめながら。私たちはようやく歩き出したのだ。
ーーーー・・・・
歩き初めてから、おおよそ一時間。私の体に異変が起こり始めたのは、ちょうどそれくらいが経ってからの事だった。はあ、はあ、と繰り返される呼吸は激しく乱れ、額から汗が噴き出て止まらない。ぼんやりとする視界の中で、手探りでカカシさんの背中を掴んだ。何かがおかしい、と流石の私も自覚し始めていて。背中を引っ張られたカカシさんが、くるりと後ろを振り向いた瞬間、私の体は力無くふらついた。咄嗟に抱き留めてくれたカカシさんが、焦ったように私を呼ぶ。しかし、遠のきつつある意識に私は碌な返事を返すことが出来ず、ゆっくりと瞼を閉じていったのだった。私の様子を見下ろすカカシさんは、心の中で一人呟く。
(…すごい熱だ…。昨日の野宿で体調を崩したのか?)
額に当てられた、カカシさんの手が冷たくて心地よい。触れただけで分かる程の高熱に魘されている私は、カカシさんに抱きかかえられながら、彼の背後にある幻覚を見ていた。
「…あ…、で…いだ…ら…?」
そこに……、すぐそこに、デイダラが立っている。デイダラだけじゃない。イタチも、サソリも、ペインも小南も、みんな、みんなの後ろ姿がすぐそこにある。私を置いて歩いて行こうとする彼らの背中に、必死に手を伸ばして呼びかけた。待って!私も行くから置いてかないで!と、一心不乱に叫びながら、カカシさんの腕の中で暴れる。釣られて彼も後ろを振り返ったが、当然そこには誰もいない。ただ木々と草花が広がる山があるだけ。私が何か幻覚を見ていることは、彼もすぐに気付いたようだ。
「待って、デイダラ!私はここに…!」
「落ち着けななし!ここには俺たち以外誰も、」
誰もいない、そう言いかけたカカシが言葉を止めたのは、背後に誰かが降り立つ音が聞こえたからだった。ストン、と軽い音を立てて、ソイツはすぐ後ろに足を下ろす。ゆっくりと振り返った先に見えるのは、黒い外套。徐々に目線を上に上げていくと、赤い雲の模様が眼に映った後、その正体を目の当たりにした。橙色の仮面を付けた男。ソイツが、仮面から覗く目をぎょろりと動かしてカカシを見下ろしていた。……暁。その存在は、カカシも十分知っていた。尾獣を狙う、S級犯罪者集団。彼らの手によって、我愛羅は攫われナルトも命を狙われている。カカシにとって、コイツらは戦わなければならない相手。そんな暁が、何故ここに。
「お前は……、」
「…ソイツに何をした?」
「な…、」
「答えろ。…ソイツに何をした」
男の視線は、カカシの腕の中で気を失うななしに注がれている。そこでカカシは、驚くべき事実に気付くのであった。ただの村娘だと思っていた彼女は、暁の一員だったのだと。そして今こうして目の前に現れたこの男は、仲間を取り戻すためにここに来たのだと。明らかな敵意をこちらに向けている男に、カカシは小さく舌打ちを溢した。ななしが気絶しているのは、カカシの仕業だと思っているのだろう。ぴりぴりと殺気立つ彼の威圧を全身で受け止めつつ、カカシはそっとななしの体を下して立ち上がる。
「暁か。まさかこんな所で出くわすとはな」
「お前とお喋りしている暇はない。…はたけカカシ。お前はいずれ殺さねばならん存在だと思っていた」
「そいつは奇遇だ。俺もお前たちとは、戦わなくちゃならないと思ってたんだ」
「ならば都合がいい。ここをお前の墓場にしてやろう」
仮面の男…トビがゆっくりと掲げた手から、鋭さを帯びた木の枝が飛んでくる。咄嗟に交わしたカカシが、近くにあった木の上に飛び移ると、トビはすかさず印を結ぶ。カカシが乗っている木の枝がグネグネと動き出したかと思うと、彼を刺そうと次々に襲い掛かってきた。木遁、挿し木の術による猛攻をしのぎながら、カカシも反撃に転じようと印を結んで、大きく息を吸い込んだ。
「火遁、豪火球!」
口から炎の球が吐き出され、周囲の木々を焦がしながらトビに向かって発射される。ふん、と鼻で笑うトビは、その豪火球に対して正面から立ちふさがると、カカシと同じ、火遁・豪火球の技をぶつけた。激しくぶつかり合う炎は、しばらく押したり押し返されたりと均衡を保っていて、その傍らで木の陰に隠れていたヨツユが、横たわるななしの元へと駆け寄った。
「ななし!!しっかりして!」
「……う…、よ…つゆ……」
「ななし…!もう大丈夫、助けを呼んできたから…!」
ヨツユの言葉に釣られて、うっすら開いた目を動かす。少し離れた所で、激しい攻防を繰り広げているカカシとトビの姿が見えた。トビが助けに来てくれたんだ。その姿にホッとしつつも、お互い本気で肉弾戦を仕掛けている二人にゆっくりと体を起こす。重たい体を無理矢理動かして、寄り添うヨツユに縋り付いた。
「あの二人を止めて…!」
「ななし……」
「カカシさんは、私を助けてくれた恩人なの…!」
私の声など聞こえぬまま、カカシとトビはお互いに譲らず命を奪い合おうとしている。私が気絶していたのがカカシの仕業であると思い込んでいるトビは、その目に怒りを滲ませていた。奇遇にもここはたくさんの木々に囲まれた山の中。木遁でそれらを自由に駆使することが出来るトビに対し、カカシは徐々に追い詰められ苦戦を強いられていった。防戦一方のカカシに対し、トビの手は一切弛むことが無く、やがて飛び交う鋭い木はカカシの腹部を掠めた。赤い血が舞い、彼の体が傾く。地面に膝を付いて、傷口を抑え込んでいる。
「カカシさん!!」
「あっ…、ちょっとななし!!」
ヨツユの制止を振り切って、私は二人の元へと駆け寄る。目の前では、膝を付くカカシの前にゆっくりと歩み寄るトビが見える。このままでは、カカシさんが殺されてしまう…!そんな事させない。だって、あの二人は…カカシさんとトビは…!
『ちゃんと見てんだから』
脳裏に浮かぶ、のはらリンという女性。その姿までは知らない。でも1つだけ、分かったことがある。一晩カカシと共に過ごして聞いた、あの話。かつてカカシとオビトが、リンという女性と共に日々を過ごしていく中で、どんどん戦争に巻き込まれていったこと。カカシにとってもオビトにとっても、そのリンという女性が精神的な部分で大きな支えになっていたこと。……オビトは、リンが好きだったこと。カカシとオビトは、大切な相棒でありライバルでもあったことも。だからこそ、私は二人を争わせたくなかった。例え今は相容れぬ存在になっていたとしても、リンを失って、散り散りになって、ようやく再会したと思ったら命を奪い合うなんて、あまりにも酷過ぎる。
そんな焦りに駆られた私は、考えるよりも先に、その覚束無い足を必死に動かしていた。手からメキメキと枝を生むトビは、カカシの目の前で立ち止まり、静かに彼を見下ろしている。トビに迷いはない。このままトドメを差すつもりだ。
「これでようやく、過去の幻を消すことが出来る」
「…なに……?」
「鬱陶しいと思っていた。あの時俺は死んだというのに、お前たちはいつまでも記憶の中に居座って、俺の邪魔をする」
「どういう意味だ。…お前は一体、」
「…消えろ、はたけカカシ」
トビの手が、カカシに向かって振り下ろされた。狙うは、左胸にある心臓。皮肉にもそれは、かつてのあの光景と重なっていた。リンの左胸を貫く、カカシの右腕の雷切。カカシの左胸を狙うトビの右腕は、そのまま真っ直ぐと彼の心臓を貫こうとしていた。「だめ、トビ!!!」そんな叫びを、耳にしながら。
「ななし……?」
トビの手から滴り落ちる、赤い液体。その血は決して、カカシの胸を貫いたから付着したものではない。目を見開きたじろぐトビの前にいるのは、紛れも無い、同じ暁に生きる一人の女。守ると決めた筈の女性、ななしであった。ななしは、カカシを庇う為二人の前に飛び出すと、彼に代わってトビの攻撃を受け、左胸を貫かれたのだった。目の前で起こっている状況に混乱し固まっているトビを、ななしは力を振り絞りながら抱き締める。背伸びをして、その首に腕を回して、籠められる力を精一杯使って。ぎゅう、と強く抱きしめた。
「だめ、トビ」
「ななし………」
「そんな決別の仕方、絶対にだめ…!」
力が抜けていくトビの手から、木遁の木は消え失せ、周囲で蠢いていた木々たちも静かに、本来の姿を取り戻していく。完全に戦意を喪失し、己がななしを貫いたという事実を受け入れられないでいるトビは、ただ無言で立ちつくしていた。彼女の左胸から抜いた手を、恐る恐る見下ろす。べっとりと付着した赤い血が、これが夢ではないことを物語っている。小さく震える手を、そっとななしの背中に回して、弱々しく名前を呼んだ。
「ななし、オレは……」
「大丈夫、だから…。わたしは…、しなない…」
トビの背中に回していた、己の腕に思い切り噛み付く。ほんの僅か、心臓から逸れて貫かれていた左胸は、危うく命を落としていたかもしれないという程の重傷で、私は自らの力に頼り傷を回復させた。みるみる癒えていく傷口を、トビもカカシも呆然と見つめている。カカシの頭にも、トビの頭にも、あの忌まわしい過去の記憶が蘇っていた。儚く笑う、リンの姿。どんなに洗っても消えない、貫いた時の感触。トビ、…いや、オビトもまた、この時初めて、大切な人を傷付ける感覚を痛感していたのだった。
「頑張れ…トビ」
『頑張れオビト!』
笑う彼女の優しさを、その身に受けながら。