因縁C

「やっぱり…ただの熱じゃない…」

円を囲むようにして見下ろす三人の目は、全員同じ場所に注がれていた。息を切らし、苦しそうに呻きながら気を失っている、ななし。横たわる彼女を見つめながら、カカシ、トビ、ヨツユはその表情を険しくさせていた。

カカシを庇う為、トビの攻撃をその身に受けたななしは、自らの力を使って傷を回復させた。…そこまでは良かった。その後、再び気を失ったななしは、そのままトビの腕の中へと倒れ込んだ。先程から彼女の体調が優れないことを知っていたカカシも、様子を見る為に駆け寄る。その顔を覗き込んだ時、カカシはぎょっとした。先程までは、高熱に魘されて真っ赤だった顔が、今はもはや真っ白になってしまっているのである。額にしっとりと浮かぶ汗と、苦し気に漏れる吐息が、相当具合が悪いことを表していた。何が何だか分からぬまま、ななしの体を抱き留めていたトビだったが、カカシと同じように駆け寄ってきたヨツユが簡単に容態を診てくれたのだった。

「ただの体調不良じゃないってことか」
「ええ。…見て、ここ」

訝し気に見つめている男二人の前で、ヨツユは遠慮なくななしの服の襟元をガバリと大きく開いた。思わずカカシもトビも驚いて、ぎこちなく視線を逸らす。特にトビは、今まで何度か彼女の力にはお世話になった事があるし、こうして素肌を見ることなど初めてではないのに、何故だかこう改まって見ると直視できない。若干頬を赤らめながら、初心な反応を見せるいい歳をした男二人に対して、ヨツユはじっとりと呆れた目を向けている。

「…ちょっと、アンタ達変なこと考えてるんじゃないでしょうね」
「馬鹿な事を言うな。コイツじゃあるまいし」
「い、いや…、別に…、俺だって、少し驚いただけで、」
「いいから、早くここを見て」

ヨツユが指差した、白く綺麗なななしの首筋。そこに刻まれている、謎の紋様のような、文字のような。カカシもトビも、その部分に釘付けになる。果たしてこれは一体何なのか。かつてななしは、敵による呪いを受け、似たような紋を首辺りに刻まれたことがあったが、それとはまた違った模様だ。ヨツユはそれを見つめながら、頭の中で考えを張り巡らせた。無言で考え込むヨツユの言葉を、カカシもトビも待っている。

「この文字…どこかで見た事がある」
「この紋様が、ななしの体を蝕んでいるのか」
「多分…。これを消さない限り、ななしは苦しみ続け…、最悪の場合は、」
「最悪の場合を想定する必要はない」

ヨツユの言葉を遮ったのは、トビである。相変わらず素顔を隠し、謎めいた雰囲気を帯びるこの男は、はっきりとそう口にした。カカシとヨツユの視線を浴びる中で、トビは己の決意を再確認するように、言葉を噛みしめる。

「…オレが必ず助ける。最悪の場合になることはない」
「…………そう、ね。マイナスなことを考えるのはやめましょう。今はとにかく、ななしを救う方法を考えないと」

その為には、とヨツユが顔を上げる。きょとんとするカカシとトビの手を片方ずつ掴むと、無理矢理握手をさせた。されるがまま、頭に疑問符を浮かべる二人に対し、ヨツユは目を吊り上げる。そうだ、彼女はななしを取り戻す為なら、一人でデイダラとイタチに向かっていくような女。ななし中心に世界が回っているヨツユにとって、二人の過去や確執、因縁などは全くの無関係なのである。

「はい、一時休戦」
「は…?」
「私も一応戦う術は持ってるけど、流石にななし抱えて動き回るのは無理があるし。アンタたちに協力してもらわないといけないから」
「いや、あの、俺たちは、」
「喧嘩してる場合じゃないの!分かった!?」
「……はい」
「……はい」

年下の女性に言い負かされる男二人の背中が、心なしか丸まっているように見える。たが、ヨツユの言うことは最もだ。恐らく、彼女にはななしを救う作戦が既に思い浮かんでいるのだろう。ななしを救うには、カカシとトビの力が不可欠。彼女の言う通り、ここで争っている場合ではないのかもしれない。不本意ではあるが、状況が状況だ。カカシとトビは、お互いをじろりと睨み合うと、舌打ちを溢しながらそっぽを向いて、握手していたその手を振り払った。ななしを救うまでは一時休戦、という契約はどうやら成立したようだ。

「トビさんにはさっき説明したけど、この山は霊峰と呼ばれる不思議な力で守られた山。地元の人たちも、本当に必要な時にしか近付かない、神聖な場所なの」
「霊峰?」
「えっと、カカシさん、でしたっけ。ななしと山を彷徨っている時、何か変わったことはありませんでしたか」

そう問われて、カカシは身に覚えのあることや、ななしと共に過ごした時のことを語った。下山する時ななしは、確かにしっかりと地図を確認し、登ってきた時の道を戻ったと言っていた。しかし、その先には山の出口など無く、ただ延々と草木が鬱蒼と生い茂っているだけ。その後、崖下へと落下した二人は、夜を共に過ごし、そこでカカシの過去のことや、ななしの特殊な力に触れたのだ。ここまでの経緯をカカシが話し終えると、トビはひくひくと拳を震わせながらカカシの胸倉を掴んだ。

「貴様……、ななしの力を使ったのか…」
「崖から落ちた時に足をやられてね…。ななしのお言葉に甘えて、少しだけ…」
「お前は……っ、昔からそうやって……!」
「え?昔?」

過去にこの白髪の男に好きな女性を取られた経験のあるトビにとっては、怒りを我慢せずにはいられない話であった。先程、一時休戦だと言い聞かせられたことも忘れて、早速一触即発の雰囲気を醸し出す。つい口走った、昔、という単語に眉を顰めるカカシだったが、間に入ってきたヨツユに1つずつげんこつを貰って、黙らざるを得なかった。何年ぶりだろう、この痛み。

「よく聞いて、二人とも。今のカカシさんの話を聞いていて分かったけど、やっぱり私たち、この山に閉じ込められているみたい」
「閉じ込められている?」
「さっきも言ったように、この山は不思議な力で守られてる。悪しきものや、災いを呼ぶものをここに封じ込めて、山の麓に住む人々を守る為に。…私たちの間では、そう言い伝えられてる」
「オレたちは、めでたく悪しきものだと判断された訳か」
「そこに関しての苦情は、直接本人に言って欲しいわね」

ヨツユが見上げた先には、高く聳える山頂が、雲の合間から見え隠れしている。彼女の話によれば、確かその山頂には、大昔この山に入って修行を積んだ仙人の遺骨が祀られているらしい。カカシたちを閉じ込めたのがその仙人だと言うのなら、直接そこへ出向くしか今は考えられる方法がないだろう。やるべき事は決まった。カカシとトビとヨツユは、再びお互いの顔を見合わせた。

「ななしの首に刻まれている文字、見覚えがあるの。小さい頃、この山に登って修行を積んだ時、仙人様の遺骨に貼られていたお札…、その文字にすごく似てる」
「ななしが倒れたのも、その仙人の仕業の可能性が高いってことか」
「ええ…。だから、山頂に行けば何か分かると思うんだけど、この状態のななしを抱えてあの上まで登るのは、そんな簡単な事じゃないわ。激しく動けば、ななしの体にも響く。慎重に行動しないと」
「分かってる」

肌蹴た首元を整えたヨツユは、そっとななしの額の汗を拭った。「必ず助けてあげるから、もう少しだけ頑張ってね」と小声で励まして、カカシとトビに目配せをする。相変わらず真っ青なその顔色を見て、体に掛けさせる為に上着を脱ごうとしたカカシだったが、その動きは隣にいたトビによって制されて。トビは、自らが着ていた暁の外套を脱ぐと、それをななしに羽織らせたのであった。

「コイツは暁の人間だ。その木の葉の上着よりも、この赤い雲の装束が相応しい」
「……本当にななしは、暁なんだな」
「…殺すか?」
「…いや」

蘇るのは、昨日共に過ごした時のななしの笑顔と、己の手を引くその姿。彼女を見ていると、昔が懐かしくなるのだ。かつての…、己が命を奪った大切な仲間、のはらリンのことを。そのせいだろうか。まだ会って間もないというのに、彼女に対して情が沸いて仕方がない。木の葉の忍びとして、本来ならば殺さなければならない相手。情にかまけて迷うなど、言語道断。だがそれでも、カカシには特別な想いがあった。かつて守れなかったリンをななしに重ねて、今度こそは、と思わずにはいられない。

「さっきも言っただろう。今だけは休戦だ。時間が惜しい、さっさと行くぞ」
「ほお。随分と御人好しになったのだな、カカシ」
「知った口を……」
「ほら、喧嘩してないで行くわよ!ななしのこと運ぶのはどっち!?」

ヨツユにお尻を叩かれて、火花を散らしていた二人もいよいよ行動に移り始める。暁の外套を被せたななしの体を、トビがそっと抱き起し、背中に負ぶった。体制を整えて、しっかりとその体を背中に乗せる。横目で後ろを振り返ると、眉を寄せながら懸命に戦っているななしの姿が見えた。蘇る先程の感触。大切な存在を、自らの手で傷つけた。命こそ助かったものの、彼女を傷付けた事実は変わらない。ぐっと仮面の下で唇を噛み締めながら、トビ……オビトは決意を固めた目を山頂へ向けた。

「…待っていろ、ななし。必ず助けてやる」

返事は来ないものだと思って、独り言のように呟いた言葉だったが、その言葉を発した瞬間、首に弱々しく回っていたななしの腕に、ぎゅっと力が篭った。

「……しんじてる、トビ……」
「ななし……起きたのか」
「おねがいします、みんな……」

吐息混じりに、へらりと笑ったななし。場の空気に気を遣って、苦しいのにも関わらず無理に明るく振る舞っているのだろう。その姿を見て、三人は改めて思うのだ。必ず、この命を守らなければならないと。

目指すは山頂。ななしを救う旅、そして、過去の因縁に決着をつける旅が、始まろうとしていた。