因縁E

この山に入ってから、3日目。すっかり日が昇り、再び山は明るさを取り戻し始めた。ヨツユの薬のお陰でだいぶ楽になり、ぐっすりと眠れた私は、差し込む眩しい朝日によってすっきりと目覚めを迎えることが出来た。体を起こし、ぐっと伸びをする。どうやらまだ薬の効果は続いているらしい。これなら最初のうちは自分の足で歩けるかもしれない。まだ眠りに就いているカカシとヨツユの傍らで、掛けられていた布から抜け出そうとした瞬間。

「どこへ行く」

突然響く、聞きなれた声。振り返らずとも分かる、オビトの声だ。バッと勢いよくそちらに視線を向けると、案の定、仮面を付けた彼がそこに立っていて、私は感極まってその体に飛びついた。

「トビいいいい!!」
「うぐ…っ!?」

勢い余ってみぞおちに入ってしまった様だが、私は構わず彼に抱き付き続けた。考えてみれば、こうしてしっかりと再会を果たしたのは今日が初めて。今までずっと、私の体調が優れず気絶したままだったので、ちゃんと顔を合わせる事が出来ずにいたのだ。お陰様で改めて、彼の存在の心強さには安堵を覚えていた。身勝手な理由で休暇を申し出て、家出をするようにアジトを抜け出してきた私を、オビトはこうして追いかけてきてくれた。そして、山に閉じ込められた私たちを助けようとしてくれた。今だって、この体に刻まれた不思議な力を解く為に、人間一人負ぶって山を登ろうとしてくれている。なんだかんだ言って、彼は面倒見がいいのだ。

「…なんなんだ急に……」
「だって…!ずっと寝てたからまともに顔合わせてなかったし…。来てくれてありがとうトビ…」
「全く…。世話の焼ける…」
「ねえ、トビ。…顔見せて」

はあ?と呆れたように溜息を付くトビに、私は必死に懇願する。ずっと強がってはいたが、こんな山に閉じ込められ、体にはよく分からない術を掛けられ、魘されている間は本当に生死の間を彷徨っているような感覚なのだ。心細かったし、みんなが恋しかった。一時の感情に流されてアジトを飛び出してきたばかりに、こうしてまた面倒なトラブルに巻き込まれ、結局トビが駆け付けるという事態に発展するとは。そこに関しては本当に申し訳ないと思いつつも、久々に見る仲間の姿に、ついそんなおねだりをしてしまった。

「何を馬鹿なことを…。こんなところで見せられる訳がないだろう」
「お願い…少しだけ。トビの顔見たい…」
「…………」

両手を合わせて、ぐっと下から覗き込むように見上げてくる女に、珍しくたじろぐオビト。暁の幹部が、女一人に転がされるとは。そう思いながらも、これが惚れた弱みかと苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。はー…、と何度目か分からない深いため息を溢した後、オビトはちらりとカカシとヨツユに視線を投げた。

「…少しだけだぞ」
「……うん!」

体を横にしているヨツユたちには背を向けるようにして、オビトはその場に膝を付いた。彼の手が仮面に掛けられて、かちゃりと無機質な音を立てながら上に押し上げられる。下から現れる黒い布をぐいと引っ張ると、そこにはオビトの薄い唇が現れて、そのまま肌色が晒されていく。その一連の流れに見とれていた私は、無意識のうちにオビトの頬に手を添えていた。驚いてこちらを見つめるオビトの目には、私だけが映し出されている。

「……ほんとにオビトだ」
「…当たり前だ。オレがデイダラにでも見えたか」
「ううん。……ありがとう、オビト。重かったでしょう、私を背負って山を登るのは」

何故だろう、なんだかじわりと涙が浮かんで、私はそれを隠すように、オビトの首に腕を回して正面から抱き付いた。私の背中に回る力強い腕。昨日はこの腕が、ずっと私を支えてくれていたんだ。誰よりも疲れている筈なのに、決して弱音など吐かないオビト。彼のその頑張りの為にも必ず体を治して、みんなで生きてこの山から脱出する。改めてそう強く決意する。

「オビト、私今日は自分で歩く」
「却下だ」
「え」
「お前の体は薬の効果で一時的に良くなっているだけだ。治った訳じゃない」
「でも、それだとオビトの負担が」
「オレのことは気にするな。自分のことだけ考えろ」
「で、でも…」
「黙って従え」
「は、はい…」

写輪眼をちらつかせて脅してくるの…、本当に心臓に悪い。仮面もすっかり元の位置へ戻り、いつものトビ、いや、マダラに戻った彼は、私に有無を言わさぬ様子で強引に頷かせた。本当に大丈夫なのだろうか、と不安げにその背中を見守るが、オビトにそんなことを聞いたところで、「人の心配をしている暇があったら自分の心配をしろ小娘」とか何とか言われそうだし、これ以上駄々を捏ねて彼を怒らせても面倒になるだけだ。心配ではあるが、オビトの命令に従うしかない。早朝から出発の支度をし始めるオビトの横に立ちながら、私は自分が纏っている外套を改めて見下ろした。

「トビ、この外套だけど…」
「ああ、気にするな。オレはいらん。どうせ動く」
「なんか…ごめんね」
「何がだ」
「いっぱい迷惑かけて…」

珍しくしおらしい私に、オビトはふと笑って。

「今さら何を言っている。お前に迷惑を掛けられるのはいつもの事だ」
「な…、」
「自覚があるのなら、もう少し自分で何とかしてほしいものだな」
「べ、別にわざとやってる訳じゃ…!」

クックッと喉を鳴らして笑うオビトが悔しくて、何かを言い返そうとするも、反論する言葉が見つからない。結局言い淀んで外套の襟に顔を埋めると、またふわりとオビトの香りがした。この匂い、魘されている間もずっと私を包んでくれて、支えてくれていた。この香りが傍にあると、何だか落ち着く。

「この外套、オビトの匂いがする」
「は…」
「魘されてる間も、ずっと守ってくれてたの。オビトのこの香りが」
「………」

嬉しそうに笑う私の頬に、今度はオビトの手が置かれた。ゆっくりと顔を上げると、仮面の向こう側の目が私を見下ろしている。その眼付は、まるでいつも彼ではないかのように優し気で、温かくて。するりと撫でられた頬に全神経を集中させていると、そんな私とオビトの間を割くような声が聞こえてきたのだった。

「二人とも、朝から見せつけてくれるわねー」
「よ…ヨツユ…!いつから…!」
「近くでこんなに煩くされたら誰だって起きるわよ、ねえカカシさん?」
「起きるタイミングが分からなくてな」
「か、カカシさんまで…!?」

むくりと体を起こしたヨツユとカカシに、私の頬は一気に熱を帯びる。一方でオビトも、居心地が悪そうに舌打ちを溢した後、みんなに背を向けてしまった。この場の空気を誤魔化すように寝起きのヨツユに駆け寄ると、私は改めてヨツユに抱きついてお礼を言った。私がこうして生きているのは、彼女のお陰でもある。いつも私は、大好きな親友に命を助けて貰っている気がする。

「ヨツユ…来てくれてありがとう…心配かけてごめんね」
「もう…本当に心配したんだから」
「トビを呼んでくれたのはヨツユ?」
「ええ。貴女の髪を1本貰って、私のチャクラを流し込んで案内させたの」

そんなことも出来るのか、と呆気にとられる私に、ヨツユは何故かにやにやと楽しそうな笑みを浮かべている。その笑みの意味が分からなくて首を捻っていると、ヨツユはそっと私に耳打ちをした。

「憎いわねななし。イタチさんだけじゃなくて、あのトビって人まで…」
「な…!そ、そんなんじゃないから!」
「でも残念ね。私はイタチ×ななし推しだったんだけど…」
「なんの話!?」

恋愛事になると途端に生き生きしだすヨツユに、私は必死に否定する。否定すればするほど怪しさもどんどん増していくが、止めない限りヨツユは永遠に暴走し続ける。私とオビトは決して、そんな関係ではないのだ。勿論イタチも、大切でかけがえのない存在であることは間違いないが、恋人かと問われれば答えはノーである。だって、私の恋人は…、彼氏は……。頭の中に、金髪のあの男が思い浮かぶ。今頃何してるのかなあ。

「あの仮面はセンスが無いけど、彼もなかなか男気のある人だと思うわ。だって昨日もずーっとななしを背負ってこの山を登ってきたのよ!ななしのことを守りたい一心で…」
「それは、仲間だからだよ」
「仲間…、ねえ」
「トビは、私に対して特別な感情は抱いてないよ。だって、トビは……ずっと忘れられない、好きな人がいるから」

目を伏せながら語る私の横顔を、ヨツユはじっと見つめている。そうだ。トビは、…オビトが好きなのは私じゃない。のはらリンという、もう永遠に会えなくなってしまった愛しい人を、今も追い続けている。それはつまり、永遠に叶うことのない恋。オビトが私に執着するのは、リンに似ているという理由があるからだ。決して私個人を見ている訳ではない。そんな事は分かり切っているのに、何故か改めて自分に言い聞かせると、ショックを受けている部分もあった。何故私はショックを受けているのか。自分で自分の気持ちが分からない。

「…ふーん…。忘れられない、好きな人…ねえ」
「ヨツユ…?」
「おーいお2人さん。いつまでも話してないで、さっさと支度しなさいよ」

急かされて視線を映せば、既に旅支度を終えたカカシとトビがこちらを見下ろしている。慌てて立ち上がったヨツユは、バタバタと慌ただしく片付けを始め、私も少しでも役に立ちたい一心でその背中を追いかけ、片付けを手伝った。ようやく全員の出発の準備が整った頃、オビトは私に背を向けながらその場にしゃがみこむ。乗れ、という合図だ。遠慮がちにその背中に被さった私を、彼はふわりと簡単に背負って立ち上がる。一気に高くなった視界に新鮮さを感じながらも、落とされぬよう、ぎゅうと首に回した手にしがみついた。

「離すなよ、ななし」
「う、うん…!」
「それじゃ、行きますかね」

再び山頂を目指し、出発した私たちは、そこから約2時間。ゆっくりと慎重に歩を進めていくのであった。








ーーーー・・・・







「は…、はあ……っ、は…ぁ……」

ゆらゆらと揺れる視界が気持ち悪い。体には、再び倦怠感が襲い掛かる。ぼーっとする思考の中で、私は必死にトビにしがみついていた。どうやら切れ始めているようだ。このままでは、また昨日のように意識を手放すのも時間の問題だろう。そうすると、トビに余計負担がかかってしまう。意識のない脱力した状態の人間を背負うのは、恐らく意識がある人を背負うよりも何倍も疲れる筈だ。

「ななしの薬が切れてきたみたい。この辺で一旦休憩にしましょう」
「そうだな。薬を飲ませよう」

木陰がそよぐ大きな木の幹に、トビはそっとななしの体を下す。朝の元気さはすっかり消え、今はもう息絶え絶えの状態だ。改めて薬の効き目の絶大さを実感する。無言で私を見つめるトビに、ヨツユが小さな紙包みを1つ。手渡されるがままに受け取ったトビは、それを訝し気に眺めていた。

「これがその薬か」
「ええ。解熱薬。よく効くけど、その代わり飲むたびにどんどん耐性が付いていくわ」
「…効かなくなっていくということか」
「そういうこと。だからこそ、この薬が効かなくなる前にななしを治さないと」

飲ませてあげてね、とひらひらと手を振るヨツユは、向こう側にいるカカシさんの元へと行ってしまった。取り残された私とトビの視線は、その例の紙包みに注がれていて。ぼんやりする思考回路の中で、昨日カカシさんにその薬を飲ませて貰ったことを思い出す。昨日は薬よりも口移しの方が衝撃的過ぎて忘れていたが、そう言えばこの漢方薬、恐ろしい程苦かったなあ、なんてその味を思い出して、うえ、と顔を歪めた。

「何て顔してんだ」
「だって…その薬すっごく不味い…」
「我慢しろ。ガキじゃあるまいし」
「分かってるけど…」

まあいくら味が悪くたって、今のまま苦しいよりは何百倍もマシだ。一気に飲み干せば、きっとそこまで苦くない、筈…。そう何度も自分に喝を入れて、オビトの手にある包みを取ろうと手を伸ばす。しかし彼の手にある薬は、私の手を交わすようにヒョイと上に掲げられて、すかっと宙を切った私の手は、オビトによって握り取られ。は…?と目を白黒させる私に対し、オビトは仮面を押し上げると、私の目の前で包みを開けて、己の口に粉薬を放り込んだのだった。

「は…、ちょ、おびと!?」
「……確かに不味い」
「いやいや、不味い、じゃなくて!それ私の…!」

私が飲む筈だった薬は、今オビトの口の中にある。状況がいまいち掴めず、何してるんだと言わんばかりに彼に詰め寄ると、オビトはどこ吹く風といった様子で水の入ったボトルを掴み、それを口内に流し込んだ。ああ、私が飲む筈だった薬が…、楽になれる薬が、オビトに…、と呆然と見守る私の頬を、がしりと鷲掴みにする彼。え、と間抜けな声が漏れたのも束の間、私の唇はオビトの唇に塞がれてしまったのだ。

「んむ…!?」

いつだってそうだ。オビトは突然で、強引で。何も言えぬまま重ねられた唇からは、水と薬が混じった液体が流れ込んでくる。めまぐるしく流れる展開に頭の処理が追いつかない。ただ必死にオビトの肩を掴んで、入ってくる液体を飲み込んだ。うまく飲めなかったものが口端から垂れる。そうだ、これはただの医療行為だ。苦しがる私に薬を飲ませようとしてくれただけなんだ。そう自分に言い聞かせて彼の行為を受け入れていたが、やがてオビトの舌は薬と共にぬるりと中に侵入してきて、深く絡めとられる。違う、これは医療行為じゃない。どう考えてもオビトの欲求を満たす為の行為。トントンとその厚い胸板を叩いても口付けは深くなる一方で、力強く喰らい付いてくる彼の力に押されて、私の体はどんどん後ろに傾いていった。

「んっ…、ふ……ぅ…!んー!!」
「…はっ…、何だ、もうギブアップか」

やっと離れた唇。息絶え絶えの私を、フンと鼻を鳴らしながら見下ろしているオビト。それが悔しくて悔しくて、私は行儀が悪いと分かっていながら、ぺっと口の中に残っていた薬をオビトの顔面に吐き付けた。一瞬何が起こったのか理解できないと言った様子で固まっていた彼だったが、やがてその表情はみるみる怒りに染まっていき、私の頭をがしりと掴んで離さない。

「小娘。今何をした」
「…薬を飲ませてくれたお礼よ。水も滴るいい男じゃない」
「人から貰ったものを吐くなんて、躾がなってないな」

人にいきなりキスするような奴が何を言うか。いー!と反省の色無しで睨む私を、オビトは舌なめずりをしながら目を光らせて見ていた。「舐めろ」。ただ一言、低い声で私の耳元で囁いて。胡坐をかいて座る膝の上に、私を無理矢理座らせた。ぎゅう、と腰に回る腕からして、どうやら実行しないと解放してもらえそうにない。薬のおかげで、体調はだいぶ良くなっている。ヨツユたちが戻ってくる前に、さっさと済ませて離れるに限る。

「ん……、は…ぁ、」

ぴちゃ、ぴちゃ、とオビトの頬に震える舌を這わせる。ああ、数分前の自分に言いたい。馬鹿な反抗心は捨てて、彼に逆らうのはやめなさい、と。込み上げてくる羞恥心と戦いながら、彼の頬に付いた薬を必死に舐めとって、ぎゅうと肩にしがみつく。そんな私を見て、オビトはゾクゾクと支配欲を満たしていく。その爛々とした目を見ていると、彼は筋金入りの変態であることを再認識した。

「ぜ、全部舐めた!」
「今度生意気なことをしたら只じゃ済まさんぞ」
「ごめんなさい…」
「次のお薬の時間が楽しみだなぁ、ななし?」

仮面を直した彼が、楽しそうに笑う。この旅路、色々な意味で苦労しそうだ、と私は肩を落としたのだ。