※完全に原作を無視した展開になっています。抵抗のある方はお戻りください。
「ななし…!」
リンの鏡像は消え、鏡から出てきた私は、静かにオビトの腕の中に身を寄せていた。カカシやヨツユも安堵した表情を浮かべて駆け寄ってくる。不思議と、先程までの不調や怠さはすっかり消えていて、もしかしたらリンが力を貸してくれたのかもしれない。鏡の方を振り返ると、鏡面にはもうリンは映されておらず、ただ私たちの姿を反射しているだけ。例えその姿はもう見えなくなったとしても、私の中には、リンさんと交わした言葉と温もりがいつまでも残っている。きっと、オビトとカカシの中にも、永遠に生き続けるだろう。
「ななし、オレは…」
頭上から降ってきたオビトの声に、私はゆっくりと顔を上げた。仮面を付けているからその表情は見えないが、私には今の彼の気持ちが手に取るように分かる。震える声音で私の名を紡ぐ彼は、トビでもマダラでもない。紛れも無く、うちはオビト本人だ。私の存在を確かめるように、彼は手袋を付けたままの手で髪を取り、頬を撫で、唇をなぞる。その目は儚げに揺らいでいて、オビトが言おうとしている事を何となく察した。
「いいの。何も言わなくて」
「ななし……」
「誰かが悪い訳じゃない。貴方は何も悪いことなんてしてない」
俺があの時一瞬でもリンを選んだから。
そのせいでお前は危険な目に遭った。
今だけじゃない。これまでだって、何度も。
俺はお前をリンと比べて、迷ってきた。
その度に、お前もリンも傷つけた。
オビトの中に、沢山の言葉が渦巻く。だけど私は決して、それを言わせなかった。人間なんだから、迷うのは当たり前。大切な人だったんだから、忘れられないのは当たり前。リンさんのことを、そんな風に思わないでほしい。だって彼女は今もなお、オビトとカカシをずっと見守ってくれているのだから。そんな優しい仲間の存在を、『ごめん』と思わないで欲しいんだ。
「よく頑張ったね」
ふわふわの黒い髪を撫でてそう微笑むと、オビトはぐっと肩を震わせて俯いた。これでオビトは、きっと前に進んで行ける。私も、空で見ているリンさんも、それが何よりも嬉しい。その大きな体を抱き寄せて、子供をあやす母親のように背中を撫でてやる。甘えるように肩に顔を埋めるオビトが愛おしかった。
「お前……、やっぱり……、」
私とオビトのやり取りを見ていたカカシも、トビという存在の正体を何となく察したのだろうか。私たちのやり取りをただ見つめて、そうぼやいていた。三人をバラバラにしてしまった過去は、今ようやく1つに戻りかけている。かつて、オビトとカカシの手を取っていたリンという少女と、今、彼らの手を取るななしという、新たなかけがえのない出会いのお陰で。
「カカシ、用意はできているな」
「当然だ。…やるんだろ」
ゆっくりと立ち上がったオビトは、私をヨツユに預けてカカシの隣に立った。二人が見据える先には、静かに佇む仙人の姿がある。前に立つその頼もしい二つの背中を見守りながら、私もぎゅっと拳を握りしめた。大丈夫だ、今の二人に敵う相手なんて、きっとどこにも存在しない。相手が誰だろうと、オビトとカカシなら絶対に負けたりなんかしない。
「二人とも、頑張って!」
後ろからエールを送ると、ちらりとこちらを横目で見るカカシと、素直になれずにそっぽを向くオビト。かつて幼き頃、リンにそうされた時と全く同じ反応。変わったようで変わっていない、変わっていないようで変わった二人。やっとその二人が、再び背中を並べて同じ敵と向き合っている。
「久方ぶりのツーマンセルだな」
「しくじるなよカカシ!」
二人同時に地面を蹴り、一斉に仙人の元へと走り出す。その行く手を阻むように、地面からはまたあの無数の木の幹が飛び出してきて、オビトとカカシを捕えようと何度も宙を唸った。それをヒラリヒラリと交わしていく彼らは、遂に仙人の懐へと潜り込んで。その身のこなしは流石と言わざるを得ない。振りかざしたそれぞれの拳と蹴りは、相手の体に当たった、かに見えた。やった、と喜んだのも束の間、仙人は二人の攻撃を受けたにも関わらず平気な様子で、持っていた錫杖を彼ら目掛けて振り下ろす。交わし、攻撃し、交わしを繰り返すカカシの傍らで、オビトは素早く印を結んで肺一杯に息を吸い込んだ。
「火遁、豪火球の術!」
オビトの口から吹かれた火は、物凄い威力を帯びて周囲を焼き付くす。イタチもよく使う、うちは一族の十八番である火遁。何度見てもその威力は凄まじい。いつの日か私も豪火球に憧れて、何度かイタチに指南を乞うたことがあったが、精々小さな火の粉が出るくらいで到底使いこなせる技ではなかった。それをこうも簡単にやってのけてしまうとは。改めてその実力を目の当たりにしつつ、ごうごうと吹く熱風を浴びる一方で、その行く末を見つめていた私とヨツユの足元では、密かに敵の策略が進められていた。ぼこぼこと盛り上がっていく地面。それに気付かぬまま、私たちは固唾を飲んで戦いを見守っていた。遂にはその盛り上がった地面から木の幹が現れ、私たちはあっという間に捕えられて空高く放り投げだされた。
「うわ…!?」
体を掴んだ木は、山頂から下へ目掛けて私を手放す。真っ逆さまになる視界の隅で、こちらを振り向くオビトとカカシの姿が見えた。浮遊感に捉われながら、私は咄嗟に手を伸ばして助けを求める。
「オビト…、カカシ…!」
「ななし!!」
「目の前の敵にばかり目を奪われていると、足元を掬われるぞ小僧」
オビトの豪火球の中から姿を現した仙人は、余裕綽々な笑みを浮かべて私とヨツユを見ている。戦えない私たちを囮にするなんて、どこまでも卑怯な手段を使う奴だ。と同時に、二人の足を引っ張ってしまっていることに悔しさを感じる。オビトもカカシも、私たちの危機を目の当たりにしては攻撃を中断せざるを得ず、仙人の思惑通り、二人はこちらに向かって共に駆け出した。崖から落ちる私たちを追うように、何の躊躇いもなくそこから踏み出すと、4人共々山の下へと急降下していく。大切な人を守る為ならば、この高さから飛び降りる事など、オビトにとってもカカシにとっても造作の無い事だ。迷いなどいらない。例えばそれで、一緒に死ぬ運命を辿ったとしても。もう大切な仲間を一人で行かせたりしない。
仲間を大切にしない奴はクズだ。そんないつかの言葉を、頭に思い浮かべながら。
ふらふらと浮いた体は、カカシが伸ばした腕に掴まれて、手繰り寄せられた。
「この展開、どっかでやった覚えがあるんだけど」
「カカシ…!」
「しっかり掴まっててねななし」
ぐっと引き寄せられ、抱きしめられる。この状況も、最早懐かしい。私とカカシさんがこの山で出会って、私が崖下に落ちた時も、こうして守って貰ったっけ。その心地よい温もりに身を預けて、言われた通りに力を込めてしがみつく。向こうでは、ヨツユもオビトと何とか合流したようで、私たちはそのまま重力に従ってぐんぐんと加速しながら急降下していった。
「カカシ、どうするのこれ…!」
「んー?どうしようかねえ」
「どうしようって…、このままじゃ全員死んじゃうよ!」
「大丈夫大丈夫。お前を死なせたりしないから」
「だったら早く何とかして!!」
彼の腕の中で慌てふためく私とは対照的に、どこかカカシは楽観的で、呑気に笑っている。どうしてこの状況でそんな笑顔を浮かべていられるのか。イマイチ危機感が無いその様子に、私ばかりが焦っていく。ぐんぐん地上が近づくにつれて、私はいよいよ顔面を蒼白させて、カカシの胸倉を掴んで揺さぶった。
「ねえちょっと!ふざけてる場合じゃないから!」
「……ほんと、ふざけてるよねぇ。最初はお前を殺しに来た筈なのに、今じゃこうして助けようとしてるなんて」
「え…」
「生きてると、分からないものだな」
穏やかな顔で笑うカカシの顔。出会った時よりも、心なしか晴れ晴れとしている気がする。忘れそうになるが、私とカカシは敵同士。本来なら命を奪い合う者同士なのだ。だが私とカカシは、今こうして共にいる。落ちていく最中で流れていく景色には、私たちが必死に這い上がり、登ってきた今までの道のりが広がっていて。それが一瞬にして過ぎ去っていくのを見ていると、頭の中に刻まれたたった数日間の思い出も、まるで走馬灯のように流れていった。
「出会えてよかった」
「カカシ……」
紡がれた言葉に、深くにもジンと心を打たれて、私は息を呑んだ。そんなの、私だって同じだ。最初こそお互いに怪しんでいたが、思えば私は、終始カカシに守られていた気がする。彼の温かさや優しさに触れた数日間。この短い旅が終われば、私は暁の元へ帰り、カカシは木の葉の里へ帰る。敵同士に戻る。だからこそ、私も今伝えなければならないと思った。
「カカシ、忘れないでね」
「ん?」
「リンさんのことも……、私のことも」
「忘れないよ」
「一緒に過ごしたことも」
「ああ」
例え次会う時が敵同士だったとしても、私は忘れない。貴方と過ごした時間、貴方に守ってもらった温もりを。柔らかく微笑んでくれるカカシに釣られて私も微笑み返していると、彼は私を抱きかかえたまま器用に片手で顎を掴んで、
「…おい、カカシ、」
傍らで見ていたオビトが、思わず声をあげたのも無視して、カカシは私に口付けを一つ落とした。マスク越しではあるけれど、確かに重ねられた唇からカカシの温もりを感じる。ただ驚いて固まったままの私に対して、彼は悪戯げな笑みを浮かべて言った。
「散々オビトに見せつけられたからな。仕返しだ」
「な……」
呆気に取られている内に、そろそろ周りの景色も地上に近付いてきて、このままでは全員仲良くお陀仏だと本格的に焦りだした頃。私たちの体は突然光に包まれた。ふわりと浮き上がるような感覚と共に、頭の中に声が響き渡ってくる。諭すような穏やかな声は、さっきまで山頂で聞いていた声。…あの仙人様の声であった。
『ななし、決して己を見誤るな。自分の力を過信すれば、今後必ずお前はその力に飲み込まれることになるだろう』
「仙人様……」
『代々お前たち一族の行く末を見続けてきた者として、忠告しておく。お前の価値は、そんな力で決められた訳じゃない』
その声を聞いて気付く。仙人様は、遥か昔から、私たちの家系が辿ってきた運命を見守り続けていて、私がまた同じ道を歩まぬようにと、ただそれを諭す為だけに私たちを導いたということを。私たちを包み込む光は、そのままゆっくりと全員の体を地面に下ろした。数日もかけて登り切った山道を、私たちは一瞬にして、出口付近まで降りてきたのだった。
『小僧たちの決意は見届けた。きっとこれから、お前の行く道を共に歩み、守ってくれるだろう』
…彼らが命を懸けて守ろうとするお前の命。それをお前自身が、大切にしなさい。
「…ありがとう、仙人様」
見上げた先に聳える、気高き霊峰。先程まで激しい戦いを繰り広げていたそこは、すっかり静まり返り、雲に身を潜めていた。振り返った先には、数日前あれだけ探していた出口が確かにそこに存在していて、私たちは遂に、この山からの脱出が叶ったのだ。そしてそれは、カカシとヨツユとの別れの時間の訪れでもあった。
「…お前が何の為にそこに身を置いているのかは知らない」
「………」
「だが、次に会った時…、俺は全力でお前を止める」
「…望むところだ」
再会の時は、あっという間だ。カカシとオビトは、木の葉の忍びと暁として、再び別れを告げた。先程まで並んでいた背中は、真逆を向いている。お互いが目指す道は、正反対。だけど、その先に望むものは一緒。だからいつか、その道がどこかで交わることを祈りながら。今はただ、お互いに敵として邂逅しないことを心の片隅で願って。
「お前と戦うのは骨が折れそうだ」
「あの頃の借りを返してやるよ」
風の様に立ち去ったカカシがいた方角を、いつまでも見つめて、私は目を伏せた。体に残る温もりをそっと抱きしめて。
ねえ、カカシさん。やっぱり少しだけ、望んでもいいかな。
貴方とまた、仲間として…出会えることを。
「行くぞ、ななし」
「あ、うん!」
オビトに急かされて、慌てて踵を返す。先を歩くオビトとヨツユの後を小走りで追いかけた後、私はそっと彼の手を取った。驚いたようにこちらを見る仮面の瞳に微笑みかけて。ぎこちなく握り返されたその手の温もりは、とても温かかった。