情と傷@

目が覚めた時、そこは見知らぬ場所だった。所々痛む体を抑え、ゆっくり起き上がる。前にも敵に捕まった時、見知らぬ部屋に監禁され力を悪用された事があったが、今回は私を繋ぐ錠もなければ、牢もない。ただの小さなオンボロ小屋で、私は寝ていたようだ。見たところ、建て付けの悪さや部屋全体が埃っぽい。誰かの家というよりは、空き家を使っていると言った方が正しいだろう。私をここへ連れてきた人物の根城なのだろうか。情報が少ない今、考えられる事はあまり多くないが、私の体のあちこちに巻かれた包帯や、申し訳程度に掛けられた薄い布を見る限り、敵とは考えにくい。私はここに来るまでの出来事を、頭の中で蘇らせた。

デイダラと資金稼ぎの為の任務を遂行する中、私たちは思いの外苦戦していた。敵一人一人の力は大した事が無いのだが、いかんせん数が多い。圧倒的な数を前に、私たちは押されていた。迫る敵をとにかく倒してはいるが、キリがなく終わりが見えない。やがて、デイダラの粘土も底を尽きようとしていて、刻一刻と迫る危機に私たちは焦る一方だった。くそ、と小さくぼやくデイダラを横目に、どうしたものかと考えていた、その時である。目前に迫ってきた敵に意識を取られ、更に元々足場が悪い場所で戦っていた事も手伝って、私は足を取られて体のバランスを崩してしまったのだ。ぐらりと傾く視界に、空中に投げ出される体。驚いて咄嗟に手を伸ばしたデイダラに、私も必死に腕を伸ばしたが、指先が軽く触れた後、そのまま崖の下へと落ちてしまったのだ。

後は、目が覚めたらここにいた。崖の下で奇跡的に助かった私は、気を失っていたところを誰かに救われたのだろう。デイダラ、であれば安心なのだが、あの数の敵を相手にしながら、私を救助するなんて事は、現実的に考えてなかなか難しい。一刻も早くデイダラと合流し、彼を助けなければと、体中に巻かれた包帯を乱雑に取った。崖から落ちた時に出来たと思われる傷が、体のあちこちに刻まれている。しかし、私の力をもってすれば、この程度の傷一瞬で直すことが出来る。自ら服を捲り上げて腕に噛みつくと、傷は綺麗に跡形もなく消えていた。もうここに留まる理由はない。デイダラが今も戦っているかもしれないのだ。急いで探さなければ。私が腰を上げ、まさにここから出ようとしていた瞬間。入り口に掛けられていた簾が、誰かの手によって押しのけられ、そこから一人の人物が姿を現した。その人物は、私もよく知る人物だった。

「…うちはサスケ…!?」
「………」

同じ暁の一員である、うちはイタチとよく似た顔だち。黒い髪、黒い瞳、端正な顔。間違いない、あのうちはサスケだ。何故彼がここにいるのだろう。動揺する私とは対照的に、サスケは私の体を見ながら酷く冷静に問いかけてきた。

「怪我はどうした」

私が全身に負っていた怪我が、跡形もなく綺麗に消えているのだ。不思議に思うのも無理はない。サスケは私を鋭く見つめながら、一体何をしたんだと問い詰める。怪我のことを知っているという事は、気を失った私をここまで運び、手当てしてくれたのはやはり彼だという事か。しかし分からない。私は今暁の外套を身に纏っている。私が誰なのかは分からずとも、暁に所属する敵だということは一目見て分かった筈だ。だが、彼は私を助けた。彼の行動の真意が分からない。サスケの問いかけに対して、私は黙ったままだった。この力は、人に言ってはいけないとリーダーから固く言われている。それは、この力を悪用しようとする者から守る為らしい。私自身、この力のせいで、苦い思いや苦い経験を何度もしてきた。信用できると判断した者にしか、あまり言いたいとは思えない。押し黙ってしまった私に警戒心を募らせたサスケが、一歩小屋の中に足を踏み入れたの同時に、彼の体はぐらりと傾いた。あ、と私が手を伸ばした時は既に遅く。彼は、突然私の前で気を失い、倒れ込んでしまったのだ。一体何事だと慌てて駆け寄る。サスケの顔は真っ赤に熱を帯び、額には大量の汗が浮かんでいる。繰り返される荒い呼吸を見て、高熱に魘されていることはすぐに分かった。

苦しげな彼を無言で見つめる。正直私には、彼を助ける義務はない。元々私たちは敵同士。お互いを助け合うような関係ではないことは確実。だけど、私は彼を放ってその場を立ち去ることもできなかった。小屋に備え付けられた窓から覗くのは、土砂降りの雨。サスケの服はびっしょり濡れていて、対照的に私の服は全く濡れていなかった。私をここまで運んでくる時、私が濡れないように自分の身を挺して助けてくれたのだろうか。結果、雨に濡れてろくに乾かさなかった彼は、高熱を出して倒れてしまった。元はと言えば私が原因なのだ。彼がどうして私を助けたのかは分からないが、恩を着せられたまま立ち去るのも気持ちが悪い。デイダラの事が心配ではあったが、私は倒れたサスケの体を何とか担いで、燃える焚火の前へと運んだのだった。

――――・・・・

彼が目を覚ましたのは、それから数時間後のことだった。夜もすっかり更け、焚火の明かりだけが薄暗く小屋の中を照らしている。小さなうめき声の後、うっすらと目を開けたサスケに、私はほっと息を吐いた。額に乗った濡れた布を片手に、サスケが上半身を起こした。

「…俺は…」
「高熱に魘されて、突然倒れたの。びっくりしたわ」
「…お前が看病してくれたのか」
「他に誰がいるのよ」

不思議そうにするサスケに、思わず小さく笑みをこぼす。自分だって私を助けた癖に、今度は私に助けられて驚いているなんて。結局私たちは、敵でありながらお互いを助けてしまった。これは裏切りになるのだろうか。サスケの手にある布を取り、恐らく私が寝ている間に彼が持ってきてくれたのだろう水に浸して冷やした。先程よりは熱も下がってだいぶ楽そうだが、まだ油断はできない状態だ。新しく冷やした布を彼に手渡しながら、私はずっと抱えていた疑問を彼にぶつけた。

「…どうして私を助けてくれたの?」
「…目の前に倒れているお前がいた。あのまま死なれたら後味が悪いからな」
「私が着ているこの装束…。見覚えがある筈よ。なのに…」
「………」
「何か理由があるんじゃないの?」

鋭い私に、サスケはぐっと黙り込んだ。私を助けたのは、ただ「見捨てた後味の悪さから逃れる為」ではなさそうだ。私の真っすぐな瞳を見て、答えを聞くまであきらめるつもりがない事を悟ったのだろう。サスケは真っ黒な瞳で私を見つめ返した。

「…うちはイタチの居場所を聞き出す為だ」
「…知ってどうするの?」
「…俺の手で殺す」
「お兄さんなのに?」
「…これは俺の復讐だ」

サスケと同じ苗字を持つ男。うちはイタチは、同じ暁のメンバーであり、彼の兄だ。復讐という言葉を口にしたサスケからは、並々ならぬ決意と意思の強さを感じる。必ず殺す、という恐ろしいほどの固い意志だ。唯一の血の繋がった兄弟を、殺すとまで思わせる何かが、彼にはあるのかもしれない。だけど、私が言えることはただ一つ。復讐からは何も生まれない。復讐した側も、された側も、誰も報われない。復讐は復讐を呼び、新たな血が流れる。その悲しい因果は永遠に回り続け、それに憑りつかれた者はそこから出られなくなってしまうのだ。そんなくだらない事やめなさい、と言いたかったが、言えなかった。私には、二人の間に何があったのか詳しく知らないから。他人が口を出すには重すぎる。だから私はだた、こう言うしかなかった。

「…ごめんなさい。それは言えない」
「まあそう言うだろうな」
「…だけど、1つだけ言えることがある。きっと必ず、貴方はイタチの元へ辿り着く」
「………」
「貴方が諦めずに暁を追い続ければ…、必ず」

二人が迎える結末がどんなものであれ、必ずその時はくるだろう。出来る事なら、二人が一番幸せな道を歩んで欲しい、と思うほどには、私はこの数時間でサスケに情が沸いていた。何故だろう、命を救われたからだろうか。次会う時は敵として、彼の前に立たなければならない。だけど、今は彼に刃を向けるなんてことは考えられなかった。サスケはしばらく無言で何かを考え込んでいたが、やがて私に冷えた布を押し返し、傍にあった自分の手荷物を掴んだ。

「…俺はもう平気だ」
「ちょっと、まだ熱は下がって、」
「こんなところで休んでる暇などない」

引き止めようとする私の手を振り払い、立ち上がろうとしたサスケだったが、それは叶わなかった。小さなうめき声をあげながら顔を歪め、足首を抑えている。どうしたのだろうと強引に服を捲り上げると、そこから現れた足首は紫色に変色し、大きく腫れあがってしまっていた。見つかった、とばつが悪そうに舌打ちをする彼に、私は驚きを隠せないままでいる。

「これどうしたの…!?」
「……答える義理はない」
「ここで休んでる暇がないのなら、早く言って。私なら治してあげられるから」
「どういうことだ」

どうして私はこの男に、自分の力を使おうとしているのか。私自身分からなかった。これは立派な裏切りだ。暁に入る時、この力を暁以外に使うなとリーダーに言われたことがあった。それを頭の片隅で思い出しながらも、私の決意はもう揺らがない。強く問い詰めてくる私に押されて、サスケは言いにくそうに口を開いた。私を運ぶ時に、熱で体調が悪かったのと、雨でぬかるんだ地面に足を取られ、捻ってしまったのだそうだ。大したことないと強がる彼だが、見たところ捻挫程度のものじゃない。恐らく骨にひびが入っているだろう。治すには確実に数日、数か月の時間がかかる。とてもじゃないが、私もその間この小屋で彼の面倒を見る時間など無い。私は自ら外套に手をかけ、そのボタンをぽちぽちと外し始めた。ぎょっとしたサスケが慌てて私の手を掴む。

「おい、何をしてる…!」
「私には、傷を癒す力があるの」
「傷を癒す力…?」
「私を噛んだ者の傷を、一瞬にして治す力」

そう説明すると、私の行動の合点がいったのだろう。私の腕を掴んでいた手が弛んだ。少しずつ外されていくボタンを見つめながら、サスケは低く問いかけてきた。

「いいのか」
「…恩を売られたままなのは癪だし。これでおあいこってことで」
「…なら遠慮はしない」

私の肩を掴み、サスケは勢いよく私の首筋に喰らいついた。歯が食い込んで血が滲む。溢れ出た血液を、彼は吸い取って飲み込んでいた。くすぐったさと痛さに顔を歪め、熱のこもった吐息を漏らす。兄とは違って随分強引だ。熱にとろけた私の顔を、サスケは至近距離で見下ろしていた。何を考えているのか分からない、真っ暗闇な瞳。彼の足の怪我はすっかり治っているようだ。これでお互い、ここから出発できる。彼はイタチの背中を追い、私はデイダラを探す。元の敵という関係に戻るだけだ。違う形で出会えれば、もっと何かが変わったかもしれないのに。彼に別れを告げようと、口を開くよりも前に。私とサスケしかいなかった小屋に、鋭い低い声が響き渡った。


「何をしてる」


入り口に立ち、こちらを冷たく見下ろしていたのは、紛れもない、私の仲間でツ―マンセルの相棒、デイダラだった。