情と傷A

久し振りに見たような気がするデイダラの姿も、今は素直に喜べる状況では無かった。デイダラの目に映るのは、敵であるうちはサスケが私の首を噛む、まさにその光景だ。怒りや疑念を含んだデイダラの鋭い目は、サスケだけじゃない、私にも向けられている。サスケに無理矢理力を使わされている訳ではない事は、状況からして容易に予想が付いただろう。私とて、言い訳をするつもりもなかった。私がしたことは、立派な裏切りだ。

「デイダラ……」
「仲間のお迎えか」

私がデイダラの名を小さく呟くと、サスケは全てを察したのだろう。乱れていた私の襟元を雑に直して、ゆっくり立ち上がった。デイダラが注ぐ目線を真っ直ぐ受け止めている。一触即発の雰囲気に釣られて、私も慌ててサスケの背後で立ち上がった。デイダラは当然、目の前に現れたこの男を殺そうとするだろう。しかし、サスケは今病み上がり同然で、とても本調子といえる具合ではない。デイダラに利がある事は手に取るように分かった。どちらが先に動くか。睨み合い様子を窺う二人の視線の間に割って入り、私はサスケを隠すようにデイダラの前に立ち塞がった。

「…どういうつもりだななし、うん」
「…うちはサスケ。行きなさい」

デイダラの目が痛い。私は、デイダラの問い掛けに答えぬまま、後ろに立つサスケに促した。彼に借りを返すのは、これで最後だ。次に会う時は敵同士。今度こそ私は、彼と戦わなくてはならない。サスケを逃がそうとする私に、デイダラは怒りを抑えきれない様子だった。敵意を隠さないその目は、先程までサスケに注がれていたが、今は私に真っ直ぐ向けられている。サスケはそんな私達の行く末を静かに見つめていたが、やがてそこから音も無く姿を消した。無事に逃がすことが出来たようだ。しかしそれで一件落着とはいかない。今度は、目の前で殺気立つデイダラを何とかしなければならなかった。

「どういうつもりだ、テメェ…!」

デイダラはこちらに詰め寄り、私の胸倉を乱暴に掴んだ。揺さぶられた体は彼の体に密着し、目と鼻の先にデイダラの顔がある。瞳孔が開いた目が私を射抜いていて、その剣幕は普段口喧嘩する時のものなんか比べ物にならない。

「あの男に情でも沸いたか」
「助けて貰ったから…恩を着せられるのは癪だし、それで…」
「それで、傷も治してやったっていうのか。くだらねぇ」

吐き捨てられる言葉の端々に感じる、怒気。オマケで「お前のした事は立派な裏切りだ」と付け加えられた。黙って彼から浴びせられる怒声を受け止める。私には言い返す資格もない。そんな態度が余計に気に食わなかったのか、やがて彼は私を突き飛ばすように胸倉から手を離し、舌打ちをしながら背を向けてしまった。そこでようやく気付く。彼もまた、体中が傷だらけであることを。返り血と、彼自身の血、どちらのものか分からない程に付着した真っ赤なシミと、所々破けた外套。あの数を一人で始末して、私を探す為にここまでやって来たのだ。申し訳なさと、自分の不甲斐なさに鼻の奥がツンと痛くなった。駄目だ、こんな事で泣いてはいけない。自分で自分を奮い立たせ、デイダラの背中に歩み寄った。彼は平然としているが、その怪我は決して軽いものではない。早く治さないと、悪化したら大変だ。

「デイダラ、怪我…っ、」
「触んじゃねぇ!」

伸ばした手は、デイダラにはたき落とされて、虚しい音を立てた。彼に触れる事が叶わなかったその手から、鈍い痛みが伝わってくる。一瞬何が起こったのか分からなくて呆然としたが、デイダラの冷たい瞳が私に現実を突きつけた。私、デイダラに拒まれたんだ。今まで、どんなに喧嘩をしても、どんなに私が彼の足を引っ張っても、一度たりとも私を拒んだ事なんて無かった。どんな時だっていつも側にいてくれたし、それこそ普段の彼は私の力を使いたがって小南に叱られるような男だ。だけど、今目の前にいるデイダラは違う。心から私を拒絶している。その目を見れば、デイダラの今の心境なんて手に取るように分かる。

「敵の男に使った力なんて、オイラは使わねぇよ」

頭が真っ白になって、言葉も出てこない。嫌われた、呆れられた、捨てられた、色んなワードが頭の中を回った。それから、私がどうやってアジトに帰ったのか分からない。正確に言うと覚えていないのだが、確かに私は自分の足で何とかアジトまで帰ってきた。偶然顔を合わせたサソリには、「なんだテメェ、傀儡みてぇないい顔してるじゃねぇか」と褒めているのか貶しているのかよく分からない言葉を貰った事だけは、辛うじて頭の片隅に残っている。それから屍のような状態のまま、部屋に篭ってただ何をする訳でもなく、ぼーっと流れる時間を過ごした。その後の任務の報告で再び顔を合わせる事になった私たちだが、デイダラは一度たりとも私の方を見なかったし、喋りかけても来なかった。ただ、リーダーから何もお咎めが無かった所を考えると、私がサスケと出くわし力を貸した事は、報告せずにいてくれたようだ。それは、私を庇って隠してくれたのか、それとももう、私という存在なんか頭の中から消え去られてしまったのか。報告するだけしてすぐ様部屋へと消えてしまったデイダラと、魂が抜けたような、人形状態になってしまった私を、みんなは見比べながら、不思議そうに首を捻っていた。しかし、誰も触れられないでいるのか、特に何か聞かれることも無く、こうしてデイダラに口を利いて貰えない日が1週間以上続いたのだった。

もうデイダラの声がどんなものだったか、デイダラが私に向けていた眼差しがどんなものだったか、忘れてしまいそうだ。彼が私を避けるようになって、首にあった彼の噛み痕はすっかり綺麗に消えてしまっている。こうなってから、デイダラという存在の大きさに気が付くなんて、私はとことん大馬鹿者である。大切なものは失ってから気付く、という言葉は間違いでは無かったという事か。あれから彼は私を任務に連れて行かなくなった。何度かサソリと任務に出た事は知っている。怪我はないかと心配で気になっても、彼に声をかけるどころか、顔を合わせる事すら怖くて堪らない。結果的に私もデイダラを避けるようになってしまい、事は悪循環だ。このままでは、関係が悪化することはあっても、良くなることはないのは確実。私はもう一度デイダラと話したい。デイダラは、敵であるうちはサスケを庇い、力を使って癒した私の事を怒っている。その事をもう一度謝りたい。裏切る様な事をしてしまったのは事実だし、信じてもらえないかもしれない。けど、私の中では暁のみんなが一番だということ、デイダラのことが大切だということは変わってない。何度も謝って、信じてもらえるように頑張らなきゃいけないんだ。逃げ続けていても、状況は変わらない。

そう決意したら、居ても立っても居られなくなった。もう真夜中、皆寝静まっている時間帯だということも忘れて、私は勢いのままに部屋を飛び出した。向かう先は、デイダラの部屋。しんと静まり返った廊下で、私は彼の部屋の前に立ち止まったのである。