空っぽになった団子の皿と、お茶が入っていた湯呑。その傍らで、ぼーっと長椅子に座る私。目に移るのは、少し先で村の人と話しているデイダラとサソリの姿。ある日の晴れた昼下がり、私とデイダラサソリのコンビは、今日も今日とて任務に出かけていた。連日続く、ハードな任務…。角都飛段コンビと戦った、吸血鬼の能力を持った男と、イタチ鬼鮫コンビと臨んだ子に焦がれる女の霊。どちらも激しい死闘を繰り広げ、正直体は疲労困憊であった。ぼんやりする思考のまま、遠くにいる二人の背中を見つめて。思いは、昨日の出来事へ巻き戻される。
『お前が欲しい』
『お前を奪いたい』
それぞれ、オビトとイタチに言われた台詞だ。ここ数日、私は同じ暁のメンバーに掻き乱されていた。彼らとは、もうそこそこ長い付き合いになるが、ここまでストレートに想いをぶつけられたのは初めて。彼らが抱く、私への想いが、単なる仲間としてのものではなく、恋愛感情が入っているのだと知らされた時、正直どうしたらいいのか分からずにいた。幼い頃は、村の人たちにずっと幽閉されて孤独の時を生き、今は犯罪者集団の中に混ざって過ごしている。普通の平凡な女性としての時間を過ごした事が無いため、私にとって恋愛とは未知の領域。ましてや、男性からあんな情熱的な迫られ方をしたのだ。動揺して、あれからというもの、私はトビとイタチを徹底的に避け続けていた。
手元に落とした視線を、もう一度デイダラの背中に移す。…私が好きなのは、デイダラ。それに変わりはない。だけど、オビトとイタチの想いには、どう向き合っていけばいいのだろう。…分からない。こんな事、誰に相談していいかも分からないし、一人で悩んで悩んで、答えを出していくしかないのだろうか。まさか、デイダラに聞く訳にも行かないだろうし…。
「おい、何してんだ不細工な顔して、うん」
「うわ!」
物思いに耽る私の眼前に、突如広がるデイダラのアップ。いつの間にか二人は私の目の前に戻ってきていて、それに気付いていなかった私は大袈裟な程に肩を震わせた。つい考え事に夢中になっていて気が付かなかった。「お、おかえり…」と気の抜けた返事をした後に、私はデイダラの言う『不細工な顔』が引っかかって、みるみる眉を寄せて立ち上がる。
「不細工ってどういう意味よ」
「そのままの意味だろ。すげえ間抜けな顔してたぞ、うん」
「うるさいなあ。ちょっと考え事してたの」
「どうせくだらない事だろ。任務に集中しろ」
くだらない事、とサソリに一刀両断されて、今度はサソリに対して怒りを向ける。呆れたように溜息を付く彼の横顔を眺めながら、私の頭の中には再び昨日の光景が蘇っていた。…イタチに迫られている時、ふらりと姿を現して、私の事を助けてくれたサソリ。…サソリは、昨日の私とイタチの光景を、見ていたのだろうか。彼は特に何かを言ってくる訳でもなく、いつもと変わらぬ様子だが、私とイタチに対して何かを思っていたりするのだろうか。それとも、傀儡にしか興味のないサソリにとっては、どうでもいい事だから敢えて触れたりはしないのか。口数の少ない彼は、考えている事が分かりにくい。
「………なんだ」
「えっ」
「人の顔じろじろ見やがって」
「あ、ご、ごめん…!」
そうして、じーっとサソリの顔を見ていた私を、彼は忌々しそうに睨んだ。先程からどこか上の空な私を、デイダラもサソリも眉を顰めて見つめている。駄目だ、今は任務中。只でさえ足手まといになる事が多い私が、他のことに気を取られて集中力を切らしてはいけない。目を覚ます為に軽く自分の頬を叩くと、喝を入れるように立ち上がって、二人に向き直った。
「で、何か情報は手に入った?」
「…気になる事を聞いた」
今回私たちに与えられた任務。それは、『盗まれた巻物を取り返す』というものだった。要は今日も金儲けの為の任務ということだ。
この依頼を持ってきた依頼人は言っていた。『盗まれた巻物には、とても恐ろしい術が記されているのだ』と。だからこそ、大金を払ってでも取り戻したいらしい。表立っては言えないこと、らしいので、こうして私たち暁に依頼したようだ。金を必要とする暁は、その依頼を受け入れ、デイダラとサソリの二人が派遣された。その任務に、私もサポート役として同行している訳である。
『巻物を盗んだ人物の特徴は、尻尾だ』
『は?尻尾?』
『シルエットでしか確認できていないらしいが、確かにその人物には尻尾が生えていた、と依頼人の男が言っていた』
『なんだそりゃ。人間に尻尾なんてある訳ねぇだろ、うん』
『しかし、実際に見たとはっきり言っている。姿は人そのものだったが、尻尾があったと』
『ってことは…、普通の人間じゃないって事かな?』
『それだけ強烈な特徴があればすぐに見つかるだろ。行くぞ』
『あ、おい!待てよ旦那!』
『もー…、せっかちなんだから…』
この任務をリーダーから命じられた時の会話を、私は思い出していた。盗人の特徴、尻尾。尻尾が生えている人間なんて、果たしてこの世に存在するのかどうか。つい疑いそうになる思考の片隅で、どこかデジャブのようなものも感じていた。…私、尻尾が生えている人間と以前会っているような…。『尻尾』というワードにどこか引っかかるを覚える私の隣で、デイダラが口を開く。
「あそこにいる連中から聞いたんだが…、この近くの村が、最近獣の集団に襲われたらしい」
「け、けもの…?」
「近くの山から降りてきたんじゃねえかって話だが…、どうも辛気臭ぇな」
「まあ、ここでグダグダ話してても埒が明かねぇ。行って調べるとするか、うん」
ぽん、と煙を上げて現れたのは、粘土細工の白い鳥。人数分、ちゃんと三匹用意されている。これに乗って、その獣に襲われた村へ行こうというのだ。早速鳥の背に乗って飛ぶ準備をする二人の背中に、私は慌てて声を掛ける。
「デイダラ!サソリ!どっちでもいいから後ろ乗せて!」
「はあ?お前の分もちゃんと用意してやってるだろ、うん」
「私は二人と乗りたい!」
「ガキかテメェは…」
呆れたような視線を寄越す二人だが、私も引かなかった。ここ最近、色々な事が立て続けに起こっているせいか、何となく一人になるのが嫌だった。一人になると、嫌でもそのことを考えてしまうから。一番付き合いの長い二人の傍にいると、何故だか安心する。今はただ、そんな二人の傍にいたかった。
私の必死な想いが、二人に伝わったのか。はあ、と溜息を付くサソリの傍らで、デイダラはじっとりした目をこちらに向けていた。何か腹の底を探るような、意味深な視線。私はその視線に居心地が悪そうに顔を引き攣らせ、「な、なに?」と首を傾げた。
「…お前、昨日までイタチの野郎と一緒だったな」
「え…?う、うん、そうだけど…」
「何かあったんだろ、うん」
「え!?」
「吐け。何があった」
鋭い彼の双眸が、私を射抜く。まさか言い当てられると思っていなかった私は、図星を突かれたかのようにぎくりと肩を震わせた。何故見破られたのだろう。まさにイタチのことで悩んでいることを、デイダラはどうして分かったのか。そんな疑問は、口にせずともデイダラに伝わったのか。怒りを滲ませた顔で鳥から降り立ったかと思えば、ずかずかと私に歩み寄り。
「他の奴と何かあった時、お前いつもオイラたちに引っ付いてくるからな」
「え!?そうだっけ!?」
「分かりやすいんだよ、うん」
「いや……、その……」
「言え。何をされた?」
デイダラの中では、もう私とイタチの間に何かがあったことは確信しているらしい。言うまで逃がさないとでもいうかのような気迫で私に詰め寄る彼に、こっちもタジタジだ。…言えない、言える訳がない。仮にも私とデイダラは、一応は恋人という関係だ。まあ普段ずっと任務に出ていることもあって、恋人らしい事などあまりしていないし、何なら付き合う前とそんなに変わらない関係性ではいるのだが。それでも、もし自分の恋人が、他の男に接吻されましたなんて言えば、デイダラはどんな感情を抱くだろう。ましてや、相手はあのうちはイタチ。デイダラが一方的に対抗心を燃やしている男。聞けば彼の怒りは爆発してしまうかもしれない。そうなった時が恐ろしい。
もごもごと口ごもる私に対して、デイダラの中の確信は更に大きくなる。ここで私もうまく嘘を付いて誤魔化せたら良かったのだが、そこまで器用な人間ではなかった。
「おい!早く吐け!イタチと何してた!まさかオレには言えないとでも言うんじゃねえだろうな!うん!」
「ちょっと…怒鳴らないでよ!別にデイダラには関係ないから!この短気!」
「…んだとコラ。言わねぇなら無理矢理、」
「おい。痴話喧嘩は帰ってからにしろ。俺を待たせるな」
勃発しそうになる喧嘩に制止を掛けたのは、後ろで静かに見守っていたサソリだった。鳥の上に乗って、彼は私たちを上から威圧的に見下ろしている。せっかちなサソリをこれ以上待たせたら、それこそ本気で怒りだしてしまいそうだ。けっ、と悪態付くデイダラの隣で、私もフンと鼻を鳴らすと、いそいそとサソリの乗る鳥へ駆け寄る。
「サソリ、後ろ乗せて」
「分かったから早くしろ、この鈍間」
サソリの後ろに乗りながら、べーとデイダラに向かって舌を出すと、彼はピキリとコメカミを震わせて、怒りを押し殺しているようだった。…なによ、デイダラの馬鹿。あんなに怒鳴らなくたっていいのに。そう思う反面、きっとデイダラなりに、私のことを心配して聞いてくれたのかな、なんていう罪悪感も芽生えて。飛び上がった二羽の鳥の背上で、振り落されないようにサソリの背にしがみ付きながら、ぼんやりと前に問いかけた。
「…ねえ、サソリ」
「………」
「…見てた?」
「……何をだ」
「昨日の…、私とイタチの……」
ずっと気になっていた事。サソリは、私とイタチの口付けを…、あの時のやり取りを、見ていたのかどうか。勇気を出して問いかけてみたものの、サソリからの返答はしばらくなかった。静かな空を飛行しながら、私はどきどきと緊張する胸を、サソリの背中に押し付けた。ぎゅう、と回した腕に力を籠める。
「………何のことだ」
「……み、見てなかったんだ…」
「だから、何の事だって聞いてんだ」
「あ、ううん。知らないならいいの」
サソリは、どうやら私とイタチに何があったのかを見ていなかったらしい。知らない彼に、わざわざその事を伝える必要もない。確認したかった事を聞けた私は、適当にへらへらと笑いながら、その場を誤魔化した。サソリの目が、意味深に、後ろにいる私に向けられていることにも気づかずに。見られていなかったことにホッと胸を撫でおろしつつ、私たちを乗せた鳥は、例の村へと向かって羽ばたいていったのだった。
ーーーー・・・・
「酷い……、何なのこれ……」
噂を聞いた村へと到着した私は、デイダラの手を借りて鳥から飛び降りつつ、目の前に広がる惨状に言葉を失った。荒れ果てた畑、転がる家畜の死骸、ボロボロになった家屋…。見るも無残な姿に変わり果ててしまった村の景色に、デイダラとサソリも睨むように顔を引き締めていた。立ち込める血の匂いと獣の匂い。地面には、垂れた赤黒い染みや、獣の毛と思われるものが落ちていて、どうやら先程得た情報は本当だったようだ。
「こりゃ相当酷くやられたな、うん。生き残ってる奴いんのか」
「探すぞ。話を聞かなきゃ始まらん」
「ななし」
「あ…、うん……!」
この光景を目の当たりにしても、デイダラとサソリの二人は決して動じず、村の中を颯爽と歩いて行く。その背中を追いかけながら、ゆっくりと流れていく景色を見回した。死んでいるのは、家畜だけではない。この村に住んでいた人たちの死体も、所々に倒れているのが見えて、ぐっと視線を逸らす。前を歩くデイダラの背中に手を伸ばしてしがみつくと、デイダラは少しだけこちらを振り向いた。デイダラは、何かを言うことはなかったけれど、決して私から離れないように、歩幅を合わせて歩いてくれていることが分かる。怖がる私への、彼なりの配慮だろう。
とにかく今は、ここで何が起こったのか情報を得たい。生き残った人はいないかと探し回っている内に、ある1つの小さな家屋から、ガタンと音がして。顔を見合わせたサソリとデイダラがお互いに目配せをした後、音がした方へと近付いて行く。藁で作った暖簾で仕切られた玄関を、サソリを先頭に潜り抜けると、そこにいたのは。
「……これは…」
「狼…!」
低い唸り声を上げながら、くちゃくちゃと何かを咀嚼するような音。目を見張るサソリとデイダラの前にいたのは、そこで倒れる人の死体を、夢中で食べている狼の姿だった。二人の後に続いて、私も家の中に入った瞬間。突然背後からデイダラの手に目を覆われて、何も見えなくなる。眼前いっぱいに広がる暗闇に、私は動揺の声を上げた。
「な、なに?」
「じっとしてろ」
頭上から降ってきた言葉で、私も何となく察した。きっと良くない事が起こっているのだと。私たちの前で、相変わらず夢中で空腹を満たす狼は、ようやくこちらの気配に気付いて、ぐるりと振り返った。口元から滴る赤い血が不気味さを際立たせている。殺気篭った目でサソリとデイダラを睨む狼は、威嚇するような声をあげて姿勢を低くした。歯茎を見せながら、今にも飛び掛かってきそうな勢いの狼を、サソリもデイダラも冷たく見下ろして。特にデイダラは、その脳裏に忌々しい過去の男の姿が浮かび上がって、余計に怒りが膨れ上がる。
「な、なに?なんの唸り声…!?」
「狼だ」
「狼…?」
「食事の邪魔をされて、随分とご立腹みたいだぜ」
一人だけ状況を理解していない私に、サソリが答える。先程から聞こえるこの声は、狼のものだったのか。聞いている限り、こちらに対して明らかな敵意を向けているように思える。未だデイダラに目を覆われている状態なので、現場がどうなっているのかはよく分からないが、サソリとデイダラから感じ取れる殺気からして、戦闘になりそうなのだろうか。まあ恐らく、この二人からしたら狼の一匹、簡単に片づけてしまうのだろうが、それにしても…、
「狼…、なんか思い出すね」
「…………」
そこで私はハッと気付いた。尻尾のある人間。以前会ったことがあるような既視感。その全ての正体に、やっと今気付いたのだ。私…、会ったことがある。己の意思で自在に獣に変化することのできる、特殊な一族の人物と。
「おい、戻って来い。餌の時間は終わりだ」
不意に響き渡る、もう一人の男の声。デイダラの手から逃れた私の視界には、暖簾を潜って家の中に入ってきた、一人の男の姿が映し出されていた。懐かしい、その姿。逆光を浴びて、眩しくシルエットだけが浮かび上がるその人物には、姿は人間でありながら、尻尾が生えた珍しい恰好をしていた。
「…狼威…!?」
「…ななし…?」
再び対峙した私たちは、どうやら再会を喜び合える状況ではなさそうだ。
今回の巻物泥棒の件……、犯人は…。