「だから!何でコイツが一緒にいるんだよ!」
声高らかに叫んだデイダラの指は、ある一点を示していた。指差す先にいるのは、狼一族の男、ロイ。同じ宿の一室にて、仲良く並んだ3つの布団の上で、デイダラは納得がいかないとでも言うように、不満の声を上げたのだった。
ロイとの再会を果たした昼間。結局あの後、私たちは4人で村のことを調査したものの、これと言って有力な手掛かりを得る事は出来なかった。私としては、何としてでも巻物泥棒を捕まえて、ロイの疑いを晴らして上げたい。何となくではあるが、獣に襲われたというこの村を調べれば、その犯人の手掛かりを掴む事が出来る気がしたのだ。
しかし、そう最初から上手く事が運ぶ筈もなく。1日目の今日は、手ぶらで宿に戻る事になったのだ。最初に、情報を仕入れる為に訪れた、あの小さな隣の村に戻って宿を借りる。女性である私は、1人別室に案内され、男3人は仲良く一室に押し込まれたという訳だ。
「ギャーギャー騒ぐなデイダラ」
「旦那!旦那からも言ってくれよ、うん!」
「ななしの気が済むまでは何を言っても無駄だ。あの女はクソが付くほど頑固だからな」
「ふざけんな!今すぐ文句言ってやる!」
足音荒く部屋を出て行くデイダラを尻目に、サソリは傀儡の手入れをする手を止めなかった。サソリからすれば、デイダラもななしも、年齢的にも精神的にもまだまだ子供。餓鬼のお守りをする羽目になるなんて、と痛むコメカミを抑える。子供の幼稚な恋愛ごっこに巻き込まれているこっちの身にもなって欲しい所だ。
デイダラが部屋から出て行った後、その後を追う様に立ち上がったロイを見て、サソリは顔を上げた。彼もななしの部屋に行くつもりなのだろう。デイダラの時は何の反応も示さなかったサソリだが、途端に指先から糸を出して、そのチャクラをロイの体に巻きつけた。お陰でピンと張った糸が、ロイを引き止める。意図せず行く先を阻まれた彼が、意外そうな目でサソリを見下ろした。
「……何だ、やっぱりお前もななしに惚れてるのか」
「違う」
「じゃあアレか?何だかんだで、あの2人の事を応援してるのか」
「……馬鹿言うな」
グイ、とサソリが手を引いた瞬間、ロイの体もそれに従うように引っ張られて、冷たい目を湛えた赤髪の男の前にひれ伏した。その目は、ロイが言うような、生温かい感情に支配されているものではなかった。もっと暗くて奥深くて、そして狂いに満ちた瞳。
「あの女はオレのコレクションに加える予定だ。要らん茶々を入れるな、予定が狂う」
「コレクション…?一体何の話だ」
「……………」
一呼吸を置いた後、サソリはただ静かにその口元を釣り上げる。ゾクリと背筋が震えたのを感じるロイを他所に、その男は淡々と告げたのだ。
「殺して人傀儡にする」
そう吐き捨てたサソリの目は、興奮する様に爛々と輝いていて。ずっと無表情で愛想のない男だと思っていた彼が、初めて色濃く表情を見せたのだ。その不気味さに、ごくりと喉仏を上下させるロイの前で、サソリは指を折る。その指先から誘われて出てきたのは、彼が一番のお気に入りと称する傀儡だった。…三代目風影。無機質な2人分の瞳が、ただジッと、ロイを突き刺していた。
「何言ってるんだお前……、殺すって……」
「馬鹿には理解出来なかったか?だったらお前の体に教えてやろうか、永久の美を」
「ふざけるな…。仲間を殺すだなんて狂ってる…。そんな事俺が許すものか」
「お前が許すか許さないかなんてどうだって良いんだよ。オレはオレの為にあの女を殺す。これは決定事項だ」
余所者が邪魔すんじゃねぇ。そう低く吐き捨てられた言葉には、確かにサソリの本気が滲み出ていた。コイツは、本気でななしを殺そうとしている。その機会を窺っている。…ロイは、ただ静かに、その歪んだ本気を目の当たりにしていた。ぎゅっと固く握り締めた拳。心の内に湧き上がる、静かな決意。
…ななしを暁から連れ出す。
彼女を守る為には、それしかない。ロイはその時、そう感じていた。
ーーーー・・・・
一方では、お風呂を終えてホカホカと湯気を立てながら、やっと訪れた休息の時間を、私は1人静かに堪能していた。今は煩いデイダラも、傀儡を広げるサソリも、隙あらば迫ってくるロイもいない。私1人だけの時間だ。フカフカの布団の上にダイブして、程々に疲れた体を癒そうと寛いでいた、その時だった。
「ななしゴルァ!!」
「ひぃ!?」
壊れるのではないかと思う程に勢いよく開かれた扉。それと同時に部屋に響く怒声。言わずもがな、デイダラだ。静寂を堪能していた私を驚かすには十分だった。大袈裟な程に肩を震わせて、反射的に体を起こす。バクバクと煩い心臓に手を当てながら、突如やって来たデイダラの姿を睨んで。
「ちょっと……、女子の部屋に怒鳴り込んでくるなんて、どういう神経してんの!?」
「…どこに女がいんだよ、うん」
「アンタねぇ……」
コイツは、わざわざ喧嘩を売るためにここに来たのだろうか。そもそも私は、まだ昼間の件に関して許した訳ではないのだ。話したくない、という意思を表す為に、プイと顔を背け、デイダラに背を向ける。「おい」と降ってくる苛立った低い声にも知らんぷりを決め込んで、いそいそと布団の中に潜り込んだ。頭まで布団を被って狸寝入りする私に、盛大な舌打ちが響き渡る。ここまですれば、向こうも諦めて帰っていくだろう。そう思っていた私の予想通り、部屋はやがてシンとした静寂に包まれて、デイダラも何かを言ってくる事は無くなった。
ぱちん、と響き渡る、電気の音。デイダラが明かりが消したようだ。ほんのり明るかった布団の中も真っ暗になる。何だ、気が利く所もあるじゃないか、なんて上から目線で感心しつつ、そのまま瞳を閉じて眠りに就こうとする。この収まらない怒りも、一晩寝たら落ち着くだろう。そうしたら、明日デイダラと仲直りしよう。いつまでも子供みたいに意地を張って、任務に支障をきたしても仕方がない。徐々に微睡んでいく思考に、身を委ねていく。ああ、もう少しで…寝れそう………、
「ひっ…!?」
眠気の波に攫われた私を引き戻したのは、他でもない、部屋から出て行ったと思っていたデイダラであった。がばりと開かれた布団から、冷たい外気が入り込んできて、せっかく温まっていた体が冷える。小さく震えている内に、私のものではない、彼の冷えた体が中に入ってきて、後ろからギュッと抱きしめられた。包まれる匂いは、今までにも何度も感じてきた馴染みのある匂い、温もりだ。デイダラが、私を抱き締めている。
「で、でいだら…?」
「本当に可愛げがない女だなお前、うん」
「は…!?」
抱擁されて、一瞬でも心臓が跳ねた私が馬鹿だった。懲りずに失礼な言葉を重ねるデイダラに、私も眉を釣り上げる。我慢していた怒りが遂に爆発して、鬼の形相で振り向いた私は、眼前に広がる目を伏せたデイダラに言葉を失った。
…キス、されてる。
振り向いた拍子に、口付けを落とされた。重なった唇は、ちゅ、と軽いリップ音を立てて離れる。鼻をくっ付け合いながら、お互いに生温い吐息を吐いて。怒りに染まっていた筈の私の顔は、たったこれだけでみるみる蕩けていった。自分でも単純な女だと分かっている。それでも嬉しくて堪らない。何も言わずに彼の首に腕を回すと、デイダラも私の気持ちを察してくれたのか、再び私に接吻を落としながら上に覆いかぶさって、体重をかけて私の体を押し潰した。膨らんだ布団の中で、ごそごそと2人が身動いでいる。
「んっ……、は……。で…だ……」
「ん………、」
ぬるぬる。お互いに必死に貪り合う舌は、まるで別の生き物のように、口の中で蠢いている。唾液が垂れようが、呼吸が苦しかろうが、もうどうだっていい。とにかくデイダラを求めたかった。デイダラが欲しかった。不安と怒りに染まっていた心を、デイダラへの愛しさで塗り重ねていく。ずっと、こうしたかった。だって、デイダラは私のことを滅多に好きだと言ってくれないから。
「は…ぁ………っ、でいだら……」
「……満足か、うん」
離れた唇。袖で乱暴に拭うデイダラが、見た目に似つかぬ男の低い声で囁く。満足かなんて聞かれたら、答えは決まってる。
「足りない………」
「え…」
「全然足らない。もっとデイダラが欲しい」
「お前な…」
「だって。……デイダラのことが好きだから…。デイダラのこと、もっともっと、」
「…もういい、分かった、うん」
やっと訪れた、2人きりの時間。こんなチャンスは滅多にない。止めなければ永遠に愛を語りそうな勢いの私を、デイダラは焦ったように止めた。暗闇の中でも分かる。デイダラの頬がうっすらと赤く染まっている。…照れてるんだ。あの意地っ張りなデイダラが。珍しいものを見たと釘付けになる私の視線に気付いて、デイダラが私の目を手で覆う。指の隙間から見えた彼の顔はやっぱり赤くなっていて、見んな、と小さく呟きながらそっぽを向いていた。
じわり、じわりと心に染み渡っていくこの気持ち。…やっぱり、私はデイダラが好きなんだ。そう改めて自覚する。重なっている体から感じる温もりや重みが心地いい。きっとデイダラだからこそ、感じるこの安心感。いつまでも、こうして彼と共に一夜を過ごせたらいいのに。
ようやく離れた手のひらの向こうで、こちらを睨むように見つめるデイダラの姿を捉えた。暗闇に目が慣れて、明かりの無いこの空間でもはっきりとその顔を認識する事が出来る。キスを強請るようにじっと瞬きする私の頬を、デイダラはムニっと挟んで抓んだ。眉間に刻まれた皺と、不満げに尖らせた唇で、彼は言う。
「…昼間の言葉、訂正しろ、うん」
「昼間の言葉?」
私、何か言ったっけ。ぽかんとする私の様子を見て、デイダラの眉間はより深く皺が刻まれていった。え、なに、なんでそんな不機嫌なの、と動揺する一方で、私の中でピンとある勘が告げる。もしかして、あの言葉のことを言っているのだろうか。
『今日のデイダラ嫌い』
私が感情に任せて何気なく言った言葉は、いつまでもデイダラの心の奥深くに突き刺さっていた。まさか、あのデイダラが、私の言葉を気にするだなんて。滅多に見れない年相応な彼の姿に、私は頬を綻ばせた。…気にしてくれてたんだ。私のこと。あの言葉を意識するということは、私に嫌われたくないという気持ちの表れだと、そう思ってもいいんだよね。
「…何笑ってんだ、うん」
「ううん。何だか嬉しくて。デイダラって意外と私のこと好きだよね」
「あぁ!?」
テメエ、調子に乗んじゃねえぞ、と私の頬を抓む手に力が込められて、いよいよ私は笑うのをやめて謝った。確かに私も少し言いすぎたかもしれない。嫌いだなんて、冗談でも言ってはいけない言葉だ。言われた側はきっと傷付く。言葉は時として、人を傷付ける刃物になるのだ。そして、言霊という言葉があるように、思ってもいないことを軽率に口にするものではない。もしその言葉が本当になってしまったら、私には耐えられない。
「…好きだよ、デイダラ。嫌いって言ってごめんね」
「………最初から素直にそう言っときゃいいんだよ、うん」
「素直、ねえ…。素直じゃないのはどっちよ…」
「……なんか言ったか」
「いいえ、なんでも」
自分の事なんて、すっかり棚に上げて上から見下ろしてくる彼の金髪が、胸元に垂れる。ぐっと背中を丸めて、デイダラは再び私に顔を近付けてきた。…キスするつもりだということは、その雰囲気で手に取るように分かったが、私は敢えてデイダラの口を手で覆って、彼のその意図を阻止した。訂正すべき言葉は、私だけじゃない。私だって、デイダラの気持ちをちゃんと聞きたい。
「…何すんだよ、うん」
「デイダラも訂正して、あの言葉」
「はあ?」
「昼間、ロイに言ってたでしょ」
私のこと、好きじゃないって。そう寂し気に呟いた私を見て、デイダラは面食らったように目を見開いていた。その顔は、今私に指摘されるまですっかり忘れていた、というような表情だ。ほら、人の事なんて言える立場じゃない。デイダラは私以上に素直じゃなくて、幼稚で、意地悪だから。私も私なりに、それがデイダラなんだと受け止めるようにはしているけれど、でもやっぱり不安になる時はある。気持ちは、言葉にしなきゃ伝わらない。以心伝心も確かに存在はするが、言葉として聞くのとは訳が違う。…なんて、そんな事を言ったら、まためんどくさい女だと思われるだろうか。
じっと見つめる私の瞳を、デイダラは静かに見下ろしていた。その切れ長の目は、普段の煩い彼からは想像もつかない程妖艶に伏せられて。デイダラも、そんな顔できるんだ。大人っぽくて、男の人で、見ているだけで体が熱くなるような、そんな表情。…狡い。いつだって貴方は、私の心を簡単に奪っていく。
「…ななし」
「……っ」
「オイラはくだらねぇ陳腐な台詞を言うつもりはねぇ」
低く紡がれた言葉と共に、私の首に這う骨ばった手。ひやりと冷たい感触が、ただじんわりと私の中に火をつける。
「オレの為に死んでくれるよな、ななし」
…ああ、やっぱりデイダラだ。デイダラは、そういう人だ。好きだとか、愛しているだとか、そういうありきたりな言葉を並べる人ではない。芸術家って、変わった人しかいないのかな。デイダラの根底には常に究極芸術があって、いつか自分自身をそれに昇華することを望んでいる。そして、その究極芸術とやらに私をも巻き込もうとしている。それが、デイダラの愛。なんと分かりにくい、歪んだ愛情なのだろうか。先日、イタチと鬼鮫と共に訪れた町で、私が僅かに抱いた夢…、デイダラと家族になるという、何の変哲もない、でも一番難しい夢。それは、他でもない彼自身の愛情によって粉々に打ち砕かれるのだ。
「…死ねるよ、デイダラの為なら」
「…だったら他の男の間をうろちょろしてんじゃねえ」
「まだロイのこと妬いてるの?」
「あの狼だけじゃねぇんだよ、うん」
「え?」
本気で分かっていない私に、デイダラはイライラと舌打ちをして、何も答えぬまま私の唇に噛みついた。荒々しい、奪うような口付け。息が上がる頃、ちゅっちゅっと落ちていく彼の柔らかい唇は、私の全身に降り注いだ。鎖骨、胸、腹、二の腕、太腿…、余すことなく全身にだ。
「あっ…、デイダラ…っ。見えるところに付けないで…」
「見えるとこじゃねえと意味ないだろうが、うん」
「意味って…なんの…!」
「……首輪」
全身に咲く噛み痕は、デイダラの深い束縛。