デイダラは、部屋の前にいる気配に気が付いていた。こんな時間にやってきた不躾な訪問者は一体誰だ。机に向かって新しい芸術作品の誕生に精を出していたが、その手を止める。暁のアジト…、敵の懐に潜り込むなんて無謀なことをするスパイなどいないと思いたいが、用心するに越した事はない。うちは、金の為ならどんな汚い仕事だって請け負ってきた、犯罪者組織なのだから。そうして扉の方を睨み付けていたが、やがて控え目なノック音が響き渡った。叩き方で分かる、間違いなくアイツだ。1週間程前、一緒に行ったあの任務から、碌に顔すら合わせてないななしだ。思い出すとまたジワジワと腹の奥から怒りが込み上げてきて、オレは敢えて返事をせずに再び机に向き直った。しかし向こうもオレが起きている事は分かっていたのだろう。返事もないままに、遠慮がちに扉が開かれ、案の定ななしが姿を現した。
「で、デイダラ…」
「………」
「ごめんね、こんな夜中に」
背中越しから聞こえる、懐かしい声。オレが避け続けていたから、久々に声を聞いた気がする。顔は見ていないから分からないが、その声には何となく涙を含んでいる様な気がした。あんなに徹底的に避けて拒んだのに、こうして尚も縋り付いてくるなんて。随分と物好きな奴だ。突然の訪問を謝ってから、ななしも言葉を選んでいるのか、黙り込んでしまった。これでは話が進まないし、ずっとこのままだ。痺れを切らしたオレがぶっきらぼうに先を促した。
「…何の用だよ、うん」
「あ…、ご、ごめん。その…、謝りたくて…」
普段なら、売り言葉に買い言葉で、一丁前に生意気なコイツも、今は初めて見る程にしおらしい。もう既に何度も謝っているのに、謝りたくて、と改めてここに来た理由を告げた。あの日から、オレは一方的にコイツを避けてきた。なのに、謝りたいだなんて。1週間前。任務中、ななしは敵に追い詰められ、崖から真っ逆さまに落ちた。掴もうとしたななしの腕には手が届かず、空を掴んだ時、オレは柄にもなく焦っていた事を、今でも鮮明に覚えている。この高さから落ちたら、ひとたまりも無い筈だと。アイツには傷を治す力があるが、その本人が気を失ってたりしたら意味がない。そもそも、無事でいるのかどうか。火事場の馬鹿力とでも言うのか、オレはその焦りに背中を押されて、あれだけ手こずっていた敵の排除を一人で終わらせた。それでもななしとはぐれてから時間が経ってしまっている。もうすぐ日が沈む。急がなければ暗くなり、捜索が困難になるだろう。普段から移動手段として使っている粘土の鳥を取り出し、その背中に飛び乗った。崖を下降して、ななしが落ちたとされる道筋を辿ったが、そう簡単には行かなかった。
結果的に言えば、ななしは助かった。そこに偶然居合わせたうちはサスケが、コイツを助けてくれたからだ。もし発見が遅れていたらどうなっていたか。考えたくもない。守れなかったオレに責任があるし、あんな雑魚にあそこまで手こずったのは、オレが敵を甘く見て、粘土の準備を怠ったからである。
ななしがうちはサスケにした事は、暁としては許されないが、人間としては真っ当な事をしたとオレは思っている。誰だって、命を救われたら感謝もするし、その恩に報いたいとも思うだろう。悔しいが、あの男がああしてくれたお陰でななしが無事だったのなら、「よくやった」と渋々認めてやらんでもない。ただし認めるのはその点だけだ。オレにはあの男に情なんてものは無い。寧ろ殺したい相手だ。あの時うちはサスケと対峙して、オレは確かに奴を殺そうとしていた。だがそんなオレを止めたのは、紛れも無い、仲間であるななしだったのだ。
敵である男を庇い、オレの前に立ち塞がった。オレではなく、あの男を選んだ。大袈裟かもしれないが、そう感じた。更にななしは、自分が持つ治癒力を、うちはサスケに使う事を許している。力を使うには痛みも伴うし、コイツはこの力が原因で色んなトラウマを抱えてる。加えてこの力を使うには、肌を出さなければならない。それを、あんなうちはサスケ如きに許したのが我慢出来なかった。嫉妬、と言われればそうなのだろう。まさかオレがこんなくだらない感情に振り回されるなんて。オレが黙ったまま色んなことを考え込んでいると、その無言すら怒りに取られたのか、ななしは震える声を絞り出していた。
「許して貰えるまで…何度も謝る。裏切ってごめんなさい…。でも、私にとっては暁のみんなが、デイダラのことが一番大切なのは変わってない…」
「口では何とでも言える」
「だったら…、信用して貰う為に何だってするよ」
簡単に何でもするなんて言葉を口にできるなんて、この女はとことん馬鹿だ。へぇ、と口端が吊り上がるのを自分でも感じていた。オレはいつからこんな性格が歪んだのだろう。ようやく体をななしに向けると、目元を赤くしてこちらを見る目と視線がぶつかった。オレの悪い顔が向こうに伝わったのか、少し怯えている様にも見える。何でもする、なんて簡単に言えるのは、結局コイツは相手がオレだと安心しているからなんだ。仲間だから、無茶な事は言わないだろうと。だから平気でそんな口約束ができる。ならオレがここで死ねと言ったら、コイツは本当に死ぬのか?勿論そんな事を言うつもりはないが、どうにもイライラが止まらない。
「脱げ」
「えっ…?」
「何でもするんだろ?うん」
目を白黒させたななしの様子に、ほらやっぱり、と心の内で溜め息をついた。オレがこんな事を言い出すなんて、きっと微塵も思ってなかっただろう。男の前で脱ぐということは、即ちそういうことだ。どんなに恋愛に疎いコイツだって、流石にその意味くらい分かるだろう。結局心のどこかできっと許して貰えると甘く考えていたのが見え見えだ。オレは再びななしに背を向けて、途中だった粘土細工に手を伸ばした、その時だ。背後から、するすると布が擦れる音が聞こえる。今度はオレが固まった。まさか。ばっと勢いよく振り返ると、自分の服に手をかけて、自ら一枚一枚剥いで行くななしの姿があった。
「…ぬ、脱いだよ…」
足元で皺になっている服の束。真っ赤な顔をオレから逸らして、恥ずかしそうに胸の前で腕を組みながら、ななしは言った。オレの前で、下着姿を晒しながら。命令したのはこっちなのに、オレの方が呆気に取られて固まっていた。何脱いでんだよ馬鹿、早く着ろよ、と言いかけてぐっと留まる。コイツは分かってるんだ、今試されているということを。そしてオレは、自分で作り上げた状況の中で、ブワッと体中の血液が沸騰するような感覚に陥っていた。馬鹿かオレは。こんな事で興奮するなんて、餓鬼じゃあるまいし。
「…そこに座れ」
顎でクイ、とベッドを指す。ななしは特に拒む事も無くそこへ座った。オレもその後を追うようにゆっくり立ち上がる。隣に腰を下ろすと、ベッドが軋む音が響いて、こっちが少し動くだけでもコイツの体が緊張して震えている。それを見ながら、視界の端に映ったななしの白い肌に咲く、赤い傷に舌打ちをした。1週間前、うちはサスケに付けられたそれは、消えかけてはいるものの、確かにそこに存在している。オレはそれを頭から掻き消すように、ななしを押し倒していた。白いシーツに広がるコイツの髪から、シャンプーの香りが漂う。どこまでも煽るのが上手いようだ。
「…で…いだら…」
「これから何をしようとしているか…ちゃんと理解してるんだろうな」
「そ、それくらい…!私だって、子供じゃないし、分かってるよ…」
「なら、同意の元って事だよな」
「……デイダラの方こそ、ちゃんと分かってるの?」
「何がだよ」
「私…暁の人なら誰にでもこんな事する訳じゃないよ」
「は…」
「デイダラだから…してるんだよ。こんな恥ずかしいこと…」
思わぬ言葉にぽかんと口が開く。オレを選んでこんな事をしているというのか。許される為だけにしてる訳じゃなく、オレ相手だからこそ、言いなりになっているのだと。その言葉はオレの中の欲を煽り、理性など簡単に奪っていった。馬乗りになった状態で、自分の上着に手をかける。乱暴に脱いで服を投げ捨てると、下にある真っ赤な顔がそっぽを向いた。顎を掴んでグッと顔を近づけると、今更になってオレの胸板を押し返してきた。
「…おい」
「ち、違うの!恥ずかしくて…」
「んなもん知るか!腹括れ!うん」
それでも抵抗をやめないななしに痺れを切らして、ガラ空きだった首元に噛み付いた。久々の感触。柔らかい肌、滑らかな皮膚、そして血の味。ななしの体も同時にびくりと震えて、小さな声が吐息と共に漏れている。そこに刻まれた、新しい傷。消えかけたうちはサスケの傷の隣に、オレが付けた噛み痕だ。
「デイダラ…、わたし…、」
「嫌々はもう聞き飽きたんだよ。黙らねぇとその舌にも噛み付くぞ、うん」
「!?」
オレの冗談を鵜呑みにして、慌てて口を閉じるコイツが愛おしい。先程まで醜い黒い感情に支配されていた心も、すっかり綺麗になっていた。あれだけ感じていた苛立ちが今はもうどこにもない。ふ、と表情を和らげて笑みを浮かべると、ななしはそんなオレの顔を見て、嬉しそうに綻んだ。解けた緊張も相まって、オレとななしの距離が徐々に縮まっていく。後もう少しで重なる、正にその瞬間。
「あー!デイダラ先輩とななしさん、えっちな事してるー!」
響き渡った第三者の登場に、二人の体はピシリと石化する。きゃー、と器用に仮面を赤くして騒ぎ立てるのは、トビその人だ。お約束の展開に、怒りに震えるデイダラと、少し安堵しているななし。背中にななしを隠しながら、絶対に確信犯であろうトビに自慢の芸術作品を取り出した。「トビ、テメェぶっ殺す!!」「ま、待って待って先輩!謝りますから、」喝!!!と怒号が響き渡ったのは、その数秒後。
それから数日間、ななしとデイダラは、せっかく仲直りしたのに、あの日の出来事を意識してしまうせいか、顔を合わせられない日々を送るのだった。