読書の秋。という言葉が相応しい様に、北さんは一人秋の夜に、部屋で書物を読みふけっていた。頬杖を付きながら文字に目を落とす彼の姿は、女である私ですら見惚れてしまう程綺麗だ。こんな時間に突然やってきた私の気配に気付いて、北さんはその顔を上げ、私を見上げた。その大きな瞳が私の姿を捉えている。

「どうした、眠れんか」
「北さん」

寝間着姿でやってきた私は、そのまま彼の了承も得ずに部屋に上がり込んだ。戸を閉めて、きちんと正座をする。部屋には一組の布団が敷かれていて、書物を読んだ後、そのまま寝るつもりでいたことが分かった。その景色を横目で見ながら、小さく頭を垂れて、彼にお願いした。

「私を抱いてください」
「……一体どうしたんや、名無し」

私の突然の申し出にも、北さんは動じずただ冷静にそう聞き返してきた。思い出す、去年の秋。北さんと封印の間の前で出くわして、真実を聞いた時のこと。あの頃と同じように、最近は夜もすっかり冷えて次第に冬の匂いを感じるようになった。冬が来たら、私は。

「強く刻んでください。北さんに愛された証を」
「…………」
「……駄目、ですか」

私は必死だった。生きている、私は彼らに愛されている、その証が欲しくて欲しくて堪らない。何度抱かれても、その欲求が満たされることはなかった。結局、今日この日まで、私のお腹に子供が宿ることはなかった。もう生贄となるその日まで、残された時間は無に等しい。今さら子を作るのは無理な話で、私たちの世継ぎの儀式は失敗が確定していた。

これから、どうなるのだろう。次に生贄になる巫女はいない。未だかつて、子を産まなかった巫女はいないと和尚さんが言っていたから、誰にもこの先は分からない。分かっているのは、私が生贄として捧げられる時が、すぐそこまで迫っているという事実のみ。そして何より、私が死んだ後、北さんや侑や治や角名は、どうなるのだろう。子を成し得なかった彼らは、村の人たちから非難の目を浴びるのではないだろうか。心無い言葉を掛けられるのではないだろうか。そればかりが心配だ。

「…おいで、名無し」

書物を閉じて、北さんは私に向かって手を広げた。私は無言のまま、言われた通りその腕の中に飛び込む。慣れた温もりと匂い。私は今までにも何度も北さんと肌を重ねているので、その温もりは体に染み付いていた。彼はどうしてこんなにも、力強くて頼もしいのだろう。どうしようもないこの運命も、北さんなら何とかしてくれるのではないか。そんな思いが頭の中をよぎるのだ。

「ごめんなさい、急に来てこんなことお願いして…」
「気にせんでええ。むしろ、女のお前に言わせてすまんかったな」
「北さん…」
「お前を抱いてもええか」

言い直してくれた北さんの優しさが身に染みる。こくりと小さく頷くと、そのまま腕を引かれて北さんの布団に二人でもつれ込んだ。一見、淡泊そうに見える北さんだが、全然そんなことは無くて。情熱的で、たまに意地悪で、でも優しい、そんな北さんが大好きだ。いつまでもこの腕の中で溺れていたい。どうせ死ぬのなら、このまま北さんの腕の中で抱かれて死にたい。その思いが北さんにも伝わっていたのだろうか。彼にして珍しく、何度も何度も私を掻き抱いた。いつも余裕のある彼が、何かに焦っているかのように性急で荒々しく、私を乱していく。

「もうすぐ冬ですね」
「……そうやな」
「………北さん、私、」
「…頼む、何も言わんでくれ」

小さな1つの布団に、裸の男と女が二人。狭くて、密着するようにその中に潜りながら私が必死に言葉を紡いでいくと、北さんの弱々しい声がそれを制した。初めて見た。北さんの、涙。彼は静かに涙を流しながら、私を見つめていた。北さん、貴方は…そんな顔をして泣くのですね。

「お前が何か言う度に、改めて実感させられそうになる…」
「北さん……」
「情けないやろ…。好きな女一人守れん。こうして情けなく泣いて、何も聞きたくないって駄々捏ねることしかできひんのや」

そんなことはありません、北さん。私は貴方のことを情けないなんて、想ったりしません。だって私は、北さんがいなかったら、とっくに不安と恐怖に押しつぶされて、駄目になっていただろうから。私がこれまでの月日を、幸せに生きてこれたのは、北さんのお陰なんです。北さんだけじゃない。侑も、治も、角名も。私は、みんなに出会えてよかった。愛して貰えて、幸せだった。貴方たちが監視者で、良かった。

「北さん、貴方の涙を初めて見ました」
「…………」
「私、幸せです。こうしてすぐ傍で、みんなの涙に触れられて…」

ずっと分からなかった。今までの巫女たちや、私の母が、何故運命に抗おうとせず、自ら受け入れて命を捧げてきたのか。でも、ようやくその答えが分かった。きっと彼女たちも、私と同じように、この涙に触れてきたんだ。歴代の監視者たちの想いに触れて、愛を受けて…、守りたいと思ったのだろう。村の為ではない。大切な彼らの住む地を守る為、死を受け入れたのだ。


巫女たちは、愛の為に死んでいったんだ。


「私、幸せです」
「名無し……」
「私の命と引き換えに、貴方たちの住む世界を守ることができる」
「…………」
「今は思うのです。巫女で良かった、と」

じゃないと、きっと貴方たちに出会えなかったでしょうから。


儚く笑った私の目からも、涙がこぼれて枕を濡らした。私は、死ぬ。愛するみんなの為に。みんなを守る為に。命を懸けてもいいと思える程愛しい人に出会えることなんて、早々あるものじゃない。

私は、世界で一番幸せな女だ。