蜘蛛の糸は赤い糸

私。高校二年。男子バレー部マネージャー。成績やテストの結果はいつも上位に名前を連ね、学級委員にも指名された事がある。生まれてから今まで、恋愛の経験はゼロ。彼氏どころか、男性に恋愛感情を抱いた事すらない。そんな浮ついた噂一切無しの私に付いた、裏のあだ名…鉄の女。私は知っている。「名無しさんって、恋愛に興味無さそうだよね」「男を見下してそう」「そういう女ほど、落ちるとデレデレかもよ」なんて、想像で勝手な事を語られている事を。

恋愛に興味がない、というのは語弊がある。現実に彼氏がいないからと言って、それがイコール興味がないにはならない。むしろ私は、読書用に恋愛小説を携帯しているし、家の本棚には少女漫画だらけ、恋愛ドラマは欠かさずチェックするレベルには恋に興味があるし、その手の話題が大好きだ。私だって女。恋愛の1つや2つに憧れたっていいじゃないか。

しかしそんな一面とは裏腹に、リアルでの恋愛事には興味がない、という部分も事実である為、強ちみんながしている噂が嘘とも言い切れないところがあった。私が憧れているのは、小説や漫画やドラマの中にあるような、キラキラドキドキする恋愛。所詮は作り物のフィクションだと言うことは勿論理解しているので、現実にそんな恋愛がない事も分かってはいる。だからこそ、私は余計に、身の回りに実在する男子に恋心を抱いたことがないのだ。私が理想とする恋愛は、現実の恋愛とはかけ離れ過ぎている。だから私は、不本意ながらも、鉄の女というイメージを今日この日まで守り続けてきたのだった。

クラスの男子なんて、いつも教室で馬鹿騒ぎして、くだらない下ネタで盛り上がるような子供ばかり。私がマネージャーを努めるバレー部には、まあそこそこに気の知れた男たちが所属しているものの、部員とマネージャーという関係が変わることも無い。とにかく私は、現実世界での恋愛を一切諦めていた。私が夢見る王子様は、私が憧れる恋は、現実には無いんだ。



そう、思っていた筈なのに。





「…捕まえた」

耳元で囁かれる、甘くて低い声。後ろからぎゅうと抱き締められて、私は身動きが取れなくなってしまった。昼休み、階段の裏でこっそり行われているこの行為に、私は馬鹿みたいに心臓を躍らせていた。逃げれば逃げるほど、彼は執念に追いかけてくる。一度捕まれば、しばらくは離してもらえない。熱く甘く抱き締められて、まるで漫画のような台詞を囁かれる。現実に有りはしないと思っていた恋愛を、彼は実現させていた。ただの部活仲間だったのに。現実の恋愛には興味がなかったのに。そんな私を狂わせる、彼との一方的な約束。



『もし名無しを捕まえられたら、俺のものになって』


逃げる私をどこまでも追い掛けてくる彼らの手の中に、既に私は囚われているのかもしれない。子供の頃、よく近所の子たちと遊んだ『鬼ごっこ』。それを高校生にもなって、こんなにも本気でやる羽目になるだなんて、誰が予想できただろうか。


これは、逃げる私と、鬼役の彼らの、本気の恋の鬼ごっこである。