The red string of fate

「結局侑に落ち着いたの」
「勝者はツムっちゅーことか。つまらんエンディングや」
「べ、別にいいでしょ!つまらないって何よ!」

ある日の放課後。男子バレー部部室にて、私はそんな質問攻めに遭っていた。治と角名二人に挟まれて、「決め手はどこやったん?」「アイツのどこがいいの」「今ならまだやり直せるで」なんて、好き勝手言われて、私はそんな二人をぐいぐいと押し返す。全くもって余計なお世話だ。私は自分の意思で侑を選んだのだから。間違っているなんて思わないし、後悔だってしていない。そうして部活が始まるまでの僅かな時間を、三人で過ごしていると、この場に侑がいないことをいいことに、治はべらべらと真実を話し出した。

「でもツムにしては頑張ったなあ。長年の片想いが実ったやんか」
「え?」
「アイツずっとお前のこと好きやったんやで」
「え!?」

それは初耳だ。いつも意地悪ばかり言われて、いじめられているとしか思っていなかったものだから、まさかあの侑が私のことをずっと好きだったなんて。嘘でしょ?なんて目を白黒させて、信じられない様子でいる私に、治は相変わらずの真顔で淡々と全てを教えてくれた。

「名無しがマネージャーとしてバレー部に入部したあの日から、ずっと好きやったんやで。俺の運命の人や!なんて言いながらアタック仕掛けても、全然気づいてくれへんからよく頭悩ませとった」
「あ、あたっくって…、アタックされてた覚えないんだけど…」
「好きな子ほどイジメたくなるって言うやん。アイツ典型的なそれやねん」
「ええ!?」

普段のあの意地悪な発言やいじめは、全て好意から来るものだったのか。にしても、分かりにくすぎるアタックだ。それでは気付かないのも無理はないし、むしろ私は侑に対して悪いイメージしかなかった。全てが正反対に働いてしまっている。ファンクラブまである女子に大人気のあの侑が、実は恋愛下手だなんて、ギャップにも程があるだろう。こんな面白いネタ、今すぐにでも校内中を走り回って女子たちに暴露したいくらいだ。治の口から聞いたその真実に、くっくと肩を震わせて笑いをこらえていると、ふと後ろから感じる気配。

「……何楽しそうに喋ってんねん。俺も混ぜてくれや」
「あ…あつむ……」

ひくひくと頬を引き攣らせている侑。日直の仕事があると言って、今日は一番最後にこの場に現れた彼こそ、紛れもない宮侑本人であり、私の現在の彼氏である。今の会話が聞こえていたのか、その怒りの眼差しは治に真っ直ぐに注がれていて、またもや兄弟喧嘩が勃発しそうな雰囲気だ。角名は、面倒事には巻き込まれたくないといった様子で、そそくさとその場から離れていく。待って、私を置いてかないで、と手を伸ばしても、角名は気づかないフリをして部室から出て行ってしまった。…薄情な奴だ。

「サム。余計な事言うなや!昔の話なんて今さらどうでもええやろ!」
「昔って。つい最近までそうやったやんか。気を引きたくて、わざと意地悪な事言って、」
「もうそれ以上喋んな!!」

顔を真っ赤にして治に怒っている侑の姿。必死にその口を塞ごうとしていて、つい笑みがこぼれてしまう。私、こんなにも愛されてたんだ。できればもっと違う形で愛を伝えてほしかったけれど。

侑にとっては、片想い時代の話は相当語られたくないものだったらしく、治に対して怒鳴りつけている。治も治で、そんな侑の反応を楽しんでいるのか、小さく笑みを浮かべながら悠然と部室を出て行った。パタンと閉められた扉の後、訪れた静寂と、二人きりの空間。侑はいまだ怒りが収まらないのか、扉の方を睨んでいて、私はそんな彼の背中を見つめていた。何だか実感が沸かない。あの侑と、本当に恋人という関係になっただなんて。

「……名無し」
「は、はい」

くるりと振り返った侑の顔は、どこか居心地が悪そうに目が伏せられている。前までの私たちだったら、ここでお互い売り言葉に買い言葉で心無い言葉を浴びせて、喧嘩になっていただろう。でも今は違う。恋人としてスタートを切った私たちの間にあるのは、お互いの好きという気持ちと甘い雰囲気だけ。侑は、ベンチに座る私に歩み寄った後、その高い背を丸めて私の顔を覗き込んだ。キスされるのかと肩を震わせて、体を強張らせる。

「……あんまアイツらと仲良くせんといて」
「え……」
「普通に妬くやろ」
「侑……」

その言葉が、侑の口から聞ける日が来るなんて、やっぱりこれは夢なんじゃないだろうか。私の顔も一気に真っ赤になって、伏目がちに彼を見つめる。至近距離にある侑の顔は、流石女子が騒ぐだけあって整っていて直視できない。徐々に近付いてくる唇に備えて、私はゆっくりと目を閉じ、彼に顔を向けた。二人だけの密かなキスに、心を高鳴らせて……。





「侑、名無し。部活始めるで」
「…………」
「…………」



唐突に開け放たれた部室の扉。響き渡った声は、我らがキャプテン北信介。私たちの唇は、重なる寸前で止まってしまった。恐る恐る扉の方へ視線を向けると、仁王立ちする北さんと、その後ろでにやにやと笑みを浮かべる野次馬の部員たち。ちゃっかり治や角名も混じっている。全て見られていたんだと理解すると、穴があったら入りたい感情に駆られて、慌てて侑の体を突き飛ばした。勢いよく吹っ飛んだ侑の体は、その場に倒れ込んで頭に大きなタンコブを付けている。やばい、と後悔する頃にはもう既に遅く。

「…名無し……。何すんねん、力加減が下手なんとちゃうか」
「あ、侑が、へ、変な事しようとするから……!」
「変な事ってなんやねん!恋人なんやから普通やろ!!」

起き上がって私に文句を垂れる侑。私も私で、怒る侑に対して負け時と言い返す。確かに私も雰囲気に流されてしまった部分は否めないが、部室でキスしようとするなんて。時と場所を考えて欲しいものだ。

結局、恋人になった今でも、前と同じような喧嘩が勃発してしまった私たち二人に、野次馬一同は「変わらないな」と大きなため息をついて。そんなギャラリーたちも気にせず、二人の世界に入って言い合いをする私と侑に、北さんの雷が落ちるのは、あと数秒後。




「夫婦喧嘩なら他所でやれや」
「「ふ、夫婦じゃありません!!」」