Obsession



長かった夏休みも終わり、九月へと足を踏み入れていた。秋というにはまだ残暑が酷く、このまま夏が続くのではないかと思わせるほどだ。

箱根学園では十月に高校生にとっての一大イベント、文化祭が開催される。準備期間は長ければ長いほどいい催しが出来るということで、後一ヶ月ほど猶予はあるが既に学校中が準備に追われていた。
私のクラスの出し物はカフェに決まった。教室の中でケーキと飲み物を提供するのだ。ケーキとは名ばかりでパウンドケーキにホイップクリームを添えただけのものだが、いざお洒落な柄の紙皿にミントとともに盛り付けると、駅前のカフェのケーキプレートに負けず劣らずの品に見えてくる。
ケーキの試作なども含め、文化祭の準備で活躍するのは専ら帰宅部だ。部活をしている生徒は放課後時間がないため、暇を持て余している私たちが率先して小道具を作成したりしている。正直文化祭準備が一番楽しいと言っても過言ではないと思う。


そんな帰宅部の私は今、昇降口で人を待っている。先日風邪をひいて学校を休んだのだが、人が休みなのをいいことに買い出し班へ選出されていたのだ。こんな暑い日に外へ買い出しに行かないといけないなんて、と心の中で文句を言いつつ、二人組で行かないといけないためまだ来ていないもう一人を待つ。それが誰なのかは聞いていないので知らないが、昇降口は風が入らず暑いので早く来て欲しい。

携帯を触りながら待っていると、遠くから足音が聞こえた。友人だったら遅いと一言文句を言ってやろうと思い廊下に目を向け足音の主が現われるのを待つ。そこから姿が見えたのは、思いがけない人物だった。

「やぁ、みょうじさん」
「え、泉田くん…?」

彼は私を見て屈託のない顔で笑うと、靴箱から靴を取り出し上履きから外履きに履き替える。

「泉田くんも買い出し班なの?」
「そうだよ」
「でも、部活は?」

彼は帰宅部ではなく自転車競技部だ。放課後のこの時間はいつも練習をしているはずだが、なぜここにいるのだろう?疑問を覚え靴を履きつま先を地面にとんとんと叩きつけている彼を見ていると、私の考えていることに気付いたように彼は答えた。

「今日は休息日だから、部活がない日なんだ。看板の色塗りを手伝おうと思ったんだけど、買い出しに行く人がみょうじさんしかいないって聞いたから…」
「それで来てくれたんだ」

なるほど、休息日。確かにそんな日があった気もすると一人納得をする。
というより、買い出し班は元々二人一組の予定なので既に誰が行くかは決まっていたはずだ。外に出たくない誰かに押し付けられたんだろうなと思いつつ、買い出し班に抜擢してくれてありがとうと心の中でクラスの皆に親指を立てた。我ながら現金だと思う。



二人で学校の最寄りの百円ショップへと向かう。必要な物の全てをここで賄うつもりだ。買う物をメモした紙を見ながら二人で店内を物色する。一つの品物でも種類が沢山あるので、あれはどうだこれはどうだと話しながら泉田くんが持ってくれているカゴへ品物を入れていく。

「あ、紙コップさぁ、やっぱり水玉より無地で色付きの方がカフェっぽくて良くない?」
「そう? みょうじさんがそう言うなら、そっちにしようか」
「うん、そうしよ! ちょっと無地のと替えて来るね」

私は一人でその場を離れ紙コップの陳列されている棚へと向かう。商品を取り換え、近くに陳列してあった同じ色合いの使い捨てフォークもついでに手に取り泉田くんの元へ戻る。すると、彼は誰かと談笑しているようで少し離れた場所からでも楽し気な話し声が聞こえた。知り合いでも居たのかと近寄ると、私が戻ってきたのに気が付いたのか二人が同時に振り向いた。

銀色の髪に鋭い目つき。前に泉田くんの話に出て来た黒田くんだ。彼は私の姿を認めると、一瞬訝しむように目を細めた。
私は黒田くんと直接話したことはなく、廊下などですれ違ったことしかない。…筈なのだが、この頃彼とすれ違うときに見定めるような視線を向けられている気がして少々気分悪く思っていた。できればあまり関わりたくはないのだが、声をかけないのも不自然かと思い、私は持っていた商品をカゴに入れ黒田くんに目を向ける。

「黒田くんも買い出し?」
「あぁ、俺のクラスの出し物はお化け屋敷だから、その小道具をな」

ほら、と言いながら彼はカゴの中から幽霊を模したマスクを取り出した。「そんなので怖がる人がいるのかい?」と泉田くんが問うと、「そこは腕の見せ所だろ」と黒田くんが答えた。

そういえば彼は一人で来ているのだろうか?不思議に思い聞くと、どうやら彼のクラスは出し物の都合上買うものが多いため百円ショップとディスカウントストアで別れて買い出しに出ているらしい。
それなら、と三人で適当に雑談をしながら買い物を済ませ、店を出る。
すると少し歩いたところで泉田くんが「あ」と声を上げた。

「ごめんみょうじさん、これ持っててくれる?」

そう言って彼は持ってくれていた買い物袋を私に手渡す。

「どうしたの?」
「教室を出るときに刷毛をもう一本買ってくるように頼まれてたんだけど、忘れてたから買ってくるよ」
「一緒に行こっか?」
「いや、大丈夫。すぐに戻るよ」

出たばかりの百円ショップに走って戻る背中を見ながら、待っとこうと私はガードレールに腰を下ろす。すると、黒田くんも同じように私の隣に腰を下ろした。

「黒田くんも待つの?」
「なんだ、さっさと帰れって?」
「や、そういうわけじゃないけど…」

またあの目だ。
彼は見定めるような目で私を見遣る。なにかしただろうかと考えるも、今の今まで話したこともないので一切心当たりがない。居心地の悪い気分になり、私は眉根を寄せて彼に問う。

「なに?」
「みょうじ、この頃塔一郎と仲良いみたいだな」

またその話か、と辟易する。泉田くんとよく話すようになってから友人たちにも口々に言われる。「この頃泉田と仲良いよね」「なんで泉田なの?」初めははまだよかったが、何度も聞かれる度に私が彼と仲良くするのがそんなに不自然だろうか?と不愉快に思うようになっていた。確かにタイプは全く違うかもしれないが、それだけなのに。

「そうだけど」
「夏祭りも一緒に行ったらしいな。塔一郎から聞いたよ」

その言葉に私は顔を上げる。

「泉田くん、なんか言ってた?」
「楽しかったっつってたけど」
「まじ!?」

泉田くんが私と二人で夏祭りに行ったことを誰かに話すとは意外だったが、それは黒田くんが彼の幼馴染という深い関係性だからなのだろう。楽しかったと言ってくれていたことが私はとても嬉しくて、自然と顔が綻ぶ。
先ほどとは打って変わってにこにことする私を少しの間眺めた後、黒田くんは口を開いた。

「お前、塔一郎のこと好きなの?」
「は、」

唐突な質問に一瞬思考が停止する。どうしてそんなこと聞くのだろう?意図が掴めず黒田くんの顔を見遣るが、彼は私の目を真っ直ぐに見ているだけでなにも言わない。

「だったらなに?」

特に隠す理由もないためそう告げると、彼は「ふぅん」と小さく呟いた。

「塔一郎がよ、この頃よくお前の話をするんだよ。自転車と本の話ばっかするようなあのくそ真面目な塔一郎がだぜ?しかもみょうじといやぁ派手なギャルグループにいるようなやつだ。全然タイプが違うだろ。だから塔一郎のやつ、揶揄われてんじゃないかと思ったんだがな」

泉田くんがよく私の話をしていることに若干の照れを覚えつつ、やっと黒田くんの言いたいことがわかり私は顔がにやけるのを抑えきれなかった。今までの見定めるような視線も、偏に昔からの友人を案じてのものだったのだ。私の表情に気付き、彼は小さく舌打ちをした。

「黒田くんとすれ違う度になんか嫌な顔されてんなって思ってたけど、泉田くんが心配だったんだ?」
「……悪ぃかよ」
「いや、全然。…安心してよ。揶揄ってなんかないし、寧ろ本気だから」
「そうかよ」

安心したような表情を浮かべる黒田くんの腕をこぶしで軽く小突く。なんだよと言いたげな彼ににっこりと笑顔を向けて私は口を開く。

「自分の気持ちを誰かに伝えたの初めてだからさ、協力してよ」

そう言って自分の携帯を取り出して彼に差し出すと、理解したのか私の携帯を手に取り手早く連絡先を入力し私に返した。

「俺ができることなんてないと思うけどな」
「そんなことないから!好きな人の幼馴染とかかなり貴重な人材だし」

入力された黒田くんの連絡先に適当なメッセージを送り登録しておくよう伝えていると、刷毛を片手に走ってくる泉田くんに気が付いた。
「待たせてごめん」と言う彼に「待ってないよ」と告げると、彼は私の持っていた買い物袋の中に刷毛を放り込み、そのまま袋を手に取った。

「ユキも待っててくれたんだ」
「まぁな」
「楽しそうだったけど、なんの話をしてたんだい?」
「泉田くんの話だよ」

ねぇ?と黒田くんに同意を求めると、彼もまたそうだと言わんばかりに頷いた。私たちの様子に頭に疑問符を浮かべている泉田くんは「僕の話ってどんな話?」と聞いてきたが、私はそれを聞こえないふりをして「アイスでも食べてから帰ろう」と道の先のコンビニを指さした。





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