Obsession



赤くて大きい宝石のような飴を齧ると、中から甘酸っぱいりんごが顔を覗かせる。屋台のりんご飴特有の少しパサパサした果実の食感が、私は嫌いではなかった。

手を繋いだまま境内を練り歩く。
屋台のたこ焼きを食べ満足したのか、泉田くんは上機嫌でりんご飴と一緒に買ったぶどう飴を咀嚼している。なんでもこれから本格的に体作りを始めるため、今までのように好きなものを好きなだけ食べることができなくなるそうだ。

「ぶどう飴おいしい?」
「甘酸っぱくておいしいよ。みょうじさん食べたことないの?」
「フルーツ飴はりんごとみかんしか食べたことないかも」
「一個食べる?」

そう言って彼は私の目前に持っていた飴を差し出す。串にはまだ三粒のぶどう飴が刺さっている。私の左手はりんご飴で埋まっており受け取ることができないため、このまま食べていいものかと思案する。泉田くんの顔をちらりと見遣ると特に気にした様子はなく、所謂"あーん"の状態になっていることには気付いていないのだろう。
意を決して彼の差し出したぶどう飴に齧りつき、一粒抜き取る。薄い飴のぱりぱりとした食感と甘さ、ぶどうの酸味が絶妙に合わさって甘すぎずとてもおいしい。

「おいしい!」
「だろ? フルーツ飴の中だったら僕はぶどう飴が一番好きかな」
「わかるかも。私も次はこれにする」

そんな話をしていると、後ろから「みょうじ?」と声がかけられた。知った声に驚いてどちらともなく繋いでいた手を離す。
振り向くと、焼きそばの屋台の行列に同じクラスの山田が並んでおり、驚いたような顔でこちらを見ていた。
学校から近い神社なので誰かに会う可能性があるとは思っていたが、それがまさかこいつだとはなんて運が悪いんだろうと心の中でごちる。
山田は一緒に並んでいる友人に一声かけ、あろうことかこちらに駆け寄ってきた。彼は私と泉田くんを交互に見遣り、不思議そうな表情を浮かべている。余計なことを言うなと念じていると、山田は口を開いた。

「みょうじと泉田、二人なん?」
「そうだけど」
「え、珍しい組み合わせすぎね?」
「そんなことないでしょ」

ねぇ? と泉田くんに同意を求めると、少し困ったような顔で「そうだね」頷いた。クラスのほぼ関わったことがないような不真面目な生徒にこのような絡まれ方をされるのは迷惑でしかないだろう。なによりせっかく楽しい雰囲気を壊されたくない。適当に話を終わらせて早々にこの場から去ろうと思い山田に向き直る。

「山田くん、私たちそろそろ」
「てか、さっき手繋いでなかった?」

言葉を遮られた上、手を繋いでいるところを目撃されていたことに内心舌打ちをする。話が良くない方向に進み始めていることに若干焦りを覚えた。ちらりと泉田くんを見遣ると、彼もまたこちらを見ている。山田への答えは私に任せるのだろう。

「繋いでない。気のせいじゃない?」
「気のせいじゃないと思うけどな…。え、じゃあ二人って付き合ってんの?」
「付き合ってない」

これ以上はやめてくれと心の中で山田に懇願する。悪い人ではないのだが、彼は空気を読まず考えなしに発言をするきらいがあり、そのせいで場の状況が悪くなることが多々あるのだ。

「みょうじってこの頃よく泉田と一緒にいるよな」
「そうかな」
「あ、もしかして、泉田のこと好きなの?」

やりやがった、と思った。
仮にどう見ても片思いしている人間がいたとして、本人たちの前でそれを口に出すのはどうなんだと考えていると、沸々と怒りがわいてきて私は山田を睨めるける。彼はただ好奇心で聞いたのだろう。わくわくとした表情で私の答えを待っている。
なんて答えたらいいだろうか。好きなのは確かだが、ここでそれを言うのはムードもへったくれもないのでさすがに避けたい。無難に否定してお茶を濁すしかないかと考え泉田くんに目を向ける。すると彼はやはり困ったような、けれど真剣な顔で私を見ていた。
その表情を見て、私は否定してはいけないと悟った。ここで否定したら、真面目な彼はそれを真に受けてしまうだろう。せっかく二人でお祭りに来れるくらいには仲良くなったのだ。それをこんなことで気まずい関係に変えたくない。
私は山田に向き直り、口を開く。

「…"もしも"好きだったら、なんなの」

これが私の精一杯の悪足掻きだった。

「もしも?もしもってどっちだよ」
「もしもはもしもだよ」

困惑している様子の山田はどっちなんだ…?と何度も私に問うてきたが、私はそれ以上口を開かなかった。すると、焼きそばの屋台から出てきた彼の友人が買えたぞと声を上げた。それを聞いた山田はまだなにか言いたそうだったが、私が頑なに口を開かないため諦めたのか、また新学期に学校で、と背を向け去って行った。

山田が完全に去った後、二人の間に残ったのは若干の気まずさだった。最悪の状況は回避できたと自分を納得させ、りんご飴の最後の一口を齧って近くに設置してあるごみ箱へ投げ込んだ。その際にちらりと泉田くんの顔を盗み見ると、先ほどの私の言葉に困惑しているのかなにかを考えている様子だ。
なんと声をかけようか思案しながらふと周りに目を向ける。すると、あれほど多かった人通りは若干数を減らしていた。携帯を取り出し時間を確認したところ、二十時になる数分前だった。
「やば」と小さく声を漏らすと、泉田くんはどうしたのかと言うように視線をこちらへ向けた。
私は「泉田くん」と声をかける。すると彼は「え、な、なに?」と驚いたような声を上げたため、それが少しおかしくて小さく笑ってから、右手を差し出す。なんのことかわからないという様子の彼に「行こう」と言うと、彼はなにも言わず私の差し出した手を取った。


「みょうじさん、どこまで行くんだ?」
「もうちょっと」

手を引きながら屋台の脇をすり抜け少し歩くと、広い空間に出た。お正月などはお焚上げなどが行われている場所である。
そこには既に大勢の人がおり、前のほうでは地面にシートを広げて座り込んでいる人もいる。きょろきょろと周りを見た泉田くんはなにかに気付いた様子で「もしかして」と言った。私はその言葉ににっこりと微笑み、暗くなった空を指さした。

すると口笛を思わせるような甲高い音とともに一筋の光がゆっくりと空へ舞い上がり、鼓膜を震わせるような破裂音が響く。それと同時に、夜空には大きな花が咲いた。

小さい神社で開催される夏祭りだったため花火が上がることを知らなかったであろう彼は、歓喜に満ち溢れた表情で夜空を仰いでいる。大きな音を鳴らして何度も打ちあがる花火の目映い光に照らされた彼の横顔に、私は堪らなくなって「好きだよ」と言葉をかけ、繋いでいた手を強く握った。

すると、ゆっくりとこちらを向いた泉田くんの黒目がちな瞳と目が合った。聞こえていたのだろうか?どきどきと煩い自分の鼓動を聞きながら彼からの言葉を待つ。
少し間が空いて、彼は申し訳なさそうに眉を下げ自分の耳に手を持っていき、聞こえなかったとジャスチャーをした。
ほっとしたような、残念なような、自分でもよくわからない気分になりつつも、私は彼の耳に口を近づけ「花火、綺麗だね」と伝えた。





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