Obsession



side story


昼休憩に中庭の花壇に水をやるのが日課だった。
元々植物を育てるのが好きな僕は自ら環境委員へ立候補し、中庭の一角に設営された花壇を使って花を育てている。今の季節はひまわりを育てているのだが、もう数日で花が開くことだろう。

水道に繋がれたホースから水を出していると、突然後ろから「わっ」と大きな声をかけられた。それに驚いて後ろを振り向くと、そこには濡れ鼠となったみょうじさんが呆然として立っていた。彼女はどうしてずぶ濡れになっているのだろうと一瞬考え、自分の手に持ったホースを見てはっとした。驚いて振り向いたときに水がかかったんだ。


「ご、ごめんみょうじさんっ」
「泉田くん待って、まずはその水を止めて」

慌てて彼女に駆け寄ろうとすると、未だに水を出し続けているホースを見て彼女はそれを制止する。急いで水を止めに行き、僕は服を絞っている彼女を保健室へと連れて行った。



生憎保険医は外出しているようで、そこかしこの棚を漁ってタオルかなにかないかと探す。水をかけたことを何度も謝ったが、彼女はその度けらけらと笑って「気にしないで」と僕に告げた。

ようやくタオルを探し出し手渡す。頭から水をかぶった彼女のシャツは濡れて肌に張り付いており、拭いただけでは乾かないだろう。髪から落ちた雫が首筋を伝って行くのを見て、このまま教室に帰すわけにはいかないと思った。

「みょうじさん、着替えは持ってるかい?」
「今日体育ないから持ってないんだよね」
「…流石に替えの服なんて保健室に置いてないよな」
「夏だし、放っとけばそのうち乾くよ」

この姿まま教室に戻ったら他の生徒、特に男子生徒にどういう目で見られるかなんて火を見るより明らかだ。それを想像して胃の辺りが重くなる感覚を覚えた。ふと自分がジャージを持って来ていることを思い出し、「待ってて」と声をかけ一人教室へ取りに戻る。誰かが保健室に来る前に戻らないと、と焦燥感を覚え、普段は絶対にすることはないが緊急事態だからと誰にでもなく言い訳をし廊下を走る。

保健室へと戻ると、みょうじさんは陽の当たる窓辺で僕を待っていた。自分ごと服を乾かそうとしていたのだろう。彼女ならやりかねない。

「これ、良かったら」
「これって泉田くんの…。いいの?」
「うん。あ、ちゃんと洗ってあるから安心して!」

そう言ってジャージを差し出すと彼女は僕とジャージを交互に見てなにか言いたそうにしていたが、意を決したように「じゃあ…」とそれを受け取った。
ベッドまで行きカーテンを引いた彼女にほっと息を吐いたのも束の間。カーテンの内側から衣の擦れる音が聞こえて無性に居た堪れない気持ちになった。
保健室の外で待っていると言っておけばよかったと若干後悔しつつ、僕はガラス戸の棚の中に並べられている薬品を見ながら彼女が着替え終えるのを待った。

少ししてカーテンの引かれる音がしたためそちらを振り返り、「あ」と言葉が漏れる。
当たり前だが彼女の背に比べて僕のジャージは大きかったようで、サイズが合っていなかった。丈もだが袖もずいぶん長く、指の先しか出ていない。そこで"僕の"ジャージをみょうじさんが着ていると再認識し、こそばゆいような気持ちを覚える。


どこかぎこちない空気を纏ったまま二人揃って教室まで向かう途中、隣でみょうじさんがぽつりと「泉田くんの匂いだ」と零した。
僕の匂いとは一体なんだろうか。確かに体育や部活のときに着ているジャージだが、昨日洗ったばかりだ。不安になりにおうかと聞くと、彼女はまたおかしそうにけらけらと笑った。

教室までの短い道のりを、彼女の歩幅に合わせてゆっくりと歩く。サイズの合わないだぼだぼのジャージを着て楽しそうに話す彼女を、もう少しだけ見ていたいと思った。






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