秋になり、あんなに青々と茂っていた木の葉は茶や赤といった暖色へと色を変えはらはらと地面に舞い落ちている。気温も大分下がり、衣替えをして大半の生徒は学校指定のブレザーを着用していた。
風に乗って窓から入ってきた金木犀の香りが私の鼻を掠める。
「流れで告っちゃったんだよね」
「はぁ?」
「正直そのときはやらかしたって思った」
廊下の窓際で私の恋愛コンサルタント、黒田雪成に文化祭後の話をしている。あの後すぐに報告しようかとも思ったが、なんとなくタイミングを逃し一ヶ月以上経ってしまった。彼の方からなにか進展はあったのかと聞かれ、ようやく事の次第を伝えるに至ったのだ。
「まじでヤバかったわ。一瞬揉めたし、完全に修羅場だった」
「なんでそんなことになったんだよ」
「半分くらい黒田くんのせい」
頭の上で疑問符を浮かべている彼に自分たちが頻繁に連絡を取っていることを知られていたこと、その時のメッセージを見られていたこと、私が黒田くんに恋心を持っていると勘違いされていたことなどをかいつまんで説明する。すると、彼は思い当たる節があるのか「あぁ…」と小さく唸った。
「まぁでも塔一郎が勝手に勘違いしてただけだろ。俺は悪くねぇ」
「携帯の管理はちゃんとしろな」
「……それで、目出度く付き合ったってわけか。良かったじゃねぇか」
一瞬ばつの悪い顔をした黒田くんは話題を逸らすように私に祝福の言葉を投げかける。それを聞いた私はまぁそうなるよなと思い、口を開く。
「付き合ってないよ」
「いや、なんでだよ。じゃあ振られたのか?」
「振られてもない」
「はぁ…?」
彼は心底意味が分からないと言わんばかりに声を上げた。それもそのはず、あの後それはもう楽しそうに私と泉田くんは黒田くんのクラスのお化け屋敷に挑んだのだ。事情を知っていれば付き合った直後のテンションに見て取れるだろう。
「来年のIHに向けてがんばるから、今はまだ付き合えないんだって。待っててって」
「…まじめか」
「そこがいいところだけどね」
「なるほどな。あの日以降、いつにも増して塔一郎のやる気が凄いんだよ。テンションも高ぇしよ。みょうじとなにかあったのかって聞いてもなにもないとしか言わねぇし…」
泉田くんが前にも増してとてもがんばっているのは知っていた。教室の窓から見える自転車に乗った集団。その中に俯いて苦しそうに自転車に跨っている彼はもうおらず、真剣な顔付きでひたすらに前を見据えている。その変化が私はとても嬉しかった。彼の抱えていた悩みの少しは解消できたのだろう。泉田くんのがんばっている姿を見るのが私はとても好きだ。だがその反面、新たな悩みも生まれてくる。
「正直待つのは一向に構わないんだけど、どこまでなら許されるのかがわからない…」
「どこまで?」
頭を抱えて大きくため息を吐く私に黒田くんはどういうことかと疑問をかける。
「付き合ってはないけどせっかく両想いだってわかったんだし、なにかしたいじゃん? 休みの日とかにたまになら遊ぼって誘ってもいいのか、それとも今はまだやめた方がいいのか…」
「本人に聞けばいいだろ」
「余計なことしてめんどくさい女って思われたくない…」
「いや既に面倒くせぇよ。答えもないのにうじうじ考えて最終的に勝手に爆発する爆弾タイプの女か」
そこまでじゃないわと思いつつも、実際にうじうじ考えているのは事実である。
この一ヶ月、泉田くんと教室で話したりメッセージのやり取りはしているがそれだけだ。いやそれだけでも十分な筈なのに、人はなんて強欲なんだろう。今はまだ余裕がないという言葉は、私を悩ませるには十分な力を持っていた。
そんな私を見かねてか、黒田くんは少し思案し提案した。
「もう時期クリスマスだろ。冬休みに入るし誘ってみたらいいじゃねぇか」
「…クリスマス」
「冬休みなら当たり前だが部活もねぇし、一日くらいあいつも時間を作るだろ」
そう言うと、黒田くんは私の後ろに目をやり「なぁ?」と声をかけた。その視線を追って振り返るとそこには泉田くんが立っており、私は心底驚いた。
「な、い、いつからそこに…」
「ごめん、驚かせるつもりはなかったんだけど楽しそうにユキと話してるから声をかけるタイミングが難しくて」
「別に全然楽しそうになんか話してないよ!」
「おい」
また在らぬ誤解を受けるわけにはいかないと必死に否定すると、黒田くんは私の頭を軽く小突いた。痛いと文句を口にし私は黒田くんの横腹をど突いて反撃する。泉田くんはそんな私たちの様子をじっと見ている。普段彼から感じたことのないじとりとした視線に困惑していると、黒田くんが小さく舌打ちをした。
「お前ら言葉が足りなさすぎだろ。二人揃って察してちゃんか」
「どうでもいいけど俺を巻き込むな」と言いながら、黒田くんは泉田くんの背中を強めに叩いて去って行った。
二人だけになり、なんと切り出そうかと考えていると先に泉田くんが口を開く。
「やっぱりみょうじさん、ユキと仲良いよね」
「いや違、仲が良いってか黒田くんは相談役的なやつで…。話す内容だって九割くらい泉田くんのことだよ」
「僕のことなら僕に聞けばいいじゃないか」
拗ねたようにそう言う泉田くんは不満そうに頬を膨らませており、初めて見るその表情に私はつい「可愛い」と口を滑らせてしまった。それに気付いた彼は眉根を寄せて私を見た。
「可愛い…? 揶揄ってる?」
「全然揶揄ってない。泉田くん、やきもち焼いてんだ? めっちゃ可愛いんだけど!」
はしゃぐ私に尚も不満そうな彼は少しの間こちらをじっと凝視したかと思うと、先ほど黒田くんに小突かれた頭を軽く撫でた。唐突なその行動に驚き、私は動きを止める。自分の顔に熱が集まっていくのを感じながらなぜ撫でられているのか考えていると、その様子を見て泉田くんはふっと微笑んだ。
「僕よりもみょうじさんの方が可愛いよ」
「!」
あまりの出来事に情報の処理が追い付かず、私の脳内は大混乱に陥った。これは夢だろうか?など訳のわからないことを考えながら狼狽えていると、その様子を見て大変愉快そうに笑いながら彼は手を下した。
熱くなった頬に両手を置き冷ましながらどうしたもんかと思ったとき、先ほど黒田くんの言っていた言葉を思い出した。
「…泉田くん」
「ん?」
「もし時間があったらでいいんだけど、クリスマスの日一緒に過ごさない?」
そう聞くと、彼は嬉しそうな表情をして「もちろんだよ」と言った。断られたらどうしようと考えていたが杞憂に終わり、私は安堵し息を吐いた。
クリスマスまでまだ一ヶ月ほど日数がある。まだ早いけど今から予定を立てようと浮かれる私に、泉田くんは笑顔のまま冬休み前には期末試験があると告げた。その言葉で夢見心地な気分だった私は一気に現実へと引き戻されるのだった。