Obsession



オーブンの中を覗き込み、料理の焼け具合をチェックする。チーズがいい感じに溶けてきつね色の焼き目が表面につき始めていた。

今日は十二月二十五日。朝早くから起きて身支度をし、それからずっと料理をしている。過去これほどまでに本気で料理を作ったことはあっただろうか。
時計に目を向けると約束の時間まではまだ時間があるため、何度も拭いたテーブルをもう一度入念に拭く。

泉田くんを家に招いて一緒にクリスマスを過ごすのが今日の予定である。
私は寮生ではなく一人暮らしなため、一緒に家ですごそうと提案をした。最初にそう話をしたとき、泉田くんは「女の子の一人暮らしの家に男が上がり込むなんて」と断っていたが、説得に説得を重ねてどうにか了承を捥ぎ取ったのだ。

サラダをお皿に盛り付け、ラップをしてテーブルに配置する。暖かいものは食べるときに、とクラムチャウダーの入った鍋に蓋をする。
再度時計を見るといつの間にか約束の時間が迫っており、私は急いで身支度を済ませる。化粧は既に終えていたので、軽くパウダーをはたいて服を着替え、家の鍵を手に取った。


泉田くんは私の家の場所を知らないため、近くの公園まで来てもらってそこから家まで案内をすることになっている。
時間ギリギリのため小走りで目的地に向かうと、既に泉田くんは到着しており、手持ち無沙汰に携帯を眺めていた。

「泉田くん、ごめん、少し、遅れた」

息を切らしながら声をかけると、彼は持っていた携帯をコートのポケットにしまい心配したように私の背中をさすった。

「大丈夫かい? 急がなくても大丈夫だよって連絡したのに…」
「……携帯、家に忘れた」

まったく…と言わんばかりに呆れた表情をする彼を笑顔でごまかして家まで案内をする。到着し鍵を開け中に入るように促す。入る際に「お邪魔します」と言いきちんと靴を揃える礼儀が正しいその姿に感心を覚えた。

「ケーキ買ってきたよ」

そう言って差し出された白い箱を受け取る。箱の左下に金色の文字で店名が印刷してあり、それを見て私は目を剥いた。

「え、これ駅前の有名なケーキ屋さんのじゃん。めっちゃ嬉しい!」
「前にみょうじさんがクラスの女子とここのケーキが美味しいって話してるのが聞こえてたんだ」
「それを覚えててくれたんだ? 凄く嬉しい…」

嬉しさを噛み締めながらケーキを冷蔵庫にしまう。「先にご飯を食べちゃおう」と泉田くんを席につかせ、作っていた料理を皿に盛っていく。
今日のメニューはサラダ、ローストチキンレッグ、ラザニア、クラムチャウダーだ。この量を一人で作るのは骨が折れたが、クリームソースやミートソースは出来合いのものを使っているため一つ一つの労力はそこまでではなかった。

全てをテーブルに並べ切ると、お店の料理には劣るがそれでも圧巻である。朝六時から起きて作った甲斐があったというものだ。普段は一切使わないが今日のためだけにランチョンマットや新しいカトラリも用意した。これはSNSに載せるしかない、と私は料理の乗ったテーブルの写真を一枚撮った。

「これ、全部みょうじさんが作ったのかい?」
「そうだよ。凄いでしょ」
「驚いたな…」
「あ、もしかして泉田くん、私のこと料理とかできなさそうって思ってたんでしょ」

図星だったのか、彼は一瞬ばつが悪そうな顔をして「ごめん」と小さく謝った。その様子がおかしくて、私は大袈裟にやれやれというような動作をして見せた。

「よく言われるんだよね。ネイルとかもしてるから料理どころか家事ができなさそうって。でも、実は料理できる系女子高生なんだなこれが」
「大変失礼いたしました」
「よろしくてよ」

さぁ食べよう、と耐熱皿に入ったラザニアを各皿に取り分ける。まだ温かい料理たちからは湯気が立ち上っている。
いただきますと手を合わせ料理を口に運ぶと、泉田くんは感嘆の声を上げた。

「とっても美味しいよ」
「ほんと? がんばって作ったからよかったぁ。でもこれ全部カロリー凄いよ。泉田くん本当に大丈夫そう?」
「特別な日だし、今日くらいは自分に甘くしようと思ってね」

事前に私が料理を作ると告げたときに、彼になにか食べれないものはないかと聞いていた。食べ物を節制していることは知っていたので高たんぱくとか低カロリーとかそういう料理がいいのかと思っていたが、返ってきた言葉は「みょうじさんの好きなものを作ってほしい」とのことだった。

舌鼓を打っている泉田くんに安心し、目の前の料理を口に運ぶ。自分で言うのもなんだが、どの料理もとても美味しい。何日も前から同じ料理を作って練習した甲斐があった。それを消費するために呼び出された友人たちは「あと一年はラザニアなんて食べたくない」と死んだ目で嘆いていたが。


料理を全て平らげ後片付けをする。私がやるから大丈夫と言ったのだが、そんなわけにはいかないと皿洗いを手伝ってくれた。泉田くんが洗ってくれた皿を私が受け取って拭きあげる。こうしているとなんだか一緒に暮らしているみたい、と内心とても喜んでいたことを彼は知らない。

飲み物を淹れ、ソファに隣同士で腰を下ろす。

「ケーキ食べたいけど、ちょっとお腹いっぱいすぎるよね」
「さすがにもう少ししてからにしようか」

じゃあ、と私はソファの横にこっそり置いていた白い紙袋を手に取り顔の高さに掲げる。

「クリスマスプレゼント!」
「僕も用意してあるよ」

泉田くんはそう言うと、自分の鞄の中から黒の紙袋を取り出した。私のものよりも一回りサイズの小さい紙袋だ。

「じゃあ、プレゼント交換だね」

互いに持っている紙袋を交換する。プレゼントを用意してくれていた驚きと嬉しさでなんだか開けるのが勿体ないと思い、その外装をじっと見つめる。すると彼もまた同じ気持ちだったようで、「なんだか開けるのが勿体ないな」と呟いた。
それなら、と「せーので同時に開けよう」と提案し、彼が了承したのを確認し掛け声をかける。

中身は泉田くんには黒いカシミヤのマフラー、私には手首の部分にファーのついた白い手袋だった。

「ヤバ! めっちゃ可愛い!」
「このマフラー、凄くいい手触りだね」

貰った手袋をはめると、裏起毛がついているようでふわふわしてとても暖かかった。両手を掲げて開いたり閉じたりしながら泉田くんに見せる。

「どうかな、似合う?」
「うん、とても似合ってる。お店でその手袋を見かけたとき、みょうじさんに似合いそうだと思ったんだ。やっぱり正解だったな」
「さわり感じもすっごいいいんだよ」

ほら、と泉田くんの両手を取り手のひらを合わせ指を絡めるように握った。この手触りを共有したいと軽率にとった行為だが、私よりも一回りほど大きい手に気付きどきりと心臓が鳴った。彼の顔を仰ぎ見ると、赤くなった顔と目が合った。
プレゼントにテンションが上がって忘れていたが、家に男女が二人きりといった状況だ。それを改めて実感し妙に気分が落ち着かなくなった。
なにか言わなければと思い、握っている手に少し力を籠める。

「…手袋、ずっと使うね。家宝にして代々持ち続けるわ」
「それはやりすぎだよ。…でも、僕も大事にするよ」

見つめあったままどちらともなく無言になる。暫くして迷ったように泉田くんの瞳が揺れ、力を緩めた手から彼のそれがするりと離れていった。頬に手を添えられ、顔が段々と近付いてくる。
これはもしかして恋人同士がするあれだろうか? いやでもまだ恋人ではないんだがいいのか? などと混乱する頭で考える。黒目がちな彼の瞳と間近で視線が交差し、私はなんて長いまつ毛なんだろうと思い目をぎゅっと閉じた。


一瞬間を置いて、予期していない感触が唇に触れぱっと目を開く。すると彼は私の唇に自身の指をあてており、私から顔を逸らしていた。

「……ケーキ、食べようか」
「う、うん。準備するね」

私はつけていた手袋を外し、キッチンへと早足に向かう。
先程のはなんだったのだろう、と自分の唇を指でなぞり考える。もしかして、いやもしかしなくともキスする流れだったのではないだろうか。そうなのだとしたら、途中でやめてしまったのは少し残念だと思う自分がいた。だが、好き同士とは言えまだ付き合ってもいないのに真面目な彼があのまま続けることはしないだろう。考えを巡らせながら冷蔵庫を開ける。このままでは戻れないと思い、ミネラルウォーターのペットボトルを取り出して熱を持っている頬にあてた。

ケーキの箱を取り出しながら、まだ食べてもいないのに甘すぎて胸やけがしそうだった。





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