Obsession



冬休みが終わり、今日は久々の登校日だ。
普段は長期休みが終わってすぐは億劫な気持ちなのだが、クリスマスぶりに好きな人に会えるという喜びがそれに勝っていた。
彼を初詣に誘おうかとも思ったのだが、寮生は年末年始に大体実家へ戻っており、泉田くんも例に漏れず帰省する予定とのことで諦めたのだ。

薄っすら積もった雪の上を歩く。靴を履いているとはいえ、足の先から凍るような冷たさだった。クリスマスに彼からもらった手袋を着けているため、手だけはとても暖かい。それを眺めながらにやける顔をマフラーで隠すようにして学校への道を歩く。


教室の扉を開くと、先に登校していた友人たちが口々に朝の挨拶を投げかけてくる。それに答えながら自分の席に荷物を置き、泉田くんの席をちらりと盗み見る。もう授業の準備などを済ませたようで自席で悠々と小説を読んでいる。その横顔は冬休みが始まる前と変わりない筈なのだが、なぜかほんの少し違和感を覚えた。
それがなにかわからないまま、挨拶をするために彼の席に近づく。

「泉田くん、おは。ちょっと久しぶりだね」
「おはよう。長い間会っていなかったような気がするよ」

彼は本から目を上げ、私に笑顔で挨拶を返してくれた。
話す感じはいつもと変わらないように感じるが、依然として理由の分からない違和感を感じる。

「泉田くん、なにか変わった? 例えば髪型とか服装とか…」
「いや、休み前となにも変わってないと思うけど」
「やっぱそうだよね。ごめん、気のせいだったかも」

不思議そうな顔をする泉田くんを見て急いで前言を撤回する。そのタイミングで朝のHRのために先生が教室へ入ってきたため、久しぶりに会ったからそう思っただけだと自分を無理やり納得させ席に戻る。後から友人にこの違和感を話してみたが、彼女らもまた休み前となんら変わりはないと答えるのだった。


その違和感の正体がわかったのは、冬休みが終わってから一週間ほど経ってからだった。

泉田くんの食事の量が尋常じゃなく増えている。
よく見ると体系も休み前よりも少し丸くなったように見えてきた。昼食の量もそうなのだが、今までは一切間食などしていなかったはずなのに授業と授業の合間にまでなにかを口に運んでいる。節制して身体作りをすると言っていた彼に一体なにがあったのだろうか。
そこで私はある想像に行きついた。なにか悩みがあって過食になっているのではないだろうか…。そう考えれば考えるほど居ても立ってもいられず、その日の昼休憩に一人ご飯を食べている泉田くんの隣に座った。

「あれ、みょうじさん。お昼は友達と食べるんじゃないのかい?」
「今日はいいの」
「そう…? 今日は僕もユキが先生に呼び出されてるから一人なんだ。一緒に食べる?」
「うん」

口数の少ない私を不思議に思ったのか、訝し気な顔をしながら尚も彼は食べ続ける。膝の上に置いている購買の袋にはパンやおにぎりなど空袋が無数に入っており、私の焦燥を煽った。

「みょうじさん、ご飯食べないの?」
「…うん。泉田くんさ、なにか悩んでることがあるんじゃない…?」
「え」

私の唐突な発言に驚いたのか、泉田くんは食べる手を止めた。心当たりを探しているのだろう。少しの間私をじっと見たかと思うと目を彷徨わせて考えている。
少しの間そうしたかと思うと、彼は小首をかしげた。

「えっと…なんのことかな?」
「私じゃ頼りにならないと思うけど、誰かに話した方が楽になることってあると思うんだよ」

座っている彼の方へ半身乗り出して力説する。私の圧に押されたのか泉田くんは乗り出した分半身のけぞって距離を取る。膝にのせていた袋がとさっと軽い音をたてて地面に落ちた。

「ちょ、ちょっとみょうじさん」
「ストレスで食べすぎちゃうのは過食って言うんだよ。泉田くんはもっと自分を労わってよ」
「…ん?」

だからもう食べないでとパンを持っている手を抑え込む。するとなにか引っかかることがあったのか泉田くんは眉根を寄せて私を見た。

「ストレスって、僕が?」
「…違うの?」

私の考えていることがわかったのか、彼は初めにふふっと息を漏らすように笑ったかと思うと、次の瞬間お腹を抱えてさも愉快そうに笑い始めた。なにがそんなにおかしいのかとその様子をぽかんと見ていると、泉田くんは笑いすぎて滲んだ涙を拭いて私に向き直った。

「なんで僕がストレス抱えてるって思ったの?」
「だ、だって食べてる量が以前に比べてヤバいんだもん。身体作りするって言ってたのになんだか丸くなってきてるし…」
「これも身体作りの一環なんだよ」

沢山食べて以前よりも太ってきているのにこれが身体作りとはいったいどういうことだろう。まさか自転車をやめて相撲でも始める気ではあるまいなとあらぬ想像をしていると、私の表情を見て悟ったのか泉田くんが口を開いた。

「他のスポーツを始めるとかじゃないよ」
「あ、そうなの」

自転車を辞めるわけではなさそうで安堵の息を吐く。

「脂肪をつけようとしてるんだ」
「なんのために?」
「トレーニングでエネルギーとして脂肪を消費して、負荷をかけて上質な筋肉をつけるんだ」

筋肉と脂肪の関係など全然知らなかった。私はつい、そうなんだ…と感嘆の声を上げる。
彼はむやみやたらに食べ物を摂っていたわけではなく、筋肉のために敢えて太ろうとしているようだ。自ら太りにいくだなんて私からしたら考えられないが、その分彼の本気度が伝わる気がする。

そんなことを考えてると、泉田くんは「でも…」と言葉を濁して私から目を逸らした。

「その過程で体系がかなり変わるんだ。だから、もしかしたらみょうじさんは嫌かもしれない」
「それって、けっこう丸くなるってこと?」
「そうだね」

私は丸々と太った泉田くんを想像する。彼は坊主だから頭もお腹も真ん丸で、雪だるまみたいな見た目になるのだろうか。長いまつ毛の雪だるまを脳内に思い描き、意外にいいかもしれないと思った。

「大丈夫、全然ありっぽい」
「そ、そう?」
「真ん丸になったら泉田くん、きっと可愛いよ」
「別に可愛さは求めてないよ…」

そう言って新しいパンの袋を開ける彼の姿を見て、自分がまだお昼ご飯を食べていないことを思い出す。安心したら急にお腹が空いてきた。
私は鞄からコンビニで買ったクリームパンを取り出し、彼の隣で封を破った。





*前次#


もくじ