Obsession



【もうすぐ着くよ】

携帯に届いたメッセージを確認して、にやける顔を隠そうと手鏡を覗くのはこれで何回目だろうか。

期末テストを終え、数学だけはぎりぎりだったが全ての赤点を回避した私は無事に夏休みを迎えた。
一緒に夏祭りに行こうと泉田くんを誘った日に連絡先を交換し、私たちはたまにメッセージでやりとりをするようになった。彼の送ってくる文章は、性格を表したように絵文字など一切使わないまじめな書き方で、初めて送られてきたときは"文は体を表す"という感じで少し笑ってしまった。自転車競技部のIHのサポートで広島へ行った彼から風景の写真が届いたときは、なんの変哲もない写真なのにとても嬉しくてすぐさまカメラロールに保存をしたものだ。

そして今日、約束の夏祭りの日。
いつもより数倍時間をかけて入念にメイクをする。淡い色の浴衣には濃い花の模様があしらわれている。浴衣の着付けなどしたことはなかったが、今日のために何度も練習して綺麗に着付けれるようになった。髪を一つにまとめ上げて浴衣と同系色の華美すぎない小さい花の髪飾りを付けた。ネイルも浴衣に合わせて淡い色の花模様に。下駄を履こうかとも悩んだが、足が痛くなっては元も子もないため少しヒールのあるサンダルを選ぶ。軽く香水をふって家を出て、神社に到着したのが約束の時間の三十分前。
少し早く着きすぎてしまったな、と持ってきた扇子を仰ぎながら続々と神社に入っていく人波を眺める。暑さでメイクが溶けていないかと再度手鏡を覗き、今日の私はとても可愛い、と自画自賛をしながら緊張で早まる鼓動をどうにか抑えようとする。

携帯で時間を確認しようとバッグから取り出したところで、後ろから「みょうじさん」と声がかけられた。
振り向くと、泉田くんがこちらに駆け寄って来ているところだった。

「ごめん、待たせた?」
「全然。私も今来たところ」

三十分前に着いてましたなんて、凄く楽しみにしていたみたいで恥ずかしくて口が裂けても言えない。実際、わくわくして夜も眠れないほど楽しみにしていたのだが。
「本当に…?」と訝しげにする彼の言葉を「そんなことより」と遮る。

「泉田くんの私服、初めて見た。なんだか新鮮」

軽めの私服に身を包んだ彼をしげしげと眺める。普段は制服姿かサイクルジャージ姿しか見たことがなかったため、私服姿の彼が見れただけでもお祭りに来た甲斐があったと私は内心感動していた。

「みょうじさんは浴衣なんだね」
「そう! 着付けも自分でしたんだよ。どう? 可愛いでしょ?」

冗談めかしてそう言い、浴衣を見せるためにその場でくるりと回ってみせる。普段一緒にいる友人たちのように「はいはい」と流されると思っていたが、彼は私を暫く眺めたかと思うと、

「凄く似合ってると思うよ。…か、可愛い」

と言った。

「え、あ、ありがとう」

予想外の言葉に顔に熱が集まっていくのがわかる。よくよく考えれば、彼が私の言葉を茶化すわけもなく、真面目に答えてくれるのは当たり前だ。可愛いと言われたことへの嬉しさと気恥ずかしさで次の言葉が出せずにいると、同じく顔を赤くした彼は照れを隠すように一つ咳払いをした。

「じゃあ、そろそろ行こうか?」
「う、うん」

境内への階段を上って行くにつれ、スピーカーから流れているであろう祭囃子の音がだんだん大きくなっていく。全てを上りきると、本殿に向かっていろいろな屋台が道を作るように設営してあった。人も多く活気溢れるその情景に、先ほどの気恥ずかしい気分はどこかへ行き、心が弾んだ。

「凄くない? あんまり大きくない神社だからもっと規模が小さいと思ってた」
「凄いね。想像以上だったな」
「とりあえず、一通りどんな屋台があるか見てみようよ」
「みょうじさん、人が多いからはぐれないようにね」

人波に流されるようにゆっくり進みながら周りを見る。りんご飴、かき氷、焼きとうもろこしのような定番の屋台から、金魚すくい、射的、くじのような遊べる屋台。中にはケバブやターキーレッグなどの変わり種もあった。

「泉田くん、なにか食べたいものある?」
「そうだなぁ…。たこ焼き、かな」
「たこ焼き?なんか意外かも」
「え、そう?」
「イメージだけど、野菜とか好きそうだなって思ってた」
「みょうじさん、いったい僕にどんなイメージを持ってるんだ」

ふと一つの屋台に目を向けると、真っ白い雪のような綿菓子がキャラクター物の袋に詰めて売られていた。店主が機械の中央の穴に砂糖を入れ、外側の縁に沿って割り箸を回していくと、大きな綿菓子が出来上がる。その様子に一瞬目を奪われ、「ねぇ、綿菓子売ってるよ」と隣を歩いている泉田くんに声をかけようとするが、そこにはすでに彼の姿はなかった。
見渡すも、どこにもその姿は見えない。はぐれてしまったんだと理解し足を止め周りを見ようとしたが、後ろから来た人にぶつかってそれもかなわない。人波はゆっくりとだが前に前にと進んでおり、このままではどんどんはぐれて行ってしまうのではないだろうかと内心焦る。携帯で連絡すればいいんだと気付きバッグを探ろうとしたところで、「みょうじさん!」と誰かに右手を掴まれた。そのまま力強く引っ張られ、屋台の脇を抜け人波の外で足を止める。驚いてそちらに目を向けると、焦った顔をした泉田くんがいた。

「はぐれないようにって言ったばかりじゃないか」
「ごめん、美味しそうだなって綿菓子見てたらはぐれてた…」
「まったくもう…」

ほっとしたように息を吐いた泉田くんは、ふと繋がれた手に目をやった。思い出したかのように急いで離そうとするので、拒むように私は強く握り返す。驚き目を丸くする彼に「またはぐれるといけないから」と伝えると、少し呆気に取られたような顔をした後、優しく笑って「そうだね」とそのまま私の手を引いた。





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