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毎朝、ランドセルを背負って学校へ行くあの人を見ていた。黒いランドセルと、赤いランドセルは、ずっと私の憧れだった。いいなあ、とずっと思っていた。
幼稚園に行きたくない、と駄々ばかりこねていた。小学校に行きたい!精市くんと一緒に行きたい!このころは、この気持ちがなんなのかわからなくて、ただ精市くんと一緒に小学校に行きたい、と思っていた。
精市くんの隣に並ぶ、赤いランドセルの女の子たちが、嫌いだった。私よりも背が高くて、色んなことを知っているその子たちが嫌いだった。精市くんが私に向ける表情と、その子たちに向ける表情は、決定的に違っていたから。
早く誕生日が来てほしい、1つ歳を重ねれば、1つ精市くんに近づけると思っていた。いくら誕生日を迎えても追いつけなくて、私が歳をとれば精市くんも同じように歳をとるんだ、と知ったときは寂しかった。

「精市くんがテニスの試合で優勝したんだって」

気づけば精市くんの隣には、いつもテニスがあった。休みの日にはテニスチームに行ってしまって、会う時間は少なくなってしまった。それでも、私が瑠璃の家で遊んでいると、帰ってきた精市くんは優しく声をかけてくれた。
ケーキのいちごをくれたときもあった。幸村家でご飯を食べさせてもらうとき、精市くんはこっそり私の嫌いなものを食べてくれた。お兄ちゃんのような存在だった──ことは今までに一度もないんだろう。私は、気づいていなかった、この気持ちの名前を知らなかっただけで、出会ったときからずっと彼が好きだったんだ。

「せいいちくん、テニスでかったんだね、おめでとう!」
「ありがとう、ももちゃん。今度の試合はももちゃんも見に来るといいよ」
「テニス、たのしい?」
「ああ、楽しいよ」

面白いやつにも出会えたし、と楽しそうに笑う精市くんを見て、いいなあ、と思った。精市くんにこんな表情をさせるなんて、羨ましい。テニスに、精市くんに面白いと言われた、名前も知らない人に、私は嫉妬していた。

ある日、瑠璃のお母さんから、テニスの試合を見に行かないかと誘われた。瑠璃と私と瑠璃のお母さんで、テニスの試合を見に行った。精市くんが、瑠璃のお母さんに、「ももちゃんも誘って」と言ってくれたらしい。
嬉しかった。特別扱いされてる気がして、赤いランドセルの女の子たちに勝った気がした。精市くんを見つめていた私に気づいて、手も振ってくれた。試合のときの雰囲気は、いつもの優しい精市くんじゃなくて、真剣な顔をした、かっこいい精市くんだった。
精市くんその試合に勝利し、弾けるような笑顔を見せた。試合後は、帽子をかぶった男の子と話していて、誰だろう、と思った。綺麗な顔をした精市くんとは違って、男らしい雰囲気のその人は、精市くんと仲よさげだった。

「あ、さなだくんだ!」

瑠璃がその男の子に駆け寄る。さなだくん?さなだくんって、だれ?と瑠璃のお母さんに訊くと、精市くんと同じテニスクラブの、仲よしの子だってことがわかった。瑠璃を追いかけて、精市くんと真田くんのもとへ駆け寄った。

「あ、ももちゃん。来てくれてありがとう」
「幸村の妹と……、初めて見る顔だな」
「ももちゃんは、瑠璃の友だちなんだ。こっちは真田。おれの次にテニスがうまいんだ」
「さなだくんは、いつもお兄ちゃんにまけてるんだよ」
「いつまでも勝っていられると思うな。次こそは……!」

精市くんは、テニスがうまいんだ。真田くんよりうまいんだ。すごいな、精市くんは。やっぱり、すごいんだ。そう思うとなんだか自分のことのように嬉しくて、顔が綻んだ。




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