制服姿の人たちが行き交うのを見つめる。見慣れない場所に、少し緊張する。美味しそうな匂いが、風に乗って運ばれてくる。甘い匂い、食欲をそそる匂い、本当にお祭りみたいだ、と気分が上がる。
立海大附属中学校文化祭、と書かれた看板が校門に立っていた。学生たちが自分で用意してお店を出したり演劇をしたりするお祭りだって、瑠璃のお母さんが言っていた。お祭り特有の熱気を感じる。
と、前方から見たことのある人が歩いてくる。あら、と瑠璃のお母さんがその人に話しかける。柳くん、という名前を聞いて、ああ、と思い出す。精市くんや真田くんと一緒で、テニスをしている柳くんだ。何度か遊びに来ていたのを思い出す。髪が長くて、少し女の子っぽいその人は、とてもしっかりしているらしい。精市くんが、楽しげに柳くんのことを話していた。

「こんにちは、見知った顔がいましたので、つい来てしまいました。幸村の教室まで案内しましょうか」
「ありがとう、柳くん。それじゃあお願いしようかしら」

こっちです、と先頭を歩く柳くんの後ろ姿を見つめる。その視線に気づいたのか、柳くんがちらりとこっちを見て、微かに微笑んだ。「ももちゃん、といったか」と柳くんが訊いてくる。
突然話しかけられて驚いたけど、頷く。柳くんは怖い雰囲気があるわけじゃないけれど、どこか近寄りがたい感じはする。嫌いなわけでは、ないんだけど。

「幸村はよく、2人の話をするんだ。妹が2人いるような感じだ、と」

この話題に食いついたのは、私ではなく瑠璃の方だった。「なんて言ってたの?」と、問いかける。そうだな、と柳くんはさっきまでとは違う、少し意地悪そうな笑みを見せて、答えた。

「ももちゃんは瑠璃のわがままにつき合ってくれる、優しい子だと。瑠璃は最近わがままが多いと言っていたな。あまり幸村を困らせるんじゃないぞ」
「なんでー?私、わがままじゃないよ!」

ぷくー、と頬を膨らませて怒る瑠璃。俺に言われても困るな、と言いながらも楽しそうな柳くん。すれ違う人たち、特に女子生徒は瑠璃と私をちらちらと見てくる。柳くんは有名人というか、狙ってる女の子が多かったからかな、と今になって思う。
あのときの私は、女の子たちの視線がなんとなく怖くて、中学生ってみんなこんな感じなのかな、と勝手に思っていた。
しばらく歩くと、喫茶店と書かれた看板が目に入って、そこから見慣れた青い髪がひょっこりと出てきた。柳くんが「幸村」と声をかけたのと、精市くんが「来てくれたんだ」と嬉しそうに言ってくれたのは、ほとんど同時だった。

「柳が案内してくれたの?ありがとう」
「いや、偶然見かけたから連れてきただけだ。幸村は今から休憩か」
「ああ。一緒に回る?」
「今から店番だから、遠慮しておく。瑠璃たちを案内してやれ」
「わかった。柳のクラスの店にも行くよ。頑張れ」

柳くんが精市くんに手を振り、立ち去っていく。精市くんは、「よく来てくれたね」と私の頭を撫でてくれた。胸が、きゅんと苦しくなった。たった、それだけのことなのに。
そんな光景を見ていた女の子たちが、教室から出てくる。髪の毛が長くて、可愛い女の子たち。「幸村くんの妹?」と訊いてくる女の子たちの目に、瑠璃や私は映っていなかった。精市くんはここでも人気者なんだなあ、って嬉しいような悲しいような。きっと、悲しいの方が大きい。

「こっちが妹で、この子は妹の友だち」
「そうなんだ。なんだか、幸村くんと妹ちゃん似てるね」
「そう?それじゃあ、俺は休憩してくるから、あとはよろしくね」

ふわ、と笑って精市くんは女の子たちに言う。そして自然な動作で私と瑠璃の手を引いて歩き出す。うしろで女の子たちの囁く声が耳に入ってくる。幸村くん、妹想いで素敵。私も幸村くんみたいなお兄ちゃんほしかったなー。その囁きは、どこか私を不安にさせる響きがあった。
今まで聞いてきた、「幸村くんかっこいい」とは違う重みがあって、精市くんが離れていってしまうような、誰かにとられてしまうような、そんな気がした。




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