瑠璃の家のリビングで晩ご飯の食器を運んでいると、玄関の扉が開く音がした。私は持っていた食器を素早く机に置いて、玄関に向かう。うしろで瑠璃のお母さんがくすくすと笑う声が聞こえたけれど、気にしない。

「おかえり、精市くん!」

精市くんは、エプロン姿の私を見て、驚いた顔をしたけど、すぐに微笑んでくれた。「ただいま」と返してもらえたときは、まるで新婚の夫婦みたいだと思ってどきどきした。

「ももちゃんがこんな時間までうちにいるなんて、珍しいね」
「今日はお母さんもお父さんも留守なの。だから、今日は精市くんの家で晩ご飯ごちそうになりまーす」
「そうなんだ。ごゆっくり」

靴を脱いで、リビングに向かう精市くんについていく。一向に縮まらない、どころかどんどん広がってしまう身長差。追いつけないのは、歳だけじゃなくて身長もだし、他にも追いつけないことだらけ。

「あ、そうだ。精市くん!」
「ん、どうしたの」
「全国大会2連覇おめでとう!」

私が言うと、精市くんは私の頭を撫でながら、「ありがとう」と微笑んだ。

「あれ、ももちゃん……背伸びた?」
「うん、伸びたよ!」
「やっぱり。なんだか顔つきも少し変わった気がするね」
「本当?」

本当だよ、と精市くんは言うけど、私の背が大きくなっても精市くんも同じくらい、それ以上に大きくなってしまうから、いつまで経ってもきっと、精市くんは私をこうやって妹みたいに扱うんだ。

「それじゃあ、私がもっと大きくなったら、精市くんのお嫁さんにしてくれる?」

無邪気に、精市くんに問いかける。ふふ、と精市くんは笑って、肯定も否定もしなかった。笑って誤魔化した、という感じだった。嘘でもいいから、「いいよ」と言ってほしかったというのは、私のわがままだろうか。
嘘をつくのが嫌いだと言っていたから、嘘をつかないために曖昧な返事をしたのだろうか。そうだとしたら、それはあまりにも優しすぎて、逆に私を傷つけてしまう。

精市くんと、瑠璃と、瑠璃のお母さんと私で、食卓を囲む。いつ食べても、瑠璃のお母さんの料理はおいしい。もちろん、私のお母さんの料理もおいしいけれど、それとはまた雰囲気が違って、作る人によって雰囲気や味も変わるんだな、っていつも不思議に思う。

「お兄ちゃん、ピーマン食べてー」
「こら、好き嫌いしない。せめて1つくらい食べなよ」
「えー、だってピーマン苦いもん」
「苦いと思うから苦いんだよ。ほら、ももちゃんは何も言わずに食べてるよ」
「むー。じゃあももちゃんに食べてもらうもん」
「駄目。1つ食べたら俺が食べてあげるから。ちょっとだけ頑張ろうよ」

精市くんが優しく瑠璃に言う。こういうところを見ると、兄妹ってちょっといいな、って思う。私には兄弟がいないから。でも私がなりたいのは精市くんの妹ではなくて、もっと親しくなれる、そういう関係なんだ。
私だって、ピーマンはちょっと苦いと思う。だけどピーマンが嫌い、なんて言ったら子どもみたいって精市くんに思われるかもしれないし、ちょっと我慢すれば食べられないものじゃないから。好き嫌いがない方が大人だって、そのころの私は思っていた。私も少し背伸びをすれば、精市くんの隣に並べるって。




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