泥濘でなら二人で

どうやら少し緊張しているらしい。

新品の魔術礼装、魔術協会の制服に袖を通しながら、震える指先を見つけてしまった。

鏡の前で魔術礼装の後ろ側をチェックする。
この礼装は霊基の修復や簡単な魔力譲渡など、回復魔術に特化している。

今回が2度目の特異点レイシフト。レイシフト先がどのような状態なのか、敵勢力はどれほどのものなのかが全く分からない。
ここは慎重を期して、サーヴァントのサポートに専念しろということなのだろうか。

いや、サポートするのはサーヴァントだけじゃない。
48番目にして補欠のマスター候補藤丸立香。
私を後方に下がるような采配をしているのは、暗に彼女の育成もしてほしいという命令なのか。

ブーツのつま先を2度ほど床に叩き、
もう一度ぐるりと礼装のチェックを済ます。

いざ、戦場へ。




「マスター」

自室を出て少し進んだところで呼び止められた。
振り向くと、案の定どこかの騎士王様。

「セイバー」

「新しい礼装かい?とてもよく似合っているよ」

相変わらず歯の浮くようなことを言う。
だがそれでも心のどこかで喜んでしまう自分がいる。

これだからイケメンは。




「どうだい?コフィン―霊子筐体に入った感想は?」

カルデア技術局特別名誉顧問レオナルド・ダ・ヴィンチが立香に声をかける。

《うーん…狭い、ですね》

若干緊張気味の立香の様子を見ていると、こちらまで緊張感が増してくる。
思わず礼装の胸元あたりを握りしめた。


―ななしちゃん。

先程のドクターとの会話が頭の中で呼び起こされた。

「君の令呪は特殊だ。本来令呪とは、右手の甲に現れるものだ。ところが君の場合、胸部に出現している」

立香が来る前のブリーフィングルームで、やけに真剣な目をしたドクターが告げる。私は余命宣告されるかのような心持ちで、彼の話を聞くしかなかった。

令呪。
私の令呪。
恐らく爆破直後に火事場の馬鹿力というやつでセイバーを召喚したあの日に、真っ直ぐ引かれた赤い線。
剣の形を模した細長い天使の羽根。

まるで、

「そして、君の令呪には魔術的な制限がかかっている。君の行使できる魔術が数ランク下がっているのが分かるかな」

まるで、第7階梯のマスター、その1枚羽の令呪のようではないか。


ふと、握りしめた拳の上から誰かの手が重なった。

「大丈夫さ、マスター。君は僕が必ず守ろう」

セイバー…
いつの間にか俯いていた目線を上げ、セイバーの顔を見た。

そうだ。セイバーは現地で召喚サークルを確立させて喚ばなければならない。
それまでは、1人でなんとか切り抜けなければならないのだ。

すっと不安の風が胸の真ん中を通っていった。

この気持ちの揺らぎを察してか、セイバーは重ねていた手を少し強く握った。

「君は、1人ではない」

その手と言葉と共に、沈んでいた気持ちもグッと掴まれた。

緊張でふわふわとしていた意識も地に足をつける。

「大丈夫だ」

もう一度セイバーが、しっかりと紡ぐ。

なんの証拠もなく、実証もされるはずのない言葉が、そんなあやふやな言葉が、不思議と胸の内を暖めてくれる。

これがカリスマというものなのか分からないが、信じてみようという気持ちになれる。

目を閉じて、軽く息を吸う。
ゆっくり吐いて目を開け、しっかりとセイバーを見つめる。

「頑張る」

はっきりと口にする。
その様子を見て、セイバーは柔らかい表情を浮かべた。

ぎゅっと手を重ね、離した。

行っておいで、とコフィンまでエスコートして離れるセイバー。


「さぁ、始めようか」
ドクターのかけ声で、システムが動き出す音がする。

《アンサモンプログラム・スタート》

《全シークエンスクリア》

《レイシフト・スタート》

「グランドオーダー、実証を開始する!」


分解される直前、思い出したかのようにセイバーに握られた手を重ねる。

暖かさが、まだそこにあるような気がして。
2018 08 28
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