自由になる、なんて。
戦うためだけの人形だとしても、何かを好きになる責務があるだなんて。何を嫌い、何を正しく思い、何を悪とするのか。
―それは、**が決めることだ。
マシュは、少し難しそうに眉をひそめていた。
それはそうだ。
彼女はようやく、外に出れたのだ。
ようやく多くの人と出会い、話し、触れ合い、世界を感じることができるようになったのだ。
これからマシュは世界を知り、世界を広げていくのだ。
途方もないような感覚がする。
下を見れば闇が口を広げて待っているかのようで、足が震える。
私はいったい、何を。これは、この感情は、いったい―
「ななしさん?」
名前を呼ばれ、意識が一気に現実にかえる。
「マ、マシュ?どうしたの?」
「いえ、こんなところにいるとは思いもよらず、つい声をかけてしまいました」
「そう…」
「夜の闇は危険だ。僕らも野営地にもどるとしよう」
アマデウスの言葉に頷き、3人で野営地に向かう。
触れて、確かめてみなければならない気がする。いや、そうしなければならないモノなのだ。
だけど、なぜか立ちすくんでしまう。
目を覆い、見ないふりを、気付かないふりをしたい。してしまいたい。してしまう。
この感情は何なのだろう。
本当なら、マシュのこれからを祝い、ともに頑張ろうと勇気づけるべきなのだろう。
明日に向けて踏み出そうとするマシュ。
少し、眩しい。
よく分からない感情にこれ以上惑わされないよう、私たちのご飯を漁る野獣たちを倒す指示を送ることに専念した。
「よろしいので?」
剣戟の合間に聖女ジャンヌ・ダルクがこちらに問うてきた。
「なんのことかな?」
見えざる剣を横に振り抜き、野獣を薙ぎ払う。野犬のようにみえるそれは、薙ぎ払われるままに横に吹っ飛ぶ。
「彼女は、ななしは、何かに迷っているかのようです。指示は的確ですが…」
いつもより、機械的だと。
言いにくそうにジャンヌは言う。
それは感じていた。
まだ1週間と経たない程しか共に戦っていないが、いつもは合うアイコンタクトも合わない。
無感情に、否、何か感情を押し隠すように戦況を見ている。
そんなマスターの様子をチラリと横目で確認しつつ、敵を屠る手は休めない。
遠目に反撃の機会を伺っていた野獣たちが飛び込んで来る。
それを振り向きざまに断ち切って地面に叩きつける。
ギャンッと嗄れた悲鳴をあげて、動かなくなった。
辺りを見回すと、そいつで敵性生物は最後のようだった。
短く息をつき、体勢を解く。
ジャンヌに言われたことが頭の中に残っている。
マスターの方を見ると、リツカと話をしているようだった。
おそらく魔術や戦闘指南をしているのだろう。
ななしだって初めてのレイシフトだっただろうに、新人教育も気にして行うとは。
彼女が随分と人間味が増しているようで、そう、あの時よりも…随分と。
思考が過去に沈みかけた時、自分の体の周りで輝く光に気付いた。
どうやらカルデアに帰るようだ。
それにマスターの方も気付いたようだ。
少し迷うような素振りを見せてから、こちらに小走りで近付いてきた。
「セイバー」
「怪我はないかい」
「うん。…ありがとう」
その言葉を聞き届けると同時に、体は粒子となりカルデアへと戻った。
彼女は、あんな顔をする子だったか。
あんな風に何かに迷い、何かに悩み、…元マスターだった無垢なる少女以外の誰かと自分からコミュニケーションを取りに行くような子だっただろうか。
どうやら、変わったのは僕だけではなかったのかもしれない。
アーサーは解ける意識の中で最後に見たななしの表情を思い浮かべた。